打算なお茶会
三日後の昼下がり。
アメリアは、王宮レヴィンエーゼル城の奥庭にいた。
品のよい丸テーブルと猫足の椅子。アメリアは、さながら借りてきた猫のように警戒しながら腰を降ろしている。
薔薇の透かしが入った手紙に書かれた「王命」によって呼び出されたアメリアは、レオンハルトが来るのを待っていた。
「本当に来るのかしら?」
実は間違いだったとか、あるのではないだろうか。それならその方が良いと、アメリアが腰をうかせたときだ。
「本当に来たぞ?」
低いがどこか優しい、美しい声。
アメリアは、そんな声の持ち主を一人しか知らない。
「陛下っ・・・!」
慌てて振り向くと、いつ来たのかアメリアの背後にレオンハルトが立っていた。立ち上がって優雅に礼をとる。
「すまないな、待っただろう?」
「いいえ、大丈夫です。」
レオンハルトが椅子に座ると、侍女たちが次々とテーブルの上に菓子を並べていった。
どれも手が込んでいて、可愛らしい。鮮やかな赤のベリーパイ、オレンジのタルトタタン、とろりとチョコレートのかかったシュークリーム、色とりどりのマカロン。
お菓子は嫌いじゃない。思わず、アメリアは微笑んだ。
目の前のカップに紅茶が注がれると、ふわりと甘い香りがたちのぼる。
「お茶会だからな。女性が好みそうな菓子をつくらせた。」
シュークリームをほおばって、レオンハルトは幸せそうに微笑む。
「うまいぞ、お前も食べろ。」
もう一つと言って、チョコレートのたっぷりかかった部分をおいしそうに食べる。
まさか、とアメリアは思った。
「あの・・・陛下は甘いものがお好きなの?」
おずおずと問うと、レオンハルトは我に返ってはっと手を止める。
ふらふらと視線をただよわせ、最後には照れたように横を向いた。
「俺が甘いもの好きでは悪いか。」
そこにいるのは、もはや国王ではなく一人の少年だった。
叱られながらも開き直る子どものような表情に、アメリアはこらえきれずに噴き出しす。
「笑うな。」
むぅっと、レオンハルトが口を曲げた。そんな顔も、なんだか可愛い。
目尻にたまった涙を拭うと、アメリアはようやく笑いを引っ込めた。
「ごめんなさい。」
とりあえず謝り、アメリアは気を取り直してケーキに手を伸ばす。とろけるような舌触りに、アメリアはうっとりと目を細めた。
夢中になって食べていると、どこかあきらめたようなため息が聞こえた。
「まったく、俺の甘いもの好きを教えたのはお前が初めてだぞ?」
わずかに頬を染めて、真面目な口調でレオンハルトが言う。
「まあ・・・では、どうしてわたしには話してくださったの?」
「それは・・・。」
急に困ったようにレオンハルトは口を閉ざした。何かまずいことを言っただろうか。
「あ、あの・・・。」
「なぁ。」
レオンハルトが、意を決したような瞳でアメリアを見た。
「どうして俺とは踊れないんだ?」
どうやら、先日の舞踏会のことを言っているらしかった。
「それはこの前も言ったでしょう。わたしは、スチュアンティック家の娘なのですよ。」
あなたの敵の娘なのですよ。
心の中でそう付け足し、それ以上にはないと伝えるために真っすぐレオンハルトの目を見た。
しかし、レオンハルトも簡単には信じなかった。
「本当にそれだけか?」
「えぇ。」
アメリアは表情が変わらないように気を付けながらうなずく。
「わたしがあなたを憎んでいるわけではありませんが、立て前は必要でしょう。スチュアンティック家が王家の敵と公言しているから、貴族たちは今の均衡を保てているのではありませんか?」
王家に不満を持つ者は少なからずいる。
そして、そういう貴族たちは必ずスチュアンティック派となる。スチュアンティック家が、反国王派の中で一番力を持ち、血筋の良い家だからだ。
でも、それだけの力が集まってもスチュアンティック家が反旗を翻さなければ、他の者たちも動かない。
それが近年続いている、この国の均衡を保った平穏だった。
「確かに、先の戦争の後、スチュアンティック家が反国王派と名乗りながら、裏で反国王派を抑えていることは薄々気付いていた。」
これ以上の血を流さないためにと、スチュアンティック家は反国王派を抑え、王家を支えることに決めた。
レオンハルトはそう聞いているはずだ。
「ですから、わたしはあまり王家の方、とくに男性と親しくしてはならないのです。そんなことをすれば、言うことを聞かなくなる貴族たちが出てくるでしょうから。」
実際にはそんなつもりはなくても、スチュアンティック家が親国王派になったと思われれば、裏切り者と言う人がいるだろう。
貴族社会とはそういうものだ。
「俺はな、アメリア。」
レオンハルトが静かに言った。
「スチュアンティック家との対立とか、そういうものはなくしたいと思っている。」