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暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第一章
4/51

家族会議

今回は2500字強になりました。ぜひ、読んでいってください。

 さっきまで視界に入れる事さえ嫌で仕方無かった相手を、今、僕は探していた。

 いなくなってからそう時間は経っていないだろう。

 歩幅を最大にして廊下を歩いていると、遠くに小さな後ろ姿が見えた。僕はその子に声を掛けた。


「マリアン!」


 彼女は振り返り、一瞬怯えたような様子でこちらに向くと、言葉を返してきた。


「わたし、マリアンじゃないよ。カイだよ」


 そう言われると、そっくりな二人がいたのを思い出した。それが確か、マリアンという少女と、カイという少年だった筈だ。


「悪い。カイ」


呼び直すと、彼はにっこりと笑った。

 僕は彼に尋ねた。


「タイス、見なかった?」


「タイスお兄ちゃんならねぇ、お外に出て行ったよぉ。えへへ〜」


「外か。ありがとう、カイ」


カイに手を振りながら、僕は甲板へ移動した。


 甲板に出ると、タイスはすぐに見つかった。

 彼は手摺りに両腕を凭れながら、遠くの海を細い目で眺めていた。

 僕は一瞬、その表情から漂う寂寥感に、気圧されそうになった。

 が、しかし、僕の中に燻る怒りの炎は、その程度の障壁など簡単に燃やし、打ち破る事が出来る程熱いものだった。


「タイス! お前、僕のバングルどうしたんだ!」


「はぁ? 何言ってんだ、俺がそんなもん知るかよ!」


「知らない訳が無いだろ! あの部屋、誰の部屋なんだよ!」


「知らねーって言ってんだろ!」


「僕はあの部屋の左側の棚に置いた。それは確かなんだ!」


 甲板で言い争う僕たちの声に、みんなが集まり始めた。

 すると、タイスはその場の全員に聞こえるくらい大きな舌打ちをして、言った。


「ああ、俺だよ。俺が盗んでやったんだ!」


「今、どこだよ」


「今頃、海の底さ! ハハッ」


「海に捨てたのか?」


「ああ、捨てたんだよ!」


「どうしてそんな事を」


ほとんど呟くような声しか出す事が出来なかった。

 僕にはもう、精神的に強がる事が出来なくなっていたのだ。それが、口調にしっかり表れている。


「お前が……いけ好かねーからに決まってるだろ!」


「僕が何をしたって言うんだ」


そこへ、騒ぎを聞きつけてエミーまでもがやって来た。


「あらあら、どうしたの? けんか?」


タイスはエミーから目を逸らした。

 僕は、自分から状況を話そうとしないタイスに痺れを切らし、説明した。

 僕の話を聞き進めるうちに、彼女の表情からは優しさが消えていった。

 話しが終わると、エミーはタイスの目線を正面から捉えた。


「タイス、本当なの?」


「……ああ」


エミーの深い深い溜め息が、吐き出された。


「タイス。少し自分の部屋で待機してなさい」


いつになく強い口調だった。

 今度は小さめの舌打ちをして、タイスは彼自身の部屋へと歩き出した。両手をズボンのポケットに突っ込み、わざと足音を大きくするような歩き方で。

 それからエミーは、その場にいた全員に、こう告げた。


「これから、会議室へ移動して。家族会議を開くわ」



 家族会議は、まず会議室の片付けから始まった。普段、会議など開かれず、プレイング・ルームとして使用されているため、ボロボロの卓球台が中央に鎮座し、周囲にはカードや双六の紙や、果ては将棋盤及び駒までもが散らばっていた。


 十分程で会議が開けるくらいのスペースが確保出来ると、エミーが床に腰を下ろした。それを基準に、円形の形になるよう、皆も座り始めた。

 僕もその円の中に加わって、地べたに胡座をかいて座った。右にはエミー、左にはティムがいた。

 誰もが無口で、部屋は静かだった。

 カーテンの無い窓から差し込むのは、眩しすぎる西日。

 僕は落ち着かない気分で、皆の顔を見回した。皆、斜め下の方を向いて、会議の始まりをただ待っているようだった。

 それから、エミーが口を開いた。


「カイ。マリアンはどうしたの?」


その言葉に、全員の視線がカイに集まった。彼は、青いリボンで髪を結んでいない。どうやら、それがマリアンとの違いであるようだった。


「わ、わかんない」


カイは少し怯えたように答えた。


「探して来ようか?」


そう言ったのは、僕の左隣にいるティムだった。


「うーん、今回はいいわ。とにかく、会議を始めましょう」


家族会議が始まった。


「ええっと、今回はタイスの事なんだけど、もう皆知ってるわね? だけど、一応詳しく知りたいから、ジェイク、話してくれる?」


まぁ、そうなるくらいの事は予想していたが、いきなり話を促されて、驚かなかった訳じゃない。


「あ……。えー」


自分で何を言っているのか、細かい事は覚えていない。

 とにかく、無くしたものの来歴から、無くなった場所、時などを、色々途切れ途切れになりながらも説明した。

 僕は話し終えて、エミーの方を見る。


「ありがとう、ジェイク」


彼女の表情はあまり伺えないが、そこから一つだけ感情を抽出するなら、やはり困惑だろうか。

 今まで盗難などというトラブルは、この船で起こった事が無かったのだろう。みんながみんな、総じて困惑している様子だった。

 僕は何だか怖くなってきていた。ここまで大事になるとは思っていなかったから。

 しかし、タイスへの怒りが、収まっていた訳ではない。出来る事なら、海に潜ってでも探してきて欲しいくらいだった。

 船はずっと動いていたのだから、それも無理な話なのだが。


 会議はエミーが議長として、皆の意見を聞きながら、時々滞りつつ進んだ。

 そうして、最後にはペナルティという形で、タイスに罪を償ってもらう事となった。

 罪に対する罰を提案したのは、メアリだった。


「二階部分の整理と掃除、及び修理っていうのはどう? エミー」


それに間髪入れずに賛同したのは、ティム。


「それいいね。うん」


「もともと、ティムがする予定だったんじゃないの! あなたがいつまでもやらないから!」


 どうやら、僕が当初メアリに抱いたイメージと、実際は少し差異があるらしい。

 彼女の怒りが向かった先のティムは一向に動じず、「そうだっけ?」と、とぼけながらへらへら笑っていた。


「他に何か意見はなぁい?」


エミーの問いに答えるものは無かった。


「じゃあ、タイスには二階の整理、掃除、修理をやってもらうことにするわね」


 家族会議はそういう形で閉幕した。

 会議が終わると、皆それぞれ部屋を出ていった。

 僕も人の波に従うように部屋を出ようとしていたところ、エミーに手招きされ、部屋に残った。

 他の皆が出て行った後、僕はエミーに尋ねた。


「どうしたんだ?」


「代部屋を教えておくから」


僕は部屋番号を教えてもらった。


「じゃあ、またね」


エミーは会議の時とは違う、いつもの優しげな表情に戻っていた。

 僕は、西日で朱色に染まる彼女の後ろ姿を見送った後、思い出したように我に返り、会議室を出ていった。

読んで頂き、ありがとうございました。またのお越し、お待ちしております。

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