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道化の回帰  作者: 矢田金木
第2章 加木穴工学園 ”本章”
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第1話

2013年11月24日


 ドタバタ文化祭から二週間が過ぎた日曜の正午。

世にも珍しい組み合わせが街中を徘徊していた。


「まったく、この私を呼びだすなんて偉くなったものね……!

どういう神経をしているのかしら、あの男は!!」


人の目など歯牙にもかけない獰猛な声を張り上げているのは

相ノ木舞、その人である。

彼女は何が腹立たしいのか、女子にあるまじき大股闊歩、

両腕を勢いよく振り回しながら、さも自分は今、非常に

怒っています、という旨を身体を張って表現していた。



「ちょっといいかしら……?

あなたが好き勝手に暴れるのは自由だと思うのだけれど

私の近くでそんなはしたない真似をするのはやめてほしいわね。

隣を歩いている私の品性が疑われるわ。

それからぎゃあぎゃあと喚かないで頂戴。

耳に響いて痛いのだけれど……」


なんてちくちくと舞を針の先で突くように毒を吐く人物は

宇都宮初雪、その人。

彼女は気だるげに、しかしながら品は保ちつつ、あくまでお淑やかに

舞の隣を歩いていた。

もちろん服装は初雪曰く〝父親の趣味が前面に押し出された黒装束〟。



今、現在、彼女達の近くには義明も里緒も、あまつさえ

学校の連中は誰一人としておらず。

犬猿の仲と言っても過言ではない二人が一緒に歩いている。

誰かが言った。

〝あれは巨大隕石の落下よりも珍しい光景だ〟

はたまた誰かが言った。

〝磁石のS極とS極が弾き合わないなんて、天変地異の前触れか?〟

しかし、少女達にとってそんなことは気にならない。

気にも留めない。

かけてやらない。

今、彼女達を揺り動かすもの、それは――――――



「ちょっと、何あんた、自分にとっては他人事です、

みたいな態度をしちゃってくれてるのよ!

私達、あの男から生意気にも呼び出しをくらっちゃったんですけど!!!」


「そのくらい、あなたなら慣れたものでしょう?

あの男とは何年も一緒に過ごしてきた仲でしょうし、

それに付き合ってるじゃない、少なくとも私よりは

彼のすることに理解があっても良いと思うのだけれど?」



彼女達を動かしている元凶はあの男こと義明・オースティンだ。

彼は先週、彼女達に一通の手紙を渡していた。

中身は髑髏マークに装飾され〝招待状〟と書かれたカードと

日時、場所のみが記載された紙きれ一枚。

素人目には何のことやらさっぱりな内容でも彼と接点のある

二人には理解できたらしい。

彼女達は彼に指定された時間、場所に現在向かっていた。



「ばっかね、こういうことはいくらされても慣れないものよ。

私が誰かをこき使ってあげる分にはむしろ感謝されてしかるべきだけど、

他人が私をこき使おうなんて百万年早いわ!!!

なんせ、私は――――――」


「そうだったわね、あなた天下の頓舞姫様だったわね……」


「人の決め台詞を取らないでよ――――――!!!

そんなことよりも、あんたやっぱりわたしのことを今

馬鹿にして呼んだでしょ、頓馬って言ったわね!?」



ぎゃあぎゃあ、と騒ぎたてる舞をよそにそそくさと歩を進める初雪。

彼女達が向かう先は箱型立ち見式のライブハウス。

地元や近辺で活動するバンド御用達のハコであり、

ライブハウス側は出演者に対してチケットノルマのないチャージバック制を

採用している為、出演者は人気グループのみに限定されそうなイメージを持つが、その実。

毎週日曜日に誰でも出演OKのオムニバス形式ライブを開催している為、

素人バンドにとっては参入しやすい、

全国区でも人気のある会場のうちの一つになっていた。

そんなバンドをやっている者ならば一回は聞いた事があるであろう会場の

名前が書かれた地図を片手に初雪たちはライブハウスへと向かった。



街中から少しずつ離れていき、彼女達は住宅地と個人経営の小さな飲食店で

形成された細く、入りくんだ道のりを突き進む。

辺りは閑散とし、街灯も見当たらず。

夜に一人で出歩こうものなら犯罪にすら巻き込まれかねない

そんな通り道。

その先の一角で彼女達の目指した建物が待ち構えていた。

某ライブハウス付近には元気の良さそうな

オラオラ系の若者がいくつものグループを形成している。

おそらく、ここを普段、持て余す体力の捌け口にするつもりなのだろう。

その集団の隙間を掻い潜りながら入口に向かう美少女二人組。

そんな傍から見れば触れると散ってしまいそうなほど、

か弱そうに見える美少女をここにいる野暮ったい男どもが放っておく訳もなく。



「へい、彼女達。

こんな所にくるなんて暇なの?

暇なら俺とデートしようよ、二人まとめて相手するよ~?」


気持ち悪いほど目に見えて軟派なチャラチャラした男が

舞と初雪の両者に声をかけてきた。

このような場所には決まって一定数、このようなナンパ狙いの

男がいるものである。


「なんなの、このモブ……」


「ちょっと、二人まとめてってどういうことかしら!?

あんた、何様のつもりなの!?

むしろ、この私があんたの相手をしてあげる立場なんだから、

図が高いわよ、このひじき頭!!!」


初雪の言葉を遮って、早口に大声で捲し立て上げる舞。

そんな彼女たちの様子に周りも何事だ、と視線を向ける。


「ひ、ひじきって……

ちょっ、周りがこっち見てるし、ボリューム抑え……」


周りの異変に気付いたひじき頭は慌てふためくが、

舞はそんなのお構いなし、といった様子で。


「さあ、この私が相手をしてあげるから感謝しなさい。

そうね、とりあえず最初はココアでも買って来てもらいましょうか、

もちろん、あんたの金でね。それから……」


「ひぃ、もう勘弁して下さい~~~~~!!!!」


舞の自由奔放、傲岸不遜な態度に耐えきれなくなったチャラ男は

一目散に逃げて行った。



「ちょっと――――――!!!

どこに行く気よ、まだ話は終わってないんですけど!!!」


「ひぃ~~~~~~~~~~~~」


逃げる男を追う女。

その様子をまじまじと眺めながら周りの男達は

彼女たちに関わるのは止そう、と心に固く誓ったのである。

こうして外見は良いのに中身が残念な女は外に出ても校内と同じような

扱いを受けるのであった。



ひじき頭を追いかけるのに飽きて初雪の下へ戻ってきた舞は

両者ともにライブ会場の入口へと向かい、案内係のスタッフに

招待状を見せた後、中に入った。

ハコの中は満員とは呼べないまでも中々の盛況ぶりだった。

ライブはもう既に始まっていたらしく、周囲は汗にまみれた

男どもで溢れかえっている様子。

その様子を見て吐き気を催したのか初雪は手のひらで口を押さえる。

対して舞はどうともないのか、周りの様子は気にすることなく

ステージへと視線を向けた。

するとそこには、黒スーツを身に纏い、サングラスをつけた中年男性が

マイクを片手に司会進行をしていた。



「さぁ、続いて登場して頂くのは今回初登場になります――――――」


その紹介フレーズに観客達が盛り上がる。

もはや、司会のアナウンスなど舞達の耳には届かない程の

轟音となって客たちは無意味にも荒れに荒れた。

結局、次に登場するバンドの紹介が一文字も聞き取れないまま、

舞達の前に彼らが姿を現した。



「っ―――――――!!!」


「まぁ――――――」


苦虫を噛み潰したような音と驚愕の声は彼女達のものだ。

無理もない。

なんせ、ステージ上に立っているのは――――――



「てめぇら、まだまだ行けるよな!!!」


「おぉぉおおおぉおおおおおおおおおお!!!」



「まだまだ、足りねぇよ!!!

行くぞ、野郎ども――――――――――――!!!」


「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


ステージ上でマイクを片手に観客を煽る見知った人物と。

ギターを手に観客を煽る彼に向けて視線を送るまたもや見知った顔。

バンドにしては少ない二人組は観客達を好き勝手に囃し立てていく。

ステージ上から映る客席の盛り上がりに満足した二人は

視線で合図を出し、演奏を始めた。

客席の皆が演奏の直前に感じたのは違和感。

ステージ上のギターを持つ彼は演奏を始める際、

カウントなど何も取らずに弾き始めたのだ。

通常のバンドは演奏の開始タイミングを合わせる為に

拍子を刻むパートがいるものである。

しかし、彼は無拍子で弾き始めた。

それは一体なぜなのか?

素人にしても珍しいその謎をわずか一秒後に

彼らは身を持って理解することになる。

音が鳴る。

それは普段聞く様な心地の良い音色ではなく。

雑音としか言えない耳障りな甲高い音となって

彼らに襲い掛かった。

そんな騒音を前にして先ほどまで彼らに煽られて

盛り上がっていた客席の連中、その半分が両耳を手で押さえる。

しかし、彼らはそんな所で終わるようなタマではないらしい。

今度はマイクを手に持った少年が息を思いっきり吸い込み。


「あぁああぁあああああああああああああああああああ!!!」


意味の分からない叫び声をあげた。

それはもはや奇声の類。

しかし、こんなノイズすらも音楽と受け取ってしまうのか、

ステージ付近に集まったむさ苦しい男達は一心不乱に頭を上下させていた。

なんだろう、この光景は、と普段は馬鹿なことしか

やらかさない舞が冷静な心持で場内を俯瞰する。

場内は今、自分たちを除いて耳を押さえ蹲るものと頭を激しく

振り回している者とに二分されている。

そして、この混沌とした状況を作り上げた張本人は今も

ステージ上で心の限りに叫んでいた。


「本当に何をやっているんだろう、あの義明バカは……」


舞は蔑んだ目でステージ上に映る諸悪の根源たる

義明と里緒を見つめていた。



「ちょっと、あれは一体どういうことよ!?」


演奏終了後、楽屋にてさも一仕事終えて来ました、とでも

言うように寛ぐ義明と里緒を一瞥しながら舞が言及する。


「どういうことって言われても見たまんまですがとしか……」


「なんでいきなりバンドなんてやっちゃってるのよ!!!」


「えっ、それはだって来年の学園祭の出し物にするからに

決まってるじゃないですか~」


やだもう、何を変なこと言ってるの?、と腹立たしい視線を投げてくる

義明に苛立ちを隠せない舞。


「こんなお粗末な結果で一年後の学園祭に出ようなんて無理ね。

あんた達、出禁を言い渡されたんでしょ?

これじゃあ、練習場所の確保も無理じゃない」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」



舞の言うとおり、義明達はわずか5分程の公演で

施設側から出入り禁止を言い渡されたのだった。

理由は言うまでもなく、お粗末な演奏によるものだ。


「おい里緒、お前からも言ってやれ、言われっぱなしじゃこっちの

立つ瀬がないぞ!」


「えっ、僕からは特に何もないよ。

スタッフさんから叱られて気持ち良かったし、

舞にも散々、怒鳴られて気持ちいいし――――――」


いやー、今日はなんて良い日なんだ、と清々しい顔で

微笑む里緒。

駄目だ、こいつは使い物にならなかった、と義明は

またしても単独で舞と向き合った。


「でもでも、ピコピコ動画の歌い手たるふぅさんが

俺達には付いてるし……」


「は……

誰よ、ふぅさんって?」


「宇都宮だよ、そういえば宇都宮はどこだよ、

あいつもここに招待したはずだろ?」


「あの子はあんた達の演出に具合が悪くなったからって帰ったわよ」


「なん……だと……」


膝を折って地に伏す義明。

先ほどまでゴニョゴニョと無意味な抵抗をしていた彼も

尊敬していた人物に拒絶されてようやく現実へと返り咲いた。


「あっ、話変わるけど俺、来週からアメリカに行くから。

帰るのは多分、年明けになると思う。」


「「はっ???」」


晴れやかな昼の空の下、某楽屋内で唐突な義明の宣言に

疑問の声が木霊した。

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