rainy
今夜は大雨だった。
とうに梅雨は明けたというのに、台風じゃないのか? と思ってしまうほど、私が住む地方は突然の集中豪雨に見舞われていた。
カウンター席に置かれたテレビの向こう側では、ニュースキャスターのお姉さんが、しきりに現在の天候状況を説明している。各地で警報が出される中、私はたまたま立ち寄ったレストランから出ることが出来ずに、ただひたすら雨が弱まることを願いながら、中央のテーブル席に座っていた。
――今日中に帰れそうにないかも。
待てど暮らせど止む気配のない外の様子にため息をついた私は、今晩はここで食事をしながら夜を明かそうと決め込み、アパートで心配しているであろう大家さんに一報を入れた。
「あの……。ここ、空いてますか?」
連絡を終え、メニュー表を開いて料理を選んでいた私に、不意に誰かが声を掛けてきた。顔を上げると、そこには一人の少年が濡れた傘を持って、私の前に立っていた。
レストラン内は、突然の大雨のせいでその場から帰ることが出来ない人や、外から避難してきた人でいっぱいで、座席のほとんどが既に埋まっている状態にあった。
そのため、面識のない人達同士が一つのテーブル席を囲うのは別に珍しい光景ではなく、目の前の少年も周囲と同様、相席を願ったのだろう。
「あ……、はい。空いていますのでどうぞ」
「ありがとうございます」
そう言って、私は隣の座席に置いていた荷物をどかして、彼に場所を譲った。
一方の少年も、丁寧に頭を下げた後、傘をテーブルの横に掛けてから、私と合い向かう形で椅子をずらして、腰を下ろそうとした。
(……?)
何故だろう。
この人とは初めて会ったはずなのに、初めてじゃない気がする。
もっとどこかで、この人と会ったことがある。
本能的にそう感じた私は、席に着いた少年の顔を見つめながら、恐る恐る声を掛けた。
「……あの、××さんですか……?」
自分でも自覚出来るほど、酷く小さな声。
恐らく、普通の人なら何を言っているのか全く聞き取れなかっただろう。
「え……」
しかし、少年は私の言葉に驚き、目を丸くしながらこちらを見ていた。
暫しの間、互いに顔を見合わせる私達。
まるで二人を取り巻くこの空間だけ時が止まったかのような、奇妙な感覚がそこにあった。
やがて彼は、戸惑いの表情を浮かべながらも、おもむろに口を開き、尋ねた。
「あ、の……。〇〇さんですか?」
私の名前を呼ぶ彼。
やっぱり、この少年はあの人だった。
リアルの世界では会ったことのない、だけど私にとってはかけがえのない、大切な人。
雨の日のレストランで起きた、偶然にも似た出逢い。
だが私は、この出逢いを決して偶然として片付けたくはなかった。
やがて私達は静かに微笑みを浮かべると、注文した料理を食べながら、夜が明けるまでずっと一緒の席に座っていた。
【END】