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暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第六章
43/51

その時は突然に

いらっしゃいませ。本日は、2402文字のお話です。少しラブコメ展開?

ぜひ、読んでいってください。

 昼食時、僕は食堂へも行かず、自室で自分の姿を見ながら浮かんでいた。

 食事の件で、心配事があった。このまま何日も、自分の体に戻る事が出来なかったら、僕は何よりもおいて、餓死、あるいは水分不足などで死んでしまうのではないか。

 だけど、どんなに自分の体に戻ろうとしても、結局すり抜けてしまうだけで、戻る事が出来ないのだ。


 僕の焦りは、不安と共に、尚も大きくなった。

 もしかしたら、僕はとっくに死んでしまっているのではないだろうか。そして、僕が意識体と呼んでいるこの存在は、いわゆる魂で、これから天国だか地獄だかわからないが、そういう所へ行かなければならないのではないか。

 馬鹿馬鹿しいと、その考えを一度は否定しながらも、自分の体が呼吸している事を確認せずにはいられなかった。

 音を聞く感覚を全開にして、鼻の近くに寄った。息を吸い、吐く音がはっきりと聞こえた。

 僕は安堵し、再び部屋の上空を漂い出した。


 やがて、昼食を終えたタイスが戻ってきた。

 彼は自分のベッドに向かう前に、眠っている僕の方につかつかと歩いてきた。それから、顔を覗き込むと、苦い顔をして舌打ちをした。

 タイスは振り返り様に小さく何かを呟いたが、僕には聞こえなかった。彼は、そのまま自分のベッドへと歩き、腰を下ろして、盛大な溜め息を吐いた。


「何つーか、張り合いがねーよな」


タイスは突然そんな事を口走った。

 張り合われるのは僕なのだろうか。まあ、そうなのだろう。


 彼は、それっきり何も言わなくなった。ただ、ベッドに横たわり、一定の間隔で寝返りを打っていた。

 タイスは三十分くらいそうやって、自分のベッド上をゴロゴロ転がってはもぞもぞと動いた。

 僕はその様子を見える範囲の端っこで知覚していた。こんな風に、精神だけになってから、時間の流れがやけに早く感じられてしまう。特に、何も考えずに浮遊している時などは、顕著だった。

 そんな事を改めて感じていると、ドアの向こうから声がした。


「タイス、いる?」


篭っているが、声の主はすぐにわかった。

 ドアが開いて、エミーが入ってくる。


「何だ?」


ベッドから上体を起こし、ぶっきらぼうに答えるタイス。


「あ、寝てたの。起こしちゃった?」


「いや、寝てねーよ。それより、何なんだよ」


僕は、タイスの言葉の一つ一つに、刺があるような気がしてならなかった。


「あのね、調理場の流しが詰まっちゃったんだけど……」


「ふーん、それで?」


タイスよ。それくらい察しろ。


「どうにかしてもらいたいの」


「わかった。どうにかすればいいんだな」


タイスはベッドから降りて立ち上がった。


「ごめんなさいね。ジェイクは私が見てるから」


彼はそのままの姿勢で、エミーをじっと見ると、吐き出す息と一緒に、「ああ」と答えた。


 タイスがいなくなって、エミーは抜け殻の僕を前にして、椅子に腰掛けた。

 彼女は何故か、小刻みに震えているようだった。それに、周囲を気にするようにあちこちに目を遣っている。どこか挙動が不自然だった。

 そう思っていた時、彼女は急にすっくと立ち上がり、横たわった僕の顔を見詰めた。

 僕は段々と気持ちがざわついてしまい、居ても立っても居られない様な気分で、彼女の今後の行動を注視した。

 エミーは僕の顔を真上から見下ろし、長い髪を垂れないように右手で抑えつつ、徐々にその距離を縮めていった。

 僕は彼女が何をしようとしているのか、何となくわかってきた。しかし、どうしてそんな事を。

 そして、思ったのは、今朝のメアリとティムの会話だ。あの時、部屋の前から立ち去った足音は、エミーのものだった。

 脳内を一瞬で駆け抜けたその考えは、僕に強い思いをもたらした。


 ふと目を開けると、眼前にエミーの顔があった。目を閉じている彼女。そのまま落ちてくる唇。

 唇と唇が出会い触れ合う一瞬前、僕の呼吸するリズムが変わったのに気付いたのだろう、彼女は目を開けたのだ。

 目と目が合って、唇の落下は止まった。まるで、時限爆弾を爆発直前で無事に止めた時のような緊張感だった。


 エミーは悲鳴を上げたりする事も無く、ゆっくりと何事も無かったように顔を離した。

 椅子に力なく腰を下ろし、彼女は両手で顔全体を覆った。指の隙間から、紅潮した顔の一部分が見える。別に無反応ではなかったようだ。


 僕はゆっくりと上体を起こした。体の節々がパキパキと爆ぜるように鳴る。

 多分、鏡を見れば、僕も赤面している事だろう。

 その時、ドアが乱暴に開かれた。


「おい、エミー。流しの詰まり、治ったぜ……って、ジェイク! 目が覚めたのか?」


タイスが用事を済ませ、戻ってきたのだ。


「あ……ああ。心配掛けたな」


「心配なんぞしてねーけどな。ん? エミー、なんで顔を覆ってるんだ? まさか、ジェイクに何かされたのか? そうなんだな!」


タイスは僕に掴み掛かろうと詰め寄ってきた。


 それを僕は、適当に手であしらって、。


「僕は何もしてない!」


むしろ、されそうになった、とは言えなかった。


「そんな筈ねーだろ! エミーの顔見てみろ、もうお嫁に行けないって顔をしてんだろうが!」


むやみに鋭いなと舌を巻きながら、僕は彼を宥めに掛かった。


「よく考えろ、タイス。僕はさっきまでどうなってたんだ?」


彼は斜め上に視線を移し、少し考えた。


「……寝てたな」


そう呟いた彼の姿、は少々間抜けに見えた。


「正確には違うが、そんなものだ。僕は手も足も出なかった!」


はっきりと、僕は言い切った。


 すると、タイスは首を傾げつつ、納得のいったようなそうでないような風に黙ったが、今度はエミーが、赤らんだ顔をさっと上げた。

 上目遣いの彼女の目には、いっぱいの涙が溜っていた。

 僕はしまったと思った。


「ジェイクー……そういう言い方は良くないわ。手も足も出ないー? まるで、私が何かしたみたいじゃないのー?」


 何かしようとしたのは事実だ。だが、それを口に出してしまえば、僕は何をされるかわからない。

 僕は頭を垂れ、ただ黙って彼女の言葉を肯定し続けるしかなかった。

読んで頂き、ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。

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