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ハロー、ワンダー。  作者: 小木一寸
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第2節 -救世主-

 轟音が森全体を震わせる。鳥たちは慌てて飛び立ち、獣たちはけたたましく鳴いて危険を仲間に知らせる。土煙が濛々と上がり、辺り一帯を覆い尽くした。

「げほっ、ごほっ……おお、生きてる……」

 ジャージに纏わりついた土を払いながら立ち上がり、手を握ったり開いたりしてみる。両手が問題なく動くことを確認したら、今度は屈伸したり腰を捻ったりしてみるがあ、どこも十全に動いた。怪我や異常は一切見当たらない。

「いやはや……なんとなく死なないような気はしていたが、まさか無傷とは」

 首を捻ってパキポキと鳴らす。周囲を見渡してみるが、立ち込める土煙で何も見えなかった。

「さてさて……これからどうするか。死ななかったのはいいが、ここがどこなのかさっぱりわからんな」

 現在位置も把握できずに動くのは得策ではないだろうし、とりあえずは土煙が収まるのを待つか。ずっと立っているのは疲れるし、周囲に警戒はしつつも座っていよう。

 と、腰を下ろし、しかしここはどこだろうなあと呑気につぶやいた、その瞬間。

 ごう、と突風が吹いた。

「うわっ」

 土埃が口や目に入らないよう、とっさに顔をかばう。

 木々の生い茂る森の中でもこんな風に突風が発生するのか、と自然現象に的外れな感心をしながら、風が収まるのを待つ。突風は数秒で収まり、無風状態に戻るころには周囲の土煙も霧もすべて飛ばされて無くなっていた。

 必然、見えなかった周囲の様子が露わになる。

 数十メートルはありそうな樹木が立ち並ぶ霧に覆われた森の、少し開けた空間。俺が落ちたのはそのほぼ中心だった。

 そして。

 回りを、数十人の人に囲まれていた。

「っ!」

 思わず立ち上がり身構えると、周囲にいた人達もビクリと体を跳ねさせ後ずさった。警戒はされているが敵意は無いのだろうか? ……まあ、いきなり人が落ちてきたらそりゃ警戒するか。

 俺を取り囲む人々をぐるりと眺めてみる。誰も彼もが日本人ではないと一目で分かる金髪で、またその髪から尖った耳をのぞかせていた。先ほど見た世界樹に引っ張られてか、彼らの特徴からゲームや漫画に出てくる「エルフ」が連想される。

 さてどうしたものかと迷っていると、ふいに背後でカツンという音がした。振り返ると、やたら装飾が施された衣装を纏った十代半ばくらいと思しき少女と、杖を持った老婆がこちらを見ていた。他の人とは違い、戸惑いや警戒は見えずまっすぐにこちらを見据えている。少女と老婆の後ろには白いローブを着た人が十人ほど付き従っており、この二人が何かしら重要なポジションにいることは明らかだ。

 老婆が少女に何かささやきかけると少女は頷き、こちらへ近づいてくる。思わず後ずさりそうになるが、ここで変な動きをして警戒させてはいけないと、なんとか踏みとどまった。

 俺から2メートルほど離れたところで少女は立ち止まり、そしてその場に(ひざまず)いた。その動作に合わせて少女の後ろにいた老婆や従者、それに周りを取り囲んでいた人々も跪く。

 状況が全くつかめず不安ではあるが、どうも敵意は無いようだ。ひとまずホッと溜息をつき、ここからどうしようかと考える。もし跪くという仕草が意味するところが同じなら敵意がないどころか敬意を払われているのだし、空から落ちてきたのも相まって神聖視されているのだろうか。

 とりあえず、あまりにも目立ち過ぎているこの状況をどうにかしたい。向こうから来てくれたのだから、この機会を活かそう。

 少女に近づき、肩をたたく。少女はビクリと体を跳ねさせたが、平静を装って顔を上げた。その体は小刻みに震え、顔も青白い。それもそうだろう、何せ突然空から降ってきた謎の男の前に一人で向かっているのだ。その心中は察するに余りある。

 どうしたものかと逡巡し、まずはコミュニケーションを試みることにした。

「えっと……初めまして、俺の名前は卯郷桐哉。君の名前は?」

 身振り手振りをしながら、名前を名乗る。言葉が通じるかは不明だが、コミュニケーションといえばまず挨拶と自己紹介だろう。

 言葉が通じたかは不明だが、少女の表情が少し変わったように見える。緊張が強く出てはいるが、少し驚いた様子と、安堵というか、先ほどより緊張が少しだけほぐれたような気がする。

 こちらの意図は通じたらしく、震えながらも少女が口を開く。

「ワ、タシ……ノ、名前、ナギ、デス」

 少女はカタコトではあるが、日本語で答えてくれた。不幸中の幸いか、言葉は通じるようだ。

 少女が話したことにか、そもそも会話をしていることにか、何に対してかはわからないが周囲が少しざわつく。老婆が杖で地面をたたくと、周囲のざわめきも収まった。

「俺の言葉が分かる?」

「イーツ……ハイ、少シダケ」

「ふむ……」

 聞きなれない響きが少し入った。少ししか日本語を話せないという点からも、このあたりの公用語は日本語ではないのであろうことが分かる。自室にいたはずが、いつの間にか日本を飛び出してしまっていたらしい。

 ……いや、そもそも、地球上かどうかすら怪しいのだった。落下中に見たあの【世界樹】。地球上にあんなものがあるなんて聞いたことはない。まあ最近はニュースとか全然見てなかったから突如地球上に出現した謎の超巨大植物の可能性もあるが、確定できる情報がない以上は最悪の事態、地球外であると仮定して行動した方がいいだろう。

 地球外、つまりは異世界。何と非現実的かつ滑稽で、そして魅力的な言葉か。俺は今まさに未知の中にいるのだ。退屈な日常が終わりを告げ、非日常に包まれている、この高揚感。実に、実に素晴らしい。

 思わずにやけそうになるのを何とかこらえる。危ない危ない、今は喜んでいる場合じゃなかった。とりあえず現状をどうにかしなければ。

 まずはこの世界の情報が欲しいところだが、今の目立ちまくっている状況はあまり好ましくない。どうにかしてこの状況を脱したいところだが……。

 どうしようか考えていると、腹が鳴った。そういえば今日はまだ何も食ってなかったな、なんてぼんやり思い出していると、老婆とその後ろにいた従者たちが慌て始めた。知らない言語で何か言い合い、従者たちがどこかへ駆けていき、そして老婆はナギと名乗った少女の元にきて何かささやきかけている。ナギが何度かうなずき、話し終えた老婆がこちらに一礼して立ち去った後、ナギが話しかけてきた。

「申シ訳、ゴザイマセン……今、食事、用意シマス。ゴ案内、シマス」

「あ、どうも」

 歩き出すナギを追いかけながら、周囲を見回す。どうやらここは小さな村のようで、住居と思しき木造の建物が散見された。落ちた場所はちょうど広場のようなところだったらしく、円形に石畳が敷かれ、四方へ道が伸びている。

 その道のうちの一本をナギが進んでいく。向かう先には、広場よりも少し小高い位置に他の住居よりも一回り大きい建物があるのが見える。恐らくはナギの、そして村の長の家だろう。

 近くまで寄ると、中で人々があわただしく動き回っているのが見えた。扉までたどり着くとナギは一礼し、少シオ待チクダサイと言って中へ入っていった。その言葉通り、1分も経たずにナギがまた扉から出てくる。

「オ、待タセ、シマシタ。中ヘ、ドウゾ」

 ナギに促され、扉をくぐる。中は集会所も兼ねているのか、住居にしては広い空間の中央に大きなテーブルが鎮座し、椅子が何脚も並べられていた。そのテーブルの上に、様々な料理が所狭しと並べられている。


 漫画の中でしか見たことのないようなその贅沢な光景にあっけにとられていると、再度ナギに促された。左右に伸びるテーブルのちょうど中央の椅子をナギが引く。恐らくここに座れということだろう。

 促されるままに椅子に座ると、ナギは俺の後方に立ったまま控える。好きに食べていいということなのだろうが、いきなりこんな豪勢且つ大量の料理を差し出されても極普通の一般市民として生きてきた自分は尻込みしてしまう。

 どうしたものかと周囲に視線を巡らせ、ふと疑問が浮かんだ。後ろを振り向き、ナギに問いかける。

「ナギちゃん、って呼んでもいいかな」

「エッ、アッ、ハ、ハイ」

「ありがとう。それでナギちゃんに、質問があるんだ。他の人はどこに行ったのかな」

「イーツ、ミンナ、家ノ外、デス。ルーシャ……ミコ、以外ハ、エクシュー……神使(しんし)様ト、話ス、ダメデス、ナノデ……」

「ふむふむ」

 このVIP待遇の謎がようやく解けた。どうも俺は神様がここに遣わした使者的なものだと思われており、推測するにその神様を祭る巫女がナギちゃんだということだろう。そして古くからのしきたりに従い巫女以外は遣いに接触しないようにしているわけだ。

 そりゃあいきなり空から人が降ってきて、石畳に着地したのに無傷で、しかも不思議な言葉を喋っていれば神かその遣いだと勘違いされても仕方ないことだろう。

 神ではなくその遣いだと判断した理由も気になるところではあるが、それは置いといて、自分が着地したときの様子を思い返す。俺が落ちてきたときに広場にいた人々。彼らの目には一様に驚きと恐怖が浮かんでいた。そして、わずかではあるが、誰も彼もの瞳に、安堵というか希望というか、未来への期待ともいえる感情が浮かんでいたような気がする。

 加えて、迅速なこの対応。ナギにも怯えは見えるが、その怯えを抑えるだけの覚悟と、そして期待も同時に見て取れる。これらの情報から、一つの推論が浮かぶ。

 即ち、俺がこの非日常に期待を抱いているように。

 この村の住人達は、『俺』という非日常に、何かを求めている。

 問題はその規模だ。ナギは先ほど俺の事を『神様の遣い』と言った。これはつまり、『神』という絶大で絶対な存在の干渉こそが、今この村が求めている非日常だということだ。それこそ、村全体、あるいはそれ以上の規模の問題なのだろう。

 間違いない。今この村は、危機に瀕している。

 さらに言うなら、俺はその危機の解決を期待されているというわけだ。

 さながら神のごとく、勇者のごとく……救世主のごとく。

「……ははっ」

 思わず笑いが漏れる。

 ついこの前まで一介の会社員でしかなかった男が、いきなり救世主とは。なんという大出世、なんという非日常。まるで漫画の主人公だ。子供の頃に憧れた夢物語が、まさか21歳にもなった今更叶うとは。

 もちろん不安がないわけではない。まだ危機が何なのか分かっていないし、それを解決するための力が自分にあるかどうかも分からない。

 ただ、それでも。

「………………」

 震えるこぶしを握り締める。

 それでも、だからこそ。悔いのないように、全力で。

 なってやろうじゃないか、救世主に。

 この少女を、この村を―――そしてこの世界を。この手で救ってやろうじゃないか。

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