公爵の反乱3
王都の東の端、ハシュヴァ平原と呼ばれる場所で、スチュアンティック反乱軍とイザリエ王国軍は向かい合っていた。
それぞれに陣を構え、代表者を交渉に行かせるていたのだが、それだけではらちがあかず、双方の指導者同士で話し合うことになったのだ。いきなり戦争をするのでは、双方とも利がない。それを分かった上で武力行使をせずに交渉が始まった。
「ディファクター公爵にお聞きしたい。なぜ、今になって反乱を起こしたのだ。」
レオンハルトにとって不思議だったのはそれだ。
イザベルの王妃推薦を断られたからでは、理由としては弱すぎる。それに、アメリアが王妃になるというのに。
「アメリアと婚約をして、油断していると思ったのだ。我々はずっと反乱の時期をうかがっていた。かつて我がスチュアンティック家が有していた、王位継承権を取り戻すために!」
ヘンリーが胸をそらして叫ぶと、反乱軍からは歓声が湧き起こった。
「それは先の戦争で決着がついたはずだ。長年の戦争の末、スチュアンティック家からラン=シュバーウェン家に王朝が変わった。それを理解したからこそ、スチュアンティック家は一公爵家となることを了承したのではないか?」
「一公爵とは無礼な!ラン=シュバーウェン家は武力という野蛮な力で王位を奪った。このヘンリー・スチュアンティック、命をかけてでも我が一族の名誉を取り戻す!みなのもの、剣の抜け!」
ヘンリーの声で一斉に剣を抜く、甲高い金属音が曇天の低い空の下で反響した。
レオンハルトをはじめ、王国軍の兵たちが身構えた、そのときだ。
「お待ちください!」
これから血の海となるこの場にふさわしくない、若い女性の声が聞こえた。
二頭のひづめの音が坂を駆け下りて、レオンハルトとヘンリーのいる中央へと走る。
砂ぼこりを巻き上げ、雨を誘う強風に輝く銀髪をなびかせるその少女。
「アメリア!」
愛しい少女の登場に、レオンハルトは驚きのあまり剣を取り落とした。
牢の中で、アメリアはずっと考えていた。この先、スチュアンティック家が歩む最悪の道のりを。
戦争が終わり、さらに結束の強まったイザリエ王国軍。そして、歴代の王の中でも賢王と呼ばれるに値する君主、レオンハルト王。
そんな彼らに、寄せ集めの反乱軍が勝てるはずがない。
(父や反乱の中心人物はすべて処刑、そうでなくてもなんらかの処罰がされるはず。)
反乱に関わった家は領地没収、爵位剥奪となるだろう。
(わたしのすべきことは・・・?)
その時、頭をよぎったのは、優しいあの声。
────お前はスチュアンティック家を守れる、唯一の存在だ。
(わたしは、わたしはスチュアンティック家を、平和を守る。)
そのためには、あの秘密を打ち明けなくてはならない。
(なにが正しいのか、分からない。それでも、わたしには守るべきものがある!)
「剣をおさめてください。少し、わたしの話を聞いてもらいたいと思います。」
「なにをしている、アメリア。」
レオンハルトが怒ったような口調で問うた。
「レオン・・・。いえ、レオンハルト国王陛下、この反乱に際し陛下はスチュアンティック家をどのような罪状で裁かれますか?」
「は・・・?当然、国家反逆罪で領地没収及び爵位剥奪だろう。」
なにをあたりまえな、とでも言いたげにレオンハルトは答えた。
「であれば、お願いしたきことが。」
「なんだ、言ってみろ。」
長きに渡り栄華を誇ったスチュアンティック家。アメリアは、それを今しばらく後世に繋ぐため、卑怯な一手を打つ。
「その罪状はどうかスチュアンティック家ではなく、ヘンリー・スチュアンティック一人だけにしてください。・・・スチュアンティック家は利用されただけなのです。」
「な、何を言っているアメリア!」
ヘンリーは慌てふためき、レオンハルトは眉根を寄せた。
今回の反乱での罪人はヘンリー。
しかし、これからアメリアも罪を背負うことになる。
家のため、家族を切り捨てるアメリアも。
「国王陛下にお詫び申し上げます。わたし、アメリア・スチュアンティック、ならびにスチュアンティック家一同、長い間陛下に偽りを申し上げておりました。」
「おいっ、アメリアやめろ!」
ヘンリーが声を荒げる。
「実は・・・」
「どうなるか分かっているのか?!」
「ヘンリー・スチュアンティックは・・・」
「やめろぉっ!」
アメリアは深く息を吸い込み、自らの罪とともにはき出した。
「先々代、スチュアンティック公爵の庶子であり、先々代、先代を戦争のどさくさに紛れて殺した、張本人です。」