答える必要があるのかしら。
舞台は変わってハクアミロス。モルガナが与一達に出会うほんの少し前のお話です。
ハクアミロスのある部屋。つい十数時間ほど前まで稀他人・田中与一がいた部屋にある少女が立っていた。
少女の名はモルガナ。覇王の部下であり、覇王により力を認められた『六冠』の一人である。
モルガナはこのハクアミロスに潜ませたスパイから得た情報をもとに稀他人をさらいに来ていた。
だがその部屋には誰もおらず、モルガナは1つ小さな溜息を吐いた。
「嵌められた、ということかしら」
その言葉に応える様に扉が開かれる。
そこには二人の男が立っていた。
「騙されるのはお嫌いですかなぁ?」
嫌味な顔に白い髭を蓄えた老人がそう言って髭を撫でた。老人の名はカムラ=ヌムルグ。槍の民の長にして真実の使者である。
カムラ=ヌムルグの側近であるピータンも、その隣で生真面目そうな顔を緊張で強張らせていた。
「いえ、嘘は退屈な日常に彩りを与えるスパイスであるからして嫌いではないわ。でも仕事の邪魔をされるのは別、であるからして」
モルガナが闇からナイフを抜く。
それを見たカムラ=ヌムルグが楽しげに笑った。
「いやはや転移術、転送術ですかなぁ?それらの使い手がまだ残っていたとは、驚きですなぁ。喜ばしくもある。ですがその技術が覇王の元にあることは……容認しかねる」
カムラ=ヌムルグの腕が光り始め、やがてそれらの光はカムラ=ヌムルグの手元で槍を作り上げた。
ピータンも同じ様に槍を実体化させる。
「ところで、私は随分と長く覇王と付き合いがあるのですがぁ、貴女は見た事がない。新入りでしょうか?それとも秘蔵っ子なのですかなぁ?」
「……答える必要があるのかしら」
「それはおっしゃる通りですなぁ、ほほほ、わすれてくだされぇ」
軽い問答の後、静寂が部屋を支配した。
互いが互いを実力者と認めているからこそ、最初の一撃を攻めあぐねているのだ。
静寂を破ったのはピータンだった。
何を思ったかピータンは味方であるカムラ=ヌムルグの前に槍を持たぬ方の手を広げ、立ち塞がった。
「やめましょう、カムラン様。こんな年端もいかぬ子供と戦うことなど出来ません。虚しいだけです」
「正気かぁ?ピータン。私の邪魔をするのなら容赦はせぬぞぉ?」
カムラ=ヌムルグが槍を構え直す。
カムラ=ヌムルグは仲間に向け、揺るぎない殺意を放っていた。
「舐めないで貰えるかしら!私は覇王様の六冠!子供扱いされる謂れはっ……」
モルガナが言い終わるより前にモルガナに向けて槍が投げられた。咄嗟に闇を作り出し転送しようとする。が、槍を持ったカムラ=ヌムルグが槍とほぼ同じ速さでモルガナの方へ駆けて来ていた。
つまり、槍を投げたのはピータンである。ピータンは槍を粒子にして再構成し槍の刃をモルガナに向けた後、モルガナに背を向けたまま後ろ手でモルガナに向けて槍を放ったのだ。
モルガナは闇を槍とカムラ=ヌムルグの目の前に作った。闇を抜けた槍がカムラ=ヌムルグに迫る。
カムラ=ヌムルグはそれを難なく弾くと、暗闇を避け、一気にモルガナとの距離を詰めた。
「くっ!このっ!」
急いで闇でカムラ=ヌムルグを移動させようとするが、間に合わない。カムラ=ヌムルグの槍がモルガナの胸を貫いた。
カムラ=ヌムルグは反撃を警戒し即座にモルガナの近くから飛び退いた。モルガナに刺さった槍を光の粒子にして回収する。
「驚きましたなぁ。まさか、身体の中にも転送術が使えるとはぁ」
カムラ=ヌムルグはそう言って笑った。
「身体の中でしか移動させられないからダメージの位置を変える位にしか使えないのだけれど」
そう言うモルガナの胸からは血は流れておらず、代わりに右手の手袋が赤く染まっていた。傷を手に移動させたのだ。
「それにしても」
とモルガナはピータンの方を見た。
「槍の民は嘘が嫌い、だなんてよくも言ったものだわ。嘘つきは嫌われちゃうのであるからして」
「ですって、カムラン様」
「アタシはアナタに言ったのであるからして!」
ピータンは軽いため息を吐くと薄く笑った。
「申し訳ない。嘘つきな上司に影響された様です」
「いやぁ、ピータンは嘘つきの素質がある。くっくっく……」
ひとしきり笑い終えるとカムラ=ヌムルグは思い出した様に言った。
「そうだぁ、お嬢さん。足元にはご注意下さいねぇ?」
その言葉に咄嗟に下を見てモルガナは気が付いた。この言葉もハッタリであると。
即座に目線を戻すと既に2本の槍がモルガナに向けて投げられていた。急いで暗闇を2つ作り、槍が互いにぶつかり合う様に繋げる。
ふと、足元に違和感を感じ下を見ると、足元で先程は無かった魔法陣のような模様が光っていた。
「罠っ⁉︎」
「遅いぃ、『鎖は其を追う蛇となる』」
カムラ=ヌムルグのイデアに反応して魔法陣から無数の鎖が現れモルガナを縛り付ける。
鎖を闇で転送させようにもモルガナのイデアは物体指定では無く位置指定の為、身体に絡みついた鎖だけを転送させる、という事が出来なかった。
悔しさに表情を歪ませながら、モルガナはそれでもカムラ=ヌムルグを睨みつけた。
「それで、どうするというの?アタシの戦闘スタイルに、自分が動けるかどうかは関係ないのであるからして!」
「どうもしませぬ。後はこの部屋をイデアで封印して室内でイデアを使えないようにした後、他の方が貴方を助けに来るのを待ちます。貴方はただの餌、という事ですなぁ」
淡々としたカムラ=ヌムルグの言葉にモルガナは言葉を失った。
「というか、今も使えんでしょう。その鎖は私の特別製ですからなぁ。他人の魔力をいじるのが好きでして」
カムラ=ヌムルグはそう言って穏やかに笑った。
モルガナは恐怖していた。
今まで自分よりも強い者には幾らでも会ってきた。
だが、底が見えないと感じたのは今回が二度目だった。
この男は、覇王に似た雰囲気を放っている。
そもそも、他人の魔力を乱すイデアなど発動しようが無いのだ。どの様に精霊に命令すればそんなイデアが発動するのか見当もつかない。
地雷式のイデアなどもモルガナは聞いた事がなかった。
「アナタは、一体……」
「それを、答える必要がありますかなぁ?」
カムラ=ヌムルグはそう言うとピータンとともに部屋から出て行った。
その直後扉の外からイデアを唱える声が聞こえた。部屋を封印したのだ。
モルガナの完全なる敗北である。




