であるからして。
「おい、どういう事だよ!俺とフィルが旅をする必要が無くぽがふぁっ!……」
「貴方にも口を利く許可を与えたつもりはありませんが」
突如口の中に水が溢れ出す。
クリスティーナが俺にもユリリアと同じイデアをかけてきやがった。
く、苦しい。鼻で息をしようとしても、うまく出来ない。
「まぁ、自分が廃棄処理になる理由くらい知っていたいですか。一応、教えて差し上げます」
クリスティーナはため息をつくと俺と、いつの間にか気絶していたユリリアに対するイデアを解き、ユリリアに視線を向けた。
「愛の民は世界級イデアに参加していません、ですから学べばあらゆる言語を理解できるようになります。今まで覇王は我々が利用できないように夢の民を隠してきましたが、どうやら稀他人が現れた事を知って、隠しても意味がないとでも思ったのでしょうね」
世界級イデアというのは恐らく言語を分けたイデアの事だろう。そう言えば愛の民は決断に逆らった、みたいな事をピータンから聞いた気がする。
成る程な、通訳として俺を必要としてたけど、他にも通訳になれる奴がいるから俺は要らないよ、とそういう事ですかクリスティーナさん。
「いや、待てよ。言語を学ばせるってそんな簡単に言うが、7言語だぞ?何リンガルなんだよ、どんだけ時間かかると思ってる!」
「人に無理やり記憶を詰め込む方法ならいくらでもあります。まぁ多少の遅れは否めないでしょうが、貴方のような汚らわしい男とお姉様が旅をする事を考えれば1年や2年の遅れなど……!」
クリスティーナはこちらを睨みつけ、手に握る槍を折らんばかりに握りしめていた。
……おっかねぇ。
「貴方にとっても悪い事ばかりではありませんよ。いくつか挙げてみましょうか。まず初めにこの命懸けの使命から逃れる事が出来ます」
まぁそれは確かに。稀他人である間俺は多分覇王達に命を狙われ続けるんだろう。その危険を考えれば、稀他人の使命が無くなるって言うのはいい事なのかもしれない。
「そして2つ目、私から命を狙われる事も無くなります」
……すごいこの子今稀他人をやめる事の利点を力技で増やした。
「3つ目、これが最後ですが、今、もう2度とお姉様に近づかないと約束するのなら安全な場所までは最低でも送り届けて差し上げます。本当はここに置いていっても良いのですが、優しいお姉様は気になさるでしょうから」
どうしよう、稀他人をやめる事の利点の3つの内2つがこいつ次第の利点なんだけど。
おかしい、こいつは味方なはずなのに、俺は今強迫されている。
なんて事を俺は槍を向けられながら考えていた。
何故槍を向ける。
そういえばカムランも俺は稀他人じゃない言って行った時槍もってたな。
何て物騒な民族なんだ。
ふと、俺の目が視界の端に何かの動きをとらえた。
ユリリアがこっそりと逃げ出そうとしている。クリスティーナの意識が俺の決断に向けられている間に逃走しようとしているのだ。
気絶したふりなんて、ポンコツにしてはやるじゃないか。
だがまぁ、いいかもしれない。彼女が逃げ出せば俺が稀他人をクビになる何て事も無くなる。
俺はせっかく出会えたフィルと離れる気はさらさらないし、護衛のフィル無しでこのふざけた世界を生き抜いていく自信も微塵もない。
……むしろ俺にとっては得が多いんじゃないか?ユリリアが逃げる事は。
いいぞ、逃げろ!急いで逃げるんだ。
俺が必死にユリリアに視線でそう伝えるとそれに気付いたユリリアが、
「安心しろ、必ず助けに来る」
と口パクで伝えた。あの子は俺が敵だという事を忘れているのではないだろうか。やはり共通の敵を前にすると人は団結するものなんだな。
それにしても俺の意思疎通能力は凄いな、口パクでも何て言っているか完璧にわかる。
とっても便利だなぁ。
……あぁ、槍を近づけないでもらえると嬉しいな、クリスティーナさん。関係ない事考えてすみません。
「さぁ、どうなさるのですか。ここで死にますか?それとも穏やかに安全な場所で死にますか?」
それは凄く悪役のセリフな気がする。
とにかく何か答えないと刺されそうだ。
「お、俺は……」
答えようとする俺の声を、ある声がかき消した。
「何をしているのですか貴女は!ヨイチ様に槍を向けるなんて、どういうつもりですか⁉︎」
その声の主は、イデアで消火されてもなお燻る森の中から現れた。
槍を携え、凛と立つ姿はまるで戦乙女、ヴァルキリーのようだ。
「フィルッ!」
俺が叫ぶのと、クリスティーナがフィルに向かって槍を投げるのは同時だった。
「貴女からは真のお姉様の香りがしません!汚らわしい豚が、お姉様の真似をするなんて言語道断です!」
クリスティーナが怒り心頭といった様子で叫ぶ。
今出てきたフィルはフィルじゃなくユリリアだったのか⁉︎
気付いたとして、速攻槍投げるか⁉︎
ユリリアが避けようとした時、クリスティーナの槍が空中で消えた。
正確には突如空中に現れた闇に呑み込まれた。
「アタシの部下に物騒な物を投げつけないでくれるかしら。アタシ、あまり部下が傷つくのは好きでないのであるからして」
声が聞こえた。その闇の中から。
「逃がしませんっ!」
同じ闇からもう1つの声がする。知っている声だ。
闇が大きく広がると、そこからロリータ服の少女と、フィルが闘いながら飛び出してきた。
「貴女は私が倒します!」
「さっきから言っているわ。構わない、と。どうせ不可能であるからして」