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「………っ!」
今日も今日とてオカンは躾……
あら?何やら様子が違うようですね
いつも親友を躾るオカンことゆうちゃん、…ではなく牧原悠斗はイライラ、ソワソワと忙しなく共同スペースを歩き回っています
そして、いつも傍らにいるはずの彼の親友にして手の掛かる息子と周囲に浸透しオカンは否定している出雲凪の姿はありません
一体どうしたのでしょう?
“ピーンポーン!”
「っ!!はいっ!」
呼び鈴の音を聞き一目散に玄関へ向かう彼は、いつもの冷静さが完全になくなっています
「すみません…まだみんなで探しているんですが、教えていただいたところは全て目撃者も居た形跡もありません」
慌てて開いたドアの外には彼が親しくしている後輩が汗だくで立ち、言葉を発すると深々と頭を下げました
特別際立った容姿ではない後輩ですが、男気溢れる兄貴肌で同学年は勿論、先輩にすら兄貴、お兄ちゃんと呼ばれている、ちょっと変わった人です
密かに悠斗を守るため生徒会長公認本人非公認の親衛隊隊長だったりもします
「いえ!探してくれてありがとうございます!こんなに汗をかくほど走り回ってもらってるのに文句なんかありませんよ」
笑顔でお礼を言いながら手元にあったタオルで後輩の顔や首筋を拭いています
「何事もなければ良いんですが…」
丁寧にお礼を言い彼からタオルを受け取った後輩は眉をハの字にして困惑と焦燥を浮かべています
どうやら凪は行方不明になってしまったようですね
以前も体格のいい男たちに連れて行かれギリギリのところで助け出されたこともあるため、みんな神経質になっているようです
「防犯ベルと携帯を持っているから大丈夫だと…」
大丈夫と言いながらも後輩よりも悲痛な面もちの彼
流石に対策をうったオカンでも息子に危害を加えられたら…と青ざめ始めています
ちなみに凪は携帯をサイレントにして通常モードに直さないという癖があります
携帯電話、携帯してても意味がない
携帯はGPS機能付きの物に買い換えさせようと本格的に考え始めたオカンは、きっと次の土曜日あたりには親友にキッズ携帯を買わせていることでしょう
最近のキッズ携帯は防犯ブザーにGPS機能、警備会社へのコールにフィルタリング、人数制限付きの電話帳とかなりお子様を守れるようになっていますしね
でもあれって高校生でも契約できるんでしょうか?
「とにかくもう1度探し直してきます!悠斗先輩は変わらず部屋で待っていてくださいね」
不安そうなオカンを外に出すのは危ないと頼れる後輩はオカンの肩を軽く叩いて、引き続き自室での待機をお願いしました
混乱の中親衛対象まで危険が及んでは大変ですからね
“ピーンポーン!”
おや、後輩が外に出ようと踵を返すタイミングで再び来訪者を告げる呼び鈴が鳴りましたね
チラリとオカンと目線を合わせ小さく頷き合って後輩は扉を開けました
「ゆうちゃーん!遅くなってごめんなさいー!!」
扉の隙間から走り出してきたのは今も大勢が捜索を続けている凪本人でした
玄関はそんなに距離もなく手前にいた後輩の腰に抱き付く形になっています
恐らくゆうちゃんことオカンである親友に抱きついているつもりなのでしょう
遅くなって心配をかけてしまったことが後ろめたいのか顔を腹部に押しつけたままの形で動きを止め、小さく震えています
「あー、出雲先輩?俺悠斗先輩じゃないですよ」
ポンポンと凪の柔らかな髪を撫で安堵のため息をこぼす後輩は本気で凪を心配していたのです
恐らく彼が統括する悠斗の親衛隊も、この脅えてはいるけれど外傷や何らかの危害が加えられていない凪を見れば、同じように安堵の色を浮かべていたでしょう
「あれ?葉架ちゃん?」
顔を上げ己が抱きついている人物が予想していた人物と違うことに、凪は首を傾げながら腰から手を離しました
ちょっと嬉しそうに笑っているのは、オカンと仲の良い後輩で食事をすることもある彼に凪はそれなりに懐いているからです
「っ!今までどこにいたんですか!?すごく心配したんですよ?」
先程まで珍しく目をまん丸くしていた悠斗は絞り出すようにそういうと、安堵と苛立ちを滲ませた複雑な表情で凪を睨みつけました
おっと、オカンお怒りでしょうか…
「ご、ごめんなさい…」
しょんぼりを通り越し最早泣く一歩手前の凪は後輩に抱きついていた時よりも大きく震えています
こう見るとオカンと息子、または飼い主と子犬ですね