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出逢いの庭

 イザリエ王国第三王朝ランリアティエ朝は、アルフレイド=ランリアティエ公爵が先王朝を倒したことによって興った。紋章は赤薔薇が巻きついた交差した二本の剣。人々はこの王家を「赤薔薇の一族」と呼ぶ。

 第二王朝スチュアンティック朝の時代、度重なる飢饉と重税で多くの餓死者を出したことにより、国民が各地で反乱を起こした。これを鎮圧し、尚且つ国民を救う為に王家打倒を掲げたのが、アルフレイド=ランリアティエ公爵である。その後、当時の国王は国外追放、王家の者は臣籍降下を命じられ、スチュアンティック公爵が出来た。


 ランリアティエ王朝第二代国王は、レオンハルト=ランリアティエである。異国風の名の由来は生母の出身国に由来する。レオンハルトが十二歳の時に父アルフレイド王が死去したため、若くして即位の後長きに渡ってその位に就いた。彼が後に王妃となる女性と出会ったのが、即位から十五年を祝う祝賀舞踏会である。


 (イザリエ王国史1巻より)







   **






 昔むかし、ある王妃さまは国同士の戦いのために王さまと離れ離れになってしまいました。王妃さまは、王妃さまであると同時に隣国の女王さまだったのです。王妃さまは、この国を出る最後の日、王宮の庭のどこかに大切な宝物を隠しました。それは『王妃の涙』です。戦いは王妃さまの国の負けでした。王妃さまは二度と、この王宮へ来ることは出来ませんでした。けれども不思議、その時から、この王宮の庭で恋の願い事をすると、王妃さまが叶えてくれるという噂があります。本当かどうかは、わかりませんけれどね。






   **






 十歳ほどの時だっただろうか。その日、仲良くなったばかりの王女さまに会う為にアメリアは王宮に来ていた。会ったのはほんの少しの時間だ。お喋りをしながらお茶をして、それからお気に入りの本を貸し合って別れた。帰りの馬車が遅れているというので、王宮の庭を見せてもらっていたのだ。すると、侍女たちとはぐれ、迷子になってしまった。そんな事情だったと記憶している。


「どうしましょう…」


 まだ王宮に出入りし始めて間もない子どもである。心細さに涙がこぼれそうだったが、貴族の十歳はもう立派な淑女であると教えられた。何より自分の肩口で揺れる髪の色が、隙を見せるな、という父の言葉をアメリアの脳裏にチラつかせる。

 背の高い木々の中、子どものアメリアにはまるで迷宮であった。どこまでも庭が続いていて、王宮内の建物は見えているのにたどり着けない。しかし、このまま進んでも仕方がない。くるりと後ろを向き、もと来た道を戻ろうとした、その時だった。


「何者だ。誰の許しを得てこの庭にいる」


 声変わりが始まったころの、少年の声が聞こえた。はっとして振り返る。そこには不審げに眉をひそめた美しい少年がいた。

 透き通った紫水晶の瞳と、獅子の鬣のように豊かなラズベリッシュブラウンの髪。まだ見ぬ王冠と錫杖、そして緋色のローブの幻すら浮かんでくるように思えた。王者の風格を纏った少年。そしてここは王宮。アメリアは一瞬呆気に取られたが、すぐに頭を垂れた。


「お、お許しください。国王陛下」


 辛うじて許しを請う言葉を発せたが、頭上からは大きな溜息が降ってくる。


「質問の答えになっていない。…迷子か?」


「申し訳ございません…!左様にございます。」


 返答を間違ってしまったのだと教えられて焦る。彼の機嫌を損ねることは、避けなければならない訳があった。そして同時に、アメリアがここにいたと彼に知られるのは宜しくないことである。


「ア、アメリアと申します。父のともで参り、お庭を拝見させて頂く間に侍女とはぐれてしまいまして…」


 そう言うと少年ーーー国王レオンハルトはふぅん、とさして興味もなさそうに頷いた。


「そうか。…ほら」


 そして彼が、アメリアに左手を差し出す。まさか、手をつなごうと言っているのだろうか。小さく首をかしげてレオンハルトを見上げると、彼は照れたようにうっすらと頬を染めた。


「…つれていってやると言っている」


 慌ててそう付け加えて、少年はアメリアの手を取って歩き出す。アメリアに拒否権はなかった。

 庭を進みながら、アメリアはちらりとレオンハルトの手を見た。彼の手は、剣を練習している人特有の傷がある。王族としての嗜み、というよりは実践を知る手だろう。アメリアの護衛を務める、元騎士団所属の男と似たような手をしていた。


「あ、あの…」


 彼はアメリアがどこの家の娘であるかわかっているのだろうか。わかっていて、こうして迷子のアメリアの手を引いているのだろうか。しかし聞くと墓穴を掘ってしまいそうで、アメリアはそれから先の言葉を飲み込んだ。


「す、素敵なお庭でしたわ。どこも素晴らしくて、目移りをしてしまって」


 不敬なことを言わぬように気をつけながら、こわごわとレオンハルトを伺うと彼は少し驚き、それから楽しそうな顔を見せた。


「そうだろう。しかしそれで迷子になってしまっては、どうしようもないな」


 なんて笑って言う。今度はアメリアが驚く番だった。レオンハルトは、笑うと印象が随分と変わるのだ。無表情だとまるで野生の獣のように鋭い気配をしているが、目を細めてくしゃりと顔を歪めると年相応か、それ以上に幼くて可愛らしい表情になる。意外なことに気づいてしまった、とアメリアはなんだかホットミルクの組み合わせると苦いチョコレートが美味しく感じることに気づいた時の気分を思い出した。


 しかしこの頃のアメリアは口下手で、社交界の貴婦人方のように殿方と上手く話すことなんて出来なかった。しかもアメリアと同じく、レオンハルトもまた自分からは会話をしようとしてくれない。それでも不思議だったのは、その沈黙が苦ではないと思ったことだった。

 しばらくすると緊張もほぐれて、アメリアの視線がふらふらと庭の花たちを追いかける。そんなアメリアを見て、レオンハルトが小さく声を出して笑った。


「手を離すなよ。また迷子になるぞ」


「まあっ、わたくしだって学習しましたわ。今、貴方とはぐれたら、今度は助けてくれる騎士さまは現れないかもしれませんものね…って、あっ!今のは聞かなかったことにして下さいませ!」


 揶揄われて思わず反論をしようとしたら、うっかり少女じみた返答をしてしまった。慌てて訂正をしたがるアメリアに、レオンハルトは更に笑みを深めていく。肩が揺れているところを見るに、声を上げて笑いたいところを、アメリアを思って我慢してくれているのだろうか。いっそ笑ってくれた方がこんな惨めな気持ちにならないのではないかとも思う。


「き、騎士さま……」


 (恥ずかしいわ…なんて事!騎士さまだなんて、物語の読みすぎよ。眠りの森のお姫さまだなんて、もうとっくに本棚の奥底にしまったでしょう!)


 いくら王宮の庭が御伽噺の世界のようでも、ここは現実なのだ。アメリアは王子さまに愛されるお姫さまではないし、どちらかと言えば意地悪お姉さまの方がハマり役だろう。そんな事を考えつつ、うっかり失言してしまうなんてまだまだ淑女の道は遠いとこっそりため息をつく。


「んんっ…ついたぞ。」


 わざとらしい咳払いをして、レオンハルトは垣根の間にある薔薇のアーチを指差した。


「あそこを進めばきっと侍女たちと合流出来るだろう。ほら、さっさと行け」


 レオンハルトは外まではついてこないらしい。アメリアも、侍女たちにレオンハルトと会ったことを知られたくなかったので都合が良かった。


「はい、陛下、ありがとうございました」


 あまりの若さゆえに忘れてしまいそうになるが、レオンハルトはこの国の王なのだ。アメリアは先日家庭教師に褒められた作法で礼をした。


「ああ、もう迷い込むなよ。……白薔薇姫」


「えっ……?」


 今、何と言った。しかしアメリアが聞き返す前に、レオンハルトは背を向けて歩き出す。


「ま、待って下さっ…」


「アメリアお嬢さまーー!?こちらにいらっしゃったのですね。もう、探したのですよ!」


 しかし追いかけることは出来なかった。迷子になってしまったアメリアを探していたのだろう数人の侍女たちが、アメリアの姿を見つけ駆け寄ってきたから。


「ごめんなさい、手間をかけさせてしまったわね」


「いいえ、ご無事で何よりです」


 侍女に促されて、アメリアはアーチを抜ける。ちらりと振り返ってみても、もうレオンハルトの姿は見えなかった。アメリアは妖精の悪戯にでもあってしまったのだろうか。しかしあの手の温もりは本物だったと思う。


「お嬢さま?」


「何でもないわ。行きましょう」


 思わず止まっていた足を再び動かし、馬車の待つ方へと向かう。白亜の城の華々しさは、アメリアの性に合わないようだ。


 時代の選択が違えば、この庭を我が物のように歩いていたのはアメリアだったかもしれない。しかし、歴史に「もしも」はない。アメリアの先祖は無能で無知だった。故に、追放された。同じ道を歩んではならないと、何度も繰り返し父に、教師に教えられる。そして最後にはこう続くのだ。



 ランリアティエは簒奪王朝です。


 真に王座に相応しいのは、このスチュアンティック。


 貴方こそ、スチュアンティック正統の血を引く者。



 最も王たるべきはアメリア=スチュアンティック、貴方だ、と。

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