俺に出来るだけ、頑張ろう。
結論から言うと、俺の体に起こった変化はとても大きなものだった。身体能力全般が底上げされていたのだ。今まで棒の様だった腕には適度に筋肉がつき、まな板の様に真っ直ぐだった胸はある程度盛り上がっている。腹なんて夢のシックスパックだ。
まるで雑誌のモデルの様な体を手に入れてしまった。おまけに視力まで上がっている。
まるでどこかの蜘蛛に噛まれたスーパーヒーローみたいだ。試しに例のポーズをとってみたが当然手首から糸が出ることはない。ふむ、アメイジングな方か。そう考え首元に手をやってみるがそこからも糸が出ることはなかった。どうやら俺はスパイ◯ーマンではないらしい。
その様に俺が寝室に備え付けられていた鏡の前で様々なポーズをとっていると不意にドアが開かれ、
「何をやっているのですか、ヨイチ様」
呆れ顔のピータンが入ってきた。ノックをしたまえよ君、マナーだぞマナー。
そのままピータンに連れられ食堂に向かう。槍の民は朝食は皆でとるのだそうだ。なんか合宿みたいだな、行ったことないけど合宿。
食堂も御多分に洩れず馬鹿でかかった。ただホールにあった様な装飾はなく、落ち着いて食事ができる様にかシンプルな作りになっていた。嘘みたいに長いテーブルが食堂に三つ並べられ、更にそこに数百人のエルフ、もとい槍の民達が並ぶ。こんなにいたのか俺のエルフっこ達よ。この中から四六時中一緒にいる様になる護衛が選ばれると思うと感無量ですね。
「稀他人殿ぉ、こちらへぇ!」
声のほうを向くとカムランが俺に向けて大きくゆったりと手を振っていた。カムランは三つ並んだ長机の内真ん中の机、そしてその端に座っていた。いわゆる「お誕生日席」だ。よく目を凝らして見ると隣の席が空いている。そこに座れということだろう。実際に遠くのものが見えると視力が上がったことに実感が持てるな。
「それでは失礼します」
ピータンはそう言うと俺を抱え上げ、そのまま勢いよく放り投げた。…………え?
風を切る音が聴覚を支配する。
頬の肉が波打っている。
俺は風を切って空を飛ぶ。
俺は風になって空と遊ぶ。
ピータン、こんな貴重な体験をさせてくれてありがとう。
俺が無事救世主となった暁には、バニーコスで神殿を徘徊させてやる。
そういえばせっかく空を飛んでいるのにイヤッホーゥだとか、イェーーーッだとか叫んでないな。せっかくだから叫んでおこう。
「しーーーーーーぬーーーーーーーーーっ!!!」
あれ?内容を間違えたか。俺ったらうっかりさん。それはともかく……死ぬのかな?俺。
『風の加護を かの者に』
不意に風の音の中にカムランの声を聞いた。不本意だが安心する声だ。不思議と心が安らぐ。だが、その安らぎは長くは続かなかった。
俺の体を囲う様に小さな竜巻が出来たのだ。その竜巻は俺を地面へと引き寄せていく。床との距離はどんどん詰められて行き、床に叩きつけられる、と思い咄嗟に俺が体を丸めたのと同時に再びカムランが何やら呟いた。
何が起きたのかは分からないが、気がつくと俺は華麗に着地していた。
巻き起る拍手喝采。すぐ隣ではカムランが満足げに手を叩いている。ふとピータンのほうを見ると、俺に向かって深々と頭を下げていた。
なるほどどうやらこれらは全てカムランの企みだったようだ。
大方パッとしない俺を凄い奴だと思わせるためのパフォーマンスなのだろう。昨夜の宴の時の皆の喜びようを見ているとそんなものが必要なのかと疑問にも思えるが、昨日の宴に参加していない連中でもいるのだろうか。
「ぶふぅっっ……し、しぃ〜〜ぬぅ〜〜〜〜…………ぶふぅっっっ」
あぁ、違うな。カムランが楽しみたかったのが一番の理由だろう。こいつマジで性格クソだな。
遥か彼方からひたすら俺に頭を下げ続けるピータンを見て、俺はホロリと涙を流した。
ピータン……アンタマジで大変だな。
「そんなに怖かったのですかぁ?ま、稀他人殿ぉ………くっくっく……」
「その性格の悪さを隠そうともしないところ、嫌いじゃないぜ。あんた自体は大っ嫌いだけどな」
もはや敬語を使うのもバカらしくなった俺がカムランを睨みつける。カムランが俺の下半身を見て笑っているのは、膝が産まれたての小鹿のごとく震えているからだろう。
そんなこんなで朝食が始まった訳だが、正直言って俺は朝食に集中することは出来なかった。
もちろん、護衛の件があるからだ。一体どの子が俺の護衛になってくれるんだろう。
確か俺がした注文は美しい顔立ちで、ショートカットで、俺に忠誠を誓ってて、足に自信がある子、といった具合に言ったと思うんだが……あの子か?いやそれともあそこの…………待てよあの子も捨てがたい!
「稀他人殿ぉ、何やらお変わりになられましたねぇ」
カムランがナスみたいな野菜を頬張りながら俺に話しかけてきた。俺はそれどころじゃないってのに。
「あぁ、そうだな」
「どうやら体つきがよくなられた様だぁ」
「そうみたいだな」
「昨日は赤子の様な体をしておられたので心配していたのですがぁ、成る程成長途中でしたかぁ、これから育ってゆくのですねぇ」
「悪いちょっと黙ってて……今なんて?」
赤子がどうとか成長途中とか聞こえたんだが?
「いえ、ようやく少年期程度の肉体になられたので恐るべき成長速度でそのまま育って行き、いつかこの世界の平均程度の肉体になるのだろうなぁ、と」
カムランはいつもの意地の悪い顔ではなく、俺が聞き返したことに驚いている顔だ。この筋肉が少年期?いやいや、このマッスルマン捕まえて少年期?……そういえばさっきピータンにすっごい力で放り投げられたな。
…………異世界、怖い。
「いや……これが上限だと思う、多分」
多少なりガッカリされると思った。カムランは俺をからかい続けてはいるが、稀他人の俺に期待はしているだろう。「なんだ、その程度か」と言われると思った。
「それでは鍛錬せねばなりませぬなぁ!頑張ってくだされぇ?」
カムランはそう言って笑った。失望するでもなく、からかうでもなく、俺を励ました。
こいつ、人が本当に嫌がるところは弄らないのか。……だからピータンもこいつについていくのかな?
「あぁ、未熟者だけど頑張るよ」
まぁ俺に出来るだけ、頑張ろう。




