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公爵の反乱

 スチュアンティック家の本邸は、イザリエ王国東部のディファクターにある。数百年前、スチューリー王朝の初代王レオナルド2世のころに建てられた白亜の城だ。

 ヘンリーとイザベル、そしてアメリアは主にその城に住んでいるが、ディファクターは王都からは遠いため、王都に来たときには王都にある別邸に泊まっている。

 それが、ここアイルズフォースにある屋敷である。


 舞踏会が終わったあと、父と妹は本邸に戻ったが、アメリアはここに残っていた。


「アメリアお嬢様、今日のドレスはこちらでよろしいでしょうか?」


 朝、支度を整えながら、侍女たちが青いドレスを見せてきた。

 大きく開いた襟ぐりは装飾が少なくシンプルで、胸元から腰に及ぶ銀糸の刺繍が美しい。

 流行りのデザインではないが、伝統的なドレスである。しかし、大人っぽいデザインなのでアメリアに似合うかどうか。

 アメリアは、どちらかというと可愛らしい容姿であった。


「でも、昼食を一緒にいただくだけよ?少し派手じゃないかしら。」


「ですが、お嬢様。陛下にお会いするのですから、きちんとした恰好でないと行けません。」


「・・・じゃあ、こちらは?」


 アメリアが手に取ったのは、淡い藤色のドレスである。

 ゆったりとした袖口を飾るのは、チャコールグレーの繊細なレース。前身頃には、少し濃い藤色のリボンが飾られている。


「よろしいですわ。では、こちらを。」

 

 侍女たちがアメリアにドレスを着せて、髪を結い始める。


「お嬢様、髪飾りはどれにしましょう?」


「そうねぇ、金細工の、ほらこの前買ったものがあったでしょう?───あぁ、ブローチは夜光貝の裏打ちのされた、そう、サファイアの。」


「髪はこんな感じで?」


「とってもいいわ。いつも、ありがとう。」


 最後に、小さな白薔薇を模したネックレスをすれば、完成だ。

 大鏡の前にたち、全身を見てアメリアは頷く。


「・・・レオンも、気に入ってくれるかしら?」


 恋する乙女なつぶやきに、侍女たちが微笑んだときだ。


「お、お待ちください!そちらには、アメリアお嬢様が!」


 突然廊下から執事の叫び声が聞こえ、けり破られるように扉が開いた。

 漆黒のマントを纏った男を筆頭に、数人の灰色のマントの男が部屋に入ってきた。おそらく、王国軍のものだろう。マントの色は階級により濃くなり、装飾が増えるはずだ。その装飾が示す、漆黒のマントの男の階級は少佐。


「レディ・アメリア・スチュアンティックだな。」


 横柄な態度で、公爵令嬢に頭を下げることもしない男に侍女たちが不快そうな顔をする。


「どちら様でしょうか?」


 男の鋭い眼光に怯むまいと、アメリアは名門の令嬢らしくおっとりと笑って見せた。

 

「何か急ぎの御用なのでしょう?そうでなければ、誉れ高い王国軍の方たちが淑女の部屋にノックもなしに入ってくるはずありませんものねぇ。」


 そうでなければ許されないことだと含ませながら、アメリアは男に笑いかける。彼女の精一杯の皮肉だ。


「ご存じないのか。」


 その声色には、蔑みが含まれていた。男の唇の端が、下品につり上がる。


「私はイザリエ王国軍少佐、エリック・フォークナー。今日、こちらに伺ったのは、あなたの父についてだ。」


「父がどうかいたしまして?」


「あなたの父、ヘンリー・スチュアンティック公爵が反乱軍を起こした。」


「え・・・」


 耳を疑う言葉に、さすがのアメリアも微笑を崩した。

 虚を突かれたアメリアの表情に気づいたのか、フォークナー少佐は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「何かの間違いでは・・・。」


「残念ながら。公爵は先ほどディファクターの城を出発し、多くの軍勢とともに、王都に向かってきている。」


 まさか、父がそんなことをたくらんでいたとは気付かなかった。イザベルも城にいたはず。ならば、知らなかったのはアメリアだけということか。


「それでは、あなた方はわたしを捕らえに来たということですね。」


「ご理解が早くて結構。では、大人しくついてきていただけるな?」


 漆黒のマントをばさりとはらって、フォークナー少佐はその身を翻した。










 異常なほど静かな王城の廊下に、コツコツと軍靴の音が響く。

 両手首を戒められたアメリアの肩で、つややかな銀髪が揺れた。その細い肩が不安に震える。しかし、少しも怯えていないと示すように、真っすぐに前を見据えていた。

 フォークナー少佐が、廊下のつきあたりにある大きな扉を叩いた。

 

「国王陛下、アメリア・スチュアンティック嬢をお連れしました。」


「・・・入れ。」


 短く返答があり、扉が開かれる。


「失礼します。」


 フォークナー少佐に続いて頭を下げながら部屋に入ると、そこには数人の男たちが椅子に腰かけてこちらを睨んでいた。

 宰相アーレーンズ侯爵、国王近習ファドリック侯爵、将軍カーウェンス伯爵。五卿と呼ばれる高位貴族官僚のうち、4人。あとの一人は、ここにはいないスチュアンティック家ディファクター公爵である。

 そしてもう一人、中央で優雅に足を組んで座る青年。


「・・・レオン。」


 ふいにアメリアの心が揺らいだ。

 本当は怖く泣きたくてたまらないのに、アメリアの立場がそれを許さない。

 小さく呟かれた己の名を聞き、レオンハルトは眉間にしわを寄せて苦しげな表情をした。まるで、ほとばしりそうな激情を身の内で押し殺すかのように。


「レディ・アメリア。あなたは父君の反乱のことを知らなかったと聞いたが、それは真実であるか。」


 カーウェンス伯爵が重々しく口を開く。


「はい。」


「だが、レディ・イザベルは父君とともにいるぞ?」


「よく、分かりません。父が反乱の計画の立てていたことなど、存じませんでした。」


 言葉を、はっきりとゆっくりと紡ぐ。


「わたしに知らせずに反乱を起こした。ならばわたしは、人質にはなり得ませんね。」


 父はアメリアを見限ったのだろう。

 自分の意のままにならない娘など、反乱を起こす際はじゃまでしかない。

 ふっと悲しげに小さく笑みをこぼしたアメリアに何を感じたのか、アメリアに刺さる視線が幾分弱まる。

 

「アメリア・・・。」


 レオンハルトが何か言いたげにアメリアの名を呼んだ。

 もどかしそうに口を開いては閉じるが、何も言えない。

 あたりまえだ。

 婚約者として慰めたくても、彼は国王で、アメリアは敵の娘。

 

 (幻が終わったのね。)


 ずっと、レオンハルトとの穏やかな日々が続けばいいと願っていた。できることなら、彼の妃になりたいと。

 だが、所詮夢は夢でしかなかったのだ。


 レオンハルトは唇をかみしめ苦しげに息をつくと、兵たちに指示を出す。


「アメリア・スチュアンティックを、牢に連れて行け。」


 アメリアは縄を強く引かれてよろめいた。

 痛みに顔をしかめたが、毅然と前を見る。

 

「屋敷のものたちには、何もしないで。彼らも何も知らないわ。わたしなら、いうことを聞くから・・・」


 兵たちに連れられ、レオンハルトの返事は聞こえなかった。



 

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