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腰に帯びている二本の剣のうち一本を抜き、前にかざす。
俗に[エモノ]と呼ばれる種族固有の武器は、魔法を使うとき魔法力の媒体として使うことができる。猫種族である僕は曲刀を使っている。
その剣に自身の魔法力を流し込む。腕と剣が淡く光だしたことを確認し、スペルを唱える。
「キャスト・ア・スペル・オン・ア・パーソン」
ここで簡単なスペル講座をしよう。スペルワードには起句と中句と終句がある。今唱えたのは起句で、スペルワードを唱えるときはこれがないと発動しない。中句は発動させる魔法の内容を示していて、終句で魔法を発動させる。めんどくさかったりすると起句と終句をすっぱり切り落とすこともできるにはできる。
「エターナル・ユース・リベレーション」
淡く輝いていた剣からひときわ強い光が差し、教室を包み込んだ。僕のクラスメイトは驚き固まっている。何が起きたのか分かっていないらしい。それは当たり前のことだが。光がおさまっていく。おそらくぼくの見た目の上の変化は何もないだろう。しかし、確かな感覚がある。成功したという感覚が。
「な…………に……?今の」
僕の一番近くにいた兎の女の子、天が呟いた。ゆるりと首を傾げるのに合わせて頭上のうさ耳がゆれる。
独り言なのだろうが僕はそれに応えた。
「不老魔法のスペルだよ?」
後ろのほうでガタッという音がした。どうやらもう一人のクラスメイトの羊の男の子のスィオネが勢いよく立ち上がったらしい。牡羊の立派な角がサラサラな水色の髪からのぞいている。かなり混乱しているようだ。
「なんで……?君、今まで魔法の講義を真面目に受けたこともないし……もし仮に使えたとしても不老魔法を使える筈がない。だって三十歳でそれが成功したっていう例はないから……」
「なにいってるのさ。もちろん僕が魔法を使えない筈がないし、不老魔法が三十歳以下の者に使えないなんてルールもない。三十歳以下で使えないのはただ単に勉学を怠っていたっていうことなんじゃないの?」
まあ、僕だけには死んでも言われたくないだろうが。
「でも、それにしても、もし不老魔法だったとしたら銀河はスペルワードを覚えてない筈だけど……」
そう言ったのは最後の一人のクラスメイトの菊だ。いっつも何かしらぬいぐるみをもっている。鳥種族だが種類まではよく分からないらしい。
ちなみに銀河は僕の名前だ。
「んー……やっぱ君たち一回『英語』を勉強したほうがいいよ。あんなぬるい魔法講座よりも。僕が使ったスペルには記憶消去のスペルワードをいれてないんだ。だいたい、みんながみんな不老になったら一気に人口が爆発しちゃうじゃないか。だから、口伝いで伝わらないように記憶消去するしかないの。でも、そのスペルワードをいれるせいで成功率が一気に下がってしまう。だからあえていれなかったんだよ」
人間の作り出したものは蔓延していても人間が使う言語に関しては誰も詳しく調べようとはしないらしい。みんなよく分かっていないみたいだ。
「……証拠は?今唱えたスペルが不老魔法のものだっていう証拠はあるの?」
天が聞いてきた。
「それはもう、君たちが唱えるしかないよ」
みんな怪訝な顔でこちらを見たが僕は肩を竦めるしかない。
「そんな顔で見られてもねえ。こればっかりはそれしか方法がないよ」
「…………信じていいの?」
菊が無表情で言った。信じてくれるのはありがたい。
まだまだ幼い分、柔軟な思考ができるのかもしれない。菊が手を前にかざしスペルを唱え始める。どうやらエモノは持ってないらしい。
「キャスト・ア・スペル・オン・ア・パーソン・エターナル・ユース・リベレーション」
強い光が差し、ふわふわな菊の髪が巻き上がる。着ているワンピースも僕の簡素なものよりよっぽど豪華なのでその分美しく見える。
ゆっくりと光がおさまった。
「ん……。できた……」
心なしか嬉しそうな菊の声を聞いて、天とスィオネもそれぞれエモノを構え、スペルを唱える。どうやら僕より菊のことのほうが信用できるらしい。
別に、いいけど。信用がないのは自業自得だし。
「すごい……本当に……」
成功しているのは分かっている筈なのにまだ信じられないようだ。無理もない。
と、そのとき、先生が飛び込んできた。
「今の光……!なぜ!なぜこんなにも早く……が、学院長にお伝えしなくては……!」
そう言って再び教室を飛び出していった。忙しない先生だ。
正直今の言葉を言うためだけにこの部屋に飛び込んできたのかと考えるとだいぶおかしい。
「でも銀河、あんたなんでそこまで魔法の知識があるのに真面目に授業受けなかったのよ」
天が詰め寄ってくる。表情が若干鬼気迫る勢いで少し後ずさりしてしまった。こういう女の子って、ちょっと怖いよね。
「……だからだよ。まともに授業受けてたらそれこそつまらなくって精神崩壊しちゃうよ」
「そこまでか⁉」
勉強は嫌い。いや、授業が嫌い。僕らのためにならないことを延々と教え続け最後に僕らを訳の分からない社会に放り出す。そんな授業を受ける位だったら寝ているほうがよっぽどましだ。
「ねえ、それよりさ、さっき先生が学院長にお伝えするだのなんだのっていってなかった?」
「そういやそんなこと言ってたような……」
また別の事態を心配する二人。確かにいくらこの年齢でも簡単に唱えることができる不老魔法でも前例はないのだ。相当騒がれるに違いない。
再び先生が教室に入ってきた。だいぶ走ったようで息が上がっていた。
「今日は、このまま寮に戻り、外出を控えてください。食事は届けに行きます。入浴は部屋備え付けの浴槽で行ってください。絶対四人で固まっているように。四人部屋を用意しておきましたのでそちらに移動してください」
そう捲し立てるとさっさと歩き始めた。事態をよく飲み込めないまま僕らは先生についていく。
この歳だから何も考えてないのか知らないが僕らの構成は男2人女2人なのだ。少しは性別も考慮していただきたいね。
そうしてたどり着いた部屋は驚くほどに豪華だった。なぜこんな部屋にと考えながら部屋の中に入る。
全員が入った瞬間、扉が締まり、外から鍵を掛けられた。部屋の中にも鍵はあるので監禁というわけではないが、それにしたって何故こんなことを……と、考え込み始めて気づいた。鍵が魔法で閉められている。ということは外に鍵穴はな……
「ちょっと‼何よ‼事情を説明しなさいよ‼急に私達をこんな部屋に連れ込んで‼この部屋のグレードと私達への仕打ちが釣り合ってないじゃない‼」
天が扉を殴った。だいぶ行動力のあるうさぎさんだ。
それと怒るところが微妙に違うでもないが、天がいうことも一理ある。
「なんのために……」
菊も呟く。
「まあまあ、ちょっと落ち着こう、天」
すかさず天をなだめるスィオネ。さすが最年長。
「これが落ち着いてられるか‼むしろ危機感を持ちなさいよ‼」
ヒートアップする天。
「……天、おちけつ」
天をなだめ、菊は天を個室に連れていった。
「んーっと、どうする?」
とりあえずこの場に残ったスィオネに聞いてみる。
「いつも通りで、いいんじゃないでしょうか」
「なるほどそれは名案だ」
こうして僕らもそれぞれの個室に入っていった。幸い先生の言った通り食事も届けられ、時計もあるのでリズムを崩すことなく一晩を過ごした。
次の日の朝早く。乱暴にノックする音が聞こえてきた。寝ぼけて開けようとする天を制し、みんなで耳を澄ませる。外から声が聞こえてきた。
はぁ…自分の黒歴史に直面してるわけなので死にたくなるね
当時の自分は何を考えて俺TUEEEE状態にしようとしたのか