Resister
日の光も届かない、とある建物の地下に設けられた一室。
壁に取り付けられている蝋燭だけが唯一の光源となる中、全面コンクリートで覆われた空間特有の冷たい空気を肌で感じながら、俺は目の前にいる人物の姿をただただ見据える。
「……何だよ。何見てんだ、てめえ」
俺の視線の先で悪態をついているその人物――俺が通う高校の、同級生のKは、懲罰用に造られた狭い牢屋の中でじっと座りながら、威嚇をするようにこちらを見つめている。
敵意と警戒心に満ちた瞳の奥で微かにうかがえる怯えの色。
その顔は最後に地上で見かけた時よりもかなりやつれていた。
泥と垢で汚れた衣服と伸びきった髪は、面会者に彼が長い間この場所に閉じ込められていることを否応なしに分からせることが出来るだろう。
(――まるで保健所に送られた野良犬のようだな)
惨めとも思える同級生の姿に、俺は口には出さなかったものの、心の中で素直な感想を述べた。
すると、何の返答もせずに牢屋の前に立ったままでいる俺に何を思ったのか、Kは「はっ」と鼻で笑うと、今度は嘲りの表情を浮かべて鉄格子越しに俺に語り掛ける。
「何だ? だんまりかよ。オレみたいな奴とは話す価値もねえってか? 流石は天下の『優待生』様だな。てめえなんかに、オレの気持ちが分かってたまるかよ」
虚勢を張ることだけは一人前だな。子犬が吼えているようで、可愛らしささえ感じてくる。
しかし、俺に対する暴言に選んだ言葉が「優待生」だとは、随分と陳腐な単語しか思い浮かばないものだな。
「……確かに、お前の言う通り、俺にはお前の考えていることが到底理解出来ない。通常、大人に歯向かった者は罰として独房の中に数週間と決まっているのだが……。こんな薄汚い豚箱の中でその期間を数ヶ月に引き伸ばしてしまうとは、お前にとってここはさぞ居心地のいい場所だったんだな」
「んだと、ごるあっ!!」
俺の言葉に怒鳴り、殴り掛かろうとするK。
しかし、間にある鉄格子がそれを阻み、未遂に終わる。
……絵に描いたような単細胞め。もう少し頭を回転させて物事を考えられれば、こんな場所に放り込まれることもなかっただろうに。
Kが牢屋に入れられている理由。
それは、大人が子供の人権を支配することが法律的に許されているこの国で、大人に歯向かい、反抗的な態度を取り続けた。ただそれだけのことである。
『世の中のシステムを知らない子供は、大人に従順でなくてはならない』。
そんな思想が体制として当たり前のように浸透しているこのご時世、庇護を受けるべきであるはずの子供達は、大人達の横暴や社会の理不尽に耐えながら生活をしなくてはならなかった。
常に大人達の顔色をうかがって、彼らが敷いたレールの上を進んでいく人生。例えそれが自分達の望んでいる未来でなかったとしても、だ。
無論、従順な機械人形ではない俺達は、機械と違って意思や感情もある。大人達がやることに不満を抱かないわけがない。
中にはこのKのように、何者にも束縛されない生き方を求めて「不良」に転じる輩も少なからずこの街には存在している。
だが、自由を求めて意思を振りかざした結果が牢屋行きになるとは、なんと皮肉な話であろうか。
「くそっ、くそ……っ! 教師どもめ、ここから出たら真っ先にお礼参りしてやるから、首を洗って待っていやがれっ!!」
ああ、こいつは当分、出られそうにないな。
そう静かに悟った俺は深いため息をついてから、ゆっくりと右の手のひらに力を込め始める。
手のひらが赤く輝き、何もない空間に炎が生まれる。
「な……っ!?」
俺が生み出した炎を見て、固まるK。これで少しは大人しくなるだろう。
先程Kが俺に向けて言った「優待生」という言葉。
それは、本来人類が持ちえないはずの特殊な能力を持っている人間の呼称である。
別名「能力者」とも呼ばれているのだが、子供に多く、大人に次いであらゆる面で社会的に優遇されることから「優待生」と言われている。
その数は数百人に一人か二人程度。稀に大人に現れる傾向も有り。
無論、「優待生」として優遇されるのは大人のために力を使い、且つ彼らの駒として人生の全てを捧げる者に限るが。
俺は右手に浮かぶ炎を一瞥してから、火力を更に上げ、それを見せつけるようにKの眼前へと運ぶ。
「マジかよ……っ!?」
「反抗的なお前が少しでもマトモになれるように、俺が直々に手を加えてやるから感謝しろ」
ようやく怯えの感情を顔に出したKに、俺は短くも簡潔な言葉を述べると、奴に逃げ出す時間も弁解の余地を与える時間も用意せずに、無言で炎を牢屋の中へと放った。
「てめえは鬼畜か! マジねーわ、このサディスト野郎!! ぜってえ、ぶっ殺して――」
きゃんきゃんきゃんきゃん、五月蠅いな、こいつ。聞いているこっちの身にもなれ。
明るく輝く牢屋内。俺は炎を操りながら、Kが俺の納得のいく姿に変わるまで、意識を一点に集中させる。
Kに向けて能力を発動してから数十秒が経過。
俺は自ら生み出した炎を全て空間から消し去ると、懐から取り出したハンマーで牢屋に取り付けられている鍵を破壊した。
音を立てて、ゆっくりと開かれていく鉄格子の扉。
中から出て来たKの頭は、先程までの伸びきった髪型ではなく、俺が発動した炎によって焼き切られ、綺麗に整えられていた。
「あんな伸びきってボサボサの髪じゃあ、外に出ても馬鹿にされるだろ? 俺が綺麗に整えてやったから、これを着て早くここから出るぞ」
何も言えずにいるKに着ていた制服の上着を投げつけ、早々とこの場所を離れ始める俺。
牢屋があった部屋の外では、背後から襲われてうつ伏せ状態で倒れている見張り役の大人がいた。
やや遅れて、上着を羽織った状態のKもようやく俺の後に追いつくと、足元に転がっているそれを見て愕然とした表情を浮かべる。
暫しの間、気を取られて黙ったままでいたKであったが、俺がしたことに不安を覚えたのだろう。案じるかのような面持ちで俺を見つめると、震え声で尋ねてきた。
「……てめえ、こんなことして大丈夫なのかよ?」
「生憎、俺は大人達の言いなりになるのは御免でな。お前の言う通り、表向きは天下の『優待生』様かもしれないが、そうでもしない限り、世間に怪しまれずに仲間を助けることが出来なくなるだろ? 分かったなら、大人しく俺について来い。俺達の居場所へ連れて行ってやる」
俺が最後に言い放った言葉の意味が分からなかったのか、今度は呆けた顔で目を丸くするK。
しかし、それはほんの一瞬の出来事。
Kは期待と戸惑いが入り混じったかのような曖昧な笑みを浮かべると、それ以上は何も言わずに、外の世界へと続く出口を目指して共に歩き始めた。
――そう、一人で抗う必要なんてない。
もし誰かが自由を求めて戦おうとするならば、その心が死んでしまう前に、俺がそいつを救い出す。それが、「優待生」として力を授けられた俺の使命だ。
いつかこの国のシステムを覆すために。俺達子供の自由が認められる世の中を造り上げるその日のために。
そんなことを考えながら、俺は再び手のひらに力を込めると、先の見えない未来に挑むように、手の中に生まれた小さな炎の塊を握り潰した。
やがて、日の光が差し込む地上へと辿り着いた時、俺達は周囲に気づかれないように建物を後にする。そして仲間達が待つ隠れ家に向かうため、薄暗い路地へと姿を消した。
――因みに、牢屋を出てから目的地に辿り着くまでの道中、Kが歩きながら確認するかのように何度も自身の頭を触っていたのは言うまでもない。
【END】