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5話 それぞれの思惑

 それから、二週間ほどあっと言う間に過ぎ、吹く風も冷たさを増す。

 秋穂とはあれから連絡を取り、謝ることが出来た。今はまだ父と会うことは出来ないが、秋穂が会うことは止めないと。その言葉に秋穂は分かったとだけ言い、自分も言い過ぎたと謝った。

 まだ直接会うのは気まずかったので電話での会話だったが、気持ちは秋穂へきちんと伝わったと思う。秋穂のようにはまだなれないが、今回のことで少しだけ前に進めたような気がする。

 豪にそのことを話すと、コートとマフラーに埋もれながら、「よかったな」とだけ言った。まだ本格的に寒くなっていないのに、今からこんなに着膨れしてどうするのかと少し笑いがこぼれる。教室に暖房が入らないのかと、毎日のように言う豪に、毎年のことながら大変だなと思う。寒いを口癖のように繰り返す豪だが、部活になると常に半袖短パンで走るのだから驚きだ。



 蒼太の心にしばしの平穏が訪れ、いつものように下校している途中。

 乾燥してきた空気を肌に感じ、蒼太は季節の移り変わりを感じる。十月も終わりになり、街行く人々の服装も変わってきた。

 黄葉にはまだ少し早い銀杏並木の横を、人々が忙しなく通り過ぎていく。十一月も半ばになると、この通りは買い物客や写真を撮影する人々で溢れる。


 繁華街を歩いていると、蒼太と同じ高校の制服を着た少女が目に映る。ふらふらと路地から出て来たの少女は、一歩進むたびに黒髪を頼りなく揺らす。

 少女は見たことがない顔で、制服がまだ新しいところを見ると一年生だろうか。その目は夢を見ているようで、どこか焦点が定まっていない。そのまま少女は人にぶつかりそうになりながら、雑踏へと消えて行った。

 そんな様子を不審に思い、少女が出てきた路地を覗き込むと、突然後ろから声をかけられる。


「こんなところで何してるの?」


 驚き背後を振り返ると、不思議そうに首をかしげる青子がいた。お腹や足を出した、露出の高い服装が寒そうである。しかし青子は寒くないのか、いつもの軽装のままだった。


「いや、ちょっと。それより、青子さんこそ何してるんですか?」


 蒼太が聞けば、青子は口の両端を上げる。


「内緒。それより、この前のこと考えてくれた?」


 青子がささやくように言う。その声色はどこかつやがあり、蒼太は一瞬どきりとする。


「実は、まだ……」


 この前のこととは、運命の管理者についてのことだろう。正直、答えを出しかねているのが現状だった。

 普通に考えれば、答えなど最初から決まっているのに、真剣に考えている自分に驚く。それほどに、あの光景と言葉は蒼太の心に残っていた。選ばれた、何より青子のその言葉が頭から離れない。

 言いよどむ蒼太をとがめることなく、青子は言葉を返す。


「まあ、そうだよね」


 青子が肩をすくめて見せる。気落ちしたような青子に、声をかけようとした時だった。青子が蒼太の口を手でふさぎ、そのまま路地へと身を滑り込ませる。

 突然のことに驚く蒼太に、青子は口をふさいだまま「静かに」と言う。その声は少し緊張していて、いつもと違う青子の様子に異変を感じる。


「実は私、変なやつにつきまとわれてるの」


 硬い声で言う青子に、蒼太は目を丸くして驚く。思わず声を出しそうになる蒼太を、青子が制止する。


「あそこに、眼鏡をかけた黒いスーツ姿の男がいるでしょ。あいつ、しつこく私のことをつけ回してるのよ」


 青子の視線をたどると、人ごみに紛れて黒いスーツを着た男がいた。男は神経質そうな顔立ちで、しきりに辺りを見回している。明らかにサラリーマンとは違う男に、蒼太も顔が強張る。


「青子さん、あいつは誰なんですか?」


 小声で聞けば、青子は視線をスーツの男に向けたまま言う。


「分からない。でも、仲間もいるみたい。ほら、あの子」

「子供?」


 スーツの男の横には、中学生くらいの子供がいた。身長は、みどりより少し高いくらいだろうか。黒いショートカットに、カーキ色の膝丈のオーバーオールを着た子供。性別はよく分からないが、活発そうな顔立ちをしている。スーツの男と何やら言葉を交わした後、二人はその場から去っていった。

 姿が見えなくなったのを確認し路地から出ると、蒼太がうつむく青子に聞く。


「青子さん、このことは他に誰か知ってるんですか?」

「うんん、知らない」

「だったら、誰かに相談した方がいいですよ。みどりとかにも」


 緊張した面持ちで答える青子に、蒼太は少し焦りを感じる。素性が分からない以上、手助けをする人物は多い方がいい。みどりの名前を出すと、青子が首を横に振る。


「お願い、このことは誰にも言わないで」

「でも!」

「お願い」


 初めて見る青子の真剣な表情に、蒼太は言葉を押し込む。きっと青子は、これ以上言っても聞いてはくれないだろう。


「分かりました。誰にも言いません」

「ありがとう」


 それを聞くと、青子の顔に笑顔が戻った。いつもの様子に戻った青子に安心し、蒼太の表情もほぐれる。少し心配だが、自分が注意してればいいだろう。

 すると突然、青子が思い出したかのように声を上げた。


「そうだ! 私、蒼太君に会いに行くところだったんだ」

「俺に?」

「うん、みどりちゃんも会いたがってたし」


 みどりが会いたがっていた? 蒼太の頭の中に、愛らしい顔を不満気に歪めるみどりが浮かぶ。みどりが用事もなく会いたがるとは思えない。青子の表情からは何も感じ取れず、蒼太は少し警戒する。

 蒼太が思案していると、青子に右手をつかまれた。先ほどの怯えた様子はもうなく、蒼太の手をつかんだままテンポよく歩いていく。すっかり青子のペースに巻き込まれた蒼太は、半ば引きずられるように進む。


「ちょっと、青子さん!」

「ちょーと急ぐから、気をつけてね」


 急な変化について行けない蒼太が、たまらず抗議の声を上げる。しかし、それを聞き届けることなく、青子は走り出す。手を取られたままの蒼太も、引っ張られるようにして走り出した。



「遅かったわね。で、あんたは何でそんなにぐったりしてるの?」

「んー ちょとね」


 ぐったりとしている蒼太に、みどりがさめた口調で言う。結局、また廃ビルの屋上から突き落とされた蒼太は、青子に振り回されている事実に落ち込む。

 そんな蒼太をよそに、青子はおもしろがるような口調で答える。青子は、いつの間にかリラックスした様子でくつろいでいる。

 どういうからくりかは分からないが、この白い部屋と廃ビルの屋上は繋がっているようだ。もっとましな移動手段はないのかと、蒼太は小さくため息をつく。

 みどりを見ると、今日は顔の片側にまとめた髪をゆるくみつあみにしていた。その姿に、少し大人びた印象を持つ。服装は変わらず、大きなリボンがついたワンピースだ。座って広がったワンピースの端から、細い足と黒いエナメルの靴がのぞいている。

 何度かこの不思議な場所に来て気づいたが、青子の部屋とみどりの部屋は直接繋がっていないらしい。今回もみどりの部屋に来るのに、運命の大樹の前を通って来た。

 視線を動かすと、真っ白い壁には新しいジグソーパズルが飾られていた。思い返すと、みどりはいつもジグソーパズルをしていたように思う。今日は、床にジグソーパズルは広げられていなかった。


「急に悪かったわね」


 蒼太が落ち着くのを待って、みどりが口を開く。その声は落ち着いていて、りんと響く。


「いや、いつものことだし。それより、何か用事があるって」


 半ば諦めた蒼太が聞けば、珍しくみどりが困ったような顔をした。みどりに似つかわしくないその表情に、蒼太は無意識に身構える。


「そのことなんだけど。この前の返事を近いうちに聞かせてもらいたいのよ」


 急な話に、蒼太は驚きを隠すことなく顔に出す。青子は、その言葉を黙って聞いている。


「急にどうして」


 そう抗議すれば、みどりは小さくため息をつく。その様は、とてもちぐはぐに見えた。


「私もせかしたくはないんだけどね。最近、運命が乱れているの」

「そんなことが分かるのか?」


 疑問をそのまま口にすれば、みどりが無言で頷く。


「前に話したけど、私たちはこの部屋にいることで、運命の大樹と繋がっているの。運命の番人と、綿密な関係にある大樹に何かあれば、私たちにも感じることが出来るのよ」


 蒼太は床に描かれた木の絵に視線を移す。確か、この絵が媒体だと言っていた。


「原因は分からないけど、いずれタイムキーパーとレコーダーも動き出すでしょうね」


 そこまで言うと、みどりはおもしろくなさそうに顔をしかめる。

 聞きなれない単語に、蒼太の頭に疑問が浮かぶ。みどりの口調から、よくないということだけは分かるが。

 みどりもそのことに関して説明する気がないのか、とうとうと話を続ける。


「正直、あいつらに動かれると厄介だわ。私としてはその前に何とかしたいの。だから」


 その瞳が蒼太を映す。冷たく色を映さない瞳に、蒼太は動けなくなる。緊張から、指先が段々と冷たくなっていく。


「近いうちに答えを出してもらいたいのよ。いいわね?」


 みどりが、はっきりとした声で告げる。拒否することを許さない様子に、蒼太はただ頷くことしかできなかった。

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