さぁ 踊りましょう。
モルガナは脱出手段を隠し持っていた。
何とか動かす事のできる左手でスカートの端を千切り、それに魔力を込める。魔力を乱されて上手くイデアを扱う事は出来なくとも、物に魔力を込める事程度は出来た。
魔力を流されたスカートの切れ端が鈍く光る。
この世界には魔具と呼ばれる物が存在している。魔力を流し込む事であらかじめ込められたイデアや呪いが発動する、という物だ。
先程モルガナが地雷式だと考えたカムラ=ヌムルグのイデアも、魔具である鎖とイデアを組み合わせたものである。
そう聞くとお手軽そうに感じるが、魔具はイデアや呪いを込めた本人の魔力にしか反応しない、謂わば緊急用アイテムである。イデアの呪文を唱える暇がない、しゃべる事が出来ない、などの状況において用いられる。
モルガナのスカートに込められたイデアは召喚術であった。転送術の応用、同じ布を対象の身につけておく事で何処にいても魔力を込めるだけで対象を呼び寄せる事が出来るという物である。
今回呼び出されたのは対魔力獣ギララグラムのララである。
自らの弱点が拘束などによる束縛であると認識していたモルガナはあらかじめ、強靭な牙を持ち魔力に対する耐性を持った魔獣ギララグラムを手懐けていたのだ。
モルガナは転送されたララに鎖を噛み砕かせ、さらに魔力で封印された扉を破らせた。
モルガナは部屋を出ると呼吸を整え、呪文を唱え始めた。
『さぁ 踊りましょう
暗闇の足音が聞こえるわ
私を追う音が聞こえるの
寂しいのは嫌いよ 繋がりましょう
部屋が暗いの 扉を開けて
アナタはだあれ?アタシはだあれ?
暗闇覗く その顔だあれ?』
モルガナが唱え終わる頃にはモルガナの周りは深い闇に包まれていた。
闇は広い廊下を覆い尽くす程にまで広がった。
その中から一人、また一人と武装した人間や魔獣が現れる。
その数はハクアミロスにいる槍の民の総数を優に超える程だった。
モルガナは呼び寄せた群衆を見渡し、言った。
「さぁ、お仕事の時間よ。……殲滅なさい」
モルガナの言葉に皆が禍々しい雄叫びをあげる。
闇から現れた者達は思い思いの方向へ向かって走り出した。ララや魔獣もそれに続く。その直後、武器と武器がぶつかり合う音が至る所で聞こえ始めた。モルガナの部下が槍の民に襲いかかり、槍の民がそれに応戦したのだ。
「穏やかではありませんなぁ、じっとしておれば良いものをぉ」
「見張りでも付けておけばよかったわね、カムラ=ヌムルグ。まぁもう遅いのだけれど」
いつの間にかモルガナの前に立ち塞がっていたカムラ=ヌムルグに向かってモルガナも笑いかける。
「餌に見張りなど付けたら助けづらいだろうと思って外しておいたのですがぁ、考えが甘かったようですなぁ……っと」
カムラ=ヌムルグはそう言いつつ、何気無い素振りで槍をモルガナに向けて投げつけた。
モルガナは焦る事なく闇を作り出し、自分の能力の届く限り最も遠い場所へ転送した。
「初めからこうしておけばよかったのであるからして。アナタのその妙な戦い方もいい加減慣れてきたわ。そろそろ決めてしまうのであるか……ら…………え?」
モルガナは目を見開いた。
武器を奪った筈のカムラ=ヌムルグが2本の槍を構えて立っていたのだ。
「民長を舐めないで頂きたい、槍の予備がないとでも?」
カムラ=ヌムルグが不敵に笑う。
「本当に腹立たしい男であるからして」
モルガナは闇を作り出し、そこに手をかざした。モルガナが闇を広げるように手を動かすと闇が薄く広がる。まるで黒い霧のように、ぼんやりと透けて見える程薄く。
「さっきはアナタのような変わり者と戦うには工夫が足りなかったのであるからして。今度は本気でいくわ」
「本気というのなら他のことに回している魔力を身体に戻せば良いでしょうにぃ」
カムラ=ヌムルグはつまらなさそうにそう言った。モルガナの顔が歪む。
「アナタのその何もかも悟ったかのような物言い、嫌いだわ」
「何もかも悟られているお嬢さんが悪いのでしょう?」
モルガナの顔は更に歪んだ。
当然だがカムラ=ヌムルグは全てを悟っている訳ではない。覇王直属の部下がこの程度の実力の筈がない、とカマをかけただけである。
一方のモルガナは自らが魔力の大半を、ハクアミロスの周辺の森を囲む転送結界に割いている事を見破られたと考え、腹を立てているのだ。
この転送結界は「惑いの森」に繋がっている。
「まぁいいわ。これで決めるのであるからして!」
モルガナが叫び、闇に魔力を注ぎ込む。
何かを感じとりモルガナとの距離をとろうと半歩下がったカムラ=ヌムルグが突然、態勢を崩した。
「ぬぉうっ!」
「アナタも足元に気をつけたい方が良かったようね!」
闇を広げている間にモルガナがこっそりと作っていた小さな闇にカムラ=ヌムルグが足を踏み入れてしまったのだ。
モルガナがハッタリのために広げた闇を集めると、そこからカムラ=ヌムルグの足が現れる。モルガナはその足に黒い布切れを結びつけた。
「何をぅっ!」
カムラ=ヌムルグが急いで足を闇から抜き、足に巻かれた布切れを取ろうとする。モルガナはそれより速く新たな闇を作り、そこに向け叫んだ。
「今です!」
叫び声と同時にカムラ=ヌムルグが姿を消した。
召喚術に使用された、魔具であるスカートの切れ端が床にひらりと落ちる。
「ふぅ……」
モルガナは小さなため息を吐いた後、大きく伸びをした。
大仕事は終わった。後は雑務だけである。
モルガナは視線の先に先程いっぱい食わされたピータンを見つけると、口元に邪悪な笑みを浮かべた。
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「ようこそ、イルヘルミナへ、御老体」
フルプレートの黒い鎧を身に纏い、片目だけが空いた仮面を着けた男が、突然現れた槍の民の老人に告げた。
その手には黒い布切れが握られている。
魔具はイデアや呪いを込めた本人の魔力を込めなくては発動出来ない、前述した通りそれは事実である。
だが、他人の魔力を奪い、我がものとする事が出来る者にとっては魔具とはどのようなイデアでも使いこなす事ができる道具となる。
例えば、覇王のような者にとっては。




