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夢日記短編集  作者: 幻想箱庭
2/5

ambivalence

 広い屋敷の中を、一人の少年が歩いてゆく。


 正確にはその廊下。赤い絨毯が敷き詰められた床に、漆喰の壁、突き当たりまで続いている左右の壁にはチーク製の扉が何枚も並び、ここを訪れた者達に屋敷の主人が高位な立場の存在であることを否応なしに思い知らせることが出来るだろう。


 しかしこの少年は――途中何度か階段を上り下りしたり、幾つかの扉を潜り抜けたりしたが、ただの一度も道順を誤ることなく、冷たい眼差しで正面を見据えたまま、ひたすら目の前の道を進んでいた。

 そしてとある通路の一番奥――終着点と思われる場所で、少年はピタリと立ち止まった。


 金で縁取られた、華美な装飾の大きな扉。

 左右には角を持った幻獣の姿が彫られ、それまで彼が潜り抜けてきたものとは全く異なる雰囲気を醸し出していた。

 暫しの間、少年は何をするわけでもなく、その扉の前でただただ立ち止まっていたが、やがて軽く手を握り、右手の甲で三回ノックをした。


「どうぞ」


 中から聞こえてくる、透き通るような女性の声。

 応答があったことを確認し終えると、少年はゆっくりとドアノブを回し、扉を開いた。

 そこには、一人の女性が大きめの革製のソファーに身を沈めながら、まるで少年がこの場所にやって来ることを予め知っていたかのような面持ちで、彼を迎え入れた。


「わざわざここまで来てくれたのね、ボウヤ。まあ、どこでも良いからお好きな場所に座りなさいな」


 女性はゆったりした動作で手招きすると、少年を室内にある座席へと誘導する。

 その言葉に少年は一度だけ周辺を見渡してから、迷いのない目で再び歩き出す。


 確認しただけでも、部屋の中にはスーツを纏った男が四人。

 女性の護衛だろう。銃を所持している彼らに怯むことなく、少年は女性がいる前の席――テーブルを挟んで反対側にあった客人用のソファーへと赴き、無言で腰を下ろした。


 その一部始終を見届け、女性はにっこりと微笑むと、頬杖をつきながら少年の顔を見つめている。



 ――この街を牛耳る、「殺し屋組織の女王」。



 目の前にいる人物は、そう裏社会で呼ばれていた。

 そして一方の少年も、一人の殺し屋として、彼女の手足となってこれまで働いてきたのである。


「取りあえず、ご苦労様と言った方が良いかしら。ボウヤ、よくこの場所が分かったわね。少しだけ感心したわよ」


 女性は少しも表情を崩すことなく、先程から笑みを(たた)えたまま、変わらず少年を見つめている。


 少年の衣服のポケットの中で小さく丸められた一枚の紙。

 そこには、これまで彼が殺し屋として働き、貯めてきた報酬金を使って情報屋から手に入れた、女性が住む屋敷の場所とその内部構造、そして「ある人物」についての情報が書かれていた。


 その時だった。女性の背後から男のものと思われる低い呻き声が聞こえてきた。


「……」


 この部屋にいる「もう一人の人物」の存在に別段驚く様子もなく、少年は女性が腰掛けているソファーの奥の、床に転がっている「それ」へと静かに視線を落とした。


 部屋に足を踏み入れた段階で見えていた「それ」――実際はこの部屋を訪れる前から既に知っていたのであるが、(じか)にその姿を確認した瞬間、それまで半信半疑だった少年も、提供者である情報屋の腕前に正直感服せずにはいられなかった。


 「それ」はロープで体を拘束されていた。

 全身にはある程度暴行を受けた跡。猿轡(さるぐつわ)を噛ませられているため、元より会話を交わすことなど出来ない状態にあるが、「それ」は暴れることも喚くこともなく、ただじっと少年の顔を見据えていた。


 先程から少年が心の中で「それ」と認識している存在――この男こそ、彼が長年にわたって捜し求め、あらゆる手段を使ってでも見つけ出そうとした「ある人物」その人だった。




(親を失い、独り身となった自分を育ててくれた最愛の人――)

 両親を殺され、行く当てもなく彷徨っていたところを養子として引き取り、実の子のように接してくれたかつての養父。


(数年前に自分を捨てて、何処かへいなくなってしまった恨んだ人――)

 父親同然に思っていたにも関わらず、何の音沙汰もなく消息を絶ち、再び孤独の世界に放り込んだ無責任な男。


(自分の「本当の親」を殺し、復讐劇に巻き込んだ憎き人――)

 後に殺し屋組織に身を置く中で、辿り着いてしまった真相。自分から平凡な人生を遠ざけたばかりでなく、両親の命さえも奪った、真の復讐相手。




 胸中に渦巻く愛憎に満ちた感情を一切顔に出すことなく、少年はただただ静かに今いる位置から見下ろす形で男に視線を送り続ける。


 その時、それまで何も言わずに少年と男の再開シーンを眺めていた女性が、テーブルの上に何かを置いた。それは、一挺(いっちょう)の黒い拳銃だった。


「さあ、銃を手に取り、あの男を殺しなさい。そうすれば、ボウヤ、貴方の復讐劇はここで終わるわ。弾は一発だけ入っているから、これを貴方のお好きなように使いなさいな」


 護衛が男を少年の前に連れて来る。

 視線を銃へと移し、無言で静止している少年の顔を、女性は妖艶な笑みでじっくり嘗め回すように見つめた。まるでこの復讐劇のフィナーレを、高みの見物で待ち望んでいる「魔女」のように――。



 銃に込められた弾は一発。

 この一発で、少年は果たして誰を撃ったのだろうか?

 男か。

 女性か。

 それとも、銃を手にした「自分自身」なのか――。




ambivalence:アンビバレンス。同一対象に対して、愛と憎しみなどの相反する感情を同時に、または交替して抱くこと。




【END】

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