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居眠り

作者: 明日

 私は目の当たりにした現実に倦み、潔く縊死を選択した。

 その後、時を経て、腐った死骸を捜す連中が頭の垂れた死骸を杉林の奥の惣闇に認め、それを仰臥して見守る私の顔面を踏み潰す勢いで地面を荒らし、忽ち縊死した骸を村の家まで運んだ。自分の亡骸の処理の顛末を語る気概は無い。縊死現場を見上げる位置に寝た儘、数刻、或いは幾星霜も寝転がり、軈て背中と地面を縫い留める細い糸が千切れる感覚を覚えて、やおら起き直って遠い昔の縊死の瞬間を思い返した。現実の過酷なるを厭い、豪族に見初められ嫁いだ知己を嫉み、自身の厭悪の情も生温い真っ黒な精神に呆れ、嫁いだ知己の最期を聞き涙して、到頭自害を考えて悩みの捌け口も無くて、杉林の奥の苔生した惣闇に巌棲して数十日、蔦で首を括った。

 薄目を開けて苔の敷物の上に起き、敷物を掻き毟って自身の生を嗤った。一頻り嗤い転げ、慟哭の様な嗚咽が治まる頃、涙を拭って着物の裾を汚す苔を叩いた。

 辺りは縊死の当時と微塵も変化せず、杉林の奥の惣闇は白い指の輪郭を曖昧に溶かす程暗く、頭上を覆う鬱閉した枝葉は一層暗く、兎に角杉林の闇を出る事を考え、遮二無二足を動かして夜半の鬱林を抜け出した。林の闇の手前に家屋の残骸があり、飢饉で死に絶えた我が村の惨憺たる有様に頽れ、着物越しに家屋の残骸を踏む膝小僧の感覚に違和感を覚えた。余り痛くない。豪雨の為に近場の川が氾濫し、岸を溢れた川水が生活圏を襲い、私の縊死後に飢饉で瀕死にあった村は後顧の憂え無く伽藍堂と化した挙句、伽藍堂の村に私の幽霊が出戻った。家屋の柱が蓬け起った断面を虚空に向け、丁度天を仰ぐ断面に膝小僧を落とした訳だが、死後、感覚が生前と異なる為か全く痛くないのだ。自身の感覚に一驚を喫し、又驚いた所で感覚の相違が改善される訳もなく、一変した感覚を受け入れて、気を取り直して私は寝床を探しに川縁を放浪した。

 下流方面に見晴るかす翠巒に、薄紫の雲が漂い、真昼の風の随に流れて村人に無縁な連峰の天辺に掛かる。鬱林の薄暗がりの奥まで続く藪畳を横目に見て、散々親達に踏み入る事を禁じられた川の巌の群れの間隙を縫う様に下り、攀じ登る必要がある程見事な巌を攀じって頂上で小憩し、又おっかなびっくり巌を降りて、村を襲った急湍の水音を聞き乍ら尚下る。轟轟と鳴り響く水音が人間の警戒心を煽り、一足を踏み締める様に巌に足の裏を置き、硬質な感触に背筋が粟立つ気持で、何気無く来た道を顧みて、人の通った痕跡の一つも無い道ならぬ道に孤独感を味わった。目線を進路に戻す。薄紫の雲は連峰の天辺を通り過ぎ、次の峰に被さるも、又直ぐ峰を離れて遠くへ流れる。横目に見た藪畳の緑が鬱陶しい位騒いで、風が頭髪を乱し、後ろ髪と纏めて括る事を怠った前髪も一緒に靡いて視界が鮮やかになった。風が止めば、再び暗くなる。目の前に垂れた前髪の先端は鼻頭を掻く。痒くて掻くと、苔の付着した前髪の先端が指の節をくすぐった。

 前髪に纏い付く苔を毟り、視界の明瞭度は良好、元気よく巌の転がる川縁を下って、鬱林の薄闇を背に故郷を逃げ出した。巌の窪みを踏む都度足の裏の皮膚が傷付き、家屋の柱の粗い断面を膝小僧が踏んだ時は無傷だったのに、軈て血が滲み、軽い疼痛に足を止めて裏側を確認して仰天した。不意に私は、村へ戻ろうか考え、無人の村の惨状を瞼の裏に描く事で思い留まり、巌の頂上に腰を下ろして傷を熟見た。

 顔面の薄い皮膚に血が滲もうが、多少の打撲傷程度で狼狽する必要は無い。常に皮膚を裂き、肉を貫く自然の脅威を踏み締め、毅然として戦い足の裏を護る分厚い皮膚の直下に血が滲むのは、正直面白くない。幾度も巌を降りて、川縁を下る真似を試みるも、矢張り痛くて、到底下流の土を踏む為に下る事は出来ず、結局一晩、巌の頂上で明かす事に決めた。着物の裾を整え、襟を正し、袖で肩を抱く様に包む。無意味に終わる気がしてならないが、保温の効果を信じ、寝の体勢になって中天を越し西側の地平線が間近に迫る太陽の光線を浴び乍ら目を瞑る。時は流れ、薄暮の川縁の巌に寝て、私は一眠りした。

 翌日、日盛りの川縁の巌に起きて、ふと身辺の模様を見遣ると、私の寝て居た場所を中心に丸で敷物を敷いた様に深緑色の苔が生し、巌全体を覆って下陰の一部迄を緑色に彩り、惰眠を貪る間に深くなった藪畳の薄闇から小動物達が駆けて来て苔を食む。耳の長い動物は、兎だ。鼠の様に苔を食み、巌の頂上に起き直る際の衣擦れか僅かな物音に驚き、兎は藪畳の薄闇に逃げて行った。他の見慣れぬ動物達も藪畳に逃げ込み、脚下の繁華な草叢が静まる瞬間を見計らい、私も巌を降りて下流の見当へ歩みを再開した。

 透徹した青空を仰ぎ見て、水中を泳ぐ魚を髣髴させる薄雲の形に感心し乍ら、目線を下流の翠巒に転じ、薄紫の雲が連峰を飾った見事な景色と異なる眼前の景色に目を剥き、無残な禿山に足を止めた。連峰の一番端の峰が消え、記憶の峰より数を減らした連峰が、汚い色の薄雲を天辺に引っ掛け、今日も風が吹く儘に薄雲を棚引かせる。異様な光景に暫し立ち竦み、硬直の呪縛を解く為に着物越しに肌に爪を立て、痛みで意識を取り戻して下流を目指すが、その時既に胸奥には川縁で人影が通る事を待つと言う選択が浮かび、又後で思い返せば選ぶ可きだったのだが、若い私は馬鹿馬鹿しい好奇心を発揮して川縁を下ったのだ。

 一晩寝た巌や巌を置く地面に生す苔を踏み、草鞋等の履物を失くした事に気付くも、裸足で問題無いので裸足の儘川縁を歩き、遥か遠く翠煙を眺め乍ら透明な水音を聞く。足の指の腹や裏側全体が砂利を踏んで痛い。直ぐ疼痛の波は体を通り抜け、砂利を敷く川縁に残るけれど、又次の足が砂利の上に裏側全体を置くから疼痛はいっかな消えず、段段痛みに慣れて、唐突な疼痛如きに歩調を崩される事に屈辱を覚え、真っ直ぐ下流迄の道程を踏破した。私は村で育ち、村の土地に骨を埋める自身以外を脳裏に思い描く事は無かったが、村が濁流に呑まれ、異臭と泥濘と樹木と家屋の破片が散らかる様な、惨憺たる墓地に、意識のある魂を埋める程分別がない訳ではない。意識有る魂は、魂の流浪を人間の寿命を監督する神様が許す限り、流離い続ける方が自害を選んだ人間らしく思われる。

 下流の川縁は渺漫として、地平線上の青空が薄汚く、頭上の空は透徹して、不思議な具合だった。幅広い川の両脇に砂利を敷いた広場が続き、更に脇に青葉の繁る緩い勾配が広場に沿って遠く迄続き、矢張り地平線上の空の模様が曖昧になる迄、ずっと遠く迄続いて果てが全く見えない。村の周囲に繁る樹影を眺め遣り、荒い葉風が畑の葉物の虫食い葉を靡かせ、葉の動揺振りを観察して虫を駆除したが、下流の川縁には畑は無いし、樹影も見当たらず、物寂しい景色に身震いした。地平線の空や間近の陽光が薄汚い。風が孕む異臭に気付くと、もう駄目だ。下流に住む人間達は余程鼻の具合が悪いらしく、鬱林の下陰で遊ぶ事が多い村育ちの人間─今は死者だが─の鋭敏な鼻には、異臭の蔓延る下流暮らしは耐えられない。

 他の土地を探す事に決め、身を翻して瞠目した。見渡す限り曠曠たる砂利を敷いた川縁が続いて、来た道が消え、郷愁を煽る鬱林の樹冠も霞が晴れる様に消えて見えず、私は異臭漂う下流に放置された。道連れはなく、独り川縁を伝って下ったが、家郷の面影一つ無い場所に立ち尽くす孤独感は筆舌に尽くし難い。

 私は泣く泣く緩い勾配を登り、異臭の発生源目指して足を動かし、そうして漸く人影を認めるが言葉を掛ける気になれず、畑を耕す親爺から顔を背けて若葉が繁る道を、足音を殺して歩いた。丈の短い若葉が裸出した脚を撫ぜ、着物の裾で薄い皮膚を擦って違和感を拭い、再度懸命に足を動かし道を抜け、程好い広場を見付けて頽れた。異臭が鼻を衝き、想像以上の体力気力を奪い、今日は迚も動く気持になれない。広場の草葉の一切無い、無愛想な薄暗い隅に身を寄せて、四肢を投げ出して寝転がって目を瞑る。すると忽ち体が沈む感覚が背面から胸部腹部に浸透し、寝入り端に小鳥の囀りを聞いて、次に目を開けると身辺の模様は一変していた。就寝前の広場の様子は、草木が育つ気配も無い程荒れ放題の広場だったが、目覚めた今、眼前を彩る美しい青色は、夏の青葉の色に違いない。寝た場所は広場の隅、草葉の芽が出る見込みは一切無い荒涼たる広場の隅に寝たが、身辺を賑わす青葉と深緑色の苔は何事だろう。私は恐怖を覚えて広場を去った。

 広場を離れ、惰眠の前とは雰囲気が一転して青葉が繁り、見慣れぬ人影が徂徠する道を通ると、荒漠たる土地は緑に溢れて、人家の傍を汚穢も泥濘も知らぬ様な清水が潺湲と流れて子供達が裸足で遊ぶ。野良仕事に励精した後の解放感に浸る風の子供達は、水を蹴飛ばし、透明な繁吹きが真向いの子供の顔面を濡らし、甲高い声を響かせてはしゃぐ様子には生活への不安は見られず、先の荒廃した土地が嘘の様に思われた。大人達の仕事振りも就寝前の憔悴の類は見られない。皆土地の五穀豊穣を疑わず、慈雨が降る様子も皆無だった土地は、一眠りの間に緑豊かな土地に変わって、目覚めた許りの寝惚け眼には鬱陶しくて堪らない。異臭を嗅ぎ分けた鋭敏な鼻を働かせ、惰眠前の異臭を探すが、土地が緑に溢れる所為か、嗅ぎ慣れぬ異臭も違和感も雲散霧消して、森厳な気配が行き渡る土地の清澄な香気が芬芬と漂う様だった。私は益薄気味悪く思い、早く土地を去ろうと、清水の流れに沿って下って行った。

 又更に下り、其処も荒廃の酷い土地で、異臭が蔓延って鼻が曲がる思いをして、一晩の寝床を探し、其処に蹲って惰眠を貪った。目が覚めて身辺の模様を観察して、案の定苔が生して、寝床に使った場所を中心に緑が繁茂していた。着物の内側で温もった筈の背筋が粟立ち、私は同様に土地を去る為、青葉が繁り人影と人家が点綴する道を選んで清水に沿って下った。

 幾度も同様の現象に逢着し、惰眠を貪る事に嫌気が差す頃、私は一所に蹲って永眠する事を夢想し出して、清水が途切れ、酷い荒廃振りの土地に着く都度近場に寝床を求めて逍遥し寝床を見付けて寝転がる。目覚めて土地の豹変振りに辟易する。繰り返す事数十回、川が途切れた土地に寝床を探し、其処に御輿を据えて思案に暮れた。

 思案に暮れるも、眠気が勝り、瞼が視界に被さって惣闇に覆われ、四肢が弛緩し緑の育つ気配が皆無の寝床に寝転がる。そうして目を開ける。大概目覚めると緑に映発する光が寝惚け眼を射って痛いが、今度は惣闇の儘、四肢を伸ばして周囲の様子を探るが惣暗に手足を伸ばす余裕が無い。頭上を覆う闇色を指の腹で探り、縦横無尽に指を滑らせて様子を見るが、段差は無いし、足下に土の感触がある許りで、土を掘る事も出来ない。

 意識が不明瞭な内に他者が仮の寝床に近寄り、其処に緑を繁らす私を見て、監禁とか繋縛を思い付き、実践したに違いない。だが、私は就寝中に緑に囲繞され、意識が明瞭になる頃、自身の周りの模様を薄気味悪く思う程だから、就寝前の私を此処に留め置いても無意味に終わる気がする。大変遺憾な事に、惣闇の最中で之を叫び訴えようが、惣闇に反響する許りで他者の返事が来る気配も無い、死者の残留思念を用いて無分暁な五穀豊穣を切願するから傍迷惑な話だ。四辺の闇色の壁を掻き毟り、行儀が悪い問題は無視して、伸ばし難い膝を屈伸し足の裏で壁を蹴り続け、煩累の根源たる壁を破壊す可く只管暴れた。意識が覚醒した私の周囲に緑が実る事実の有無は判然しないが、意識が無い間に緑が実る事は、これ迄の経験上確かに思われる。意識の覚醒済みの私を惣闇の最中に留め置き、人様の就寝を待ち、豊富な緑の恩恵に浴そうと言う土地の人間達の魂胆は業腹だった。私に地震を惹起する力があれば、我が家郷を滅ぼした濁流の如き災禍を、人様を閉じ込める土地の人間達の許に齎すのだが、生憎緑が実る理由が解らず、天変地妖を齎せるか否かも不明である。

 手足を振り回し、指頭を食み出す爪の先端で闇色の壁を掻き毟り、着物の裾が開け様が委細構わず暴れ続けるも、到頭暴れ疲れて気息奄奄、惣闇に両の膝、両の手を突いて項垂れた。着物の裏側に湿気が籠もり、皮膚に貼り付く様で気持悪い。皮膚が乾燥して、急激に水気を失う様で、同時に意識も朦朧とし出して正気を保つ事が困難だった。異様な疲労感に喘ぎ、羸憊し萎えた四肢を惣闇に投げ、脱出を断念するなり寝転んで長嘆息した。

 不意に目を見開き、私は又惰眠を貪った事に気付き、相変わらずの惣闇に起き直って闇色の壁を蹴飛ばすが、動く気配の微塵も無い壁と床に爪を立てて項垂れた。そうして幾度も幾度も、寝て起きて、闇色の向う側に悲鳴が届く様に叫び、又寝て、意識を取り戻して、寝る前と同様の行為を繰り返す。身辺は惣闇で、月影の薄明りや太陽の凶悪な光線も無く、只只遠く迄闇一色の空間に不思議と寝汚い私が一人、誰に悲鳴を聞かれる事も無く蹲り続けて居る。目縁を涙が濡らし、孤独に震え嘆く私は、誰かに届けと、反響して耳が五月蠅いだけの空間に居て尚叫び、壁に縋り付いて嗚咽した。

 濁流に呑まれた村で、死者の思念が消える日を待てば良かった。杉林の奥で、ずっと蹲って居れば良かった、と只管己の愚行を悔いた。


 * * *


 鼻面を木目の綺麗な天井に向け、青葉の青臭さを堪能し、左の耳が飼い主の声を捉えて両頬の髭が真っ直ぐ伸びた。尻尾の付け根が熱を持ち、尻尾の先端が無邪気な好奇心に引っ張られ、私は縁端に寝転ぶ胴体を睡魔に打ち勝って漸く起こし、玄関の三和土で運動靴を脱ぐ飼い主を出迎えに行った。真夏の太陽光線で灼熱地獄と化した縁板を、敏感な肉球が踏み、昨日の強風が運んだ砂塵で汚れた縁板の不愉快な感触に嘆息しつつ、濡れ縁から屋内へ戻り、縁沿いの廊下を伝い、隣の玄関まで顔を出して、暑中休暇の間に遊びに来る親類縁者の家を訪ねた飼い主の笑顔を認めた。親類縁者は都会の混凝土の摩天楼なる高層建築物が所狭しと建ち並ぶ場所から来て、緑豊かな田舎育ちの飼い主は、都会育ちの親類縁者の来訪を心待ちにして、都会の話を聞くのが楽しみらしい。人間達の勉学に励む年齢層の気持は、秋の空の様に変化に富み、人間以外の動物の私は観察した結果でしか飼い主の心中を察する事が出来ない。まあ、お好きになさい。

 上がり框に腰を掛け、運動靴を脱ぐ途中の飼い主の背中を見て一声鳴き、靴の紐の調節が曖昧な所為で、靴を脱ぐ事に難渋する飼い主が私を振り返り、黒白模様の富士額に手を伸ばして狭い額を撫ぜた。今日の昼頃から始まる五穀豊穣を願い、又五穀豊穣を齎す神様へ感謝の意を込めた夏祭に向けて飼い主達人間は最終準備に追われている。田舎の端に神社があり、其処の境内の装飾があるとかで、若い飼い主が境内の装飾に駆り出され、真昼の太陽光線に焼かれ乍ら帰って来た訳だ。小憩の後、都会育ちの親類縁者と一緒に毎年恒例の夏祭に出掛けるのだろう。私も土産の蛸焼きを食べたい。蛸焼きの中身の蛸が大好物の私は、祭の季節に五月蠅い祭囃子を聞いて背中の毛が震え、蛸焼きの中身の蛸を用意する、海鮮類を扱う店の若者が通る度に唾液が滴り、唾液が垂れる様子を見兼ねた飼い主が、大抵その晩に自家製蛸焼きの蛸を晩飯に出してくれる。

 私の富士額を撫で回す飼い主の笑顔を振り仰ぎ、昼飯を強請る様に蛸焼きを強請り、長年の経験の御蔭で蛸焼きを所望する私の鳴き声を知る飼い主は、解ったから良い子でお待ち、と言って笑う。良い子で待つが、私は飼い主が飼い主の母親の腹に蹲る頃から家に居る。つまり私の方が年嵩なのだ。

「あら、御帰り」と二階と一階を繋ぐ梯子段を下りる途中の飼い主の母親が言った。

 飼い主も靴を脱ぎ、漸く框を跨いで玄関脇の茶の間に入った。

「只今。神社の飾り付け、終わったよ」

「有難う。当日まで終わらない飾り付けなんて、止めて仕舞えば良いものを」と母親は溜息を吐いた。

「でも、祭神の本当のお社は、森の奥深い所にあるんだろう? だったら、神社の飾り付け位確りやらないと、神様が怒るかも」

「此処の土地の人達は、皆信心深いのね。矢っ張り、貴方を連れて実家に帰れば良かった」

 そう言や母親は田舎の家に嫁いで来た、言わば余所者である。信仰心が無い事は、環境故に弾劾出来ない。

「祖父ちゃん達が言っていた。お祭の後は、必ず良い事があるって。神様の力が土地に注がれるからって」

「本当に、離婚すれば良かった。貴方に、こんな悪影響を」

 その晩、土地の大半を覆う森の奥深い所に建つ社の下で、誰かの悲鳴を聞いた。

 私が生まれて、育って、聴覚が判然し出した頃から、毎年夏祭の度に聞いている。多分、神様の声だろう。

 暇潰しに書きました。

 最初は長編物を考えましたが、纏めて短編にしました。…ざっくり書いた。

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