9.下着の魔力
俺はウキウキとして自分の服を見ていたら、あることに気が付いてしまった。
そうだ、マリーを放置しておくと事件が起こるかもしれない……彼女が誰かに触れたりなんかして……ブルブルと頭を振る俺だったけど、まあ、彼女も子供じゃないし、咲さんがついててくれるから大丈夫だよな。
そうそう、子供じゃないしさ。大丈夫、大丈夫……?
……いや、一緒にいたほうがよいよな……
嫌な予感がした俺は慌ててマリーと咲さんの姿を探すと、彼女たちはタイミングの悪いことに下着コーナーでブラジャーを手に取っていた。
「ねーねー、咲さん、ゆうちゃんはどれが好きかなー?」
「ええっと……勇人くんに聞くといいんじゃない?」
「そうかー、咲さん頭いいー」
「一応、人間が経営しているお店だし、どれでも人間が着る分には違和感がないはずだけど……」
「咲さん―、これどうかなー」
「え、ちょっと私の胸で合わせないでくれる!」
マリーは咲さんの着ていたブレザーをはぎ取り、シャツ一枚の姿になった咲さんへアメリカ国旗のような柄のブラジャーを胸に押し付けている!
そして、そしてええ、ギュッーブラジャーを締め付ける。な、なんという羨ましい、じゃねえ、けしからん。
あ、あのマシュマロは俺のものなんだーい。ぬおお、ハッキリと形が見えりゅう。
一人で盛り上がっていたところで、マリーと目が合ってしまった。
「あ、ち、違うんだ。見てない、見てないのだ」
「ゆうちゃんーこれどうー?」
焦る俺の様子は気にも留めずに、マリーが俺に尋ねて来る。
し、しかも、マリーは咲さんの胸に当てたブラジャーをグイグイと左右に引っ張っているじゃねえか。ぬおお。マジか、俺もやっていいかな?
「う、うん……いいんじゃないかな?」
俺もまぜろお。とは言えず、適当に返してしまった……
「マリー、私のサイズにその下着は小さ過ぎるって!」
俺の言葉に咲さんが声をかぶせてくる。た、確かにマリーのぺったんこのサイズのブラジャーだと咲さんにはきついよな。
いやでも待って欲しい、きついからこそあれだけむにゅむにゅが形を変えているのだと。
「えー、咲さん、おっぱい大きいー」
「触らなくても分かるでしょ!」
お、女の子同士のこういうのって妙に興奮しない? だがしかし、重要なことが一つある。
そう……ここは外、外なんだ。興奮したらマズいのだ。更に、俺が彼女たちの様子をニヤニヤしながら見てるなんて他の人に知られたら……状況を打開するものよ出てこーい。
って言っても出るわけないので、俺は辺りをグルグルと見渡す。何かないかー何か―。
お、おおお、あれだ。まだ春だというのに水着コーナーがあんなところに。
「咲さん、マリー。あっちに水着コーナーがあるみたいだな」
「んー、ゆうちゃん、海に行きたいのー?」
「飛騨高山は内陸だからなー。海はちょっと遠くないか?」
「大丈夫ーダンジョンにあるよ。海ー」
「ひょっとして海鮮が食べられたりする?」
「うんー、イカさんとかカニさんとかいるよー」
カニか、カニ! ダンジョンのカニはさぞ旨いんだろうな……ついでにイカも食べたい。いかん、よだれが出そうだ。
そういうことなら水着も買っておくか。
俺が水着コーナーに移動しようとすると、マリーが右肩を掴み、咲さんが左肩に手を乗せ俺を呼び止めてくる。この気まずい空間を逃げ出そうとしたのにー。え? マリーを見張るために彼女を探していたんじゃないのかって?
大丈夫だよ。心配はしていたんだけど、人の姿は見当たらなかったんだ。だから、目が光ることもないはず。だから、行かせてくれー。
「ゆうちゃんー、選んでー」
「せっかくだから、私のもお願い。どんなのがいいのか分からなくて」
咲さんとマリーの二人からお願いされてしまう。こんな場所でやれって言うのかよお。そういうことは俺の自室でじっくりねっとりと……って違ううう。
ダメだ、混乱してきた。適当に選ぶかもう……
「ええと、咲さんはピンクの花柄でマリーは星の縁取りが入った薄紫の……」
「えーそれ、わたしのは今着ているのと同じだよー」
マリー、声が大きい。聞こえる、聞こえるから他の人に。うむ、俺はしっかりと君の短いスカートから見える下着を凝視していたからな。ははは。
リサーチは完璧なのだよ。
仕方ねえ、ならばこれだ! 俺は目に入った下着を二人に手渡す。
「勇人くん、これ……小さい」
今渡したブラジャーを胸に押し当てて咲さんが苦言を呈する。胸がむにゅっとなって、俺の心のお宝画像が一枚増える。
あ、逆にマリーに選んだ下着は大きすぎたようだ。もうどうしろってんだよお。
――十分経過
「ハアハア……こ、これで……」
「おー」
「ありがとう、勇人くん」
つ、疲れた。咲さんはD、咲さんはDだ。何がって? いやもう。
ちゃっかりと俺の服も買い込んで、俺達は軽トラックへ再び乗り込むのだった。
◆◆◆
自室へ戻ると縁側で黒猫が丸くなってスヤスヤと眠っていたが、俺が戻ったことに気が付いたのか起き上がって足元までやってくる。
「ゆうちゃん殿、戻ったんでござるね」
「ああ、君の服やら下着も買ってきたぞ!」
「ゆうちゃん殿、吾輩、服は着ないと何度も……」
ここは、どうしたものか、クロを乗せるには……よおし。
「クロ、服を着たら可愛くなると思うんだよなあ(棒)」
「な、なんですとお! ゆうちゃん殿も?」
「そうだよ、服を着ているクロの方が着ていないより可愛いんじゃないかなー(棒)」
「な、なんと! そ、それは……ゆうちゃん殿に愛でられるためにもおおお。着るでござる!」
よしよし、これでクロも服を着てくれるだろう。
俺はクロにと思って買った服や下着が入った買い物袋を彼女に手渡す。
すると、クロは猫形態から猫耳形態へ変化して、すぐに買い物袋をガサゴソやりはじめたんだけど……
「おおおい、それは頭にかぶるもんじゃねえ」
「二つの膨らみがあるでござる!」
「あ、いや、人間はさ、猫耳とかついてないからな?」
「そ、それは不覚……ゆうちゃん殿も耳がないです」
「いや、だから、頭にかぶるもんじゃねえっていってるだろお。しめつけるなあ」
「ここにホックがありますぞ。これで落ちないでござる」
だ、ダメだ。こいつはやくなんとかしないと……
「お、俺はちょっと咲さんたちの様子を見て来るよ……」
「ま、待って欲しいですうう! 吾輩、これほど高度なものなんて着れませぬ!」
「そ、そか……」
「ですので、ゆうちゃん殿……着せて欲しいでござる」
「そ、それなら咲さんにでも……」
「ゆうちゃん殿がいいんですうう」
こらああ、俺の脚にしがみつくんじゃねえ。
涙目で俺を見上げるのはやめてくれ……
「わ、わかった……」
「ゆうちゃん殿ぉおおお!」
「だあああ、裸で抱きつくなあ。俺に背を向けて正座してくれ」
「はいです!」
猫耳がピンと立って上機嫌な声でクロは俺に応じた。
目の前にはよく日に焼けた褐色肌のうなじ、背中……肩を僅かに震わせるキュートな後ろからみた上半身……ゴクリ。
尻尾がパタパタと上下運動しているのも、モフモフ大好きな俺の心をくすぐるぜ。
俺は純白にレースがついたブラジャーを手に取り、両手を万歳させたクロへと手を差し伸べる。




