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道化の回帰  作者: 矢田金木
第2章 加木穴工学園 ”本章”
8/14

第5話

2013年12月23日



「prrrrrrrr、prrrrrrrr」


クリスマスイブを目前に控えた真冬の空の下。

無味乾燥なコール音が仮設されたイベント会場に響き渡った。

その音は義明を中心として高らかに鳴り響いている。

周囲の視線がかなり痛い。

ありとあらゆる視線に晒されながら。

彼は絶えず鳴り渡る電子音をとりあえず切り、

誰にも迷惑のかからない物影へ移動して電話を掛け直した。



「おぉ、すまんな。今は忙しかったか?」


 コールは一回鳴るか鳴らないかの所で義明を吊るし上げた人物が

飄々とした口調で応答した。

電話越しに義明と相対しているのはダニエルだ。

任務の状況と主に自分の心配をして掛けてきたのだろう、と

義明は彼の声音からそう感じた。



「いや、大丈夫だよ」


 義明は短く返答しながら携帯を肩と耳で押さえると

ポケットからライターと例の葉巻を取り出した。

彼はシュッという鋭い音を立ててライターに火を灯し、

それを葉巻の先に押し当て口元に持って行くと一気に吸い込んだ。


「……また例の薬を使っているのか?」


フゥ、という義明が煙を吐き出す声が聞こえたのか、

ダニエルは非難するとも悲哀に満ちたとも取れる声色で彼に

問いかける。



「まぁな。そんな声出すなよ。

人目に付かない所でしか吸うことができないんだ。

これくらいは大目に見てくれ」


「……そうか」


 正直、こんなことは彼的に止めさせたいのだが

今、義明からこれを取り上げてしまうと

彼の心は壊れる危険性すら孕んでいる。

そんなダニエルの心の葛藤など露知らず、義明は

お気に入りの薬を口にし、非常にご機嫌の様子。



「今はどこにいるんだ?」


「大統領選演説の為に設置された野外の特設会場だ」


そう言って義明が目を向けた特設会場では現在、

大統領候補演説の前座に当たるヒーローショ―が行われていた。



「グへへへへへへ、ゴニンジャー。

そんな強気な態度で居られるのも今のうちだ。

今におまえたちヒーローの数を五人から六人に

変えてやる。」


「な、なんて恐ろしい事を……

そんなことは絶対にさせない、させてたまるものか――――――!

会場のみんな――――――!

俺たちに力を貸してくれ――――――!」


場内は睨みあう怪人とヒーローを緊張した面持ちで眺める見物客達が

異様な盛り上がりに仕上げていた。



「せっかく五人から六人に増やしてやるって

言ってくれてるんだから素直に……」


増やしてもらえばいいのに、なんて野暮なツッコミは入れない。

義明はもうそんなに子供ではない。

〝K・Y〟と呼ばれていたあの時代はとっくに終わったのだ。

途中まで言いかけた所を察するにあと少し突けば全部

喉をついて出そうではあったが――――――


「まずいかもな……」


「な、何もまずいことはねぇよ!

俺、最後まで言わなかったし、

ちゃんと空気読めたし!」


「そっちのまずいじゃねぇよ!」


ダニエルの口調は先ほどまでの里親感覚ではない、

クライアントの身を案じる真剣味で染められていた。

必然、義明の先ほどまでのおちゃらけた態度も身を潜める。



「野外、特設……

警備の甘さが露骨になりやすい場所だ。

そんな所で何もアクションを起こさない過激派はいないぞ。」


「……ダニーってさ、なんでそういう風にフラグ立てるのが

好きなの?

大丈夫だよ、事件はそうそう起こるもんじゃないんだ」


ダニエルのせいなのか、それとも義明の言葉が決定打となったのか。

彼の後方から聞こえてきた身体が仰け反るような爆発音によって

フラグが成立したことを義明は理解した。



「…………」


「……今、なんかバーンって派手な音が聞こえてきたぞ……

何の音かは知らんが、とりあえず謝っとくぜ。ごめんな!」


ダニエルはそう言い残すと一方的に電話を切った。


「――――――あんの、卑怯もんがぁああああああああ!」


義明はダニエルに恨み事を叫びながら

クライアントの下へ全速力で駆けていく。

道中の会場の様子はひどく乱れ、

演説を聞きに来ていた見物客は警備員の指示なぞ、

どこ吹く風とでもあざ笑うかのように、雪崩の如く

出入り口で詰まっている。

そのおかげもあってか、見物客から遠く離れたステージ上に

クライアントであるジェームズの姿をすぐに発見できた。

義明はジェームズの下へ電光石火の如き敏速さで駆けつける。



「私の事はいい。娘を……娘を頼む!」


自分を護衛するべく駆けつけてきた義明を前に

ジェームズは親の身として彼にそう力強く懇願した。

ここには義明の他にも複数のボディガードと

多少頼りがいはないものの警備員もいる。



安全かそうでないかで言えば難しいが、

少なくとも義明の目から見ればここは今の混沌とした

会場内において比較的〝安心〟できる場所ではある。

対して御令嬢であるリリィにはボディガードが

一人しかついていないらしく、安全とは言い難かった。

義明はその懇願に無言のまま、力強く頷くとリリィの下へ駆けた。



 その頃、リリィは身体を縮こまらせ、震わせ、頭を抱え。

見紛うことなく怯えていた。

そばには彼女のボディガード、佐藤太郎一人のみ。


「ご安心ください、リリィ様。

あなたの安全は100%私が保証いたします!」


彼女を安心させようと、こんな言葉を掛けてくれる太郎だが、

彼女にとって身の安全を保障してくれるボディガードが

一人だけというのは有り程に言えばこの上なく頼りない。

そもそも、太郎は彼女と同じ十七歳なのだ。

そんな同い年の子に命を預けることが出来るほど

リリィの器はまだ大きくない。

更に彼女達がいる場所は爆心地の近く。

つまり、煙の只中にいる。

場所も場所だが彼女達の状況は非常に危険極まりない。



彼女達は煙で視界が遮られている為、

下手に動くよりも身を屈めて助けが来るまで待機していた

方が安全であると判断した。

太郎が静かに態勢を落とし、身を屈めると

彼女も太郎に倣い、身を伏せる。

彼女とボディガードは極力、呼吸音を漏らさないよう静かに、

音をたてないように、岩のように、じっと態勢を崩さず、

されど何かあった場合にはすぐに動けるように。

そんな彼らの視界にはすでに複数の人影がちらついていた。



彼女達の額には一筋の汗。

現在、多くの観客が我先に脱出せん、と正門付近に群がり、

煙が今も絶えず充満しているこの只中、

ましてや彼女達のいるそこは先ほど爆発が起きた場所付近。

それを知った上でここへ歩み寄ってくるのは

状況の理解できない筋金の入った馬鹿か

極度の野次馬魂を持ったキチガイ、

あるいは――――――

計画的に犯行を企てたテロリストか。



彼らが視認できるだけでも十は超える人の形。

彼女はその正体が十中八九、自分達の命を狙っている

犯罪者集団だと睨んでいるが。

影の正体が敵か味方か部外者か、すらも確信できないこの状況。

ここで動くことは得策ではなく。

現状、気付かれないように黙って祈ることしか彼らに残された術は無かった。

この緊迫した状況に思わず、リリィの身体が震えだす。

彼女は、大統領候補の娘と言うだけで中身は普通の女の子なのだ。

心情とは裏腹に身体が恐怖に震えるのは自然なことだった。

そんな彼女に気づいた太郎は――――――


「おのれぇええええええええ!

リリィ様ぁあああを震え上がらせる悪漢どもめぇええええええ!

この俺が自ら天誅を下してやるぅうううう!!!」


俺が彼女の不安を取り除かないと、その一心で

威嚇の意を込めた雄叫びを上げたのだった。


「あんた何やっちゃってくれてんの?

馬鹿なの、馬鹿なの――――――?」


リリィは彼のキチガイ行動に目を、耳を疑った。

影の動きが一瞬止まる。

敵の不意打ちに困惑しているのだろう。

しかし、すぐにその予想外の出来事を受け入れ、

彼ら目掛けて素早い動きで迫り行く。

それは訓練された者達の足さばき。



「リリィ様、御心配には及びません!

正義はいつでも勝つのです!!」


「あんたの持論なんて聞いてないんだけど!」


複数の影はもう既に目の前に迫っている。

四方から同時に伸びる触手。

その汚らわしい手を決してリリィに触れさせまいと

太郎が彼女を庇うように前へ出る。



「かかってこいや、俗物ども!

今こそ、俺の右手が真っ赤に燃えるぅううう!!!」


「あんた、

実戦経験もないのにどうしてそんなに強気なの!?」



――――――結論。

素人にボディガードは務まらない――――――。

地面に横たわる同年の男の子。

リリィを守らんと悪に立ち向かった彼は

わずか一瞬で地に伏した。

仕方がないと言えば仕方のないこの状況。

何せ彼は護衛と呼べるような訓練を全くしてこなかったのだから。

素人ボディガード対訓練された犯罪者集団ではどう足掻いても

この結果は自明の理だった。



目に見えていたこととは言え、リリィはこの状況の中、

自分の人生を憂いた。

半ば裕福な家庭に生まれたがために外では自分と

その家族を味方に取り込むべく周囲の連中は蹴落とし合い、

媚売り、金銭のやり取り――――――

それが大人だけでなく、

子供の間まででも行われていたことを知った時、

彼女は自身の境遇とこの世界の残酷さに嘆き、

身内以外、誰にも心を開かなくなった。



あぁ、本当にひどい人生だった……、


銃声が響く。

外野では未だにドンパチやっているらしい。

仲間割れでもしたのだろうか、それとも救援が駆けつけてくれたのだろうか。

彼女は今、起きている不可思議な現象に頭を傾けた。

しかし、それも束の間。

煙の中から細長い腕がリリィ目掛けて伸びてくる。

彼女は目の前で起きていることを受け入れることができずに強く目を瞑った。

瞬間、一際高い音が周囲に木霊する。

リリィの耳に届いてきたのは銃声。

次は自分の番か、そう思うとリリィは目を開けることが

出来なくなってしまった。

震えが止まらない、死への恐怖が彼女の首を絞めていく。

死ぬ覚悟はいつでも出来ていたつもりだったが

どうやら不十分だったらしい。



足音がリリィへと迫りくる。

本当に最後の最後まで役に立たなかったんだから、

あの馬鹿は!

死んだら恨んでやる、化けて出てきてやる!、と

年相応に嘆くリリィ。

彼女が悔やんだ所で足音が止むはずもなく。

その音は彼女に死を連想させた。

リリィは死から目を逸らしたくて、絶対に瞼を開かない。

死が一歩、また一歩と自分に近づいてくる。

だが――――――

目を開けろ、と目の前にいるであろう人物のその一言で

簡単に瞼が開いてしまった。

だって、きっと、その言葉に逆らえば殺されてしまう、

そういう予感が彼女にはあったのだ。



怯えながらも目を開けると眼前には何故か義明と

頭から血を流しながら地面に伸びている

迷彩服を着込んだ大男の姿。


「何故、あなたがここにいるの?」


声が思わず震えてしまう。



ここでは誰が味方で誰が敵かなんて口では信用できない。

そんな彼女の姿を見て義明は満足そうに微笑む。


「それでいい。戦場ではその表情が正しくて、

何より長生きするコツになる。」


そう言うと義明はリリィについてこい、と促し、

ジェームズの下まで無事に送り届けた。



時は遡ること数分前。

娘を頼む、とは親であるジェームズの言葉だが――――――

はてさてこれからどうしたものか、と義明は頭を悩ます。

白煙立ち上る視界不良の中、

更にはリリィがどこにいるかも皆目見当がつかない彼にとって

この状況下では誠に遺憾ではあるが打つ術がなかった。

二つ返事で了解するんじゃなかった、と自分の軽率な発言に溜息を洩らす義明。

そんな彼の下に救いの叫びが聞こえてくる。


「おのれぇええええええええ!

リリィ様ぁあああを震え上がらせる悪漢どもめぇええええええ!

…………」


聞き慣れた叫び声が義明の耳に届く。

いつもは耳障りなこの雄叫びも今に限れば頼もしい。

例えボディガードとしては失格でも――――――。

彼は音を立てずに会場内を滑り走る。

それはまるでアメンボが水面を歩くように滑らかに。

会場内の第三者が今の彼の姿を見たならば「ニンジャ!」

と言って騒ぎを起こすに違いない。

それ程、完璧な忍び足で正確にリリィとの距離を詰めて行く。



しかし、彼の足は彼女が視界に収まった所で止まった。

彼の周囲には彼以上にガタイの良い大男の影が複数、

こちらではなく、爆発源目掛けて歩を進めている。

その動きだけで義明は理解できてしまった。

あれは常人のそれではなく。

訓練された軍隊の動きそのものなのだ、と。

ならば、事は急を要する。

時間は掛けられない。

義明は周囲の敵軍団に悟られないように

拳銃を取り出し、そして――――――

引き金を引いた。


飛び散る死の旋律。

足をもつれさせ崩れゆく影像。



爆発源目掛けて歩を進めていた大男達の間に動揺が走る。

思わぬ方角から突如銃弾が飛んできて味方が一人やられたのだ。

動揺するな、という方が無茶な状況だった

しかし、それもほんの一瞬だけ。

すぐさま、目の前に迫った脅威へと態勢を立て直す。

だが――――――



その光景はまさしく、

絶対的な捕食者が標的を仕留める様、

強者が弱者を蹂躙する地獄絵図、

弱肉強食の体現であった。



目が使えないのなら鼻を――――――

鼻が使えないのなら耳を――――――

耳が使えないのなら皮膚を――――――

皮膚が使えないのなら舌を――――――

舌が使えないのなら直感を――――――

考えるな、殺せ、目の前の標的はお前とは違う生き物だ。

殺せ、殺せ、殺せ、敵は全て殲滅しろ。



鍛え抜かれた軍人とは言え、実戦経験を積むことが

難しいこのご時世。

殺すことに躊躇いを覚え、煙幕により視界が遮断されている

訓練とは勝手が違うこの状況。

以前は毎日のように人を殺して回っていた義明の敵ではなかった。

たかが、煙で視界を塞がれたくらいで

ここまで為すがままにされるなんて――――――



馬鹿な奴らだ、と義明はまたしても拳銃の引き金を引く。

引き金を引く。

引き金を引く。

引き金を引く――――――

義明がかつてストレートチルドレンとして住んでいた

あの忌まわしい場所ではこんな状況下でも躊躇わずに

標的を殺害できる化け者揃いだった。


あの場所に比べればここは本当に生ぬるい、と

渇を入れるように最後の標的目掛けて銃弾を放った。

一際高い金属音。

義明の流血はなく。

あるのは地面に這いつくばる敵陣営の死に体と

それらから流れ出る赤い海のみ。


以て事は終わった。

義明はこの場所だけで数十人の人間を殺害している。

任務とはいえ、もはや、それは常人に出来ることではなく。

殺人者、いや殺戮者と同種のものだった。



あぁ、本当に薬をキメテいて良かった……、と

義明が一人胸の中で安堵する。

薬の影響によるこの胸の高ぶり、高揚感さえなければ

今の彼にここまで無慈悲な行為はできなかっただろう。

義明的には多少刺激が足りないながらも彼は目の前で

目を瞑り、じっと震えているリリィに手を伸ばし、

無事に危機を脱することが出来たのだった。



「ブラボー!君は娘の命の恩人だ!」


一悶着あった会場から無事脱出できた一行は

臨戦態勢を整えるべく真っ直ぐ宿舎へと向かった。

その道すがらウィリアムは大仰しく義明を褒め称えた。



「当たり前のことをしただけです」


ウィリアムの言を言い過ぎだと嗜めるように

静かにそう口にする義明。

その様子には一切の慢心はなく、

これから先のことを見据え警戒心を怠らない徹底さが

見受けられた。



なるほど、この子の強さはこんな所にまでにじみ出ているのか、と

まるで十代とは思えない心持ちにウィリアムは

感心しつつもどこか悲しい気持ちになってしまう。

ここ二週間、彼の様子を見ているだけで手に取るように分かる。

彼はおそらく普通の学生生活を送れてなどいない、と。

彼はおそらく辛く苦しい人生を歩んできたのだろう、と。

年輩者の性か、つい、感情移入してしまう。



娘よりも年の低い若者が自分よりもしっかりとした考え方と

信念を持っている。

そこに至るまで一体どれほどの苦悩と

困難を乗り越えてきたのだろう、と――――――

ウィリアムはホテルへ向かう車内の中で義明の人生を憂いた。

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