婚約の証
あとあと考えてみれば、それもアメリアの嘘だったのだと思う。その証拠に、アメリアは王国軍に捕らえられたときでさえ取り乱さなかった。
叶わぬ望みだと知りながらも、きっとアメリアはそれを願っていた。
俺と一緒に過ごす永遠を。
あぁ、だからこそ彼女は「愛してる」と一言も口にしなかったのだ。
まったく、アメリアは俺のことをよく分かっている。
こんな時なのに、彼女を愛しいと思う気持ちは強くなる一方だ。
案外、俺という人間は、弱い人間だったのかもしれない。
真実を知ってもなお、おじけづく───いや、知ったからこそ。
こんな自分は、アメリアには知られたくない。
愚かで、卑怯で、弱い王。
でも、知ってもらいたいとも思う。
彼女ならば、受け入れてくれるのではないかと。
笑える。
なんて自分勝手なんだ。
でも、こんな俺でも彼女を助けたい。
そうしたら、もう一度笑ってほしい。
あの日のように。
思い出のあの場所で。
(レオンハルト王の手記「革命前夜」より)
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デイファクターのスチュアンティック家、居城の一室。
現公爵ヘンリーと、長女アメリア、次女イザベルがアフタヌーンティーを楽しんでいた。
「実は、イザベルに結婚の話が出てきたのだが。」
「え?」
突然の父の言葉に、アメリアは耳を疑った。
アメリアの二歳年下の妹、イザベルはまだ16歳である。
「誰?お相手は誰なの、お父様!」
当のイザベルは、目を輝かせてヘンリーに問う。
イザベルは金髪に父譲りのエメラルドグリーンの瞳の、身内のひいき目に見ても可憐な少女であった。
「国王陛下だ。」
今、すごく大変なことを聞いた気がする。
「えっ!本当に!?」
「あぁ。」
イザベルはもう舞い上がらんばかりだが、アメリアは言葉が出ない。
これは、レオンハルトが言い出したのだろうか。
いや、そんなはずはないだろう。
アメリアは、ちらっと左手の薬指を見る。
正確には、左手の薬指の指輪。手袋の下を。
「先日、王宮で会議があってな。別件で陛下はおられなかったのだが、23にもなった国王に王妃がいないというのはやはりどうかということで、王家の次に位の高い我が家に白羽の矢がたったのだ。」
「で、でもどうしてわたしではなくイザベルなの?」
たまらずに反論すると、ヘンリーは申しわけなさそうに言う。
「お前は、その髪がいかにも、だからな、反スチュアンティック派に反発されないように・・・」
アメリアは自分の髪を見る。
混じりけのない、冷たい銀髪。
「それに、お姉さまは社交が苦手でしょ?王妃さまになったら、いろんな人とお話ししなくちゃいけないじゃない。お姉さまには無理よ。」
いくらか見下した口調に聞こえるのは気のせいではないだろう。この妹は、姉であるアメリアを嫌っているのである。
「まぁ、そういうことだ。今度の舞踏会で、陛下にも申し上げるつもりだ。・・・イザベルも舞踏会に連れて行くからな。」
「本当?うれしい!」
二人の会話は、どこか遠いところで聞こえていた。
(どうして、だってわたしが・・・)
レオンハルトとのことは誰にも言っていない。
(・・・わたしが・・・)