表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

~気づいたときには……~

作者: 風晴樹

 俺、住友連(すみともれん)は26歳。結婚をしているが、いや、正しくはしていた。


 2週間前に離婚届に自分の名前を書いたばかりだ。


 子供もいたが、妻の方についていった。


 そして、俺に残されたのはギャンブルで作ってしまった1000万円の借金。主にそのせいで妻に別れを告げられた。


 仕事も最近クビにあった。ギャンブルに会社の金を使ってしまったのだ。


 そのため、住んでいたマンションを売り、借金返済にあてた。


 今後、どうしていこう。


 そう考えているうちに、欲にまみれた俺は……活力を失っていった。


 もう、生きることに疲れた。


 もう、死にたくなった。


 そんな俺は自殺をするため、2週間前まで住んでいたマンションの屋上に一人、立っている。


 高さは20メートル程のマンションだ。飛び降りれば確実といっていい可能性で死ぬ。


 屋上を照らす朝日が、まるで惨めな俺を嘲笑うかのように思えた。


「ふっ、人生つまんねぇわ……もう、俺が死んだところで……」


 俺はそっと柵を越え、空に足を踏み入れた。


 ――奇跡とか起きて、空飛べねぇかな。なんだろ、やっぱ、死にたくなかったかも。でも、もう遅いか。


 そんなことをふと思ったが、


 落ちる。

 落ちる。

 落ちる。


 真下はコンクリートの歩道。


 だんだんと加速していく自分の身体。

 地面が近づいてくる。だんだんと。


 そして、気づいたときには……。


 ――ズドン!


 鈍い音が聞こえた。


 辺りが静寂の手によって包まれる。


 しばらくすると、周りからは野次馬だろうか、人が集まっているのが見える。


 何やらざわざわ。


 むっちゃくちゃ写真を撮られている。いや動画か?


 ていうか……、

 何で俺そんなの見えてんの?


 疑問に思い、俺は首を下に向け自分の体を見る。


 なんと俺は、




 ――立っていた。




 10階建ての高さは約20メートルはあろうマンションの上から、飛び降り、着地していたのだ。

 

 周りから拍手が送られる。

「すげぇ、あんたすげぇよ!」「こ、これはギネス載るな!」「かっけぇ!」

 賞賛の声が送られる。

 一瞬、状況を読み込めなかったが……、


 立ってるやん! 俺。


 今、ここではっきりと自覚する。


 えっ!? えぇ……。どうしよ? えぇ……。


 とりあえず俺は両手を挙げ、

「ありがとー! みんなありがとう!」

 拍手喝采。

 満員御礼。

 俺はお辞儀。

 とりあえず、拍手してくれたので頭を下げた。


 なんとなく、死ぬ気も失せた俺はそのまま家に帰ることにした。





 家に帰る途中、俺は両方の手のひらをじっと見つめ、生きてるということを実感しながら歩いていた。


 なんか、生きてる。

 なんか、知らないけど、俺生きてる。ははっ……。なんだろ、これ、感動してきた……。


 俺は袖で涙を拭き、空を見上げる。


 ――い、生きてる


 そんなことを思っていると、遠くの方からなにが飛んで来るのが見えた。


 えっ? あれ何?


 目を細めつつじっと見つめる。涙をもう一度拭き視界を良くする。


 するとその人影がだんだんとこちらに近づいてきた。


 そして目の前で、


 ――スチャン!


 俺がマンションから着地したときのようにきれいに着地する。


「やぁ!」


 何やら飛んできた人が俺に声をかけてきた。


 見た目は頭が剥げかけている感じで、歳は60ぐらいだと思う。服装はジーンズに白のTシャツといたって普通。



 ……………………なんだこいつ。



「や、やぁ……」


 とりあえず挨拶をしておく。


 なんか変な展開になったな。


 するとその空から飛んできたおっさんはニコッと笑いながら口を開いた。


「君、見事な着地だったね」


「と、言いますと?」


「さっきの、マンションからのやつだよぅ」


 俺は頬をポリポリとかきながら、


「あぁ、見てたんすか?」


 俺の答えに頷くおっさん。


「で、その……私に何のようで?」


 俺がそう聞くと、おっさんは少し溜める。


 そして、人差し指を上に向け、どや顔で口を開いた。


「……実はね……君は、不老不死に選ばれました!」


 ――ぶん殴ってやろうかこいつ。


 最近多いんだよなぁ、こういう宗教勧誘……。


「あ、俺はどこの宗教にも入らないんで……じゃあ」


「ちょちょちょちょ! 待って、一回待った!」


「なんすか? 俺まだごはん食ってないんすよ」


 おっさんはため息をこぼし、ジト目をこちらに向けると、唇を尖らせ、


「まったくもう、気づかなかったの?」


 何がですか? という意味を込め首をかしげる俺。


「君、マンションから飛び降りたんだよ?」


「まあ、そうですね」


 おっさんは頷きながら、


「そして着地したんだよ?」


「そうですね」


「明らかに不自然すぎでしょ!」


 ――確かに。


 と思う俺。


 するとまたもおっさん、


「私は神です」


「じゃあ、俺腹減ってるんで……また」


「ちょちょちょちょちょ! 待って、待って話聞こう? ねぇ、俺年上だから。ね?」


 俺は頭をかきながら、


「まあまあ、はい。わかりました。で?」


 おっさんは胸を張る。


「どうも神です」


 おっさんが名刺を渡してくる。


「手書き……ですか……」


 うんうんとおっさんは頷く。


「……神です。ども……」


 どーも、胡散臭い。


「ガチ神なんですか」


「ガチ神です。……です」


「もう、俺、はぁ…… としか言えないっすよ。マジで」


 まあ、そうだろうな、みたいな顔をするおっさん。


「じゃあ証明してみてくださいよ。そこまで言うのなら」


「わかった」


 そう言っておっさんは両手を広げ、どこから取り出したのかラジカセを取りだし、ラジオ体操を始めた。


【……を広げて足のうんどーう! ズーチャチャチャラランタッタズーチャチャ……】


「いっちにーいっちにー」


 黙ってそれを見守る俺。


【……膝を倒して前屈み! ズーチャチャチャラランタッタズーチャチャ……】


「はい、はい、はいはいハイ!」


 何なのこれ、何なのこの状況。


 朝っぱらから若者の前でおっさんが一人ラジオ体操をしている。

 何してんのおっさん。


「あの、あの……あの!」


【……ズーチャチャチャラランタッタズーチャチャチャラランタッタ……】


「はい、はい、はいはいハイ!」


 聞いてんのかおい?


「あのー! 聞いてます?」


【チャラランチャラランチャララン……】


「はーーーい、はい! はーーーい、はい! はい、はい、はいはいハイ!」


 本気でオタゲーダンスをするおっさん。もやはラジオ体操でもねぇ。


 目の前には若者が一人。


「いち、にー、いちにぃさんしぃ!」


 もう、帰ろうかな?


「あのー! もう帰っていいですか?」


 俺がそう聞くと、おっさん手を突き出し止まれのポーズ。


「まあ、まて」


「なんすか? 早く証明してみてください」


「まったく、準備体操しないとアキレス腱が切れるんだよ。最近の人間は待つことを知らないのかね」


 そう言いながらおっさんは両手を広げ、体全体でくるくると回り始める。


 辺りに風が吹き始めた。


 おぉっと……。

 危ない、俺が飛ばされるとこだった……。


 刹那、おっさんが空を飛んだ。


 別にこれは比喩ではない。物理的に飛んだ。


 目をかっぴらく俺。


 ――え、えぇ……マジかよ。


「どうだ! 若者よ! 見たか?」


 呆然と立ち尽くす俺。


 よく考えて見たらこのおっさん飛んで俺のところに来たんだよな。


「えっ、マジ神だったんすね」


 髪の毛のない神は頷く。


「で、何しにきたんすか?」


「まあまあ、落ち着け若者よ。神というものはな、人の願いがあるから現れるんだ」


「と言いますと?」


 俺はいつのまにかこのおっさんを神だと信じ込んでいた(別に嘘ではなくガチの神なんだから信じるもなにもないが)。


「つまりだ、君は自殺をしようとしてたね」


 頷く俺。


「だけど死にたくないという気持ちも有ったわけだ」


 確かにそう言われてみれば有ったかもしれない。


 誰だって死にたい! とか言っても本気で死にたい人なんてそう多くはいないのだ。


「だから俺は、いや神は君の死にたくないという願いを聞き届けたのだよ」


「あーなるほどー」


「そこでだ、願いを聞き届けた俺は君を……不老不死にした」

 

「…………」


 いきなりとんでもないことを言う神。


「神、良く聞こえなかったんで、降りてもう一度言ってくれますか?」


 俺は別に聞こえなかったわけではないが、なぜかもう一度しっかり聞いておきたかった。


 今、とんでもないこと口走ったよな、あの神。


 すると、おっさんの神は地面に着地し、はっきりとこう言った。


「願いを聞き届けた俺は、君を不老不死にした」


 やはり聞き間違いはなかったか……。


「えっ? じゃあ俺は今、死なないんすか?」


「うむ」


 深々と頷く神。


 マジかよ。


「す、すげぇ」


「だろ? 試すか?」


「えっ、まあ、試せるなら、はい」


 そんな俺の答えを聞き、神はしゅっと指を二本立て空中を切り裂く。


 切られた空中に穴があいた。


 そこに手を突っ込む神。


 すると神は中からナイフを取り出す。


「おぉ! 凄い!」


 神はへへっと笑いながらナイフを俺の心臓に突き刺さした。


「ーーっ」


 って痛くない!


 俺は目を丸くする。


 心臓からは血が出ていない。


「えっ? ナニコレ! 凄い! 凄すぎる!」


「だろ? お前は不老不死になったんだ」


「凄い、ありがとう神」


 俺は素直にお礼を口にしていた。なんか、離婚とか借金とか已然に今俺が不老不死になってることに感動していた。


 そんな俺を神は真剣な顔で訊ねた。


「若者よ、1つ頼みがある」


 神は人差し指を立てる。


「なんすか神? 何でも受けるよ? 何てったって俺は不老不死だからな」


「そうか、ならば頼もう。実は天界の決まりでね、神が願いを叶えた人間にはある種のペナルティーを食らわさないといけないんだ……」


「えっ? つまり、どゆこと?」


 変な展開になってきたな。


「つまりだ、この世はプラスとマイナスの勢力が存在して、その微妙なバランスによってなりたっているんだ。だが、今君は不老不死になった、つまりは願いを叶えた、と言うことはプラスだよな」


「そうだな」


「だが、プラスを人に与えすぎるとこの世のバランスに不具合が生じるのだ、だからそのプラスの願いの逆を与えてこの世のバランスを調節しなければならない。それが天界におけるルールなのだ」


 なるほどー、じゃあ俺はプラスを受けたからその分のマイナスなことをしないと世界に不具合が?


「そこで俺はお前にペナルティーを食らわす」


「ペナルティーってのは?」


「叶えたものとは逆のものを与えるんだ」


「というと?」


「君の場合、不老不死だからその逆のペナルティー、だからつまり……死? かな?」


「えっ? 何? 俺死ぬの? 不老不死になったのに!? 意味ないじゃん……」


 頷く神。


「だけどなぁ、普通は天界の決まりで君を殺さないといけないんだけど」


「だけど?」


「君さっき俺がナイフで心臓刺しても死ななかったじゃん」


 確かに。そう言われてみればそうだな。


「だから、君が死にたいと望まないと俺は君を殺せない」


「けどさ、俺が死にたいと望んで死を与えたところで神はその逆のものを与えるルールなんだろ?」


「そうだね、天界の決まりだし」


「だったら俺に生を与えるってことじゃん」


 頷く神。


「確かに、君はもう、殺せないわ……」


「だよな。それってさ」


「うん」


「俺、無敵ってことじゃね?」


「うん」


「…………」

「…………」

 しばらくお互いが沈黙になる。


 そして、お互いに空気を吸い込み、その吸った空気を同時に吐き出す。


「「マジかよ!」」


「えっ? どうすんの? 神さまぁ!」


 神は手を顎にのせ考える。


「うーむ、困った。……そうだなぁ、じゃあこうしよう!」


「こうって?」


「君が永遠の生を手にしたんだし、天界の決まりから逆のものを与えれば良いってことだから……ペナルティーだから……」


「だから?」


「君が人を殺そう!」


「は?」


「いや、だからぁ。君が永遠の生を手にしたんだしその逆のものってことだろ? つまり自分の生の逆、他人の死を与える」


「と言いますと?」


「つまり、君には人を殺し続けて欲しい」


「人を……ね……」


 うんうんと神は頷く。


「だから君はムカつく奴がいたら殺したって捕まらないわけだ、警察にもなんも言われない、俺が世界を作り替えておくよ」


「ほほう、そう聞くと良いね、つまり俺は何したって警察にも誰にも何も言われない」


「自由を手にするってこと。良くない?」


「確かに、良いね! 乗った!」


「そんじゃ決まりだな」






 その日から俺は人を殺し続けた。

 神に言われた通りに。

 最初は抵抗があった。でも、気づいたときには……なれていた。


 神が俺の犯罪を許すように世界を作り替えたせいか、いつしか欲にまみれ、犯罪をメチャクチャするようになった。万引き、痴漢、薬物乱用、その他もろもろ……。

 気づいたときには……俺は完全な自由を手にしていた。


「人生最高! てか、神はペナルティーを食らわすとか言っていたけどこれじゃあペナルティーどころか最高じゃあねぇか」


 ムカつく奴がいればぶん殴れる。


 欲しいものは全部ただ。


 女だって出来た。


 もはや俺が王。この世界の王!




 そんなことを思いつつ俺は神に言われた通り、人を殺し続けた……。


 毎日毎日。


 完全な自由を手にした。




 だがしかし、ある日異変は起こった。


 たしか神はこう言っていた。


『世界は微妙なバランスでなりたっている』


 と。




 俺は毎日、毎日人を殺し続けたのだ。つまり本当は死ななくていい人が死んでいった。


 それによって世界の人口バランスが少しずつ崩れていったのだ。


 少しずつ、少しずつ、気づかない程度に。




 気づいたときには……


 世界から人が消えていた。



 俺以外なにもいなくった。


 俺が欲にまみれて遊んでいる内に。


 世界には誰もいない。


 だから俺は願った。


 ――神さま、どうか人間を復活させてください――


 と。


 そう願った。


 だけど、神は一向に現れなかった。


 神はたしかこうも言っていた。


『神は人の願いがあるから存在するものなのだ』


 そう言っていた。


 気づいたときには……


 俺は人間ではなくなっていたのだ。


 ただ人間を殺し続けた、決して年をとらない、そして死なない。そんな生物に。


 そんな俺は、人がいなくなり、もう殺すものがなくなったからなのか、その日からだんだんと年をとっていった……。


 そして俺は、


 ――――死んだ。


 一人で孤独に。


 死ぬ前に思った。


 なるほど、ペナルティーってことすか……神様。


 俺はその後、ゆっくりと息を引き取った。



 するとその男の死体の上から、髪の毛のない神が飛んで舞い降りた。



「まったく、人間は、死にたいだの、死にたくないだの、欲にまみれすぎだ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ