言葉の壁なんて俺にかかればひとっ飛びだ。
「いきなり指輪とか重いので話しかけないでいただけますか?」
それが翌朝クリスティーナから俺に送られた言葉だった。
「いや、お前話聞いてたか?これで俺がわざわざ口に出さなくてもちゃんと他の民族が言ってる言葉が通訳されて伝わるようにになるんだよ」
「何ですか、そうやって人の指を独占しようとしてるんですね?気持ち悪い、死ねば良いのに」
何なんだこいつ……。マジでぶん殴ってやりたい。多分勝てないけど。
「ヨイチ様ヨイチ様」
フィルはそんな様子を見かねて手招きで俺を呼ぶと。
「ヨイチ様はご存知ないかもしれませんが、槍の民にとって指輪のプレゼントとはプロポーズと同じ意味を持つのです。昨日のこともありますし、理解はしていても内心びっくりしているのだと思います」
と小声で言った。
なるほどな、あのクソ天使、知ってて指輪にしたな。
昨日のことはちゃんと説明して一応は誤解を解いたものの、爪痕は深いな。
《「それでは本当にそう思ったことは一度も無いのですね?」》
何て聞かれたら黙っちゃうよな。
さて、どうしたものか。
……あぁ、何だ簡単じゃないか。
「フィル、これをお前からクリスティーナにプレゼントしてくれ。女同士なら何も問題無いだろ?」
俺の言葉にフィルがナイスアイデア、と言わんばかりに手を叩く。
すまない、フィル。お前を犠牲にすることになるなんて。
「それじゃあ俺はギーグさんと話があるから」
そう言って俺はフィル達の元を離れた。
「おおおお姉様! 私も愛しています‼︎ 式は……式はどこであげましょうか‼︎」
「ヨイチ様ぁ⁉︎」
……南無三。
俺がキャンプの中心部に向かうと、これからの旅に同行するメンツが集まっていた。
今から向かうのは一応敵地、あまり多いと目立つ上に指輪の数が足りない、ということでメンバーは少数精鋭。俺を含めて7人だ。
まず当然俺、フィル、クリスティーナの3人。そこに民長と話をつける役割のギーグ、ギーグの補佐のルーダル、敵の警戒の為にキャンプで最も目が良いペグー。そして昨日クリスティーナと喧嘩していたロラーンだ、キャンプの中でも腕が立つらしい。
「おっ!タナカヨイチ、タナカヨイチだな!」
荷物の確認をしていたロラーンが俺を見つけて声をかけてきた。
「あぁ、あんたはロラーンだよな。今日からよろしく頼むよ」
そう言って俺が手を差し出す。それをロラーンが不思議そうに見つめた。
「あんたは何をやってるんだ?」
ロラーンが不思議そうに首をかしげる。
そうか、槍の民に握手の文化があったからって他の民にもあるとは限らないのか。
「握手っていうんだ、友好の証だよ。俺と同じように手を出してくれ」
不思議そうに差し出された手をしっかりと握る。
「これが握手だ」
「へぇ、ちょっと危ねぇな」
ロラーンはそう言って笑った。
確かに、爪が鋭い爪の民には向かないかも知れない。ちょっと爪当たったし。
「ヨイチ、指輪は渡せたのか?」
俺を呼ぶ声に振り返るとそこには準備を終えたギーグが立っていた。
「あぁ、あんたのお陰で色々面倒な事にはなったけど何とかな。これからはあいつらから変態扱いされるだろうが頑張ってくれ、ギーグさん」
「俺は変態ではない。雄なだけだ。盛ってこその雄。そうだろう?」
「ちょっと何言ってるか分からないです」
俺達は昨日の出来事のお陰かすっかり打ち解けた。
今では俺はギーグに対してタメ口だし、ギーグは俺の事をヨイチと呼ぶようになっている。
「そう言えば、あんたらはもう指輪つけてくれたのか?」
爪の民達にそう呼びかけると皆は「おう!」と手を掲げた。
皆の大きな手に指輪が光っている。
「しかしまぁ、指の大きさに合わせて指輪の大きさが変わるなんて、便利なもんだな」
「何言ってんだ、指輪なんてそんなもんだろ?」
「何言ってんの?」
この世界では装備品は基本、そういうものらしい。異世界怖い。
「それにしてもこんな強力なイデアが込められた代物、よく手に入りましたね。一体どこで?」
声の方を向くと指にはめられた指輪をうっとりと見つめるクリスティーナがいた。
「あぁ、旅を色々サポートしてくれる奴がいるんだよ。稀他人だからな」
「まぁ出処なんて興味ありませんけど」
「お前マジで舐めてんだろ」
クリスティーナは俺に見向きもせず指輪を眺めている。どんだけフィルから指輪もらったのが嬉しいんだ。
「あ、そうです。テストがしたいので少し指輪に魔力を流してくれます?」
ようやく指輪から視線を外したクリスティーナが言う。
「まぁいいけど、変なこと言うなよ」
そういって俺が魔力を指輪に流す。指に意識を集中、指輪の辺りを温めるイメージ!
ちゃんと魔力が通ったのか指輪がぽうっと淡く光った。
クリスティーナはそれを確認すると。
「聞こえますか毛むくじゃらども。この旅の間、お姉様並びに私を淫らな目で見ないで下さいね。私が不快な視線を感じたら即去勢しますので。良いですね?」
「「「ンだとゴラァッッ‼︎ 」」」
俺は即座に魔力を切った。
「ちゃんと機能しているようですね。良かったです」
クリスティーナが満足気に立ち去ろうとするところにキレた爪の民がゆらゆらと近づいて行く。
「テメェ良い度胸してんじゃねえか」
「俺達が淫らな目で……誰を見るって?」
「どうせ見るなら貴方じゃなくてフィルルグさんを見ますよ」
あぁ、可哀想なペグーとルダール……初台詞がクリスティーナに対する誰がどれを言ったかも分からない台詞だなんて……。
それにしてもクリスティーナは下を向いて何をブツブツと……まさか。
「おい!タナカヨイチ!こいつ何言ってんだ⁉︎指輪発動させてくれ!」
苛立つロラーンが叫ぶ。いやいやそんな話じゃないんだ。
「何言ってるかなんてわかんなくていい!それより早く逃げろっ‼︎」
「は?何言ってぽがふぁっ!」
三人の口から一斉に大量の水が溢れ出した。遅かったか。
あのやろう、仲間にイデア放ちやがった。自分が悪いのに!
「……私に敵意を向けたらどうなるか、理解出来ましたか?犬ども」
クリスティーナはイデアを解くと、にっこり笑ってそう言った。
狂ってやがる。
「……やはり、良い」
隣の変態が何か言った気がしたが聞こえなかった事にした。
ギーグは出来るだけクリスティーナやフィルには近付けないようにしよう。
「む、しまった、あれを忘れてきた」
俺の横で変態……もといギーグが呟いた。
「あれって?」
「民長の機嫌をとるのに役に立つものがあるんだ。少し待っていてくれ」
そう言ってギーグは自分のテントの方へ歩いて行った。
お土産か、何だろう。肉かな。
……そういえば。
「おいクリスティーナ、フィルはどうしたんだ?」
「貴方が無能なせいで無くした荷物を作り直さないと行けないから少し遅れる、と言ってましたよ」
言いながらクリスティーナは水の飲みすぎて倒れたロラーンの腹を踏んで水を吐かせていた。
ロラーンの口から水が噴水のように上がる。
……クリスティーナがいれば水で困ることはないな。
というか、荷物、惑いの森で猿に盗られたままだったな。……確かに俺が取り返せなかったんだけど、森で野生の猿を捕まえろって方が無理な話じゃないか?この世界の住人ならともかく。
などということを考えていると。
「輝けるお嬢ちゃん、今から俺と眩しい一時を、共に過ごさないか?」
という歯の浮くような台詞が後方から聞こえてきた。
声の方を向くとフィルと何かキザったらしい印象を受ける狼男がいた。
「え?あの……何を言っているかさっぱり。あの、今指輪が発動していなくて……。えーっと、あ! ヨイチ様! この方が何を言っているか分からないのですが!」
どこから現れたか分からないあのキザな狼は、どうやらフィルを口説いているようだ。
……ほほう?俺のフィルを口説く、だと?
「分かる、分かるぜ。答えはもちろんイエス、だろ? 言葉の壁なんて俺にかかればひとっ飛びだ。この先にめちゃくちゃ輝ける場所があるんだ。2人で、輝かないか?」
などと抜かすクソキザ野郎に向けて、俺は最強の爆弾を投下した。
「ゴー‼︎ クリスティーナ‼︎」
「犬畜生風情がお姉様に色目使ってんじゃねーですよ‼︎ ガルルルルルゥ‼︎」
唸れ‼︎クリスティーーーーッナ‼︎




