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4話 反比例する思い

 蒼太は気がつくと、また自分の部屋にいた。

 混乱する頭が鈍く痛む。痛みを感じることに安心して、大きく息を吐く。自分が、現実に戻ってきたことを、生きていることを実感出来るから。

 あの場所は、確かに存在するが生きている感じがしなかった。小さく笑い、一人呟く。


「俺、おかしいのかな」


 返って来るはずのない問いに、蒼太は顔を歪ませる。体を疲労感が包み、蒼太はベッドに倒れこんだ。



 朝になり、蒼太は複雑な思いを抱え学校に向かう。教室に着くと、先に登校していた豪が声をかける。


「おっす。今日も寒いな」


 いつもと変わらない豪の笑顔に、気持ちが少しだけ軽くなったように感じた。まるで昨日のことが、全て悪い夢だったかのように思える。


「おはよ。まだそんなに寒くないだろ」


 蒼太が椅子に座るのを待って、豪が口を開く。


「蒼太、昨日はどうしたんだよ」


 昨日のことを聞かれ、蒼太は動揺する。心臓の鼓動が早くなり、心がざわつく。

 そんな蒼太に気がつかないのか、豪は不満そうに言う。


「部活がないから一緒に帰ろうって言ったのにさ。いつの間にかいなくなってるんだもんな」

「え?」


 豪は、一緒に青子と会ったはずだ。そう疑問に思った時、みどりの言葉が思い出される。運命の管理者になる運命を持たぬ者は、青子たちと接触してもその記憶が残らない。


「ああ、悪い。急な用事が入ってさ」


 曖昧にそうごまかすと、豪は納得したのか話題を変える。深く追求されなかったことに安堵し、何とか平静を取り戻す。


「そう言えば知ってるか。正体不明の占い師がいるって噂」

「いや、知らないけど。だいたい、正体不明ってなんだよ」


 そう蒼太が聞けば、豪は楽しそうに言う。


「それが、誰もその占い師の姿を覚えてないらしいんだよ。神出鬼没で、運がよければ会えるらしい。だけど凄腕らしいぞ」

「姿は覚えてないのに、占いの結果は覚えてるのか?」


 そう返せば、豪は腕組みをして思い出すように言う。


「占いの結果って言うか、こうしたらいけないとか感覚的なものだけ残ってるらしい。その通りに行動すると、いい結果になるとか。まあ、あくまで噂だから詳しいことは知らないけどな。興味あるのか?」

「いや、何となく気になっただけ」


 それ以上は興味がなことを告げると、そこで話題が切れた。

 その時、制服のポケットに入れていた、蒼太の携帯のバイブが鳴る。携帯を開くと、一件のメールが来ていた。メールを開くと差出人は秋穂で、今日の六時にこの前と同じファミレスで会えないかと言う内容だった。


「メールか?」

「ああ、あき兄が今日会えないかって」


 秋穂からのメールに嬉しくなり、蒼太は自然と笑顔になった。先ほどまでの暗い気持ちが嘘のように晴れる。その様子を見て、豪はブラコンと小さく呟く。

 そんな豪に気づくことなく、蒼太は了承のメールを打ち送信ボタンを押す。タイミングよくチャイムが鳴り、蒼太は携帯を閉じた。



* * *



 待ち合わせ時間にはまだ余裕があったが、店内に入ると秋穂は先に着いていた。


「あき兄、早いね」

「まあ、な」


 秋穂の正面に座り、蒼太が言う。秋穂はどこか落ち着かない様子だった。蒼太が注文を済ませると、秋穂が居住まいを正す。その顔は真剣で、蒼太はどこか居心地の悪さを感じる。


「今日は、蒼太に大事な話があるんだ」

「大事な話って?」

「親父に会おうと思う」


 その言葉を聞いた瞬間、音が全て消えたような気がした。頭の中が、真っ白になる。


「あの人に会うって……」

「蒼太、あの人じゃない。俺たちの父親だ」


 秋穂が言葉を選ぶように優しく、だがはっきりと言う。秋穂の言葉が、蒼太の胸に突き刺さる。視線を逸らそうとするが、なぜか離すことが出来ない。


「何でいまさら。もう、関係ないだろ」


 言葉が刺々しくなるが、感情を抑えるので精一杯だった。


「結婚の報告に、真紀と一緒に会いに行こうと思うんだ。それで、蒼太も一緒に会わないか」


 今度こそ、秋穂の言っている言葉が理解出来なかった。言葉をなくす蒼太に、秋穂が真っ直ぐな目で言う。


「いい機会だと思うんだ。もう、親父と何年も会ってないだろ? だから……」


 それ以上、秋穂が言葉を発することは出来なかった。蒼太が席を乱暴に立ったからだ。驚いたような秋穂に、蒼太は冷たく言う。


「あき兄が、あの人に会いたいなら勝手にすればいい。でも、俺には関係のないことだから」


 自分でも、こんなにも冷たい声が出せるのかと驚く。それ以上に、怒りの感情の方が強かった。秋穂に裏切られたようで、どろどろとした感情が胸を埋める。


「蒼太が親父のことをよく思ってないのは知ってる。だけど、いつまでもそれでいいのか?」


 最後まで、秋穂は真っ直ぐ蒼太に向かい合って話していた。しかし蒼太は、向かい合うことなくその場を後にする。これ以上話したら、秋穂のことが本当に嫌いになってしまいそうで怖かったのだ。

 去り際、秋穂の悲しそうな目が映った。それを避けるように、蒼太は足早に店を出る。外に出ると、ふつふつと熱い蒼太の心とは逆に、秋の冷たい夜風が吹いていた。



* * *



 それから数日は、何をするのも億劫だった。

 朝食もそこそこに、蒼太は重い足取りで登校する。母はそんな蒼太の変化を読み取っていたようだが、何も言うことはなかった。そんな母を見ていると、秋穂に対する怒りがまたわいてくる。母を捨てた父と会うなど、秋穂は何を考えているのだろうか。

 時間が経つと、怒りは悲しみに変わった。秋穂を傷つけてしまったことも、蒼太の中で棘のように残っていた。

 放課後、重い表情の蒼太に豪が声をかける。


「今日は部活が終わるのが早いから、ちょっと付き合え。この前勝手に帰ったんだから、今日こそは付き合えよ」

「ああ」


 とてもそんな気にはなれなかったが、この前のことを言われると断るのも気が引けた。蒼太の返事を聞くと、豪は部活へと向かって行った。



 ファーストフード店には有線音楽が流れており、学生などでにぎわっていた。注文した商品を受け取り、適当な席に豪と座る。

 ハンバーガーに大きな口でかぶりつく豪を、ぼんやりと蒼太は眺めていた。


「いつまでそんな顔してるんだよ」


 返事をしない蒼太に、豪がため息をつく。


「どうせ、秋穂さんとけんかでもしたんだろ。早く謝っちまえよ」

「別に、けんかなんて」


 見破られてもなお否定する蒼太に、豪は少し呆れたように言う。


「だったらどうして、ここ数日そんな顔してるんだよ」

「それは……」

「何があったか知らないけど、謝るのを先延ばしにする方が辛くなるぞ」


 フライドポテトに手を伸ばし豪が言う。


「うちは妹が口ばっか達者になりやがって。一方的にまくし立てて、いつからあんなになったんだか」


 愚痴っぽく言うが、その顔はさほど困っているようには見えなかった。


「豪は妹が二人だっけ?」

「そう。小さい頃はまだかわいかったのんだけどな。兄貴も辛いよな」


 その言葉に、蒼太はまた黙り込む。


「悪いと思ってるんだろ? だったら、それをそのまま伝えればいいんじゃないか?」


 豪の言うことはもっともだ。ただ、あの時は許せなかったのだ。

 蒼太にはずっと、父は自分勝手に映っていた。父は寡黙で、遊んでもらった記憶もあまりない。頑固で何を考えているか分からない父が、蒼太は怖かった。だから、年の離れた秋穂によく懐いて常に一緒にいた。

 母は文句も言わず尽くしたのに、最後には関係を切ることで終わらせた父。理由はよく分からなかったが、そんなことはどうでもいい。蒼太は父を許せなかった。

 だから、両親が離婚してからは父とは一度も会っていないし、連絡先も知らない。会う気がなかったのと、どうしてるかなど知りたくもなかったからだ。

 しかし秋穂は違った。自分と同じ気持ちだと思っていただけに、秋穂の言葉は裏切りのようで心が受けつけない。

 前を見つめる秋穂は、とても大きく見える。そんな秋穂が見つめる自分は、とてもちっぽけで、弱く思えいたたまれなかった。

 その時、聞き覚えのあるメロディーが店内に流れる。


「この曲……」


 それは、ユアのデビュー曲だった。デビューに向け作られた特設サイトで視聴したことはあったが、通して聞くのは初めてだ。優しいメロディに乗せて、意志の強そうな声が響く。



 遠い 遠い あの日々

 懐かしい記憶が私を苦しめる


 強がっていた あなたが好きだから

 逃げていた あなたが愛しいから


 大切なものほど こぼれ落ちてしまう

 いま そっと抱きしめて



「この曲って、蒼太が好きな歌手のじゃないか?」


 歌に聞き入っていると、豪が言う。歌が終わり次の曲が流れる。とたんに体から力が抜け、蒼太は大きく息を吐く。その心は、不思議と晴れ晴れしていた。


「そうだな。俺、あき兄に謝るよ」


 少しだけ笑みを見せて、蒼太が言う。ぎこちない笑みだったが、それにつられて豪も笑う。


「ああ、そうしろ」


 それから、二人で冷めたフライドポテトを食べ笑った。

 ただ、嫉妬したのかもしれない。父との関係をまた結ぼうとしている秋穂が、前に進んでいるようで。自分は、まだ前に進めずにいるのに。

 そのフライドポテトは、いつもよりおいしく感じた。

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