人違いです。
俺は罪を犯してしまった。17年間生きてきて、一度も罪を犯していないなんて言わない。だけど、俺は……俺は…………。
「お酒って美味しいぃ〜〜!!!」
あっ、しまった。お酒って言っちゃダメなんだった。俺がお酒飲んだら罪になっちゃうもんね。これはただ果物を発酵させてなんやかんやした飲み物であって別にお酒じゃなんもんね。どちらかというとジュースだもんね。
「おや、盃が乾いておりますぞ、ささっ、もう一献」
そういって族長のカムランが俺の盃に果物ジュースを注ぐ。
「いや、悪いですねうふふ」
あぁー、やっばいなこれ。最高。
「それで、貴方は本当に稀他人様ではないのですね?」
「違うって言ってるじゃないですかぁ、何回もぉー何回もぉ〜。同じこと聞かないでくださいよ!!」
酔って適当になった俺の返事にカムランが嬉しそうに頷く。何故俺がこんなよくわからない状態にあって、よくわからない質問をされてるかは、大体二時間前に遡ればわかるだろう。
ーー二時間前ーー
「はい、私は言葉が分かります」
俺の言葉を聞いてオーク達がざわついた。よっぽど俺がオーク達の言葉を使えるのが不思議なのだろう。大量のオークの視線が俺に注がれる。怖い。
「……無礼な口を聞いて申し訳ない、稀他人よ。我等の無礼をお許しください」
俺に話しかけたのはオークの長のような煌びやかな装飾をつけたオークだ。というか。
「あの……まれびと? って何ですか?」
「稀他人とは、異世界からの来訪者、この世界の救世主、貴方様のことを表す言葉にございます」
俺の質問に答えた長が槍を地面に突き立て跪いた。他のオーク達も続く。
「貴方様を、待ち続けておりました稀他人よ」
長は頭を下げたままあげようとしない。何が起きてるんだろうこれは。救世主?確かに俺は異世界から来たけど……。
「……人違いです」
そう言うと周りのオーク達がにわかにざわめいた。もしかしてまれびととやらじゃなかったら殺されるとかそんな感じなの?いや、でもなんか心なしか嬉しそうに見えるけど……。
「そうですか、それは失礼を」
長は尚もニコニコしている。正直言って不気味だ。何せオークなのだから。
「それでは、こちらへ。直ぐにお食事の用意を整えますので」
長はそう言って苔むした小屋の方を手で指した。なんだろう、歓迎されてる気がする。態度が急に変わりすぎて怖い。
こうやって騙して連れて行って向こうで俺を食べる気じゃないだろうか。でも食べる気なら普通にここで殺せばいいし。俺に勝ち目なんかないし。
……とりあえずは従うしかないか。
長に促されて木の根だらけで足場の悪い道を慎重に歩く。道を開けたオーク達が俺を見る目が怖い。オークなのに爛々と目が輝いてるように見える。
……違うよね、俺メインディッシュじゃないよね?
「ささ、お入り下さい」
そう言って長が小屋の扉を開けた。恐る恐る中へ入る。小屋の中は見た目よりもずっと広く、意外なことに、質素ではあるが綺麗な作りになっていた。もう少し『オークの巣』のようなものを想像していたがぶっちゃけ普通に住めそうな感じだ。テレビで見たモンゴルのパオのような。
「ここへお掛け下さい」
長が枝と葉と草で出来た椅子を引く。机と椅子という文化がこの世界にもあることが分かった。椅子に座るとその椅子のクッション部分の柔らかさに驚いた。
これは、元の世界なら校長室とかにある感じの椅子!この感じ……食事には適さない!
「直ぐに食事が来ますので、どうぞごゆるりと」
不安だ。長の言葉にとりあえず頷きはしたがとてつもなく不安だ。オークの食事は俺が食べれるものだろうか。なんかこう……生の肉とか虫とか出されたら俺食べれるだろうか。
俺の不安そうな顔に気付いたのか長が、心配召されるな、ご馳走ですぞ、なんて言って不気味に笑った。
ご馳走って何だ。肉を柔らかくするクリームか。それとも最高級の香草とかか。最後には美味しく召し上られるのか俺は。喉に引っかからないように金具類とか服から外しときましょうか?
などと考えている間に食事が運ばれてきた。恐れていた様な食べ物はなく、どれも普通に美味しそうな食べ物ばかりだった。と言うか、肉類が一切ない。このオーク達はベジタリアンなんだろうか。
「それでは、ご賞味下さい」
そう促され思わずサラダに手を伸ばしそうになる。色々あってお腹が空いている、そういえば今日は昼食を食べ損ねたんだった。でも。
「あの、すみません。何で俺がこんな丁重にもてなされているかがわからないんですけど」
これを確かめないことにはこのオークを信じることは出来ない。理由のない親切は疑ってかかるべきだ。
「そうですな……では食事の前に、我々のこの対応の理由について、お話致しましょう」
そう言って長は手に持ったトマトの様な野菜をテーブルに置いた。この種族には食事にナイフやフォーク、箸などを用いる習慣は無いらしい。
「まず、この世界の現状について話しても?」
長の言葉に俺が頷く。それはこちらとしても知りたい事だ。
「この世界には大きく分けて8つの種族が住んでおります。我々は『槍の民』と呼ばれております。他には『爪の民』『空の民』『風の民』『夢の民』『花の民』『剣の民』……そして忌々しき『愛の民』がおります」
余程『愛の民』に恨みがあるのだろう。長はその言葉を口にするだけでも耐えられないというように眉間に皺を寄せている。
『愛の民』っていう名前の響きからはあんまり邪悪な雰囲気は感じないけど、あまり突っ込まないほうがいいだろう。第一オークの話を遮る勇気はない。
一呼吸置いて長が続ける。
「我々は概ね平和な世界を築いてきました。互いに干渉せず、各々で生きる事で」
それが正しい形かどうかっていうのはわからないな。要は内輪だけで生きていくって事だから、元の世界でいう鎖国みたいなもんか。
あんまり発展はないだろうな。日本はそれで大幅に他国に遅れたんだし。
「ですが、その平和を崩すものが現れました。其奴は自ら『覇王』と名乗り、世界を我が物にしようとしたのです」
なるほど、分かりやすく言うと魔王って感じかな?
「覇王は様々な民から優秀な者を拐かし、この世界の中心に自らの国を建てました。その国の名は『グリへルミナ』。今この世界を脅かしている王国です」
一つの国が世界を脅かすってのは凄いな、よっぽどその覇王って奴は力があるらしい。
「そして、そのグリへルミナを滅ぼす者としてこの世界に召喚された貴方様こそが、この世界を救う英雄、稀他人なのです!」
あぁ……うん…………はい。なんとなく予想はしてました。世界を脅かすだの何だのの話をしている辺りから雲行き怪しいなとは思っていました。でもまぁ……。
「無理です」
おっとまた口に出てた。この癖は危険だな、だってほら長オークの機嫌が悪く……悪く?
長は不思議なことにニコニコしていた。それが逆に怖い。
「まぁそう言わず、聞いてくだされ。古より伝わる予言に稀他人についての記述があるのです。聞いていただけますか?」
おお、予言!『その者蒼き衣を纏い……』みたいなやつか!それは男の子としてはテンションを上げざるをえないな!
俺が興奮とともに頷くと長は満足そうに頷き、話し始めた。
「それでは……『その者、不可思議な衣服を纏い、突如この世界に立つ。すべての言語を理解し、すべてのイデアを使いこなす。あらゆる攻撃、呪いを受け付けず、更には他の者の呪いを解く力を持つ。その者の名は「ヨイチ」世が荒んだ時に現れ、世を救う者なり』と、予言にはあります」
何だその完璧超人。いるもんですね世の中には。不可思議な服ってのはどういうのを言うんだろうね、ちなみに俺は今学生服を着てるからこの世界じゃ浮いて浮いて仕方ないんだ。それと名前、ヨイチっていうんだ、偶然!俺も与一。ところでイデアっていうのは何なんだろうね。
「そういえば、貴方様のお名前は……?」
「田中です」
「そうですか、予言と名前が違いますな」
「そうなんです、残念ですが人違いですね、ところでイデアというのは」
「我々槍の民は嘘を嫌う一族です、今の言葉に偽りはありませぬか?」
そう言って長は近くに置いてあった槍に手をやった。何だそれ脅しじゃないか。
「嘘なんて……ついてません」
目が見れない。嘘は、嘘はついてない。隠しただけだ。大体俺は攻撃とか普通に効きますよ?その槍で試してみますか?
「……左様ですか、では」
長はそう言うと手をパンパンと叩いた。どうやら人、いやオークを呼んでいるようだ。……殺されるのかな、嫌だな、どうやって逃げよう。
「呼んだかよ、カムラン様」
見るからに強面なオークが入ってきた。いや、オークはみんな強面なんだけど。ってか長はカムランって名前なのか。
「ピータン、【真実の手袋】を」
カムランがそう言うとピータンと呼ばれた強面はため息をつき、面倒くさそうに小屋から出て行った。真実の手袋とやらを取りに行ったのだろう。どうしよう、こんなファンタジーな世界だったら嘘を見破るアイテムとかあってもおかしくないかもしれない。
焦り始めた俺にカムランが追い打ちをかける。
「予言には続きがありましてな。稀他人は非常に謙虚な方。はじめは稀他人であることを否定するだろう。なので稀他人であることを認めるまで決して逃すな、と」
なんだそれ!魔女裁判じゃないか!なるほど俺が稀他人じゃないっていう度にみんなが喜ぶ訳だ。まさか否定こそが稀他人である証明になってたなんて。
どうしよう、肯定しても否定してもこのままじゃ俺は救世主だ。もしもどんな敵でも切り裂く刃とか凄まじい魔法なんかを使えるのなら救世主もやぶさかじゃあないけど、俺がこの世界で手に入れたのは多分通訳の能力だけだ、身体能力が上がった気もしない。まずい、まずいぞ、どうする。
「カムラン様、持ってきたぜ」
強面ピータンが小屋へ帰ってきた。なにやら大層な包みを抱えている。恐らくあれに真実の手袋とやらが入っているのだろう。ピータンがその包みをカムランに渡す。
「こちらの品は我らが民に代々伝わりしもの。【真実の手袋】でございます。この手袋は近くの嘘に反応して熱を発するという優れものでして……」
などとカムランは包みを開きながら嬉しそうに説明する。
「……ところで、貴方は本当に稀他人ではないのですか?」
「もちろんです」
突然の質問に咄嗟に否定で返す。こんなに冷静な声が出るとは思わなかった。人間追い詰められたらやれるもんだ。
「ボウッ」
何かが燃え上がるような音がした。
「パチパチ」
何かが燃えている音がしている。
「おぉ……これは」
向かいに座るオークの長が嬉しそうに膝の上の光を見つめた。
手袋の入った包みから火が上がっていた。
いや熱って。燃えてますやん。
おっといけないいけない、思わず関西弁になってしまった。まずは落ち着いて状況を整理しよう。カムランの貴方は稀他人ではないのですか、という質問にもちろん、と答えた。すると嘘に反応して熱を発する手袋が燃えた。
……あぁー、まずいな。
「おぉ……おおぉぉぉ」
カムランが泣き始めた。その横でピータンも震えている。俺が逃げようとゆっくり椅子から立ち上がろうとしたときだった。
「宴をっ!宴を開こうぞ!ピータン!!皆に伝えよ!祝宴じゃ!!!」
カムランが涙をぬぐいながら立ち上がった。ピータンは目から流れる涙を拭こうともせずに頷き、そのまま小屋の外へ出て行った。
「てめぇら!!宴だぁ!!!稀他人が、俺たちを救いに来たぞぉ!!!」
俺は膝から崩れ落ちた。
ーーそして冒頭に至る。宴は集落の中で盛大に開かれ、俺は促されるままに飲むと気分がふわふわするジュースを飲み、ふわふわした。オーク達が嬉しそうに俺に稀他人ではないのか、と質問をし、俺が否定する、そうすると手袋の包みだったものがさらに燃え上がる。よほど嬉しいのか先程から何度も何度も同じことを繰り返している。しかしなぜこの手袋は嘘をついていない時でも燃え続けているのだろう。余熱か?
……まぁどうでもいいけど。
俺はどうやらふわふわすると性格が緩くなるタイプらしい。先程から全くオークに対する恐怖を感じない。
「それでヨイチ様、あんたは本当に、ほんっとうに稀他人ではないんだな?」
もう何度目かもわからない質問をどこの誰かも知らないオークにぶつけられる。いい加減しつこいな、よし……。
「いえっ!もういいでしょう。俺が、俺こそが!稀他人なのです!っあはは。今までは黙っていましたが、よーやく決心がつきまひた!俺が救世主だぁぁ!」
オオォォォォ!!!という歓声が聞こえる。オーク達の雄叫びだ。誰もが英雄の誕生を喜んでいる。ふはは、崇め奉れ、我こそが稀他人であるぞ!ははは。……あれ、なんか手のひらが熱いな。
「ヨイチ様、いえ!稀他人よ!この私めと握手を。恐れ多くも握手をお願いできまするか!」
酔いに酔って言葉が不自由になってきているカムランが俺に手を差し出してきた。この世界にも握手の習慣はあるんだな。
「もちろん!」
俺はそう言って得意げに手を差し出す。ヒーローたるものファンサービスも大事だよね。
「おぉ!稀他人よ!」
そう言ってカムランが俺の手を両手で握ったときだった。
カムランの体が、光り始めたのだ。
それどころかカムランの握ってる俺の右手まで光っている。何コレえ?爆発したりしないよね?え?
光はなおも強くなり続け、余りの眩しさに俺は目を閉じた。そして再び目を開けたとき俺の手を握っていたのは真っ白な長い髪、真っ白な長い髭を生やし、清潔を体現するような白いローブを纏ったイケメンなおじ様だった。そして何よりなんと、耳が尖っている。エルフだ、エルフが俺の目の前にいる。
イケおじエルフは驚きを隠せないという顔でゆっくりと俺の手から手を離し自らの体を見回すと、優しく俺に笑いかけ、周りのオーク達の方に体を向けた。
『名を名乗れ 色に染まりし十三よ
汝が開く事を許そう』
イケおじエルフがその言葉を唱えると、見渡す限り一面が強い光を放ち始めた。集落の小屋が、木々が、オーク達が、光にかき消されていく。今度は眩しさに目を閉じないよう、しっかりと目を見開く。やがて光は全てを消し去ると、とてつもなく大きな建物を形作り始めた。それはーー
「神……殿?」
「あれは偉大なるハクアミロス。我らが家です」
イケおじエルフが感慨深そうに呟いた。気がつけばさっきまでオーク達が立っていたところにはイケおじエルフと同じような格好をした美男美女エルフ達が立っている。
「そういえば、正式に自己紹介をしていませんでしたな。稀他人よ。我らは槍の使徒『エデン』の子、槍の民。そして我はその槍の民を束ねる者、名はカムラ=ヌムルグ。『真実』を司る使徒でごさいます」
そう言った槍の民の長、カムラ=ヌムルグの足元で、燃え続けていた炎が消え、燃え尽きた包みの中から真実の手袋が姿を現した。