表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

8話 タイムキーパーとレコーダー

 タイムキーパーとレコーダー。分からないことだらけの中で、一つだけ確かなことがある。

 こいつらはやばい。

 蒼太はそう直感し、身構える。隣にいるみどりも、その空気に押されているようだった。


「そんな顔しないでよ。僕らは、ただ仕事をしようとしてるだけなんだから」


 弥生が口を尖らせて不満気に言う。その言葉に、蒼太が聞く。


「仕事……?」

「そう。運命の管理者と僕たちは密接な関係にあって、運命の管理者を監督しているのが僕らなんだ」


 弥生は自慢するように、胸を張って言う。

 運命の管理者を監督している? つまり、青子やみどりと関係があるということか。

 ちらりとみどりを横目で見る。すると、みどりが後を続けるように言う。


「それだけじゃないわ。タイムキーパーとレコーダーは、様々な時間を管理している。タイムキーパーが計測役をして、レコーダーはその記録を収める」

「時間を管理してる? それに、記録を収めるって」


 みどりの言葉に、何かが引っかかりそう聞く。記録を収めると言っても、弥生は何も持っているようには見えないからだ。それは、片瀬にも言えることだが。


「無駄話はそこまでです」


 片瀬の感情のない声が響く。すると、みどりが不適に笑った。


「無駄話じゃないわ。これから、あんた達と戦わなくちゃいけないんだもの。情報は多い方がいいでしょ?」


 その言葉に片瀬は眉をしかめ、横にいた弥生は口笛を吹く。


「みどり」

「蒼太、私に力を貸して」


 みどりの顔にもう笑みはなかった。真剣な表情のみどりに、蒼太は頷く。


「ああ、もちろんだ」


 片瀬と弥生に視線を向け、はっきりとそう言う。異質な雰囲気の二人に気圧されそうになる自分に渇を入れる。ここで逃げたらいけない。それは、自分の本意ではないから。


「あなたは関係ないはず。どうして、そこまでするのですか」


 表情を変えずに、淡々と言う片瀬に答える。


「自分でも分からない。でも、やらなきゃいけない気がするんだ」

「何だか熱くなってるね~ 片瀬さん、どうする?」


 一人だけ楽しそうに、弥生が聞く。その瞳は期待で輝いている。


「聞くまでもないでしょう。やりますよ。こうなったら、実力行使も仕方がないですね」


 当たり前のように言う片瀬に、期待通りの言葉が聞けて弥生は嬉しそうに笑う。


「気をつけて、片瀬は相手の動きを読むことが出来る。弥生さえ何とか出来れば、こっちにも勝算があるわ」


 みどりが、小声で蒼太に言う。視線は、片瀬と弥生に向けられたままだ。蒼太もまた、視線を二人に向ける。


「何とかしてみる」

「頼んだわよ」


 そんな蒼太とみどりに、片瀬が視線を鋭くして言う。


「これが最後忠告です。あなた方には勝ち目はありません。なぜなら、あなたは私に触れることすら出来ないでしょうから」

「やってみなきゃ分からないだろ」


 断定する片瀬の言葉に、蒼太は反論する。そこに間延びした、弥生の声が入れられた。


「僕も、無理だと思うけどな~」


 両手を頭の後ろで組み、弥生が笑う。


「よっぽど自信があるようね。じゃあ、もし蒼太が片瀬に一撃を食らわせれたら、今回は引いてもらえるかしら?」


 みどりの言葉に、片瀬は眉を寄せる。


「本気で言っているのですか? まあ、いいでしょう。その条件を飲みましょう」


 変わらない抑揚で、片瀬が承諾の意を伝えた。それを確認すると、みどりは蒼太をちらりと見る。それに応えるように、蒼太は軽く頷いて見せた。


「それでは、早く終わらせてしまいましょう」


 片瀬が視線を鋭くして言う。

 何としても勝たなければならない。片瀬に一撃をあたえられなければ、全てが終わる。それも最悪な方向に。そんな予感がして、蒼太は拳を硬く握った。



* * *



 おかしい。

 蒼太は息を切らせながら、そう思った。

 蒼太が片瀬に向かって出した拳は、またもやひらりとかわされる。蒼太はけんかが強いほうではないが、運動神経には自信があった。

 しかし片瀬はまるで、蒼太が次にどんな動きをするか分かっているようだった。現に片瀬は、ぎりぎりのところでかわし、的確に攻撃をしかけてくる。みどりが言ったように、蒼太の行動を全て把握しているようだった。

 今もまた、蒼太が右に避けることが分かっていたかのように、脇腹に強烈な蹴りが入れられる。片瀬の攻撃には、無駄な動きが一切ない。流れるようなその動きは、こんな状況でなければ見とれていただろう。


「げほげほ」


 息が出来ないほどの衝撃に、蒼太はその場にむせこむ。そんな蒼太を、片瀬はその場から動かずただ見下ろしている。


「もう、やめた方がいいんじゃないかな~」


 その場に合わない、のんきな声がする。少し離れた位置から戦いを見ている弥生だ。


「弥生の言うとおりです。私は目で見るだけで、全ての物事の時間を計測することが出来る。それを弥生に記録しリンクすることで、今までのデータから次の行動を予測出来るのです。つまり……」


 片瀬が冷たく言う。視線は蒼太から離さずに、終わりの言葉を告げる。


「あなたに勝ち目はありません。あなたの行動は、時間データによって予測できるのですから」


 蒼太は肩で息をしながらも、片瀬から視線を外すことはない。


「理解出来ないって顔してるね。僕はね、存在そのものが記録器なんだ」


 誇らしそうに言う弥生の顔を見る余裕はないが、蒼太の中で変わらぬ思いがあった。


「まだだ」


 そう、ここで終わらせるわけにはいかない。蒼太は、拳を握り言う。


「蒼太、もういい」

「みどり?」


 ぽつりと、少し離れた場所にいたみどりが言う。視線をみどりに移すと、その体は少し震えていた。


「よくない」


 蒼太が否定する言葉を述べると、みどりが大声を上げる。


「いいから、逃げるわよ!」


 みどりらしかぬその言葉を聞いて、蒼太は気がつく。蒼太は向きを変えると、そのままみどりと一緒に地上へと繋がる出口へと走る。


「逃がしませんよ」


 後ろから追いかけて来る二つの足音と、片瀬が言う声が聞こえる。片瀬と弥生は屋上の出入り口から離れた場所にいたので、必然的に後を追いかける形になった。


「今よ!」


 蒼太が階段の踊り場までたどり着くと同時に、みどりの声が響く。その声に合わせるように、蒼太は標的を目掛けて拳を突き出す。


「片瀬さん!」


 慌てたような弥生の声が上がる。拳に確かな感触を得て、蒼太はそれ以上追撃するのを止めた。


「どうやら、こっちの勝ちみたいね」


 階段の上から、みどりの声がする。上を覗き込むようにして見ると、みどりが弥生を羽交い締めにしていた。みどりの体は、息が上がって上下している。

 すると、片瀬がゆっくりと体を起こして言う。その口元には、蒼太が殴ったことで血がにじんでいた。


「どうやら、こちらの負けのようですね」


 それを聞いて、蒼太は肩の力を抜いた。



* * *



「みどりちゃん、どうやったの?」


 みどりから解放された弥生が、しょぼくれたように言う。


「あなた達は、能力に頼りすぎなのよ。だから、この光の差を利用させてもらった」

「なるほどね」


 弥生が関心するように言う。その意味が分からず、蒼太が聞く。


「みどり、どういうことだ?」

「このビルは廃ビルで、明かりが点いてないわ。明るい外から急に暗いビル内に入ったら、どうなる?」

「目が慣れなくて一瞬戸惑ったけど……」


 みどりの言葉に、感じたそのままを言えば、満足したような声が返ってくる。


「そう、片瀬は弥生の記録を元に、私達がビル内に入り込むことまでは予測出来た。でも、視力は普通の人間と同じ。蒼太と同じく一瞬戸惑ったでしょうね」


 確かに明暗の差に戸惑ったのは確かである。それは、片瀬と弥生も同じだったようだ。


「その隙を突いて、弥生を私から引き離したのか」


 片瀬がたんたんと、表情を変えずに言う。その言葉に、みどりは大きく頷く。


「そういうこと。弥生は焦ったでしょうね。階段を下りていると思った相手に、後ろから押さえつけられたのだから」

「そりゃ、驚いたよ~ 口をふさがれたから、声も出せないし」


 弥生が口を尖らせて、不満そうに言う。


「合図を出したのにも理由があるのだろ」


 みどりの言葉を静かに聞いていた片瀬が、そう口を開く。


「さすが片瀬。あれは、単なる蒼太に対する合図だけじゃなくて、片瀬の意識をこちらに引くためでもあったの。いくら弥生とリンクが切れて行動が読めないとしても、あんたの運動能力の高さは知ってるからね」


 みどりの話を聞いて、蒼太は驚いたように声をもらす。まさか、そこまで計算されていたとは。


「それで、俺の拳が当たったのか」

「もしかして、お兄さんまったく分からずに行動してたの?」


 その言葉に、弥生が目を丸くして聞く。蒼太は頷くと、ありのままを言う。


「みどりが逃げるって言うなんて、何かあるとは思ったけど。そこまでは考えてなかったよ」

「じゃあ、まぐれだったのか~」


 驚いた、と弥生が続ける。確かにそこまでは分かっていなかった。しかし、この作戦は蒼太の攻撃が当たると信じていたから、考えついたようなものである。みどりが自分のことを信用してくれたことに、蒼太は嬉しくなった。


「後は私達にまかせてくれないかしら」

「仕方がないですね。その代わり、あなた方の手に負えない場合は」


 少し声を硬くして言うみどりに、片瀬が念を押すように言う。


「わかってるわ。その時は好きにして」


 みどりが緊張を解いて言う。その言葉に、蒼太も大きく息を吐く。


「蒼太、行くわよ」

「ああ」


 みどりの言葉に、蒼太は力強く返す。この機会を逃したら、もう次はないだろう。絶対に、青子を止める。

 蒼太は振り向くことなく、階段を駆け下りていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ