大丈夫ですよ、私がいます。
確かに、確かに俺たちは森から出て、草原に一歩踏み出した筈なんだ。
なのに何故、踏み込んだ先がまた森なのか。
異世界ではこれが普通のことなのか、とフィルの方を見てみると、真っ青な顔をして大汗を流していた。
「なぁフィル、これ……」
どういうことなんだ?と聞こうとして、やめた。何となく察した。だって……。
「これは何?どういう事ですか?え?え?この植物は本で見た事が……それにこの空気に漂う魔力。でもそんな筈はない。だって今私達は外に向けて踏み出しましたし、それも西に向けて。だから今惑いの森にいる筈なんてない……そう、そんな筈は……」
フィルがすっごいちっさい声でずっとこんな事言ってるんだもの。
それにさっきから真実の手袋がすっごい熱い。カイロみたいだ。つまり周りが嘘だらけっていう事だろう。
つまりはあれだ、フラグ回収ご苦労様って感じだ。
ここが惑いの森、か。
危険な匂いがプンプンする。だって植物の色が紫とか黄色とかだし、聞いたこともない動物の鳴き声聞こえるし、フィルはこんなだし。
一歩踏み込んで惑いの森だったのだから一歩戻れば元の森に戻ってないかと思い、試してみたが意味はなかった。
まぁ当たり前か、もし惑いの森が俺たちを呼び寄せた、とかだったら俺たちを逃す理由はないもんな。
異世界人が怯える森で、俺は生き抜くことが出来るのだろうか。……死にたくないなぁ。
「ヨイチ様」
ようやく正気を取り戻したフィルが俺に声をかけた。
「大丈夫です。ヨイチ様には私がついています」
フィルはそう言って俺の手を両手でしっかりと握った。真っ青な顔をしたまま。
その手からは微かな震えが伝わってくる。
それでも大丈夫と言ってくれてるのだから、俺もいつまでもビビってるわけにはいかない。
「そうだな!いつまでもここに立ち止まってる訳にはいかないし、とりあえず、この森について知ってることを教えてくれ!」
「はい!まず、この森には強力なイデアがかけられています。そのイデアにより、迷い込んだ者は惑わされ、この森から出ることは出来ません!」
前提条件で出ることができないとか言われたらどうしたらいいんだ。
「そしてこの森にいる魔物は非常に強力で、そして数が多いです!」
魔物、出ました魔物。俺異世界きてからまだ一回も魔物見てないんだよね。できればこのまま知らないままでいたいね。
「さらに相手の知り合いに化ける魔物までいるそうですよ!目の前の相手の記憶から姿形、記憶まで作るそうなので見破ることはまず不可能です」
……どないしろと。
説明していたフィルも段々と涙目になってきている。
「……とりあえず歩こう。このままここにいたってどうにもならない」
迷った時は無闇に動かず救助を待て、なんていう言葉があるが、助けが来る見込みなんて欠片もない。それだったら動くべきだろう。
フィルが頷き、俺が歩き始めようとするとフィルが、ちょっと待って下さいね、とローブの裾を千切り始めた。それをそのまま近くの枝に結びつける。
「これで何かあってもここに戻ってこれます!私たち槍の民は他の民より鼻が効くので嗅ぎ慣れた匂いならそれなりの距離があっても嗅ぎ分けることが出来るんです」
えっへんとでも言いそうなドヤ顔でフィルが言った。
元々迷ってるのにここに戻ってきてなんの意味があるのか、とかそんなフィルの自尊心を傷付けるような事は言わないでおこう。
おかしいなぁ、頭いいって自分で言ってたと思うんだけどなぁ。あほの子だ。
「そうか、フィルは頼りになるなぁ」
俺はそう言って笑う。上手く笑えているだろうか。
「はい!なのでこれをつけておいて下さい」
フィルはそう言って俺に液体の入った瓶を手渡した。
これって……。
「香水?」
「はい、私が普段使っているものです。これでもし逸れてしまってもヨイチ様を見つけることが出来ます!」
なるほど、それは助かる。正直言って一人になってしまったら生き残る自信が全く無い。
俺は受けとった香水を少し手に取り、首につけた。甘い香りが鼻腔をくすぐる。これがフィルの匂いかぁ……。
これで、探索の準備は整ったな!いざ、冒険の旅へ。
「それじゃあ、行くか!」
気合を入れるために大きな声で言った。
だからだろうか。音を聞きつけたのだろうか。
その瞬間俺たちの前に、木々を掻き分けて大きな猪が現れたのだ。
「ォォォォォオオオ」
猪が唸る。いや、違うな。化け物だ、モンスターだこんなもん。
呆然と立ち尽くす俺の腕をフィルが強く引いた。
「下がってくださいヨイチ様‼︎こいつはデデスボア!本来なら……槍の民4人程で討ちとる魔物です‼︎」
「……りだろ」
あまりの恐怖に声がかすむ。
「無理だろこれ‼︎」
俺が180度向きを変え逃げ去ろうとした時、背後からなにか大きな物が倒れる音がした。
俺が恐る恐る振り向くと、
「言いましたよねヨイチ様、大丈夫ですよ。私がいます!」
血に染まった白い槍を手にしたフィルが、得意げにニコッと笑った。