二人の嘘
いらっしゃいませ。字数は2702文字です。お時間、ご興味がございましたら、ぜひ、読んでいってください。
僕が食堂に着いた時、既に全員が席に付いて、朝食を前にしながら隣近所とお喋りをしているところだった。
申し訳なさそうに頭を低くしながら、僕は自分の席の前に立った。そのまま、立ち尽くしていると、エミーが言った。
「ジェイク。どうしたの? 食事の挨拶が出来ないじゃない。さぁ、お座りなさい」
あるいは、僕はそういった言葉が掛けられるのを待っていたのかもしれない。
「一つ、みんなに報告があるんだ。少し時間を貰えないか?」
周囲は無言だ。
みんなは、昨日突然やって来たばかりで、早速騒ぎを起こした他所者を見る目で、僕を見ていた。
それは単なる被害妄想でしかないのかもしれないが、心に余裕の無い僕にはそう思われた。
エミーは頷いた。
「いいわ」
僕はその言葉に、首を縦に強く振った。
「昨日、無くなったバングル、見つかったんだ」
これを口にする事が、どんなに恐ろしかったか。
散々騒いだ挙げ句に、情けなくこうして謝罪をしている。本当に馬鹿みたいだ。
「バングルは、僕が置いた棚の裏に落ちていた」
何より、タイスに悪い事をしてしまった。証拠も無いのに、犯人に仕立て上げたのだ。それで、彼の信頼を地に落としてしまった。
「タイス、悪かった。犯人だなんて……言ってしまって」
僕は、みんなの信用を失うだろう。さすがに追い出されるような事は無いかもしれないが、これまでのような扱いを期待するのは、厚かまし過ぎる。
元々、僕はこの船の客人であって、ファミリーではない。きちんとした孤児院が見つかれば、そこに移る他所者だ。
だけど、そんな客人に、ここのファミリーは良くしてくれた。
僕は、色々考えていた謝罪の口上を、完全に失ってしまっていた。
顔を伏せ、目を固く閉じたまま僕は、ただ立っていた。
そんな僕の耳に、届いたのは予想していた罵声や冷たい言葉ではなかった。
「良かったねぇ、見つかって」
目を開くと、最初の一言をくれた人物がわかった。いつもへらへら笑っているティムだった。薄ら笑いなどではなく、本当に笑っているように、目を細めてそう言ったのだ。
「ホント、良かったですね、ジェイクさん」
「ばんぐるって何? ねぇ、ねぇ?」
メアリ、カイがそれに続く。
マリアン、タイスは周りと少し反応が違っていて、二人とも一様に目を丸くしていた。
僕は、最後に、エミーへと目を向けた。
「ジェイク? 何を驚いているの? 真剣に謝っている人を許せないような、器の小さい人、この船にはいないわよ」
彼女はそう言って、一笑に付した。
「……みんな」
みんなは許してくれた。でも、タイスは。
「タイス」
「……ぁんだよ」
「許してくれとは言わない。水に流してくれなんて、言える義理じゃない。だから、気の済むまで、僕を殴ってくれ」
その言葉で、僕に集まっていた視線が、全てタイスへと注がれた。
タイスは初め驚いたようだが、やがて勘弁して欲しいと言わんばかりに口元を歪め、顔を背けた。
「後で部屋に来いよ。ここじゃあれだから……な」
独り言のように小さな呟きだった。
その後、朝食は昨日と何も変わらない風景で、始まった。
「ぃ……痛ってえ」
僕は今、当に殴られたところだ。箇所は左頬、やや下の辺り。タイスは僕と比べて頭一つ分程小さいので、どうしても下方を殴る事しか出来ない。
痛がる僕に背を向け、タイスはベッドの方へ歩いていった。それを目で追いながら、僕は言った。
「もう、いいのか」
タイスはこちらへ向き直り、ベッドに腰掛けた。スプリングの軋む音がして、彼の短い溜め息の音が耳に届いた。
「まだ、殴り足りねーけどな。ひとまずこの辺にしておいてやる」
「ありがとう、と言うべきかな」
タイスは舌打ちした。
「その腕輪、本当はどこで見つけたんだよ」
「言っただろう。この部屋のほら、そこだ。朝食の前、ここに来て、棚の後ろに落ちていた」
そう答え僕は、タイスの座っている方のベッド脇にある棚に目を向けた。そして、気が付いた。
そうだ。僕が初めてこの部屋に入った時に、自分のベッドだと思っていたのは、タイスが今腰掛けているベッドだった。
「聞こえなかったのか? 本当は……って」
僕は目を背け、最後には足下に視線をやった。こいつは嘘に気が付いている。
タイスは言葉を続けた。
「棚の後ろには何も落ちていなかった」
「……見えなかったんじゃないのか?」
「ふざけるな! 俺は毎日棚の後ろまで掃除しているんだよ!」
「……綺麗好きなんだな、割と」
「誤摩化すんじゃねー!」
さて、そろそろどう言い訳するか、考えておかないといけない。
黙り続ける僕に、タイスは苛立を募らせているようだ。
「俺は犯人じゃない。けど、お前の腕輪は確かに無くなったんだ。別の犯人がいるってことだろうがよ!」
僕は、言い訳を考える時間稼ぎのために、こちらが持っている唯一のカードを使った。
「お前は真犯人が知りたいのか? じゃあ逆に聞くけど、なんで自分が犯人だって言い出したんだ?」
案の定、タイスは黙った。
犯人ではない人が精神的に追い詰められて、虚偽の自供をする事は時々にあることらしいが、タイスの場合そういうのではなかった筈だ。
僕は、自分の言い逃れを考えるのを忘れて、彼が自分を犯人だと言い出した理由の方に興味を奪われ始めた。
そうやってまじめに考えだすと、答えがはじき出されるのは案外早かった。
「そうか」
僕は思わず心の声を漏らした。
タイスは犯人に心当たりがあって、庇っていたんじゃないだろうか。
僕は探りを入れるために、彼の最初の問いに対する本当の答えを口にした。
「バングルを見つけたのは、この部屋の前の廊下だ」
「じゃあ、どうしてみんなの前で嘘を言った?」
「不自然だったからだよ、廊下に落ちていたんじゃ。確かにお前の言う通り、この件には真犯人がいるのかもしれない。だけど、その時考えたんだ。犯人なんていない方がいいって」
僕がそう言ってしまうと、タイスは鼻で笑った。
「俺が犯人だっていったのはお前だろう? 矛盾してるじゃねーか」
「確かに」
タイスはおそらく犯人知っていて、その子を庇っている。そして、僕もその子を庇っている。
そう。僕等は共犯者ではないが、同じ目的を持った者同士なんだ。
タイスは今まで僕の前では見せなかった、どこか涼しげな顔をしていた。
そう見えたのは、こいつに対する印象が変わった所為だろう。
僕は、彼を誤解をしていたようだ。
「よっし。じゃあ、枕とシーツでも持ってくるか」
「はぁ? なんでだよ」
「今日からここで寝るからに決まってるだろう」
「何ぃ? 戻ってくんのかよ!」
「別にいいだろう」
「良くねーよ!」
こいつは思ったより悪い奴じゃない。
「大体、なんでこの船にホイホイ乗ってきやがったんだよ、お前は!」
口だけは壊滅的に悪いけど。
読んで頂き、ありがとうございます。第一章は今回で完結です。すぐに第二章も始まります。では、またのお越しをお待ちしております。