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授業では当てられた問題をそつなく答え教師から賞賛を浴び、昼食は基本的には教室で凪の世話をしながら自身で作ったお弁当で腹を満たす
たまに委員会の当番があればお弁当を持って図書室へ
図書館の奥にある会議室でお弁当を流し込み、当番の仕事を行う
午後も勉強、運動をキチンとこなす傍ら親友が怪我をしないか注意深く観察することで時間を終えるのだ
普段ならば終礼を終えたのち親友が道草をしないよう一緒に帰り寮内のスーパーで夕食の食材を買うのだが、今日は放課後も委員会のため渋々親友をひとりで帰らせ再び図書館へ赴く
本の貸し出し返却と図書館内での注意呼び掛けが仕事だが、稀にキャッキャッと騒ぐ小さい子たちを除けばさほど注意をしなければならない人はそうはいない
大好きな本を読んだり、司書の仕事を手伝ったりと生き生きと活動し閉館時間に戸締まりを確認して帰宅する
寮に帰って1番最初に親友が寄り道や誰かに何もされていないことをしつこいほど確認し、夕飯の準備に取りかかる
「寄り道してないですね?食べ物を僕に隠れて食べてないですね?変な奴らに着いて行ってないです ね?」
「うん!ちゃんとお母さんとの約束守ったよ!」
「いい子ですね」
ほっと顔を綻ばせ、親友の頭を優しくなでてから夕飯の準備をと動こうとしたところで、先程撫でていた親友が撫でていた手の服の袖を握っている
「それで、今日の晩御飯食堂で食べたいんだけど…ダメ?」
「……………」
悠斗は食堂が苦手なため、滅多に行かないのだ
食事は美味しいし、馴染みのシェフもいる
それでも苦手意識を持ってしまうのは、人気者が現れると喧騒に包まれる場所でゆっくりと食事を楽しめないからだ
食事は静かにするもの、なんで人が入る度キャーキャーと騒がしくなるんですか?と仲のよい後輩に素朴な疑問と少しの愚痴を零したことは記憶に新しい
しかし、親友で同室者の凪はたまには食堂で食べたいらしく月に1度程度のペースでおねだりしてくる
「何を食べたいんですか?」
「えへへ、新作のスウィーツが出たってむーちゃんとしーちゃんが言ってたの!」
幼気な笑顔を向けつつ掴んだ袖は離さない凪
またあの子たちか!とうなだれながら、しかし新作ということは食べるまで毎日騒ぐだろうと期待の眼差しを向ける凪に密かにため息をつき、許可する
「分かりました、ただし僕がバランスを見ますから甘いものだけなど偏った食事にしたらしばらくデザートなしの野菜中心な食事にしますからね」
「うっ、はぁい」
冷蔵庫の食料が痛まないか頭の中で計算しながら、親友に釘をさし出掛ける支度をする
「あ、だめですよ!お腹冷やしやすいんだからちゃんと上着を着なさい!」
主に凪の、だが
“きゃあー!出雲様に牧原様ぁ!”
“今日は食堂でお食事をなさるの!?”
“ラッキー!僕初めて食堂でおふたりを見たよ!”
ヒクリと顔を引き吊らせ周囲からの黄色い悲鳴に眉をしかめる
「凪、早く食べて帰りますよ」
「う、うん!ゆうちゃん大丈夫?」
覗き込んできた凪は自分のワガママに対して大切な悠斗が苦痛を感じている事を知っているためそわそわと周囲を見ながら困り顔を露わにしている
「あまり長く此処にいると、騒いでる生徒たちに説教をしてしまいそうなので早く出たいんです」
ここをどこだと思っているんですか!?皆で食事をとり安らぐ場所でしょう…マナーもなく人の多い場所で声を張り上げるなんて…と口から出そうになる説教を必死で抑えていた
流石オカンである
「えっと、シーフードグラタンにメロンクリームソーダ、あとシェフの新作ケーキセット!」
「…まあ、クリームソーダは許しましょう…僕はビーフシチューにサラダのセット、ベリータルトとベリーティを」
空いていた席に座りながら注文をとる機械で注文を受け付ける
タッチパネルなのに喋りながら押してしまうが、周囲は聞き耳を立て2人の好みを知ろうと必死なため突っ込むものはいない
月に1度程度だが、毎回持ってきてくれるウェイターではなく料理長…
「よ!久しぶりだな、悠斗、凪!」
「お久しぶりですが、毎回僕達のところへ運んできていただいて大丈夫なんですか?」
少しくたびれたような男性が目の前で屈託なく笑う
「悠斗、新作ケーキのレシピ知りてぇだろ?これを届けようと思ってな!」
料理長に手渡された紙には目の前に置かれた鮮やかなケーキのレシピが書いてあり、悠斗は目をパチクリと瞬かせた
「良いんですか?レシピって料理長の大事な財産じゃないですか!」
「珍しいモン見れるからな、それだけの価値はある」
言うだけ言って、料理を手早く並べていく料理長
最後に優雅な一礼とウィンクをして自分の持ち場へと帰っていった
「ありがたく頂戴します、さ!食べましょうか」
さり気なくサラダを2つ持ってきた料理長に感謝して少なめの方を凪に渡す
「デ ザートを食べるなら野菜も食べるんですよ?」
「はい…」
先程まで鮮やかな新作ケーキを眺めていた瞳に涙を浮かべながら素直に頷く
うー、と唸る凪は野菜は悠斗が味付けした物以外苦手なのだ
食堂では温野菜か生野菜、野菜のスープ煮込みなどしかないため必然的にサラダを嫌々食べなければならない
「食べれたら僕のベリータルトを少しあげますから」
「うん!お母さん大好き!」
飴と鞭というのか、オカンの性なのか凪に野菜を食べさせるご褒美に別に食べなくても良い甘いソースのかかったベリータルトを注文する
零さないよう見守りつつ、まぁ作らないで食べれるっていうのは贅沢ですからね…たまには良いでしょうと注文した物を食べた
夕食を食べ終え、残念がる生徒たちの声を背に自室に戻り、親友にお弁当箱を出し風呂に入るよう促し、お弁当箱2つを洗った後明日の朝食とお弁当の下拵えをする
途中、風呂から髪を乾かさず出てきた凪の髪をドライヤーで乾かす
眠そうにコクリコクリと船を扱く親友をベッドまで運び布団をかけてやり、ついでとばかりに明日の準備を教科書やノート、体操服にいたるまで準備した
「だから、風邪引くから髪はキチンと乾かしなさいって言ってるのに…」
ため息をつきながら下拵えを済ませ、自身も風呂でさっぱりと汚れと共に疲れを落とし髪を乾かしながらカフェオレなどを飲み読書のひとときを得てねるのだ
無論課題や宿題が出ているときは夕食前にふたりで終わらせる
新作ケーキは後で作るとして、明日は何のデザートを作りましょうかね等と、気にしているのは大抵次の日の献立というオカンぶりを朝から晩まで余すとこなく発揮し、彼の1日は幕をおろすのであった