表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第二章
9/51

海の冷たさ

いらっしゃいませ。今回は1908文字です。よろしければ、読んでいってください。

 気が付くと、僕は水の中にいた。


 僕はすぐにメアリを探した。彼女は、僕のすぐ側で水に沈もうとしているところだった。

 ぐったりとした彼女の体を支えながら、僕は自分が階段を落下した理由を知った。メアリは今なお、僕の服の裾を強く握っていたのだ。

 おそらく、階段から落ちていく時、咄嗟に掴んだのだろう。

 だが、今はそのような事に拘っている場合ではない。


「メアリ! しっかりしろ」


僕は彼女の体を強く揺すりながら、大声で呼びかけた。


「ううっ、痛!」


メアリは頭を手で押さえながら、目を覚ました。

 周りが水である事に、彼女は一瞬驚いて、沈まないようにとすぐに周囲の木片にしがみついた。


 僕は上の方を見た。どうやら、ここは船の底にある空洞らしい。周りは高い塀のように、壁が天井まで続いている。


「あそこから落ちて来たんだな」


僕は指差しながら、メアリに話し掛けた。


「ごごご、ごめんなさい! 私、何て事を……」


「いや、仕方ないって。それより、どうするか」


「結構大きな音がしたと思います。誰か来るんじゃないでしょうか」


 僕は考えた。音に気が付いて様子を見に来るのなら、もうあの穴から覗き込んでいる誰かの顔が見えるはずだ。

 誰も助けに来なかったのは、皆が食堂に行ってしまっていたからだろう。メアリが当番の時は、エミーの時よりも食堂に集まるのが早い。

 料理当番をエミーに代わってもらった事を知らないみんなは、いそいそと食堂に行ってしまったのではないか。


 ということは、誰も二人が海に落ちた事を知らない。

 僕は全身に悪寒が走るのを感じた。

 メアリの言ったように、誰かが来てさえくれればよいのだが。僕は彼女の言葉を信じたかった。


 しかし、時間が経つに連れて、メアリの表情からは余裕が消え、今では真っ青な顔をしていた。

 長い間、冷たい海水に使っているというのも手伝っているのかもしれない。そうだとしたら、そちらも問題だ。


 どちらからとも無く、僕等は助けを求めて叫んだ。だけど、待てど暮らせど呼応する声や、助けは来なかった。

 弁当を持参した事で、二人が昼食に現れなかったとしても、おかしくはない。

 おそらく、エミーがみんなにその事を知らせている頃だろう。


「このままここにいても、誰も来ない。いっその事、外へ出てみようか」


僕は今の状態を打開しようと、メアリに提案してみた。


「外だったら、甲板に上がるための梯子とかないか?」


この船の事に関しては、彼女の方がよく知っているだろう。


「確かに梯子は有ります。でも、常に下ろしてあるとは限らないんです。でも、外に出れば、誰かに声が届くかも」


 生じた僅かばかりの希望に、僕らは縋ることにした。


 僕達は、船の底辺から外へ出ていくために、浮き輪代わりの木片を抱いて、深く潜った。

 さすがに別館とはいえ元客船ということもあって、船底は想定よりもかなり大きく、潜っていった感想としては、まるで頭上に浮かぶ積乱雲のようだった。

 それでも、二人は何とか外へ出ていく事ができた。


 早速、上り梯子が海面まで下りているかを確認するため、船の周囲を泳ぎ進む。

 先頭はメアリだ。新参者でよく船の事を知らない僕は、その後を着いていくだけだ。船尾を回って船の右側へ。

 梯子は右側の舷に設置されていた。丁度、二人が海面に出たのとは逆側となる。

 残念ながら、梯子は下りていなかった。

 ちなみに、舷の所までの高さだが、目算によると五、六メートルくらいありそうだ。


 メアリは破れかぶれに叫んだ。


「誰かー!」


女の子特有の高いその声は、遠く空まで届いたように思われたが、誰の返事も返ってこなかった。


 一方、僕は彼女のように声を張り上げず、次にすべき事を考えた。二人同時に叫んでも、非効率だと思ったから。

 確実に甲板に人がいる時に助けを求めて叫べば、誰かが気付いてくれるかもしれない。

 そのためには、漂う船から離れない事が重要だ。


 僕は左舷に幾本かのロープが垂れ下がっていたのを思い出した。

 見境無く叫び続けるメアリ。


「メアリ」

こちらの声は聞こえないらしく、彼女は助けを求めて声の限りに叫んでいた。

 顔は青っぽく染まり、目は血走って赤かった。

 僕はメアリの両肩を掴み、揺すりながらもう一度名を呼んだ。


「メアリ!」


 すると、彼女は夢から覚めたようにハッとなって、不安からか顔を歪めた。


「どうしよう」


ポツリと彼女は呟くように言った。


「今は待つしかない」


そんな現実しか言えない自分を、ちっぽけだと痛感した。

 彼女の頭は今、僕の右肩に乗っていた。

 僕は目を逸らし、メアリの涙を見ないようにした。

 その右肩から彼女の悲しみが伝わってきて、僕も目頭が熱く感じられた。

 でも、僕まで泣いてしまう訳にはいかないと、自分に強く言い聞かせ、何とか踏みとどまった。

読んでいただきありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ