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道化の回帰  作者: 矢田金木
第一章 加木穴工学園編 ”序章”
2/14

加木穴工学園編 序章〝中編〟

2013年09月07日


 週末の土曜日

義明は舞との約束を果たすべく駅前に来ていた。

〝約束〟とは今週初めの昼休みに義明と初雪との間に起きた

〝不祥事〟を清算する為のデートのことである。

義明はその時、舞の機嫌を非常に損ねてしまった為、

関係性を修復するのにかなりの労力を使ってしまった。

結果、演劇や転校生どころではなくなり、

転校生には文字通り全く近づける状況ではなくなってしまった。



時刻は午前十時五分前。

待ち合わせ時刻まで五分を切っていた。

いつもならこの時刻にはいるはずなんだけどな、と

義明は内心呟く。

舞は家庭の厳しい教育の賜物か、いつもなら

待ち合わせ時刻五分前には指定された場所に到着している。

しかし、今回に限って言えば義明が先に到着し、

舞が未だに姿を見せていない。

本来の立場が逆の構図になっていた。



そんなに怒らせていたのか、と

義明の表情が目に見えて青ざめていく。

この場合、舞の事ではなく

舞の父親である重人の事を考えた結果だ。

舞を怒らせたと知った重人がどのような報復に出るか

考えただけでもおぞましい。

顔だけではなく身体にまで恐怖の色が出始めた頃、

ぶるぶる震わせていた義明の肩に何かが触れた。

咄嗟に仰け反りながら振り向いて見るとそこには

肩を上下させながら息も絶え絶えの舞の姿があった。



「遅くなってごめん、はぁ、はぁ……

ちょっと、はぁ、はぁ……

お化粧に手間取っちゃって……」


「とりあえず落ち着けよ。」


どうやら怒ってわざといつもより

遅れてきたわけではなさそうだ、と

義明は心の中でほっとしつつ舞の様子を心配そうに眺めた。

すると確かに舞が化粧に手間取ったという理由も合点がいった。



舞は日頃スポーツ少女という面が目立つ為、

学校では運動をして汗を流しても崩れない程度の

ナチュラルメイクに仕上げている。

しかし、今の舞はきっちりと化粧をしていて

普段のイメージとは全く違う顔立ちになっている。

普段は元気はつらつ周りも巻き込む騒がしいタイプの

笑顔が似合う可愛い女の子だが、今は物静かに窓際で

読書を嗜むのが似合う正統派の美人に見える。



慣れない化粧に時間を取られたのか。

いや、化粧だけじゃない。

ファッションにも時間をかけていたようだ。

普段の動きやすさ重視の服装じゃない。

全体的に白で統一されたワンピースを舞が着こなしている。

義明はそんな舞の姿を見て呆気に取られてしまい、

本来最初にかけるべき声を見失っていた。



「ちょっと、何呆けてんのよ。

ここまで来てあんたの馬鹿面なんて拝みたくないんですけど。」


この女、後でどうしてくれようか、と

つい、心の中で愚痴てみる義明。

無理もない。

せっかくの華の休日一日をこれからこの女の為に

使ってやろうとしている自分の献身さを考えると

自然とこんな言葉が浮かび上がってくるのだった。



「それよりほら、これだけおめかししてきた

彼女に対して可愛い、の一言もないのかしら?

それだからあんたはいつまでたっても駄目なのよ。」


「……そうだな、

かわいい、かわいい。」


どこまでも上から目線のお嬢様に対してさすがの

義明も痺れを切らし、一人先に駅のホームへと歩き出した。



「ちょっ、せっかくの休日に出てきてあげた彼女に対して

その態度は何なの?

これだから今時のダメンズは……」


はぁ、と溜息を洩らす舞を背に義明は無言で彼女から

遠ざかっていく。



「えっ何の冗談?無視?無視なの?

シカトなの?

これから私達デートじゃないの?

コミュニケーション取りましょうよ、コミュニケーション。

大事でしょ?」


そんな言葉等まるで聞こえませんとでも言うように

涼しい顔をして止まることなく歩いていく義明と

彼を逃がすまいとピタッとくっついて離れない舞。



「えっ何々、私?私が悪いの?

そんな態度を取ってて良いと思っているの?

私をないがしろにしてたらパパが怒るんだから!」


それでも尚、無視を続ける義明は駅のホームに辿り着いた。

そこは休日の朝であるにも関わらず人でごった返しており、

義明は人混みが嫌いなこともあって目的の路線へと足早に向かった。



「うそうそ、パパには内緒にしてあげるから!

お願いだから無視はしないで!」


「やかましいわ!」


耳元でいつまでもキャンキャン騒ぐ舞にさすがの

義明も鬱陶しく思ったのか本人の予想を遥かに超えた

怒声が彼の喉を通って駅構内に響き渡った。



その怒声により電車待ちの人、人、人からありとあらゆる

意味ありげな視線を義明達は一身に受けることになり、

目的地へと向かう電車に乗り込むことでようやく

それらの視線から解放され一息つくことができた。

彼女たちが向かった先は義明達の住む地方都市最大規模の

ショッピングモール、俗に言うイ○ンモールである。

はてさて、この後はどうしたものか、とぼんやり思考する義明。

実はこの男、ここまで来ることは頭の中でプランで立てていたのだが

それから先の事はまるで考えていなかった。

実質ノープランである。

彼女が彼女なら彼氏も彼氏だ、という言葉がその辺からいくらでも

聞こえて来そうな状況だった。



「これからどうする?帰る?帰るか?」


「何でその思考に辿り着くのよ!

あり得ないんですけど!

そもそもあんたには彼女を楽しませようっていう気概が

ないから……」


くどくど説教を始めた舞に

長くなりそうならそこら辺のカフェに入らないか?、と

義明が誘い、

義明にしてはなかなかのチョイスね、と

彼女はそれに乗った。



「お洋服、お洋服を見ましょう!

私、なんだかんだで一度もあんたとそういうお店に

入ったことなかったわ!」


「じゃあ、そのあとは適当に映画でも見に行くか……

ゆっくりくつろぎたい。」


映画ならお前もキャンキャン吠えないだろう、と

義明は心の中で付け足した。



モール内のとあるカフェに来て数分

早くも今日一日のプランが立ってしまった。

義明達はカフェに立ち寄った目的が達成された為、

結局、カフェに入ったものの何も頼まずに

出て行くという常識知らずを体現した。

そんな義明達を怪訝そうに見つめる店員さん達の一瞥に対して

もし次来る機会があればちゃんと何かしら注文しますよ、と

義明は心に誓った。

まぁでもそうそう来る機会なんてないだろう、とも考えながら。



「何、何なの?

全然、私のお気に召す物が置いてないじゃない!

ここの店員はちゃんと仕事をしているの?

これで仕事をしているなんて言い出した日には

クレームを言ってやろうかしら!」



モール内のとある洋服店に来て数分。

舞は店員に対して直接は言ってないものの

その声の大きさから十分クレーマーとしての役割を

果たしていた。

義明は思わず、この女とは無関係です、赤の他人です、と

いうことを主張するかのごとく舞と距離を取っているが

彼女はそんなこと毛ほども気に留めることはなかった。

どうやらそんなことよりもこの店に対して

文句を言うことの方が優先順位は高いらしい。



「ちょっと、私文句を言ってくるわ!」


そんな言葉が店員さんの耳に聞こえていたのか

すごく身構えているのが義明にまで伝わってきて

この傲岸不遜のお嬢様は後でどうしてくれようか、と

溜息を洩らすのであった。

傲岸不遜な舞が店員さんに対して何を言っているのか

詳しい所までは聞こえてこないが店員さんの眉間に皺が

寄っている所を見ると相当怒らせるようなことを言っているらしい。

それでも尚、店員さんが頭を下げ続けるのには感服するしかなく、

この時を以て義明の将来の職種選びの際にショップ店員という

選択肢は消えたのだった。



舞はそんな店員さんの態度に満足したのかスッキリした顔で

義明の元へ戻ってきた。

尚、店員さん達は舞の背でひそひそ話を始めている。

おそらく舞について小言を言っているのであろうが、

先ほどの舞でなければ気付くような眉間に皺を寄せた態度といい、

ショップ内で堂々とひそひそ話を始めることといい、

このお店の教育はもう少し見つめ直した方がいいんじゃなかろうか、と

心の中で義明は呟いた。



「お気に召さないようならここから出るぞ。」


一刻も早くこの場を離れたかった義明はそう舞に主張した。

しかし、悲しきかな、義明のそんな心中等察することのできない

お嬢様は――――――


「ちょっと待って、このお洋服なんかおしい感じがするのよね・・・・・・」


――――――とこの店にもう少し滞在することが確定したのであった。



「何がいけないのかしら・・・・・・

もう少しで分かりそうなのよね・・・・・・

もう喉まで出かかってるんだけど・・・・・・」


その表現はなんか違う。

それはもう少しで思い出せそうな時や言いそうになった言葉を

こらえた時に使う表現だ、今の俺みたいにな、と

場違いなツッコミを心の中で入れつつも義明は

こんな風に洋服を見て悩む舞の姿は普通の女の子っぽくていいな、と

感慨にふけっていた。



「分かったわ!

このフリルが邪魔なのね!」


ビリっと布地の裂ける音が店内に響き渡る。

それと同時に義明の感慨に耽る時間は終了し、

その時間はわずか数秒にも満たなかった。



「おい、さっきのはどういうことだ?」


先ほど立ち寄ったカフェを出てから三〇分。

義明たち一行は再び同じ場所に戻ってきていた。

鳥は古巣に帰ると言うが、その鳥も真っ青の速さだ。

義明もこんな短時間で戻ってくることになろうとは

露ほどにも思っていなかった。



何のために戻って来たのかというと

舞に対し、先ほどの破いた洋服の件について

事情聴取という名のお説教をする為だ。

結局、破いた服については全額義明が支払うハメになったので

ショップの店員さんは彼らに何も口出しすることなく

説教する権利は義明に与えられた。

先ほどは義明が舞から説教をされたが今や立場は逆転していた。



「はい・・・・・・なんか自分の中でおしい感じの洋服を見つけたので

何がいけないのか考えた所、フリルが邪魔だという結論に至り・・・・・・」


「それで普通、ビリってやるのか!?

それが普通なのか?おい、普通なのか?

答えろよ、世間知らず!」


世間知らずと言っている辺り、義明もそれが普通ではないと

自覚しているらしい。

舞もそれに気付いたがここでツッコミを入れることが

火に油を注ぐと同義であることを知っている為、

何も言わなかった。



「今まではパパが何でも許してくれていたので・・・・・・」


先ほどのテンションもどこに身を潜めたのか、

聞き耳を立てないと聞こえない声のトーンで発言する舞。



「世界はお前を中心に回っているわけじゃないぞ。」


でも、今まではそれが許されていたのか、と溜息混じりに

口を突いて出てくる義明の愚痴。

改めて考えると凄いお嬢様生活を満喫してきたんだな、と

義明は自分と正反対の暮らしを歩んできた舞に対して何故未だに

一緒にいるのか理解できない価値観の違いについて頭を抱えた。



「まぁ、でもいいや。反省しているなら許すよ。

これからは気をつけてくれよ。」


せっかくのデートなのに気分を悪くしたままなのは

よろしくない、と義明が舞の落ち込み具合に気を遣って

発言した結果――――――



「そうよね!反省もしたし、気持ちの切り替えって大事よね!」


――――――このようにものの数分でいつものテンションに戻ってしまった。


「お前、全然反省なんかしてないだろ!

ただ、反省したフリをしただけだろ?

そうなんだろ!?」



義明は心の中で誓っただけとはいえ約束は約束だとでも

言わんばかりにサンドイッチとコーヒーを二人分注文した。

まぁ時間も時間なので少し早い昼食だとでも思えばいいか、という

義明の心の内を知らないカフェ店員達は

さっきまでの怪訝そうな表情が一転して

今ではみんな得意の営業スマイル。



食事を摂り終えた義明達はカフェを出ると

プラン通り、映画を見るべくシアターへと向かった。


「なんか、見たいのあるか?」



義明から言いだしたこととはいえ彼にとって映画とは

舞の相手をすることなくデート気分を味わいつつ

2,3時間潰すことのできる素晴らしい暇つぶし、

である為、どんな映画を見ようとも彼にとっては

大して問題にならないのだ。

〝女なんて映画館に突っ込んどきゃいいのさ〟

偉大な先人もこう言っていた気がする。



「そうね・・・・・・

あれ、あれなんかどうかしら?」


舞が数秒の思考の末に指差したものは――――――


『わ、私のことをちゃんと見てよ!』


――――――というセリフと作品名を間違えたのか心配になる

ような、駄作臭がぷんぷん漂うタイトルの映画であった。



「まぁ、別にいいけど・・・・・・」


義明はその映画のチケットを2枚買うと

次の上映までの余った時間を利用して

ポップコーンと炭酸飲料を購入した。



「――――――!」


『わ、私は、あんたのことなんか別にどうとも

思ってないんだから!』


『俺だって別にお前の事どうとも思ってねぇよ。』



「―――――!」


『――――――!

察してよ、馬鹿!』


〖なんで私の気持ちに気付いてくれないの?

恭介君の馬鹿!

なんで私、思ってもいないことを口にしちゃうの?

私の馬鹿!〗



分かる、分かるぜ!お前のその気持ち・・・・・・

好きな奴の前ではどうしても素直になれないよな!、と

映画が上映されてから2時間。

義明は泣いていた。

彼の中で映画開始前と今とじゃ本作の評価が180°異なっている。



まぁ一つだけ言わせてもらえるならこの映画を見る時

この女が隣に座ってなければ間違いなく神作だと

評価するんだが・・・・・・、と一人愚痴てみる義明。

義明の隣にはもちろん舞が座っているのだが

彼女は現在――――――



「カァァアァァアァァァアアアアアアア!

カアァァァアアアアアアアアアア!」


――――――年頃の女の子にあるまじき凄まじい

イビキをかきながら夢の中にいた。

寝姿もまた酷いもので涎を垂らし、口を大きく開け、

お腹を出し、足は投げ出され、腕は義明の膝の上。

せっかくの気合を入れたメイクとファッションが台無しだ。



物語はとうとう終盤に差し掛かったのだが。


『俺、やっと自分の気持ちに気付「カァァァアアアアアアアアア!」

俺、お前の事が好「カァァアアアアアアアアアア!」


『私も、私もあなたのことが「カァアアアアアアアアアア!」


・・・・・・この女、うるせぇ!、と

この通り、義明は、

いや、義明のみならず大多数の観客は

満足に映画を楽しむことが出来なかった。



「おい、さっきのはどういうことだ?」


先ほど軽食を済ませたカフェを出てから4時間後。

またしても義明達は同じ場所に居座っていた。

これには寛大な心を持つカフェ店員さんも不審げな

視線を隠せずにはいられない。



しかし、義明はそんな視線を気に留めることなく

舞と向き合った。

今回の来店理由がまたしても説教なのだ。

しかも今度は店員のみならず自分の気分まで害したと来た。

今度からこの場所は舞の説教部屋に使わせてもらおう、と

怒りを胸に秘めた義明は一人心に誓った。



「はい・・・・・・、上映が開始されたら明かりが消えて

程良いBGMが流れ出したじゃないですか?

健全な学生として眠気を催すのは当然――――――」


「ってことはお前、OPで寝たのかよ!

あんな名作を前にしてその態度はあり得ないだろ!」


これにはさすがの義明も説教気分も放りだされ、

ツッコまずにはいられなかった。



「だって、仕方ないじゃない!

昨日は8時間しか寝てないのよ!」


「十分だよ!」


逆切れし出した舞に対して義明は怒るではなく

ツッコむことしかできない。



「お前、いつも何時間寝てんだよ?」


「えっと・・・・・・10時間くらい・・・・・・?」


「なげぇよ!」


溜息混じりに問いかけた質問に対する答えの

あまりの酷さに更に落胆していく義明。



「もうそろそろ帰るか?」


怒りたい気分をとうの昔に喪失した義明は

目の前にいる世間知らずのおバカに帰宅の提案をした。



「うわぁああああぁああああああ!

ごめんなさい!

謝るから、私、謝るから!

お願い、許してぇぇぇええええ!」


義明が自分に心底呆れて早々に切り上げたいのだと

勘違いした舞は惨めにも床に膝をつきながら懇願した。



「お前、何か勘違いしてるぞ。

俺はただもう夕暮れだし、時間的にもちょうどいいだろうと

思っただけなんだが・・・・・・」


時刻は18時を回った頃。

夏を過ぎ秋に差し掛かるこの季節。

日は山の向こうに見え隠れしていた。



「なんだ、それだけかー、そっかぁ・・・・・・

ってえぇええええええええええ!

なんでそうなるのよ!おかしいでしょ!

楽しくなるのはこれからじゃない!

デートは夜になってからが勝負って言うでしょ!?」


舞は世間一般に通用しないような持論を持ち出しながら

逃がさないようにと義明の裾を掴んでくる。。



「しらねぇよ!

俺はこの後、用事が入ってるからさっさと

切り上げたいんだよ。

離せよ、この非常識お嬢様!」


「あぁあああああああああ、

今、本音!

とうとう、本音が出たわね!

この畜生め!」


義明は舞の面倒くささにとうとう本心が

口をついて出てしまった。



「用事ってもしかしてあの女との賭けごと?

賭けごとなの?そうなのね!?

私はそんな約束、まだ認めたわけじゃないんだから!

そもそも彼女とのデートを早めに切り上げて別の女に会いに行こう

とするなんて不躾なんじゃない!?

この私とその女、どっちが大事なのよ!」


舞の口から湯水のようにとげとげしい言葉が溢れてくる。

義明は舞の言葉を最後まで聞きながら

確かに舞とのデートを早めに切り上げて宇都宮に会いに行こうとする

事実だけを並べれば俺って男として最低だな、なんて

怒っている舞を見つめながらまるで他人事のように考えた。



「今は約束の方が大事かな・・・・・・」


さらっと舞の期待していた言葉とは正反対のことを義明が口にした瞬間、

舞が床に両手をついて見るからに落ち込んでいる様を体現していた。



「私よりも・・・・・・

あの女の方が・・・・・・

大切だなんて・・・・・・」


舞が途切れ途切れに発言する。

それだけで舞がどれほど落ち込んでいるのか、

義明にまで伝わってくる。

付け加えるなら周りの視線も非常に痛いものとなっていた。

思えば舞が床に膝をついて義明に泣き叫びながら許しを乞うていた

あの時から周囲の視線を集め出していたのだ。

今では皆が皆、聞き耳を立てている状態だった。



『あの男、最低だわ!

彼女を捨てて他の女の所に行くだなんて!』


『本命は他にいたってことなの!?』


『これだから顔が良い奴は・・・・・・』


『浮気よ、浮気だわ!』



「ち、違うから!浮気じゃないから!」


好き放題言ってくれた周囲に対してさすがの義明も

容認できなくなったらしい。

彼女達の認識を訂正するべく立ち上がったが空しいかな。



『キャッ、女垂らしがこっちを向いたわ!』


『キャッ、この男私たちをどうするつもりなのかしら!』


『キャッ、目を合わせない方がいいわ。

孕ませられるわよ!』



「どうもしねぇし、見ただけじゃ孕まねぇよ!」


より事態を悪くしただけであった。



「おいっ、これはどういうことだ?」


結局、事態の収拾に失敗した義明は周囲の視線が痛い

この店を一刻も早く出ようとしたが、舞がそれを拒絶し、

ここから出たいなら私も賭けごとの場所に連れて行きなさい!、と

ここぞとばかりに義明に畳みかけ――――――

現在、義明は舞と一緒にダニエルの元へいた。



「連れてくのはお前だけじゃなかったのかよ。

誰だ、この子?」


ハハハッ、と笑うことしかできないでいる義明にダニエルは

約束と違う状況に冷たい眼差しを向けていた。



「はーい、義明の彼女でーす!

ところで義明と気軽に話しているあなたは

一体どちらさまでいらっしゃるのかしら?」


義明の背中越しにひょこっと顔を出しながらダニエルに

挨拶をする舞に対して義明は呆気にとられた。

何が呆気にとられたのかってそれはもう決まっている。

この女が何故、何度も見たことがあるはずの

ダニエルについて無知であるのか理解できなかったからだ。



「おう、そうだな、紹介が遅れた。

俺の名前はダニエル・オースティン。

一応、こいつの通う学園の校長をさせてもらっている。」



「へぇー、あなたが加木穴学園の校長先生なんだー。

そうなんだー、知らなかっ・・・・・・

って、えぇぇえぇえぇえぇぇぇぇえぇ!

義明、この人、私達の通う学校の校長先生よ!?」


ダニエルに対して指を差して驚く舞を見た義明は

何で俺この女と一緒にいるんだろう、と

もう何度目になるか分からない疑問を心の中で述べた。



「おっ、なんだ。

譲ちゃんもうちの学生だったのか?

気付かなくてすまんな。

それにしてもこんな上玉な子が義明の彼女だとは、

欠陥品だがよろしく頼むな。」



えへへ、上玉だなんて、と喜ぶ舞を尻目に義明はダニエルに

非常に冷たい視線をぶつけていた。

この野郎、人様に向かって欠陥品呼ばわりしやがった、という

面持ちで。



「ところで何故、この人が義明の事を

私によろしくってお願いしなきゃいけないの?」


「この人は俺の養父なんだよ。」


この女、本当に鈍い奴だな、性が〝オースティン〟

なんだから気づいてもいいだろうに、と

心の中で存分に罵倒しながら義明は面倒そうに答える。



「えぇぇぇえぇぇぇえぇぇえ!

お父様ぁあっぁあああああああ!

・・・・・・・・・・・・

あのぉ・・・・・・ふつつか者ですが、

私をよろしくお願いします。」


「おう、よろしくな・・・

えっと・・・・・・名前は?」


なんかおかしい日本語を喋る舞に対して親身に対応するダニエル。

案外、この二人、気が合うのかもしれない、と

たどたどしい会話をする二人を傍目に義明は

ついそんなことを考えてしまった。



「舞です。相ノ木舞。」


「相ノ木ってあんたあの警視総監の娘かい。

こりゃ下手な扱いもできないな。

俺のことはダニーって呼んでくれ。

あんたはもう立派な身内だしな。

俺もあんたのことは舞って呼ぶよ。

義明に酷い事をされたら俺にチクりな。

お仕置きしておいてやるから。」



ダニエルの強気な言葉を聞いて

えへへ、強い味方を得ちゃった、と嬉しそうに喋る舞。

これで舞を敵に回すと舞の父親である重人とダニエルも

同時に敵に回すことになる。

はぁ、これからまた一層大変になるな、と義明は

心の底で自分の境遇を呪った。



「あら、やっぱりいらっしゃったのね。

この泥棒猫様は。」


ダニエルと楽しく会話をしながら

彼の用意した車に乗り込んだ舞は、

デート気分をめちゃくちゃにしてくれた元凶を

見つけてご立腹具合を隠さずにいた。

宇都宮はそんな舞の姿を一瞥しただけで視線をまた

窓の外へと滑らせた。



「何よ、お高くとまっちゃってさ・・・・・・」


自分の嫌み攻撃が通じなかった舞は機嫌をますます

損ねてしまう。


「あわわわわわわわわわわわわわ、

おい、義明。

彼女達の険悪なムードをどうにかしろよ。」



俺は知らないぞ、とダニエルが義明に丸投げするも

いや、俺にもどうすることもできん、とバンザイをして

降参のポーズを示した。


「だから二人を会わせたくなかったんだがな・・・・・・」


溜息混じりにそう呟く義明にダニエルも頭を垂れた。

どうか、穏便に事を運ぶことが出来ますように、と祈りながら。



「それじゃあ、車を出すぜ。しっかり掴まってな。」


ダニエルが発進する旨を伝え、

その言葉を聞いた舞達が

車を出すだけで何をそんな大げさに、と思ったのも束の間、

車は突如急発進をし、乗車員は義明とダニエルを除いて

上半身が仰け反る結果となった。



「大丈夫か、嬢ちゃん達。

すまんね、荒っぽい運転しか出来なくてよ!」


ダニエルが謝罪するもその運転が平常に戻ることはなく、

七転八倒もかくやという勢いで舞達は車内を転げ回った。



「ところで・・・・・・何でこの車に平然と里緒がいるんだ?」


皆が車内を転げ回る中、義明はその中に混じる異物を

発見し、直接本人を問い詰めた。



「ん?おもしろそうな匂いを嗅ぎつけたから。」


答えになってないことを口にした里緒を睨みつけながら

義明はダニエルを一瞥した。

元はと言えばダニーが車に乗せなければ良かったんだ、と

でも言わんばかりに。



「俺がそこの譲ちゃんを迎えに行った時、

一緒にいたんだよ・・・・・・」


そんな怖い目で睨むな、そう続けながら萎縮する

ダニエルを放っておいて問題の転校生へと振り向く。



「この人、約束の時間には私の家の前にいたわよ。」


短く簡潔に答えたそれは点が線になる瞬間であった。



「里緒、お前この一週間何やってた?」


義明が外堀から埋めるように里緒を問い詰める。



「何って学校行って真面目に授業受けてました!」


テヘッと顔をペコちゃんのように変形させながら

しらじらしく答える里緒。

それを見た義明の怒りゲージは徐々に数値を伸ばしていく。

ダニエルは里緒の発言にこっそりと

偉いぞ、なんて言ったことを今の怒りに震える義明は知る由もない。



「放課後は?」


「放課後は道草食いながら家に下校したよ、

帰宅部ですから!」


またしてもダニエルが里緒に向かって

偉いぞ、なんて口にするが運がいいのか

義明の耳には届かない。

ここまで言われて尚、はぐらかす里緒に怒りが大分溜まった

義明は決定的な言葉を口にする。



「その道草ってのは宇都宮の後をつけることか?」


みんなが一斉に里緒の方を振り向く。

まぁダニエルはすぐに前方へと向き直したのだが。



「えへ、ばれた?」


罪悪感なんてちっとも感じてません、と言いたげな里緒の

表情を見ながら義明は頭を抱え、舞は

最低・・・・・・、宇都宮は

ストーカー・・・・・・、等と

数々の罵詈雑言が口を突いて出てきた。



「ところでいまどこに向かってるの?」


とりあえず、満場一致で里緒の事は放っておくという

結論に至った義明達御一行。

大分荒っぽい運転にも慣れてきた舞が当然の疑問を口にした。



「ついてくれば分かるさ。

もうすぐだから。」


ふーん、そう、と答えを教えてくれない親に

子供が拗ねるかのごとく

舞は頬を膨らませながらそっぽを向いた。



「私、いつまでこの女と同じ座席に

座ってないといけないのかしら?」


気分を損ねた舞は宇都宮に八つ当たりするべく

爆弾を投下した。

しかし、そんな舞の心境を知ってか宇都宮は

涼しい顔でその爆弾を受け流した。

無視をされた舞は彼女のそんなな態度が余程

お気に召さなかったらしい。

ますます、頬を膨らませた。



「これだからゴスロリ衣装を着てくるような田舎者は・・・・・・」


「・・・・・・これはゴスロリじゃないわ、

あなたヒトに意見を言う時はしっかりと言葉の定義から

学んだほうがいいわよ。

じゃないと、今みたいにあなたの人間としての

底の浅さが露呈してしまうから・・・・・・」


「ソコノアササ・・・・・・?

ロテイ・・・・・・?」


溜息混じりに発言するこの罵倒にはさすがの宇都宮も

無視はできなかったらしい。

口を捲し立て、早口に言ってのける舞への罵詈雑言。

舞はこの反論に対して理解できていないのか、

首をかしげながら何やら片言話している様子だが、

次第にどんな内容の事を言われているのかは理解できたのだろう。

彼女の最もな意見に対して何も言い返せないのだが

目の端に涙を浮かべている。



しかしながら、舞の勘違いも理解できる。

宇都宮はこの日、何を考えてか

黒のロシアン帽を被り、黒のロングコートの上から黒の

ショールを肩周りに巻くと言う黒一色に身を染めたコーデをしており、

舞の発言の通り、ゴスロリとは呼べずともそれに近いような出で立ちだ。

義明もダニエルでさえも彼女の今日のファッションについては

口を閉ざしていたにも関わらずさらっと口にする辺り、

将来ビッグになる素質を秘めているのかそれとも

余程の空気が読めない大馬鹿なのか。



「あら、なんだかノイズが聞こえてくるわね。

一体どこから聞こえてくるのかしら?」


「ノイズって何よ!?

それって私のことを言ってるの?

私のことよね?

こっちを見てから物言いなさいよ!」



舞には一瞥もくれずに窓の外を眺めながら

彼女のことを〝ノイズ〟扱いする宇都宮。

しかしながらいつものドS発言と比べると今日のは

一段とソフトな気がする。

おそらくは学園校長のいる前で堂々とドS発言をする気には

なれなかったのだろうが、彼女にもそれ相応のプライドが

あるらしい。

彼女の口撃は続いた。



「キ―キ―、ノイズが五月蠅いわね。

お猿さんでも近くにいるのかしら?」


「わ、私のことを今、猿呼ばわりしたわね!

あんた、そんなことばっかり言ってるとパパに

言いつけちゃうんだから!

私のパパは凄いのよ!

何たって、この町で一番偉い警察なんだから!」


〝虎の威を借る狐〟とはまさにこのことか。

必殺パパに言いつけちゃうぞシリーズ、なんて義明が

裏で言っていることは舞に内緒だ。


「・・・・・・はぁ、

あなたみたいな茶坊主って私、嫌いだわ」


「私は坊主じゃないわよ!!!」


いつもと比べるとソフトな口撃ではあるものの

それでも宇都宮の発言は舞にとって非常にダメージを

負うものであるらしい。

既に舞は涙を流していた。



「おい、お前の彼女、相当な曰くつきじゃないのか?

ついでに友達も・・・・・・?

なんで、お前の周りには変な奴ばっかりいるんだ?

そういう星の下に生まれてきたのか?」


この口論を聞いていたダニエルの中で舞の評価は

残念ながら暴落の一途を辿ってしまった。

周囲の放置プレイに里緒のドM心が刺激され、

絶頂を迎えそうになった頃、ようやく目的地へと到着した。

車のエンジンが止まり、皆が車体から足を地面に下ろす。



「ここは・・・・・・?」


どこ?、と舞が当然の疑問を口にする。

辺りは一面雑草が生えている草原。

何を目的にこんな場所に来たのか、

彼女にはいまいち理由が分からなかった。



「ついてくれば分かるさ。」


ダニエルが舞にそう返答しながら先頭を義明と共に歩き出す。

ものの数分もしない内に二人は足を止めた。

そこには夕日が照りつける雲ひとつない空の下、

芝生の上に軍用ヘリコプターUH―60ブラックホークが置かれていた。



「お前の要望通りだ、トシ。

ちゃんとCABの離陸許可も取ってある。」


義明とダニーを除く3人が興味深そうに軍用ヘリを

眺めている姿に満足したダニエルが得意げに言った。



「あぁ、ありがとうな、ダニー。」


「なに、いつもはこっちが世話になってるからな。」


せめてものお礼だ、と言いながらダニエルは義明に

ヘリのキーを放り投げた。

義明はそれを受け取ると後ろを振り返り、宇都宮を手招きした。



「今日はお前の為にこれを用意したんだ。さっさと乗るぞ。」


義明は初雪に有無を言わせないくらい強引に手を引っ張り、

ヘリに向かって駆けだした。

ずるい、私は!?、という舞の言葉を背に聞いて

おそるおそる後ろを振り返るとダニエルと里緒の

二人がかりで舞の暴挙を阻止していた。



「ちょっと、急に何するの?

止めなさい。

これは一体どういうことよ、私は今日、絶叫マシンに

乗せられるって聞いたからここに来たのだけれど」


義明は宇都宮の言葉に耳を傾けることなく

手を取ったまま速度を緩めずに突っ走る。



「止めてって言っているでしょう!!」


「なんて言ってるか聞こえねぇよ!」


懸命に叫ぶ彼女であったが義明の耳に届くはずもなく。



「あっ・・・・・・」


瞬間、彼女はまるで足が動かなくなったかのように

頭から地面へと倒れ込んだ。



「えっ・・・・・・おい、大丈夫か?」


不自然な倒れ方をした初雪に動揺しながらも

彼女の安否を確認する。


「大丈夫な訳ないでしょ、

あなた馬鹿なの?」



それほど悪い様子じゃなさそうだ、と義明は悪態を吐く

彼女に内心ほっとしながらも時間もあまりない為、

じたばた暴れる宇都宮を強引にお姫様だっこしながら、

ヘリの中に丁寧に座らせた。

最初は触らないで、だの

離して、だのと数々の抵抗を

見せていた宇都宮だったが、

この男にはもう何を言っても無駄だ、と理解したのか

大人しくなった。

彼女が落ち着いたのを確認すると義明は彼女を助手席

に乗せ、自分は操縦席に乗り込んだ。



「ちょっと、何であなたがそこに乗っているの?」


「なんでって、俺が操縦するからに決まっているだろう?」


そんなことを言いながら、義明は計器類の動作確認を始めた。

突拍子もないその発言に

さすがの宇都宮も確認せずにはいられない。



「大丈夫なの?」


同い年の少年が操縦することに対して

とてつもない不安を抱える初雪が当然の疑問を口にした。



「この基地では俺がやるのが最も安全だ。」


今度は何やら無線の状態確認をしながら

信じられないことをさらっと口にした。



「こちらトシ、応答せよ。」


『こちら、メリッサ。離陸準備オ―ルクリア。』


無線の奥から聞こえてきたのは退屈そうな声。

発言だけを切り取れば、形式的な文言なのにも

関わらず、義明的にはそのように感じ取れた。



「・・・・・・なんで、よりによってあんたなんだ?」


『あら、私じゃご不満かしら。他のを連れてくるから

ちょっと待っていて頂戴』


「不満じゃない、不満じゃないからその場にいてほしい。

俺が気になったのは何であんたほどの奴がこの場に

駆り出されたのか気になっただけだ」


『私だってこんな子供遊びに付き合わされるなんて

知っていたらここにはいないわよ。

ダニエルに〝お前にしか頼めない大事な任務が

あるんだ〟って言われて付いてきたらしょうもない

ことだったのよね。

期待して蓋を開けてみたらこのざまだったってわけ。

私には他にも大事な任務があるって言うのに・・・・・』


最悪だわ、と言外に伝えてくる哀愁漂う声。

そんな声を出す彼女の名前はメリッサ・D・アルク。

米軍地方基地の大尉であり、ダニエルの左腕と

称されている女性士官だ。

しかしながら仕事面で優秀な彼女は何故か義明との相性が最悪らしく。

二人が出会えば毎回、何かしら問題を起こす合わなさぶり。

そんな彼女の憐憫にまみれた先ほどの発言には

いつもダニエルに私情で振り回されている義明もさすがに同情した。



「やっぱり、私降りるから。」


何やら無線の向こうにいる人物と口論を始そうな雰囲気を

醸し出している義明達を目の前に初雪は、

心底不安になりながら弱音を吐き始める。



「降りたらお前の負けだぞ。

何せこれはお互いのプライドを賭けた

勝負なんだからな!」


「なるほど、これが絶叫マシンっていうわけね?

確かに予想を大幅に上回る怖さね。

むしろ絶叫だけで済めばいいのだけど。」



「・・・・・・その発言絶対に撤回させてやる。」


目に見えて挑発してくる宇都宮を傍目に

義明は早くもヘリを動かし始めた。



「本当に大丈夫なんでしょうね?」


「大丈夫だって、俺を信じろ!」



「信じられるわけないでしょ、

はぁ、短い人生だったわ・・・・・・

死んだら絶対化けて出るから。」


発言はきついにも関わらずいつまでも静かなその態度に

失礼な奴だ、と義明は内心で悪態をつきながら、

徐々に滑走路へとヘリ本体を近づけていく。



滑走路へ着くと義明は無線のやり取りを再度始め、

不吉なカウントダウンがはじまった。

スリ―、トゥー、ワン、と

言い終えた瞬間、一気にヘリが加速を始める。



急発進による慣性の法則の影響を受けて宇都宮は

上半身が背もたれにくっついたまま離れなくなった。

それは宇都宮にとって未知の感覚。

風に押される感じではない。

かといって物理的に押されているのではない。

まるで磁石に引き寄せられたかのような。

大型のジェット機にしか乗ったことがない初雪は

経験したことのないこの感覚に思わず身を震わせる。

十数秒、陸上を滑走させるとヘリはみるみる

本体前方が上方向へと傾いていき、

とうとう全身が地面から離れてしまった。



「あっ・・・・・・」


まるで初速からトップスピードが出せるジェットコースターで

上り坂を上がって行くような感覚に声を震わせる宇都宮。

その感覚に嫌悪感を覚えた彼女はじっと目を瞑る。

どのくらい時間が経ったのだろうか。



機体の上昇する感覚が消えた為、

宇都宮はゆっくりと目を開け、窓の外に目を向けると

そこには宇都宮の今まで見たことのない景色が広がっていた。

下に目を向けると地上にいた頃はあんなにも高かった

マンションやビルなどは今や米粒大ほどの大きさしかなく、

上を見上げると今にも雲に手が届きそうだ。

宇都宮は中学生の時、不幸な怪我により両足が不自由になった。

そのような経緯もあって空を自由気ままに駆ける

飛行機に人一倍の憧れを抱いていた。



その感動もあいまってか普段は感情を表に出さない初雪も

この時ばかりは顔に出ていたらしい。


「その顔を見れば俺の操縦技術はお気に召したらしいな。」


「何を言っているのか、さっぱり分からないわ。」



今にも無邪気にはしゃぎ出しそうな表情は義明の

挑発的な発言を受けてすぐに引っ込んでしまったらしい。

初雪は普段通りの無表情になり果てた。



「これからちょっとだけペースを上げて行くぞ。」


その発言を皮切りに義明は機体をくねくねと滑らせた。



「まずは蛇行運転だ。」


そう吠える義明を尻目に宇都宮は残念ながらも冷静沈着。

なぜならこれより荒い運転をつい先ほどまで

体験していたのだから。

むしろ宇都宮にとって一番の脅威は機体の墜落であり、

未だ、義明の操縦に対する信頼は0に近いものであった。



「むっ、なんか平気そうだな。」


がっかりとした態度を示しながら

なら次は、と吠える義明。



「旋回だ!」


ぐるぐると回る機体に宇都宮は

車酔いにも似た気持ちを催しながら

なんとか耐えきってみせる。



「やるな・・・・・・なら、これはどうだ?」


義明は次々に遊園地のアトラクションよろしく

過激な空中遊泳を披露していく。

そしてアップダウンを繰り返す遊泳時

宇都宮の顔が真っ青になり、手に汗を滲ませるなど

様子がおかしい事に気づいた義明は。



これでラストだぁああぁあああぁああああ!、と

叫びながら機体を垂直に上昇させて行く。

これにはさすがの宇都宮も顔面蒼白だ。



「ギブアップなら早めに言った方がいいぞ。」


「誰があなたなんかに

ギブアップするのよ。」



いつまでも言葉だけは強気な宇都宮に義明は

そうか、後悔しても知らねぇからな!、と

叫ぶと存分に上昇させた機体を今度は直下に

走らせた。

表現を変えるなら機体を落下させている。



「ひ――――――――――――っ!」


普段の初雪らしからぬ声を聞き取った義明は

満足した面持ちで落下を止め、満身創痍の宇都宮を

安全な場所に保護するべく、機体を着陸

体制に切り替えた。



無事に着陸したヘリの中からは爽やかな笑みを

浮かべた義明とそれとは対極に絶望に打ちひしがれ、

ている気を失っている宇都宮が義明の背に乗って姿を見せた。

ヘリの中から二人が出てくるとズカズカと舞が近寄ってきて

義明の目と鼻の先まで近づくと

今度は私も乗せなさい!、と言い始め、

それに便乗した里緒が

いやいや僕が先だよ、と言った結果――――――



「どうやら、あんたとは一度決着をつけないと

いけないらしいわね。」


――――――となんとも醜いお粗末な喧嘩にまで

発展してしまった。



義明はもう好きにしてくれといった感じで

その場から離れるとダニエルが彼の傍に寄って来る。

二人の口論の様子を確認しながら、今なら二人で

ゆっくりと内緒話が出来ると踏んだダニエルは

義明に対して耳打ちをした。



「お前、ヘリに乗せた女の子誰だ?」


妙にシリアスな声音で聞いてくるダニーに対して

義明も自然と真面目な口調になる。



「名前は宇都宮初雪。今週月曜日にうちの学園に転校してきた。」


やっぱりか、と言い残し、ダニエルはうんうんと相槌をうつと――――――


「彼女をここに連れてきたことは偶然なのか、それとも必然か。

おいトシ、あの子は次のミッションの最重要人物だ。」


――――――などととんでもないことを口にした。



「あの子って宇都宮か?」


何かの聞き間違いだとでも言わんばかりにおそるおそる

義明が聞き返す。



「他に誰がいる?」


「冗談だろ?」


「大マジだ。」


他に誰がいる、とばかりに返答するダニエルにはさすがの義明も頭を抱えた。



「最重要人物って俺たちのミッションに彼女がどう絡むんだよ。」


「〝俺たち〟ってよりは〝俺の〟の方が正しいぞ、トシ。」


冷や汗が額を過ぎ去っていく。

だいたいダニエルの言いたいことは理解できたが

義明の気持ちがそれを拒絶した。



「どういうことだ?」


「勘が鈍ったか?つまりだな・・・・・・」


そこから先、紡がれた言葉は義明の想像した通りだった。



「お前は明日からあの子の護衛・・・・・・

ボディーガードになってもらう。」


「何であいつの護衛なんだよ、依頼人は?」


義明はダニエルに最もな問いを投げかける。



「あの子の親父さんからの依頼だ。

良く知らんがこの土地への移住には危険が伴うとか何とか。」


呆気からんとクライアントの詳細をばらすこの男に

よくここまでやってこれたな、と義明は内心感心した。

まぁ、自分が聞き出した事ではあるのだが。


「了解だ。仕事とあっちゃ無碍にもできんしな。」


「おう、期待してるぜ。〝ズ―ル〟。」



〝ズ―ル〟とは義明を表すコードネームである。

8年前、義明はとある事件がきっかけで両親を失い、

人身売買によって富豪に買われたものの周りとは全く馴染めず、

奴隷としても全然役に立たないということから

中国のスラム街に捨てられた。



それから5年後、中国のスラム街にとてつもなく

凶暴な子供がいて保護してほしい、との依頼が当時、

中国に駐在していたダニエルの元に届いた。

そこでどうせならと子供たちを片っ端から保護していった結果、

義明を保護する段階でダニエルの兵隊は数多くの負傷者を築いた。

この件をきっかけに彼のコードネームは決定した。



「なんだ?まだこのコードネームは気にいらねぇか?」


義明のちょっとした表情の変化からダニエルは的確に心情を読み取る。


「気に入らないわけじゃないが、〝ズ―ル〟と

言われるたびに当時の事を思い出す。」



〝ズ―ル〟というコードネームを義明に与えたのはダニエルだ。

理由は二つ。

一つは当時の戦闘能力の高さを評価してファネティックコードの

最後の文字〝ズ―ル〟になぞらえ、最終兵器を指しての意味。

二つ目は義明の当時の戦闘スタイルを指して

〝ずる〟賢かったことから〝ズ―ル〟となった。



「保護した後でお前の素姓を洗いざらい調べさせてもらったが、

波乱万丈な人生を歩んでるもんな。」


「スラム街での生活は特にひどかった。

満足に食事は取れず、かびたパンを奪い合い、

雨水を飲料水として利用し、いつ寝込みを襲われるかも

わからない状況、人殺しが日常茶飯事で起きていても

黙認されるような環境だ。

あそこで3年間も生き延びたのは奇跡だ。」



「そう言えば当時、

暴れていたお前を俺たちは止めることが出来ず、

途方に暮れていたが急におとなしくなったのは何故だ?」


「あぁ、少なくともここよりはいい生活を

送らせてもらえると判断した。

もしそうでなければ俺はダニーたち全員を殺すまで

止まらなかっただろうな。」



「おっかないやつだ。」


ダニエルと義明はにやりと口元に薄く笑みを

浮かべると軽口をはさみながら口げんかを未だ続ける

二人の元へと足を運んだ。



「だいたい、あの男はいつもこんな感じよ。

今日初めて知ったけどアメリカ人に育てられたからか

時間にはルーズだし、物事はおおざっぱだし、

会話のやりとりは適当だし・・・・・・」


舞が大声で話す内容を察するにヘリコプター順番争いは

どうやら義明の悪口大会にシフトしたらしい。



「そうか、俺が育てたからこいつはこんな適当な奴に育ったのか。」


「仕方ないよ、ダニー。だって子供は親の背中を見て育つんだぜ。」


舞が声のした方角を振り向くとそこには

落ち込んだふりをするダニエルと

わざとらしい笑みを浮かべた義明が立っていた。



「あわわわわわわわわわわわわ、これはね、違うのよ。

まあ、確かにあんたは最低だけどここまで言うつもりは

なかったっていうか・・・・・・えっと・・・・・・

これは・・・・・・そう、素直になれない

乙女の純情って奴なのよ!」


「全然、言い訳になってねぇぞ。

むしろ、傷ついたわ!

そもそも、おまえ、

乙女の純情とかほざくようなキャラじゃないだろ。

どっちかっていうとマウンテンゴリラとか・・・・・・」



なんですって、と義明に対してぎゃあぎゃあ喚く舞にダニエルは

優しい笑みを浮かべて近づいてきた。

まるで、悪だくみを考えているかのような。

それはもうどぎつい笑みを携えて。


「否定する必要はないさ、マイ。

性格の不一致や価値観の違いってのは離婚の原因の代表例だ。

現時点でそれが分かっているのはむしろ幸福なことだ。

トシとは別れた方がいいぞ?」


「おい、ダニーいい加減悪趣味な冗談はやめろって。」


「おいおい、トシ。何回も言ってるがな、

これがアメリカンジョークなんだよ。

これをやめたら俺はアメリカ人じゃなくなっちまう。」


勘弁してくれと言わんばかりにダニエルは肩をすくめ、

勘弁してほしいのは俺のほうなんだが・・・・・・、と

義明は心の中で悪態をついた。


「そうね、検討しておくわ。」


「検討すんの!?」


真面目な顔でダニエルに答える舞と彼女の予想外の返答に

思わず、ツッコミを入れる義明。


「ところで、なんで義明はダニエル校長にトシなんて呼ばれてるの?」


これじゃあ、収拾がつかないと思ったのか

話の切り口を変えて里緒が義明に問いかけてきた。


「義明って言う名前はアメリカ人からしたら言いにくいんだそうだ。

それでトシ。」


義明の解説では納得できなかったのか

横からダニエルが無意味な補足説明をつけてきた。



「それだけじゃないぞ。俺はダニーで三文字。

それに比べてヨシアキは四文字じゃねぇか。

何にしても子が親を越えることは許されんのだ。」


「あんたの名前はダニエルだろう。」



「そんなことはどうでもいいんだよ。

とにかくだめなもんはだめだ。

それにヨシアキもトシも同じようなもんだろう。

俺個人的にはヨッ○―でも良かったんだがな・・・・・・」


「それを発言したらこの作品が終わってしまうから

止めてくれ!」


ほら、これだ、と言わんばかりに肩をすくめるボケ担当。



そんなボケ担当の興味は脇ですやすやと

眠っている初雪に向いた。


「この子、眠っている姿はまるで天使だな。」


日頃から呪文のように唱えるダニエルの言葉の中に

こういうものがある。



〝女子学生とは社会人となり、日頃のストレスが

溜まりに溜まっているサラリーマンの男性諸君にとって

社畜戦争を勝ち抜いていくためのいわば聖女である、

救いの女神である、目の保養である、オアシスである!

従って清さと美しさを最も表現することのできる純白

(漆黒でも可)で全身を染めなければならない!〟


おそらく初雪の今日のコーディネートがダニエルの理想と

するものに最も近かったのだろう。



とても綺麗だ、と虚ろな目でそう呟いていた。


「この子が天使なら私は女神ね!」


両手を腰に当て胸を張りながら得意げにそんなことを言う舞に

対して義明、里緒、ダニエルの三人は――――――


「「「いや、それはない。」」」


――――――とこんな感じで一蹴した。

そんな言葉を聞いてまたしてもぎゃあぎゃあ、と暴れる舞を宥める為に

義明は彼女をヘリコプターへ誘導し、意識をそちらへ逸らすことに成功。



結局、乗ったのは舞、里緒の順番であり、

義明はそのあと交代で乗り続ける彼女達の為に

何度も操縦させられるハメになった。

しかし、この件は後日にも尾を引くこととなる。

一週間後、ダニエルは義明に対してヘリに使用された燃料の代金請求と

米軍はな、靴から何から国民の血税で賄われてるんだ。

それを湯水のように使いやがって、という小言を送って来た所で

本件は終止符を打った。



2013年09月11日



 九月中旬。

炎天下の中、汗水流しながら働く社会人にしてみれば

まだまだ、夏真っ盛りの季節なのだが、

学生にとっては夏休み期間中が〝夏〟という季節なのであって

それを過ぎれば〝秋〟という認識の下、

夏も過ぎ、秋へと移ろいゆく九月。


「こらっ、そこ!演技に気持ちが入ってないぞ!」



義明の怒声が多目的ホール内に響き渡る。

学園の多目的ホール。

普段であれば学生たちの教養を高め、

コミュニケーション促進の活動に利用される場所である。

しかし、現在そこは学園祭に向けて演劇の成功を目指す

義明達の稽古場へと変貌していた。



怒声を放つ義明は映画監督気取りなのだろう。

サングラスをし、鍔つきの帽子をかぶり、

プラスチックでできた黄色のメガホンを片手に持つ

といった普段はお目にかかれないようなお転婆な格好で

偉そうに指示を出していた。



「気持ちって何よ、

訳わかんないこと言わないでほしいわね!」


舞は何度も同じことを言われ、

義明の出す指示の意味を理解することができずに辟易していた。



「訳わかんないことは言ってないぞ、

演技に気持ちが足りない。魂が入ってない。」


しかし、義明はかたくなに自分の意見を曲げようとはせず、

このような表現しか口には出さない。



「ようは、棒演技になっているって言いたいんじゃないのかな?」


「その通りだ。さすが俺の親友。」


今まで面白がって傍観に徹していた里緒は話が全く

進まないのを見兼ねてようやく助け舟を出した。



「棒演技・・・・・・

私の華麗で魅惑的な芸術が棒・・・・・・」


自分ではそのつもりなどなかったのだろう。

舞は非常に落胆した様子だ。

そんな舞を見兼ねた義明が珍しい事に

彼女へフォローを入れた。


「まぁ、そう落ち込むな。

向いてないことなんていくらでもあ――――――」


「驚いた。あなたって本当に何もできないのね。

学園のアイドルとか言われてお高く

とまっているものだから才色兼備だと

期待していたのに。」



しかしながら義明の貴重な言葉も舞には届かず。

律儀にも先日の約束を守り、放課後である現在、

義明の近くに居座る初雪が

残念だわ、と本当に残念そうな表情で舞に毒を吐く。

舞は相当悔しいのか肩をワナワナと震わせていた。



「上等よ!だったら、

私の代わりにあんたがこの役をやってみなさいよ!」


 好き勝手言い放題な初雪が頭にきた舞は

できるもんか、という気持ちで一度も練習したことがない

初雪に無理難題を押し付ける。



「別にかまなわないわよ。」


「へっ?」


どうせ断るに決まっている、と鷹をくくっていた舞は

その予想外の答えに思わず上ずった声音が喉をついて

出てしまう。



「何?

そんな間抜けな声を出されるとこちらの

意欲がそがれるからやめてほしいのだけれど」


「あんたって本当に腹立つわね、

私、あんたのこと嫌いよ。」



「そう、なら安心なさい。

私もあなたのことは嫌いだから。」


女二人一触即発の雰囲気にただただ笑っていること

しかできない男二人。

彼女達はそれ以上揉める気など毛頭なかったらしく

お互い立場を入れ替えての舞台稽古がすぐに開始した。



義明はその様子にホッと息をついたのも束の間、

初雪からの一睨みにより、やるべきことを思い出し、

すぐに指示出しへと戻る。



――――――――――――――――――――――――


「何よ!

この私の油まみれの手がそんなに嫌だっていうの!?」


「そうじゃない!

そうじゃないんだ!

気付いてくれ、由美子!」



「言わなきゃ分かんないわよ!

だって私は鉄板にこびりついている

煤汚れのように頑固なんだから。」


「そんな頑固汚れは俺の洗剤のように綺麗な心で

洗い流してみせる。」



「・・・・・・・・・・・・

ねぇ、ちょっと聞いても良い?」


「・・・・・・・・・・・・

どうぞ。」


里緒と初雪が熱演している傍で舞が遠慮がちに

しかし、呆れた様子で義明に疑問を投げかける。



「私、演じてる側だったから気付きにくかったのかも

しれないけど今までこんなのをやらされてたの?」


「こんなのとは失礼な!

俺が一夜かけて作り上げた大作だぞ。」


舞の暴言に義明はムッとした様子で異議を申し立てた。

その様子を見ても舞は態度を改めることなく――――――



「あんた、絶対この間見た映画に影響されたでしょ。」


「・・・・・・うん。」


――――――義明に止めを刺した。



「私は鉄板焼き家業を継いでいるから油汚れも

煤汚れもついてるのよ。

そんな私を本当に愛してくれるというの?」


「僕はどんな君でも・・・・・・いや、

そんな君だからこそ愛している。

君の油汚れも煤汚れもまとめて好きなんだ。」



それにしても初雪の演技は素人が初めてやるものにしては

上等に過ぎる。

セリフの強弱。

身振り手振り。

里緒に向ける視線。

舞とは比べ物にならず、むしろ比べること自体が

おこがましい。

それ程に義明の目に映る初雪の演技力は

どれをとっても演技とは思えない程に

本物だった。



――――――――――――――――――――――――


演劇も一通り終わり、初雪と里緒が義明、舞の元へと

戻ってくる。


「それで何か言うことは?」


ブスッと口を尖らせている舞に対して初雪は

初めから結果が分かっていた勝負よ、とでも言いたげに

余裕の表情を振りまいた。



そんな初雪の様子に気づいた舞はより一層

険しい表情になる。


「ふん、まあまあね。

あんなの誰にだってできることだし。」



「そう、それならあなたがさっきまでやっていたのは

舞台稽古ではなく、幼児のままごとってことになるわね。

あなた高校生にもなって幼児の真似ごとだなんて・・・・・・

恥ずかしいからやめて頂戴。

近くにいる私たちの品が疑われるわ。」


「・・・・・・!

ムッカー!」



「まあまあ、宇都宮は演技上手だってことが分かったし、

舞も明日からまた頑張るってことで今日はもう遅いし、

解散しよう。」


義明は舞の堪忍袋の緒が切れる前に助け船を出し、彼女も

そうね、と一言、

大人しくなった所で舞台稽古はお開きとなった。



「ところで義明、演劇に割り当てられる

学園祭当日のステージの時間は確保してあるの?」


義明が何も忘れ物がない事を確認しつつ、

多目的ホールの鍵を掛けている最中に里緒がそんなことを

言いだした。



「いや、まだだ。」


里緒の何気ない質問に義明は簡潔にまずい方の返答をする。



「えっ、演技の練習する前にまずそっちからするんじゃないの?」


「こ、これから行こうと思ってたんだよ。」


舞のめずらしい正論発言に義明は言葉を詰まらせつつも、

氷の視線を送ってくる3人にめげることなく、

学生会室へと向かった。



 加木穴工学園の学生会は基本的に学園のイベントに関して

教職員からほぼ全ての庶務を押し付けられている。

その為、イベントごとについては学生会役員に

相談、打診するのが鉄板となっていた。



 義明は学生会室の前に立ち、ノックをした。

すると

どうぞ、という男の声が中から聞こえてきた為、室内に入った。

ドアを開け、中に入ると目の前にはちょっと小柄で

小太りの青年部屋の奥にある机に座っているのが映った。

その青年はなぜか腕を顔の前で組んで偉そうにしている。

他の役員たちはというとこれもなぜなのか、意味不明なことに

彼の座る机から半径3mは離れたところで書類整理を行っていた。



「お前が学生会長か?」


 義明は偉そうにしている青年の前まで歩きながら、

偉そうに話しかけた。



「ふふ、待っていたよ。義明君。」


すると目の前の男は義明の問いには答えず奇妙なことを言い出した。



「待っていた?俺とお前は初対面のはずだろ?」


「そんなことはないよ、校内で何度も見かけただろ。」


確かにこんなボッチ見たことある気がする、と義明が心中で

酷い事を考えているのなんて目の前の青年は知る由もなく。



「それに君とはこれがはじめての会話じゃないよ。」


「えっ?」


これには義明も驚いた。

なぜなら義明には全く心当たりがなかったからだ。



「えっじゃないよ。ほら、つい一年前に・・・・・・」


「それ〝つい〟なんていわねぇよ。」


本来、義明はボケキャラであるはずなのだが

恵まれているのか、呪われているのか。

彼の周りには彼以上に濃い存在が集まってくるらしい。

主に彼がツッコミ役に回らなければいけない状況が発生するという

意味で。


「悪いが全く覚えてない。」


頭を抱えながら答える義明の目の前には悲しそうな表情の醜男。



「ひどいよ、義明君。

僕たちあ・れをきっかけに大・親・友になったじゃないか!」


「あ・れ?」


〝大・親・友〟と言われるのにも抵抗はあったが

話が進まないので義明はスルーすることにした。



「魔女っ子ラブリーちゃんだよ。」


「あぁ。」


そういえば一年前って言ったらようやく米軍内である程度

自由が利くようになって色々なものに手出してたもんな。

そういうアニメも見ていた気がする、義明はようやく彼との

繋がりを見出せた。



「思い出してくれた?」


「なんとなく?」


「何で疑問系なんだよ!」



今もなお思い出せずにいる義明に苛立ちを隠せない目の前の醜男は

義明を攻め立てるように言及してくる。

それに対して義明は無言を貫いたが内心は、

周りからの視線が痛いからです、

ここで肯定してしまったら

〝あの人もあのキモオタと一緒なんだ、キモっ〟

とか思われそうでこれからの学園生活に

支障が出そうだからです、ごめんなさい、と原本に懺悔した。

まあ、そんなことを気にするのは今さらのような

気もするのだが。



「それで、今日は新しいアニメについて話をしにきたの?」


「いいかげん、アニメから離れろ。

なんで俺に対してそんなに馴れ馴れしいんだよ?」



「だって、君が家族以外で、プライベートで、

会話してくれた唯一の友達だからね。」


とんでもなく悲しいことをこの男は惜しげもなく口にした。



「・・・・・・なんで泣いてるの?」


「馬鹿やろう、泣いてねぇ・・・・・・

ちょっと埃が目に入っただけだ。」


この男の生き様を想像するだけで〝全米が泣いた〟という

ホラ吹き作品よりも泣けるのではなかろうか?



「いいかげん、何の用か聞きたいんだけど。」


「あぁ、それなんだが学生会長を呼んでくれ。

そいつと話がしたい。」



「だから、僕が学生会長なんだけど。」


その発言は義明の想定外だったのか

彼は目も当てられないようなすごい顔をして驚いた。



「変な顔してるよ、義明君。」


「ほっとけ。」


 お前にだけは言われたくない、

お前以上の変顔をするには相当な努力が必要だろうからな、

といった畜生発言はぐっと飲み込む。



「じゃあ、お前でいいや。

今度の学園祭で舞台劇をやりたいから

ステージの時間を割り当ててくれ。」


「無理。」


即答だった。



「もう、他の部の出し物で埋まっちゃってるしね。

それに君の演劇なんてどうせいつもの思いつきでしょう。

それなのに貴重なステージの割り当てを与えるなんてどうかしてるね。」


意外と核心を突いたまともな意見――――――

ひどいことを言われもしたが

――――――に義明は何も言い返せない。



こいつ、俺の周りのどんな奴よりも俺のこと

分かってそうな気がする、と義明を感心させる

ほどにぐうの音も出なかった。


「そうか、じゃあお前には頼まん。

他のやつに頼み込んでみる。」



そう言って同じ室内にいた女生徒に近づこうとしたら

理由は不明確ではあるがあからさまに避けられた。

それを何度か繰り返した後、

何で?、と当然の疑問が義明の口から出た。



「あぁ、彼女たちは僕に近づいた人には決して近づかないよ。」


「何で?」


同じ質問を同じ声音で、同じポーズで、同じトーンで言った。



「僕のオーラに当てられたからだってさ。」


「??」


義明が

ますます意味が分からん、と首をかしげていると

彼から遠ざかった女生徒の一人が

くさい、と小声で呟いた。



「えっ、これってお前の臭いだったの?

猛烈な臭いを出す芳香剤かと思ったわ。」


「それ、もう芳香剤って言わないよ。」


久しぶりに突っ込んでくれた。ナイス、学生会長、

義明は久しぶりにも思えるツッコミにひどく感動した。



「僕ってそんなに臭いのかな。」


「くせぇよ。」


しかし、義明の感動もむなしくわずか2秒後には

再度立場が逆転した。



「この状況見れば一目瞭然だろう。

何で学生会長になったんだよ。

めちゃくちゃ迷惑掛てんじゃん。」


「だって、お父さんが

〝お前は顔が悪いからせめてステータスだけは

誰に言っても恥じないようなものを身に付けるしか

将来貰い手が現れない〟って言うから。」



この年でもう将来の心配をするほど

追い詰められていたんですね、お父さん、

と義明はまだ顔も見たことのない人物に対して激しく同情し、

こいつの話を聞くと何故か涙腺が緩むな、

と義明はまたしても目端に涙を浮かべてしまった。



「それに僕も当時は学生会役員共や学生会の一存って

アニメにはまっててね。

学生会長ぐらいだったらやってみようかなと。

義明君も見るかい?これがとても面白いんだ。」


「あー、その話は今度な。」


そう言うと義明はもう学生会室に用事はないとでも言うように

踵を返し、扉を開けると職員室へと向かった。



可能性は低いが学生会役員を従わせることができるのは

もう権力を持った大人だけだ。

そんなことを考えながら義明は職員室に入ると

担任の独身女教師の元へ向かった。

女教師の下へ辿り着くと分厚い本の中に写っている

スーツや袴を着た男性を吟味しているようだったがスルーし、

今までの事情を説明した。



「いいわよ。」


「えっ、いいんですか?」


即答だった。

今度は良い意味で。

むしろ聞き返すぐらいに。



「学生の自主性を重んじるのが教師の務めだもの。」


「それは時と場合によると思いますが。」


「とりあえず、私から学生会の連中と話をするから

あんたはもう帰りなさい。」



「ありがとうございます。」


義明は素直にお礼を言っておとなしく引き下がり、

職員室から退出した。

義明は帰るべく真っ直ぐに校門へ向かうと見知った

人影を校門前に3人分発見した。


「何だ、待っててくれたのか?」



「別に、ただ父が義明君と帰りなさいっ

て言っていたから待っていただけよ。」


何が〝別に〟なのかはよく分からないが

どうやら待っていてくれたことには変わりないらしい。

父親の言いつけか・・・・・・

そういえばダニーが宇都宮の護衛をしろなんていってたな、

と義明は眉をひそめながら初雪の発言について思案する。



「ちょっと、

なんでこの子のお父さんとあんたが顔見知りなのよ?

意味分かんないんですけど!」


少しばかり義明が沈黙し、

護衛の目的について考察していた所、

舞がすかさず茶々を入れてきた。

どうやら舞は俺と宇都宮の関係を疑っているらしい。



それを探るために残っていたのか、と

義明は溜息混じりに舞の疑問を解消するべく

自分が分かっている範囲での答えを述べた。


「ダニーからの頼まれごとだよ。」



「あの人が・・・・・・?

でも、初雪ちゃんと一緒に帰らなくちゃいけない

〝頼みごと〟なんてあるのかしら?」


義明の簡単な弁明だけでは納得していない

舞はしつこく食い下がってきた。



「ほら彼女、いいとこの令嬢だからなるべく一人で

いる状況を作りたくないんだろう。」


「私だっていいとこの令嬢なんですけど!」


「お前は身内含めてボディガード不要の

マウンテンゴリラ一族じゃねぇか!

ていうかどっちかっていうと加害者側だろ、お前。」


「何ですって―――――――!!!」


義明に飛び膝蹴りを食らわしながら

根彫り葉彫り聞いても納得しない舞であったが

まぁ、いいわ、と一応は言及をやめてくれた。

本当のことしか言ってないし、

これで俺の知ってることは全てなんだけどな、と

今度は義明が今の理不尽に納得できていなかったが、

ようやく帰路に着くことができる。



「あの、さっきの件だけど義明君はこういう

頼まれごとって結構されてるの?」


「そりゃあもうこっちがうんざりするぐらいに。」


初雪の問いに対して何故か舞が当然のように答えた。



「おっかない連中に追いかけまわされたり、

ロシア連邦の奴らとやりあったこともあったし、

それから何かおっかない金持ちのボディガードから

狙われた一市民を守ったこともあったわ。」



「それって、ダニエルの頼みごとじゃなくて

全部、お前が原因で起きた事件だよな?」


「えっ、そうだったっけ!?

忘れてたわ、ごめんね。

でも別に校長の頼みごとも私の起こしたことも

似たようなもんでしょう?」


「全然、違う。全然違うから。」


例え通じないと分かっていても義明は

舞に対して精一杯の抵抗をしてみた。



「初雪ちゃんって昔はどんな子だったの?」


「そうね、とりわけ今とあまり変わらない

と思うのだけれど・・・・・・」


そんな幼児がいたらトラウマになるな、と義明は

昔話に花を咲かせる里緒と初雪の会話を外野から

見守っていた。

緑色豊かな森の木々達が風に靡き、

涼やかな音を立てながら流れていく川。

その川面に写し出される夕日の強い存在感。

そんな都会ではお目にかかることができない幻風景を

左右に従えながら歩く

帰り道の和やかな空気。

やはりと言っていいのか、

それは唐突にもトラブルメーカーに破壊される。

これはもはや運命なのか?

それともそうしないと生きていけない身体なのか?

どちらのなのかは知らないが。

このグループ一の不穏分子が姿を

くらませているのは見間違いではなかった。



「そういえば、舞はどこに行ったんだ?」


義明はここに至ってようやく自分の愚かさ加減に気が付いた。

目の前を歩いていた初雪と里緒はその歩を止めて

義明と一緒に後ろを振り返ると首をかしげる。

問題児の姿が消えていたのだ。



「ほんの少し前まではいただろ、あの野郎。

やべぇな、ちょっと探してくる。」


それは彼氏として彼女を心配する気持からか

それとも彼の問題児が人様に迷惑をかける可能性を

危惧してかは知らないが義明が来た道を走りだした。

後ろからは里緒の

じゃあ先に帰ってるから、という甲斐性のない声。

それに涙しながら義明は

絶対にトラブルに巻き込まれるんだろうな、と

自分の決定された将来を悲観した。



「ごめーん、心配かけた?」


走り始めてものの数分。

歩道から逸れた森の中から当事者は姿を現した。

何故か泥まみれになって。

何やら不穏そうなアタッシュケースを持って。


「お、お前、そのアタッシュケースはどうしたんだ?」


義明がおそるおそるケースを指さしながら尋ねる。

舞は一瞬、義明の指さすケースを確認してもう一度

彼に視線を向けると。


「拾っちゃった!」


満面の笑みでそう答えた。


「だから、何でそう拾い物をするんですか、あなた様は!?

どういえば言うことを聞いてくれますか!?

私の普段の態度が駄目なんでしょうか!?

もっとお手本になるような立ち振る舞いをしないと

いけないんでしょうか!?

お願いですからこれ以上トラブルは背負い込まないでください!」


自然と敬語になる義明と

颯爽とトラブルを拾ってくる頭の中がお花畑なお嬢様。



「義明、気にしすぎだって!

私がそういつも考えなしに拾ってくる訳じゃないんだから」


「うそつけ、どうせ

〝これは私の勘よ〟とかほざくつもりなんだろう?

いつものパターンだ、知ってるよ?」


「な、何ですって――――!?」


いつまでたっても見苦しい口論を止めない二人の目に

黒い服を着た男達が周囲を囲っているのが写った。

辺り一帯は田舎道一本で見晴らしは180度を高層ビルに囲まれている都会のそれと比べれば格別に良い。

そして何よりもこんな偏狭の片田舎であんな物騒な

人相の男達は見かけない。

つまりは、かなり目立っていた。

その黒服たちに気がついた義明は一気に臨戦態勢へと移る。


「ほら、やっぱりこういうことになった・・・・・・」


「ちょっと、これはまだ私のせいって

決まったわけじゃないんですけど!!」


まだ、と言っている辺り、自分のせいかも

しれないとは少しくらい思ってくれてるらしい。

舞があまり見せないまともな人間性に義明は

内心ほっとする。

すると周囲を囲っていた黒服たちの中から一人

前に飛びだしてくる。

どうやら戦闘をする気はないらしい。

黒服は丸腰のまま、義明達の前へ行くと

ケースを指さして。


「それは俺たちのものなんだ、返してくれ。」


やはり、というか、期待を裏切らない、というか

彼らの狙いは当然、このアタッシュケースにあったらしい。



「・・・・・・だそうだ、返してやれ。」


これで、流血沙汰にならずにすむのなら万々歳だ、と

義明は舞にアタッシュケースを彼らに返すよう催促する。

しかし、彼女は何故か手に持っているそれを放そうとはせず

むしろ、先ほどよりも両手でがっちりとホールドし始めた。


「駄目よ、これはもっとふさわしい持ち主に返してあげるの!」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


開いた口が塞がらない、とはこのことか。

義明は唖然としたまま直立不動の状態と化した。

ガチャッ、と何やら義明的には聞き慣れた

嫌な金属音が聞こえてくる。


「最終通告だ、それを返してはもらえないだろうか?」


「もちろん、返します、返しますから

少しだけ待っていてください!」


言って義明は舞からケースを奪い取ろうと躍起になる。

しかし、彼女は意地でも返したくないらしい。

決して放そうとはしなかった。


「駄目だってば、これはね、もっと貧乏そうな服装で

立っているのがやっとなおじいちゃんに渡すって決めてるの!」


「お前の決定事項なんて知らないから!

頼むから、その手を放せ!!!」


「いや、いやよ、お願い止めて!」


黒服たちの醸し出す雰囲気が怪しくなる。

彼らはどうやらこのケースを力ずくでも奪いたいらしい。

もしかしたらこのバカの相手をするよりもこの

黒服たちを相手にした方が楽でいいかもしれない、と

窮地における発想の転換をやってのけた義明はすぐさま

自分の気持ちが変わらない内に、と目の前の黒服に

ボディブローをお見舞いする。

うっ、とうめき声をあげて倒れこみそうになる黒服を捕まえて

義明は周囲を囲う黒服達への盾がわりにすると。


「逃げるぞ」


短く、舞に告げると一気に駆けだした。

舞は義明の後を追うように黒服達の防壁を潜り抜けると

義明は手に持っていた黒服の一員を放り捨て、そのまま

全力で走り始める。

その場に残された黒服達は倒された黒服を介抱しながら

用意していた車に乗り込み、義明達の後を追う。



「ひぃいぃいぃいいいぃぃいいいいいいいい!

なんかあの人たち、車で私たちを追いかけてきたんですけど!

やばいんですけど、やばすぎるんですけど!」


「頼むから少し黙っててくれ、

もう少しで楽になれるから!

やっぱり、お前とつるむとロクなことにならないわ!」


「ちょっと、今回のはあんたが手出したからでしょう!?

私、関係ない!!!」


「お前が元凶だろうが!

素直にそのケース渡していればこんなことにはならなかったんだぞ!」



ぎゃあぎゃあ喚きながらも義明達は走る。

相手は車。

直線で走っていればすぐに追いつかれる。

故に彼はあえて曲がりくねった経路を辿る。

運が良い事にここは田舎道の区域だ。

この狭い道路とでこぼこ道では黒服達も

そう簡単にスピードは出せないらしい。

義明は地の利を十分に生かした。

彼は何も途方もなく走っている訳ではない。

ちゃんと目的地を見据えている。


「この辺りで一番、近い場所はあそこか!」


義明が目指していたのはなんと賃貸駐車場。

そこには彼が普段愛用しているバイク

CB400SFの姿があった。

万人向けに造られたそれはライダー達の間で最も

親しまれ、かつ運転しやすい構造設計となっている。



「なんで、あんたの乗ってるバイクがこんな所にあるのよ?」


「ダニーに緊急で呼び出される時の事を考慮してこの町の

いろんな所においてるんだよ!

いいから早く乗れ!」


義明に催促されるがまま舞は彼のバイクに乗ると、

義明は有無を言わさず、急発進した。


「ちょっと、私が乗ってるってことを忘れてるんじゃ

ないでしょうね!」


「あぁ、聞こえねぇよ!!!」


ぎゃあぎゃあ喚く舞を後ろに更に後方から追尾してくる

車に目を向ける義明。

よし、これなら逃げ切れそうだ、と彼は心の中でガッツポーズした。

やっぱり、この選択が一番労力を使わずにあの危機を脱出することが出来る

方法だった、のだと。

彼は逃げ切れるという安堵から通り過ぎる橋に差し込む夕日を

眺めて目を細めた。

あぁ、これで一件落着だ、と。

瞬間――――――


「これ、重いのよ!!!」


突然響き渡る意味不明な声。

それと同時に舞の手に先ほどまであった物がなく、

義明が探しているそれは宙を舞っていた。

そして、今までドンチャン騒ぎの中枢にあった

アタッシュケースは橋の下の川へと落ちて沈んだ。

バイクの上に残されたのは義明と

あぁ、重かった、と手を擦る舞のみ。



「おぉおおぉおおおおおおぉおおお、お前、

おかしぃいいいいぃからぁああああああああああああああ!」


「仕方ないでしょう、重かったんだから!」


「理由になってねぇ!

大体、お前〝このケースを渡す人は貧乏そうな・・・・・・〟

とか言ってたじゃねぇか!?」


「あぁ、あれ

あれはもういいのよ、疲れちゃったから!」


黒服達の車を巻いた義明達はバイクを道路脇に止めて

言い争いをしている。



「あれはお前的に疲れちゃったで済まされるような

騒動だったのか!?

だったら、最初からあの黒服達に渡しておけよ!」


「嫌よ、気に入らなかったんだもの!」


はぁ、結局俺はこいつの暇つぶしに付き合わされた

だけなんだな、と義明は項垂れてこの件は無事に幕を閉じた。


「ヒューズ様、お届けの品にございます」


満月の煌めく綺麗な黒天の下。

森の中に異質な豪邸が建っている。

その豪邸のとある一室にて見るからに使用人風の男が

先ほどまで事件の渦中にあったアタッシュケースを

深々と椅子に腰を降ろしている金髪の男に差し出した。

その男は使用人風の男からケースを受け取り、

中身を取り出す。

ケースの中から出てきたのは濁ってはいるものの

薄い灰色を帯びた宝石。

それを装飾とした指輪である。

金髪の男は満足そうにそれを右手の中指にはめると。


「やはり、この指輪、何をしても持ち主の下に帰ってくる

代物だったか・・・・・・」


と、これから起こるであろう波乱の予感を楽しみにしている、

と言った様子でワインを啜った。


時刻は午後八時。

ダニエルから舞の送迎について何故最後まで

面倒を見なかったのか、とガミガミ説教を受けてから

義明は帰宅した。


「はぁ」


どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのか、と

自身の境遇の悪さに悲観する。

何気ない習慣で帰宅して真っ先に義明は郵便ポストを

漁り始めた。

中からは一通の封筒。

そしてそれを開くと何やら歪な指輪が姿を見せた。

その指輪は緑がかった暗い色の宝石を装着し、

宝石なんかに興味がない義明を誘惑した。

なんだこれ、捨てようと思ったのに指輪が手から離れない、と

差出人不明の指輪と傍から見れば理解不能な葛藤を繰り広げた。

結局、彼はそのどうしようもなく捨てることが出来ない指輪を

机の引き出しにしまい、夕食の支度に取りかかった。



同時刻、米軍基地にて。


「はぁ」


ダニエルが巨大な溜息をつく。

今日の義明の失態を思い返しての溜息もあるが何よりも。


「ダニエル大佐、メリッサ大尉からの無線です。」


「よし、繋げ。」


今、この土地に身を潜めているであろうテロリストを

思ってのことだった。


「どうだった?」


部下から無線を受け取ったダニエルは結果を先急いで問いただす。


『こっちもはずれだわ、

確かにあの男と関係があるみたいなんだけど

何も知らないみたいだし、こいつらどうするの、殺す?』


無線の奥から息を呑む声。

余程、残虐な目に遭わされたのだろう。

もはや、逆らう心をへし折られているようだった。


「いや、そいつらは地元の警察に引き渡せ。

麻薬の密売人だと言う証拠もあるし、引き取ってくれるだろう」


はいはい、とメリッサは退屈そうな声を洩らしながら

無線を切った。

確かにあの女はすごく優秀なんだが、いかんせんネジが

一、二本外れているからな、と

更に頭を抱えるダニエルの下に

お届け者です、と封筒を差し出す部下。

その封筒に差出人の名前はなく、中から出てきたものは

濃い青に染まった宝石が装飾されている指輪が一つ。

送る場所を間違えたかな、とダニエルが指輪を封筒に

入れ直し、部下に送り返せ、と言おうとした矢先。

身体が硬直した。

全く動かない。

喉元まで出かかった声も発することを許されない。

封筒を部下に差し出そうとした手は宙に浮いたまま。

なんだ、曰くつきのものか、ちょっと調べてみる必要が

ありそうだな、とダニエルは自分の机の引き出しに封筒

ごと指輪を保管した。



時刻は夜の九時ごろ。

ダニエルが統括する米軍基地内の寮にて。


「駄目ね、不完全燃焼だわ、あれ」


地上最強の女ことメリッサ・D・アルクは一人自室にて

愚痴をこぼしていた。


「あの男は本当に要所、要所で詰めが甘い」


先ほどの輩について処遇を問うた時、ダニエルは

〝警察に引き渡せ〟と答えた。

彼女が求めた答えとはまるで程遠い。

彼女の生い立ちはかなり特殊なものだった。

彼女は十五の頃までは普通の学生として過ごし、

それからの人生は自ら茨道を歩み進んだ。

かつてアフリカ大陸の中央区で起きた世界最大規模の紛争。

そこへ彼女は自ら志願して有志軍へ参加。

若干、十五才で死地へと赴いたのであった。

本来であれば、誰もが引きとめそうな所、

彼女の場合は特殊な出立ちがそうさせなかった。

原因は彼女の祖先にある。

彼女はジャンヌ・D・アルク、通称ジャンヌ・ダルク。

オルレアンの乙女と呼ばれたフランス救世主の正当な末裔だったのだ。

〝また彼女の奇跡が世界をお救い下さる〟

当時は誰もがそう信じて疑わなかったという。

戦地へ到着してからの彼女の偉業は期待を裏切らない

素晴らしいものだったという。

戦場へ赴けば必ず勝利を掴んで帰ってくるその姿。

そして何よりも彼女は紛争中、ただの一度も傷を負ったことがない。

そんな神々の奇跡を前に国民たちはひれ伏し、

〝神の寵愛を受けた乙女〟〝世界に愛された乙女〟

〝無傷無敗の戦女神〟と勝手に命名し、勝手に崇めた。

しかし、紛争が終わってみれば彼女の処遇は酷いものだった。

アフリカの中央区から母国に帰ってみれば人殺しのレッテルを貼られ、

道行く人に殺人鬼と恐れられ、大量殺戮マシーンと罵られる。

戦争中は英雄であっても平和な場所ではただの人殺しでしかない。

そう蔑まれた彼女にもはや行く充てはなく、そんな途方に暮れていた頃に

手を指しのばしてくれたのがダニエル・オースティンその人だった。


だから彼に感謝はしている。

感謝はしているのだが公私のけじめはつけるべきだ、とも思う。

そうメリッサに思わせるくらい彼は優しすぎた。

はぁ、と溜息を洩らし、自室の中心に鎮座する机に

腰を降ろす。

すると、何やら机の上には一通の封筒。


「この私に便せんだなんて珍しいわね」


何のためらいもなく開けてみると中からはやはりと言うべきか

指輪が飛びだしてくる。


「へぇ、良い指輪ね」


装飾された宝石は淡い黄金色を放つ魅惑的なもの。

彼女は誰から送られたものだとか気にするそぶりも

見せないままそっと机の引き出しに入れた。



2013年09月12日


翌日、早朝、原本邸にて。


「うぅううぅううううううううううう!!!」


突如、奇声が上がる。

声の主はやはりというべきか当然、原本作音その人である。

彼は今、正に夢の中。

自分のベッドで寝像悪くもすやすやと眠っていた。



「起こすなよ、徹夜明けなんだ・・・・・・

昨夜は彼女が寝かせてくれなくて」


これはもちろん、寝言である。

ついでに言うと誰も彼を起こそうとしていないし、

彼女とは三次元ではなく、二次元のことである。

しかし、何故か自分の寝言で目を覚ます原本。

そして枕元には一通の封筒が。


「これは、もしかして噂に聞くラァブレタァ?」


勘違いもここまで行くと見ていて清々しいものがある。

彼は一心不乱に封を開け、中のものを取りだした。

中から出てきたのは水色に光る宝石が取りつけられた指輪。


「・・・・・・・・・・・・」


あまりにも期待はずれなものに原本も落胆の色を隠せない。

しかし、と原本は考える。



「これってもしかして婚約指輪かな?

僕ってこれからギャルゲ―の主人公みたく

突然、現れた美少女に婚約を申し込まれるイベントが

発生するの!!?」


予想の斜め上を行く切り返し。

頭がお花畑な原本はいつでも取り出せるようにと

その指輪を机の引き出しにしまい込んだ。

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