王妃は願う
「今はとりあえず薬の効果で落ち着いていますが、あと数日もつかどうか・・・」
悔しそうに言う医師の言葉も、今のアメリアには届かない。
医師が部屋を出て行き、レオンハルトに少しは休めと言われても、アメリアはヘンリーのそばから離れるつもりはなかった。
「お養父さま・・・ごめんなさい。」
親不孝な娘で、ごめんなさい。
そう言いながら、アメリアはヘンリーの手を握りしめ、ずっとベッドのそばにいた。
「お姉さま!」
乱暴に扉を開けて駆け込んで来たのは、妹のイザベルだった。
「お父さまは?大丈夫なの?」
「今は眠っていらっしゃるから静かにして。」
少し話を、と言ってアメリアはイザベルを連れてバルコニーに出た。
「・・・話は聞いたわ、お姉さま。わたしも、お姉さまに謝らないといけないの。わたしも、お姉さまのことが嫌いだったわけじゃない。お父さまが、お姉さまのことばかり褒めるから悔しかったのよ。」
ごめんなさい、お姉さま。
イザベルが頭を下げるのを止めて、アメリアは力強く笑って見せた。
「あら、知っていたわよ。」
たとえ本当の姉妹でなくても、アメリアはずっとイザベルの姉をしてきたのだ。彼女がどう思っていたかくらい分かる。
「大丈夫よ、わたしだってあなたを嫌いになんかならない。だって、わたしはあなたの姉ですもの。」
───お姉さま、花冠ってどうやって作るの?
───そのドレス、とっても似合っているわ、お姉さま!
幼いころのイザベルが思い出された。
ふふっ、とアメリアとイザベルは笑い合う。
「ねぇ、イザベル。」
「なぁに?」
急に企むような表情をしたアメリアに、イザベルは首をかしげて問う。
「わたし、お養父さまの願いを叶えてあげたいの。協力してくれる?」
アメリアが、イザベルにそっと耳うちすると彼女はすぐにきらきらと目を輝かせて頷いた。
「もちろんよ!」
深夜、レオンハルトは反乱に関わる諸々の事後処理に追われて、執務室でペンを走らせていた。
控えめに扉が叩かれたのを、苛立ちながら返事をする。
「・・・あの、レオン。忙しかった?」
そっと入ってきたのは、彼の愛しいアメリアだった。
「あぁ、大丈夫だ。どうした?まだ、寝ていなかったのか?」
彼女は今、父の看病のために王宮に泊まっている。娘としては当然のことをしているのだが、レオンハルトは近くに恋人がいると思うとどうも落ち着かず、仕事をして紛らわせる今日この頃だ。
「あ、あのね、お願いがあるの。」
「ん?何だ?」
アメリアが自分から何かをねだるのは珍しいことだ。
アメリアがかいつまんで事を説明する。断る理由などなかった。
「それはいい考えだ。・・・ただし、条件がある。」
「え・・・?」
戸惑うアメリアを手招き、抱き寄せて耳にささやく。
「えっ、そんなっ・・・」
頬を赤らめておろおろとするアメリアが、とてつもなく可愛らしい。
「ほら、どうする?」
「・・・わ、わかったわ。」
おそるおそるアメリアがレオンハルトの頬に手を伸ばした。少し頭を下げてやる。
そっと、柔らかい唇がレオンハルトの唇に重なって。
レオンハルトは華奢な体をぎゅっと抱きしめた。
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両肩を露わにした、銀刺繍の美しい純白のウエディングドレス。長く引く裾には、いくつもの白薔薇の刺繍が散っている。
手に持っているのは、白薔薇と菫でできたブーケ。
高く結い上げた銀髪を飾るのは白薔薇と薔薇の編み込まれた長くヴェールで、王妃のみに許された王家の紋章を模した銀のティアラが輝いている。
アメリアが鏡の覗くと、そこには一人の王の花嫁───王妃がいた。
「わたしじゃないみたい。・・・何てきれいなの。」
あらゆる角度からドレスを見て、アメリアはうっとりとため息をついた。
「本当に・・・!とっても似合っていますわ、お姉さま!」
イザベルがきれいだ、きれいだとはやし立て、アメリアを飾り立てた侍女たちは誇らしげに胸を張った。
「アメリアお嬢様、国王陛下がおいでです。」
「まぁっ、お通しして!」
アメリアそっちのけで、イザベルが答えた。
侍女が扉を開けると、深いワインレッドに赤薔薇の刺繍がされた正装姿のレオンハルトが部屋に入ってきた。
「アメリア・・・」
アメリアの姿を見たとたん、レオンハルトは目を見開いて固まった。
「あの・・・どうかいたしまして?」
気に入ってくれなかったのだろうか。心配になって声をかけると、イザベルがニヤニヤと笑いながら、
「見とれていらっしゃるのだわ。」
などと言う。その言葉どおり、レオンハルトはうっとりと目を細めたままアメリアに近づいてきた。
「・・・あぁ、想像以上だ。」
と言って、一目をはばからずにアメリアを抱きしめた。
「ちょっと、レオン!」
妹も見ているのに。慌てて身をよじるがレオンハルトは離してくれなかった。
「・・・父君もきっと喜んで下さる。」
「・・・レオン。」
アメリアが叶えたかった、ヘンリーの願い。それは、倒れる前に呟いた父の言葉。
───お前の、花嫁姿・・・
アメリアがレオンハルトと結婚するのは国家行事。結婚式までには多くの準備と時間が必要なため、まだまだ先の話となる。しかし、父の体はそれまでもたない。だから今できることは、ウエディングドレス姿を見せることだった。・・・その条件にレオンハルトにキスを要求されたのは予想外だったが。
レオンハルトに衣装の準備をお願いしたときから七日、ようやくすべての準備が整った。
「そうね、お養父さまも・・・きっと。」
父の最期の願いを叶えるために。
「失礼します。・・・お父さま、起きていらっしゃいますか?」
イザベルが部屋に入ると、ヘンリーは体を起こして、ベッドの横の窓から外を見ていた。
「イザベルか、どうした?」
「実は、見せたいものがあって・・・」
その言葉を合図に、侍女がゆっくりと扉を開いく。アメリアはレオンハルトの腕に手を添えて、ゆっくりと並んで歩いた。
侍女たちが、アメリアのヴェールとレオンハルトの緋色のマントの裾を整えながら後ろについてくる。
レオンハルトが首から下げたペンダントが、シャラッと音を立て、ふたりの頭上では王冠とティアラが輝いた。
「アメリア・・・その姿は。」
驚くヘンリーに、はにかみながら言った。
「花嫁姿、見たいと言っていたから・・・」
寄り添うレオンハルトと目を合わせて、微笑む。
「公爵・・・いや、義父上。あらためてお願いします。アメリア嬢と結婚させてください。」
「・・・あぁ、こちらこそ。よろしくお願いします、陛下。」
細めたヘンリーの目から、ひとしずくの涙がこぼれる。
「お父さま。」
アメリアとイザベル、ふたりでヘンリーの痩せた体に抱きつく。ふたりが幼いころよりも、頼りなくなった父の体。
命の光が消えゆくその体に、せめて体温だけでも伝われと願いを込めて。
「幸せになれよ、アメリア、イザベル。」
───お父さま、ずっとずっと愛していますわ。