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暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第六章
46/51

絵画の持つ意味

いらっしゃいませ。本日は、2051文字となっております。ぜひ、読んでいってください。

「そっか、見てたんだ」


僕は、意図していた訳ではないが盗み見ていた事実を恥じた。そして、「ごめん」と一言、謝罪の言葉を述べた。

 エミーは首を横に振った。


「うううん、いいの。見られてまずいものじゃないから」


「でも、すごく描くの……辛そうだった」


彼女は、俯き加減で僅かに頷いた。


「絵を描くの、本当は好きなんだろ? ただ、描いているものが悪いだけなんだろ?」


 僕は、最後に見た彼女の絵を思い出していた。あの海と空を描いた絵だけは、描き手であるエミーが唯一楽しそうに感じられた。最後に、黒く塗り潰してしまったが。


「仕方ないのよ。この孤児院を運営していく為にも」


「じゃあ、あの絵が運営費の元になっているのか?」


「うん。絵は、ジョシュアさんが買い取ってくれてるの。だけど、私が描く絵ではあんまり高く売れないからって……」


 エミーは言葉に詰まった。そして、さらに頭を垂れて鼻を啜った。

 僕は彼女の言葉を黙って待った。


「ジョシュアさんが持ってきた絵のお手本を、そっくりそのまま描いたら……喜んでくれたわ」


エミーはさっと顔を上げた。目に涙を浮かべて。


「え……それって!」


「うん。最初はよくわからなかったけど、今ではもちろん……。私は、贋作を書き続けて、孤児院を運営してきた」


 瞬くとともに、涙の雫が溢れ、頬を伝って流れていった。

 僕は自然にエミーの肩を抱いた。その涙を受け止めるように。

 彼女は、声を押し殺して静かに泣いた。

 僕はその間中、昂る心音を抑える事ができなかった。


 五分くらいそうしていただろうか。エミーは、「ありがとう」と、顔を紅潮させて言って、僕の腕から離れた。

 頬を染めて照れくさそうに笑った彼女は、とてもかわいらしく見え、普段の大人びた包容力に満ちている彼女とは、まるで別人のように思えた。


 それから、エミーは急に表情を固くした。


「もう、私、これ以上贋作を描かない事にしたの。いい機会だから、これからジョシュアさんに、そう言ってくるわ」


 決意に満ちた口調に、僕はこれ以上言う事は無いと、頷くだけに留めた。


 エミーは操舵室に向けて自分の部屋を出た。僕もその後を追っていく。

 廊下でメアリとすれ違った。メアリもまた、エミーの表情に何かしらを感じたらしく、振り返って僕等の後ろ姿を見送った。

 甲板に出ると、晩秋の空と風が迎えてくれた。そんな中を、颯爽と歩いていく。


 辿り着いた操舵室で、エミーは通信機の前に座り、僕はその傍らに立った。

 彼女は微かに震える指で通信機を操作して、ジョシュアにアクセスし始めた。やはり、緊張は隠せないようだ。


「さあ、もうあとは待つだけね」


その声も、少し上ずっているのがわかった。


 ほどなくして、通知音が狭い空間に鳴り響き、ジョシュアからの通信を知らせた。


「ジョシュアさん、私です。エミーです」


『ああ、エミー。どうかしたのかい?』


「絵の事なんですが……」


『もうできたのかい?』


「いえ……」


エミーは言葉に詰まり、下を向いた。

 僕は堪らず、エミーのすぐ横に移動した。


「ジョシュアさん。僕はジェイクです。覚えていますか?」


『ジェイク。もちろん覚えているよ。でも、どうして君が?』


「エミーに代わって言わせてもらいます」


僕はそこで一旦言葉をき切って、次に言うべき言葉の為に、大きく息を吸い込んだ。


「もう、エミーは贋作なんて描きません!」


 ジョシュアは僕の言葉に黙ったまま、ただ無為に時間を費やした。

 通信トラブルか何かで、相手に伝わらなかったのではないかと、心配になる程、彼は黙り続けていた。

 映像に写っているのは、何を考えているのか想像できないような、無表情の彼の顔。

 やがて、沈黙を破ったのは、エミーだった。


「ジョシュアさん、今まで本当にお世話になりっぱなしでしたけど、ジェイクの言う通り、私はもう贋作を描く事ができません。本当に、ごめんなさい」


彼女はそう告げた後、深々と頭を下げた。

 ジョシュアは、一つ溜め息を吐いた。


『わかった。それで、これからはどうするんだい?』


「わかりません。でも、この事を含めて、みんなと相談したいと思います」


『そうか。うん、よく考えて良い道を選んでくれ。私はもう支援できないが、最後に一つだけプレゼントを受け取ってもらいたい』


「プレゼント?」


僕は思わず、おうむ返しした。


「本当にごめんなさい」


『いや、いいんだよ。それじゃあね、エミー、ジェイク』


それを最後に、ジョシュアは通信を切った。

 エミーは深い溜め息を吐いて、晴れやかな笑みを浮かべた。


「やっと、解放された気分」


そう言って、エミーは大きく両手を上げ、伸びをした。


 僕はそんな肩の荷が下りて楽になったであろう彼女を横目に、ジョシュアについて考えていた。

 エミーの言葉によれば、彼は、非正規の孤児院を支援している実業家だという。今まで、この孤児院を金銭面で支援してくれていた。

 しかし、蓋を開ければ、エミーに贋作を描かせ、作品を買い取る事で、資金援助をしていたらしい。

 その事が、僕の中で引っかかっていた。


 そう。僕は、ジョシュアという男に、黒い闇を感じずにいられなかった。

読んで頂き、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています。

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