スターさんからのスカウトですっ!
紳士に連れられわたしが来たのは小さな定食屋さんでした。
お客はわたしたちの他に数名しかおらず、静かな雰囲気です。
洋食にしようか和食にしようか散々迷いましたが、やはりわたしは日本人なのでしょう、和食を選びました。
木製のイスに向かい合って腰かけ、メニューを眺めます。
定食メニューなどもありますが、紳士にお金をたくさん払わせるわけにはいきません。
ここはできる限り安いメニューにしなくては……
するとわたしの目の中にある料理名が飛び込んできました。
それは、おにぎりでした。
塩で白米を握っただけの簡単な料理ですが安くてお米そのままの味を味わうことができます。
「それでは、おにぎりをお願いします!」
注文が終わり料理が運ばれてくるのを待つ間、わたしは紳士に自己紹介がまだであることを思い出しました。
「自己紹介がまだでしたね。わたしは美琴です」
「美琴ちゃんか。可愛い名前だね。
わたしの名前はスター=アーナツメルツという。よろしく、美琴ちゃん」
「はい! よろしくお願いします、スターさん!」
差し伸べられた彼の白手袋をはめた手をしっかりと握り、誠意を示しました。
スターさんは朗らかに笑って。
「美琴ちゃん、実はずっと気になっていたが、君はどうしてそんなにボロボロの恰好なのかな」
「実は――」
事の経緯を説明しますと彼は真剣な顔で腕組をして唸ります。
もしかするとわたしの話があまりにも現実離れしているので、疑いの念を抱いたのかもしれません。
無理もない話ですが、わたしとしてはおにぎりを奢ってもらわねばならない立場ですので、ここで彼に帰られては困ります。
ここはひとつ、実はいままでの話は全部作り話で家が貧しいのでこのような服しか着ることができない――といった作り話でもした方がよいのでしょうか。
いえいえ、ご馳走を無償でしてくださるという方の想いを話を疑われたくないという理由で今までの経緯を嘘で誤魔化すというのもいけないことではないでしょうか。
それならばこの場は彼の反応に全てを託して天命を待つことにしましょう。
彼の次に発する一言でわたしの運命が大きくかわるかもしれません。
笑われても構いません、慣れていますから。
ですが機嫌を損ねて帰るのだけはやめてほしいのです。
心の中で祈っていますとお店の方がおにぎりを二個乗せたお皿を台に載せて運んできました。
「お待たせいたしました。おにぎりです」
「ありがとうございます」
お礼を言って早速目の前にあるおにぎりを掴みます。
ほかほかと白い湯気を立てている白いおにぎり。
手におにぎりの温かさがじんわりと伝わってきます。
山から下りてきて、もっとも食べたかったお米。
そのお米で作ったおにぎりがわたしの手の中に!
何と嬉しいことでしょう。まるで夢のようです。
その夢を叶えてくださったスターさんの恩には何としてもこの美琴、報いなければなりません。
「いただきます」
食材に感謝してかじりついた一口目。
ふわふわの柔らかい食感と優しい甘さが口いっぱいに広がり、わたしはまるで天国にでもいるかのように感じてしまいました。
山奥で生活する前は何となく食べていたおにぎりが天にも昇るほど美味しいご馳走だったとは、これまで生きてきた中ではじめての体験です。
一口、また一口。
噛みしめながら頬張り続けるのですが、次第に視界に映るスターさんの顔が涙で霞んできました。
「泣く程美味しかったとは本当に良かった。ホラ、涙はコレで拭きなさい」
「ありがとうございます」
手渡されたハンカチで涙を拭き、おにぎりを食べたわたしのお腹はすっかり満たされました。
「美琴ちゃん。指」
スターさんがわたしの指の方を差して笑っていますので何のことかと思っていますと、わたしは自分でも無意識のうちに指についたご飯粒を指しゃぶりで食べていたのです。
「こ、これは恥ずかしいところを見せてしまって……申し訳ありません!」
自分の顔が恥ずかしさで真っ赤になるのが手に取るようにわかります。
普段は絶対にしないはずのことをしていたとは、よほどお腹が空いていたのかと思いつつも恥ずかしさで胸が一杯です。
先ほどの行動を見られたこともあってかなかなか彼の顔を見ることができずに俯いていますと、不意に彼が持っている茶色の鞄から一枚のチラシを取り出して、テーブルの上に置きました。
見てみますと、そこには「スター流 門下生募集」という文字が書かれていました。
本人から承諾を得て紙を手に取り見てみますが、一体何のことなのかさっぱりわかりません。
「スターさん、このチラシに書いてあるスター流って一体……」
「よくぞ訊いてくれた!」
まるでバネ仕掛けのおもちゃ箱の人形のようにぴょんと椅子から飛び上がり、キラキラとした青い瞳をわたしに向けるスターさん。彼の顔には顔中が輝きに満ちています。
「美琴ちゃん、君は今、仕事を探しているんだよね」
「は、はい」
「では、スター流に入らないか」
「へ?」
「スター流は名前の通り、わたしが生み出した拳法の流派だ!だが、最近は全く門下生がこない! だから、君に入ってほしい!」
急にスター流や門下生になってほしいと言われましても困りました。
わたしは闘ってはいけない体なのですから。
ましては強くなる為に格闘技を身に付けたらどうなるか……
「美琴ちゃん、君が非常に優れた素質を持っているのはすぐにわかった! だが、君はその素質を隠そうとしている!君は自分の力の特異さに恐れる心を抱いている。違うかな」
甲高くて陽気な声色ながらも、スターさんは私の心の状態をピタリと言い当ててしまいました。
どうやら彼には人の心を覗く目がありそうです。
「人の心を覗く目がありそうです――か。成程」
「どうしてわかったんですか!?」
「わたしだからだよ! わたしにとって人の心を覗くことなど朝飯前だ!大丈夫! 門下生になってくれたらお給料はちゃんと出す!朝昼晩のご飯もちゃんと保証するから!」
「あの、普通はお金を支払って教えを乞うのが普通ではないでしょうか……」
「普通? 関係ないよ! わたしは常識にはとらわれない!
常識ばかりにとらわれていては柔軟な発想はできない!そしてわたしは常識の外で生きている!
というわけで、美琴ちゃん、どうするかね?門下生になるか否か、決めてくれたまえ」
「い、今ですか!?」
「そう! 今だよ! わたしも色々と忙しい。できれば今すぐにでも返事が欲しい!」
もしかするとわたしに声をかけた真の目的はこれだったのかもしれません。
ですが、少なくとも彼にはおにぎりの恩がありますし、門下生になりさえすればお給料も払ってもらえ、ご飯の保証もあります。
悪くない条件ではないでしょうか。
折角の良い機会でもありますし、今後電話番号を教えてもらったとしても多忙を自称する彼に会えるかどうかの保証はできません。
それならば彼の門下生になった方がいいのかもしれません。
「わたし、あなたの弟子になります」
「その返事が聞きたかった。
では、また後日、君の元にわたしの弟子の一人を向かわせるからね。それでは」
言うなり彼は指を鳴らすと、まるで忍者か魔法つかいかのように目の前から忽然と姿を消してしまいました。
先ほどあった鞄も跡形もなく消えており、会計場には三百円が置かれていました。
わたしはこれから先、どうすればいいのでしょうか……