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月よりも儚く(前編)

ホワン視点になります

 ファーファベア国に姫が生まれた。

 世界中の美を詰め込んだような愛らしさ。あまたの美姫を見てきた私がいうのだから、ひいき目にしてもいいだろう。きっと目の中に入れても痛くない。

 壊れモノを受け取るように、恐る恐ると抱き寄せると、彼女はすやすやと眠っていた。私にとっての天使が誕生した瞬間だった。

 よくいえば我がままで奔放。すくすくと成長したモア姫は誰にもなつくことなく羊毛を食す。従者のヒツジ達が野菜のオクラやニンジンを、姫が食べやすい大きさに切ったにも関わらず食さなかった。

 

「モアさま、こちらにおいでください」


 プイと顔を逸らされる。 

 

「モアさま、チョコにんじんですよ」


 丁寧に皮むきしてから柔らかくするまで蒸したもの。甘く食欲をそそられる香りに、小さなモア姫はハイハイしながら近寄ってきた。


「おい、し……でも、どうして?」

 

 驚愕したような瞳で見られるから、笑んでみた。


「私の兄弟たちも昔はにんじんが食べれなくて難儀したんですよ。でもこれなら食べれると言って野菜嫌いがなくなったのです」

「ホワンの、おにいちゃん?」


 こんなに長く喋られるとは、初めてじゃないだろうか。


「私の3歳年上の兄上です。ファーファベア国を守る従騎士をしております」

「ホワンと、いっしょかぁ~」


 よちよち、とモア姫が近寄ってきたので、私は背を低くしてモア姫を背中に乗せ上げた。


「う、わ……」

「どうしたのですか、モアさま」

「ホワンの、背中から眺める景色が高いなぁと」


 震える感覚が背中から伝わってくる。

 これはこれでくるものがあって、ごくりと唾を飲み込んだ。

  

「これくらいのこと、モアさまならいつでも構いませんよ」

「う、ん。ありがとう」


 すりすり、と羊毛に頬ずりされて悪い気になるわけない。こそばゆいけど嬉しい気持ちの方が勝り、悶えることを懸命に隠した。そう考えているうちに、モア姫に羊毛をかじられる。


「ん……? モアさま、もしかして私の羊毛を食べてます?」

「うん! おいしぃ、おいしぃよ!」


 天使なモア姫が羊毛食べて感極まっている。吐き出しなさいと言っても聞かずにいると、ぼんやりとモア姫の羊毛が光りだした。


「ふわ~~」


 なんと美しい空色のきらめき。

 全身の羊毛が染まりきると、モア姫が興奮して言った。


「そってください」

「は……?」


 背徳な言葉を聞いた気がする。

 聞き間違いでなければ、可愛い口からもういちど言ってほしい。


「羊毛を剃ってください。早く!」

「モア姫、そんなこと私ができるわけ……」

「なら他のヒツジに頼むもん。あの子、できるかなぁ……」


 モア姫の綺麗な羊毛を他の雄に触らせる? 恥ずかしいとこも際どいとこも、剃るフリしながら触りまくる雄ヒツジに、私は指をくわえて見てるだけ?

 恥ずかしさに身悶えて、やらしい声を上げるモア姫を想像してしまった。不覚にも体中の熱が高まる。


「モア姫の羊毛は私が!」

「へ?」

「私がします。いえ、私にさせてください!」


 私のモア姫に触る雄ヒツジなど、足で蹴り上げてしまいたくなるから却下した。専用の刈り取り機を使い、傷などつけずに慎重に刈り取っていく。

 羊毛を剃ったモア姫の体は貧相になるどころか、純白のふわふわ毛が生えてきて驚きの連続だった。空色の毛玉を大事に受け取っては嬉しそうに頬ずりしてくれたので、やってよかった。

 それから、モア姫は時々私に隠れて何かをしていた。危険なことではないようなので、知らないふりを決め込んだ。




***




 モア姫の豪華な部屋を従騎士の私が片付ける。

 側仕いのハミィに止められたが、首を振った。


 モア姫によって散らかされた散乱物は、モア姫の心情そのものだと理解してるからこそ、自分に片付けさせてほしいと伝える。承諾してくれたハミィは、共に掃除することを許可してくれたので安心した。

 

 少しあとにモア姫が部屋にお戻りになる。

 割れた鏡を先に片付けてよかった。

 彼女は鏡や落ちた散乱物に躊躇せずに、見事に全て踏んづけながらよちよち歩きできたのだからこちらはハラハラし通しだ。


「ホワン~~、ホワン~~!」

「はい、なんですか?」

「あのね、これあげる」


 つぶらな瞳が上目づかいで見てくる。

 内心でヒツジダンスを踊りたいくらいにテンパっていた。


「いつもありがとうなの、ホワン。これ……」


 口に咥えて持たされたものは空色に輝くベストで、モア姫とハミィに着せられる。触り心地がよく、自分の羊毛からできたものとは思えないほどの出来栄えだ。


「どうかな?」

「……とても嬉しいです。大切にしますね」

「それとハミィにも~!」

「まぁ、素敵な髪飾りですのね。角にぴったりですわ!」


 夜にこっそり泣いてたモア姫が。

 好き嫌いして野菜を吐き出していたモア姫が。

 

 自分から率先して手作りしてやり遂げたことに感動してすり寄った。モア姫はまだ小さいから、あまり力を込めて頬ずりできない。早く大きくなって、私の愛を受け取れるまでに成長してほしいと願う。


「ホワン?」

「モア姫は、成長なされたのですね」

「そーだよ。わたしは、せいちょーしたのだ!」


 彼女の見る世界があたたかく、幸せに感じてくれているのだとしたら嬉しい。スキンシップと称して優しく頬ずりかましていると、侍女のハミィにやりすぎだと怒られた。


 モア姫のその後の成長めまぐるしく、ファーファベア国をすっぽりと包み込む結界を作り上げた。外敵から身を守るその力こそ、女神ヒツジの再来だとヒツジ住民らが崇めたたえる。


 モア姫が驕り高ぶったりしたらどうしようと悩みつつもそんなことはなく、彼女はマイペースにすくすくと成長していった。



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