俺に何か隠してないか?
「お待ちしておりましたよ。……おや、どうかなされましたか?何か空気がモヤモヤとしている気が……」
「聞かないでくれ」
第四出口で待っていたピータンが訝しげに首をかしげる。
「なんでもないんだ、な、フィル」
「はい、何でも……」
フィルは相変わらず落ち込んでいた。
イデアが使えない護衛としての自分にショックを受けているらしい。
打たれ弱すぎるだろ、こいつ。
「ま、まぁ何でもないのならいいのですが」
空気の読める男ピータンはそれ以上聞いてこなかった。個人的にはアンタが護衛だったら良かったよ、ピータン。
「ところで、カムランはいないのか?せっかくだしお別れも言っておきたいんだけど」
俺がそう言うとピータンは申し訳なさそうな顔をした。
「いえ、カムラン様は……ヨイチ殿の顔を見て笑わない自信が無いとおっしゃっていて……」
「よし、ちょっとぶん殴ってくる」
「おやめ下さい!どうして貴方はそう行動が早いのですか!待って!大ホールに向かわないでください!」
出口からくるりと向きを変え、大ホールに向かう俺をピータンが必死に止める。
あの野郎……帰ってきたら絶対嫌がらせしてやる。何を嫌がるか見当もつかんが。
「ふぅ……本当に貴方は困ったお方だ。カムラン様がお若くなられたらこうなるのでは無いのでしょうか」
ピータンはそう言って苦笑いを浮かべた。
心外だなピータン君。全くもって心外だ。俺があんな畜生になるとでも?
「あぁ、そうだ。カムラン様からこれを預かっておりました」
ピータンはそういって懐から白い布切れを取り出した。
「これは?」
ピータンから受け取りそれを開く。
「真実の手袋です」
俺はピータンの言葉を聞くと同時に手袋を地面に投げつけた。
「あぁっ!何をするんですか!」
「あっぶねぇ!いきなり発火するものなんて俺に渡さないでくれ!心臓に悪いだろうが!」
目の前で発火するところを見てるだけにめちゃくちゃ恐ろしい物に感じる。
「本来発火するようなものでは無いのです!少し熱を持つだけで。あの時はあの空間そのものが嘘のようなものでしたし、その上貴方が稀他人では無い、などとおっしゃった為に燃え上がっただけです」
ピータンが手袋を拾い上げながら言った。
俺のついた嘘はそんなに大きな嘘だったってことか?その時は稀他人じゃないって思ってたんだよ。実際コンスタンティンにもそう言われてたし。
そんなことを考えながらピータンから恐る恐る手袋を受け取る。
……少し暖かい?
「ピータン、なんか嘘ついてないか?」
「え⁉︎いえ?何も嘘などついていませんが……?」
あからさまに怪しい受け答えだったが手袋の温度は変わらない。あれか、ピータンの懐に入っていたから体温が移ったのか。
……一応質問を変えてみる。
「ピータン、俺に何か隠して無いか?」
「……か、か」
「か?」
「隠して、おります」
ピータンはそう言ってうな垂れた。
嘘はつかないんだなやっぱり。隠し事はセーフなのか。
「何を隠してる?言ってみろよ」
「いえ!それはその!」
「ヨイチ様!早く出発致しましょう!」
さっきからずっと静かに控えていたフィルルグが急に話に割り込んできた。……となるとフィルルグ関係か。
「行きましょう!さぁ!早く!」
フィルルグがそう言って俺の手を掴んだ。俺の右手を。
それと同時にフィルルグの体が光り始める。
「「「あ」」」
三人同時に綺麗に声を上げた。
「う、うおおおおぉぉぉ!」
俺は叫んでいた。何故なら光が消えた時俺の手を握っていたのが美少女だったからだ。
肩口までの長さの白い髪、凛と澄んだ青い瞳、俺より少し高い身長に、主張の控えめな胸。
白いローブを羽織っていて、ローブの中はチューブトップみたいな服にホットパンツという大変ご馳走様な格好をしている。
なんだこれ可愛い。
ピータンが手を目に当て天を仰いでいる。
フィルルグ?は申し訳なさそうに俺に頭を下げた。
「申し訳ございません、民長がどうしても、と言って聞かなくて。民長はもう少し引っ張ってからバラすつもりだったようですが……」
俺は状況がイマイチ把握出来ずとりあえず握られている手をしっかりと握りなおした。
目の前の美女は困ったように笑っている。
「フィルルグ……さん?」
「はい……あはは」
フィルルグはそう言って空いている手で頬をぽりぽりとかいた。
なんとなく整理出来てきた。フィルルグは姿を呪いで変えられていたんだ。だから俺の解呪で姿が変わった。そしてフィルルグに呪いをかけた奴は俺をびっくりさせるためにこれを行った。
俺は少し前に話した男の言葉を思い出していた。
『おっかしーですなぁあぁあ。昨夜護衛を選んだ時はぁあぁあ、確かに女の護衛を選んだと思うのですがぁあぁあ』
『フィルルグが女から男になってしまったんじゃないでしょうかねぇえぇぇ…………ぶふぅっっつ!』
俺はある事に気づいて周りをキョロキョロと見渡す。仕掛け人があいつなら、見に来ていない訳がない!
そして廊下の曲がり角からこちらを除く人影を見つけた。その人影は頭の上に両手で大きな丸を作っていた。
人の嫌なことがわかる奴は、人が喜ぶこともわかるってことか、カムラン。なぁにが嘘を嫌う種族だよ!あんた嘘ばっかじゃねえか!
グッジョブ!ナイスドッキリだったぜ!
俺はカムランに見えるようにしっかりと親指を立てた。
「行ってらっしゃいませぇ!稀他人殿ぉ!世界を、頼みましたぞぉ!」
カムランもそう叫んで親指を立てる。
カムランに対する恨みは、すっかり消えていた。
とても爽やかな気分だ。旅立ちにふさわしい。
「それじゃあ、行こうか。名前はフィルルグのままでいいのか?」
「はい、偽名は使っていません!私はフィルルグです」
「そっか、改めてよろしくな、フィル」
「はい!」
そう言ってフィルが笑う。美しい笑顔で。それだけで、稀他人になって良かったと思える。
俺は熱が冷めたのを確認して、真実の手袋を右手につけた。解呪は常に発動しっぱなしということだからそう考えると丁度いい。
そして手袋をつけた手でピータンと熱い握手を交わす。
「ピータン、帰ったらまた、一緒に飲もうな!」
「はいっ!ヨイチ様と酒を飲んだことはありませんが、必ず」
おや、そうだったのか。酒を飲んだ時はみんなオークの姿だったからわからなかったな。
第四出口の扉に両手を当て、力一杯押す。重たい扉が少しずつ開いていく。
開いた扉の隙間から眩しい光が差し込んでくる。
木々の葉が揺れる音が心を落ち着け、鳥のさえずりが俺に希望を抱かせる。
俺はフィルと共にハクアミロスを出た。
さぁ、旅立ちだ。この異世界で、俺の冒険の旅が、始まる。
……ちょっと待てよ、俺はカムランのドッキリなんていうアホなことで貴重な解呪を使っちまったのか?
解呪残り回数・28回
やっと旅立ちです。旅立ちまで9話かかるとは思ってませんでした。
ここからやっと異世界ものらしくなっていく予定なので楽しんでいただけると嬉しいです。