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暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第五章
36/51

飲み込まれた言葉

いらっしゃいませ。本日は、2555文字のお話です。メアリの容態、ティムの行動など。ぜひ読んでいってください。

 ジョシュアが寄越した医者は、いわゆる闇医者ではなく、正規の医者のようだった。乗って来た船には、七海連合が診療船として認定した証が、しっかりと飾られていた。


 僕は、安心と不安を同時に感じていた。

 闇医者に看てもらうのは、やはり少し躊躇いがあった。

 だが、正規の医者であるのなら、IDが必要になったり、通報されたりするという心配事もある。痛し痒しだ。


 医者の見立てによると、メアリが倒れたのは過労によるものだそうだ。あと、若干貧血気味だという。それ以外は特に問題無く、命に別状は無いとの事。

 その場にいたみんなは、胸を撫で下ろした。


 医者は念の為にと、メアリに点滴を打ち、それが終わってから帰った。その直前、診療費についてエミーが聞くと、もう支払われているという答えが返ってきた。


 僕とエミーは去り行く診療船を見送ると、メアリの部屋に取って返した。そこでは、ちょっとした騒動が起こっていた。


「ティム、お前、正気か?」


心底驚いているのが、タイスの声色でわかる。


「ああ、本気だよ?」


ティムはいつもと同様、軽い口調でタイスに返答していた。

 部屋に入ってきた僕とエミーは、何がどうなっているのか、まるでわからない。


「どうしたの? タイス、ティムも」


エミーが、騒動の当事者と思しき二人に問い掛けた。


「エミー、聞いてくれよ。ティムの奴が妙な事をいいやがるんだ」


「妙? ティム、何を言ったの?」


僕とエミーの視線がティムを捉える。タイスは、そっぽを向いてしまっていた。

 そんな中、ティムは特に何事も無いような様子で答えた。


「僕がメアリの代わりをする。そう言っただけだったんだけど、そんなに妙な事かなぁ?」


それを受けて、エミーは首を傾げ、タイスに目を移す。


「そんなに変な話じゃないと思うんだけど」


「エミー、よく考えてくれよ。こいつがやろうとしているのは、メアリの仕事を全部だぜ。掃除から料理から全部だ」


そう言ってしまうと、タイスはふて腐れたような表情を浮かべ、ティムに背を向けた。

 エミーはティムとまっすぐ向かい合って、尋ねた。


「ティム、一人でやろうとしてるの?」


「そうだよ。何か悪い事があるのかな?」


ティムは珍しく、苛立っている感情を露わにした。


「どうして全部なの? みんなで手分けしてやればいいのに」


「それは……」


ティムは俯き、言葉に躓いた。


 そこへ、タイスがいつものように、火に油を注ぐような発言をした。


「どうせ続かねーだろ」


「タイス! 今なんて言ったんだい?」


「続かねーって言ったんだよ!」


僕は見かねて言葉を挟んだ。


「お前ら、ここは病人が寝てるんだ。大声を出すのなら、外に出ろ」


「ジェイクのいう通りよ。それに、タイス。今のはあなたが悪いわ」


タイスは舌打ちをして、乱暴に扉を開閉し、部屋を出て行った。


 ティムは、辛そうな顔で下唇を噛んでいた。

 そんな感情を剥き出しにする彼を見るのは、初めてだった。



 ティムは変わってしまったのだろうか。

 人はそんなに簡単に、変わる事など出来ないと思っていた。しかし、現にティムは、別人のように働き者になった。


 誰にも言われる事無く早起きして、みんなの着衣などの洗濯、その間に甲板の掃除、そして、朝食の用意。それが終わると、洗濯物を干し始めた。他にも色々やっているようだが、僕は全てを把握している訳ではない。


 ただ、残念なのは、ティムの持ち得るセンスだ。彼の家事センスは、悪いが、メアリの足下にも及ばない。いや、人並み以下だ。

 洗濯は洗濯機がやってくれる訳だから、センスなど関係ないかもしれないが、彼のケースでは、洗濯機の設定や洗剤の量など、細かなところでのミスが見受けられた。その結果、洗濯機は大量の泡を吐き出してしまった。

 甲板の清掃では、バケツを何度も蹴倒して、そこら中を水浸しにした上に、デッキブラシを一つ海に落としてしまった。


 料理は、みんなが一番心配していた。エミーもいつもの笑顔を引き吊らせながら、何度も、「料理だけは私がするから」と、説得したが、ティムは頑として聞かず、決行した。実際はまあ、想像していたのよりも、少し斜め下を行っていた。


 その日の午後、ティムとメアリを除いた全員で、緊急の家族会議が執り行われた。議題は、ティムの処遇だ。

 つまり、彼をどうすれば、円満に納得させた上で、家事をやめさせる事が出来るか、だ。


 その間、ティムは普段使われていない部屋の清掃と修繕を、誰にも頼まれていないのに、やっていたし、メアリは依然として、昏々と眠り続けていた。


 会議はまるで真空状態にでもいるような静けさで、雰囲気も何だか息苦しい。

 こういう時に、真っ先に発言するのは、メアリだったりする。そうすると、ティムが何の考えも無いように、へらへらと笑いながら、メアリの案に賛同していたものだ。当に付和雷同。

 その後は大体、二人の案に誰かが対案を出し、挙手による多数決。最後には、船長であるエミーの決定にみんな従うのだ。

 そんな風に会議がパターン化していたから、二人を欠いたこの会議は、まるで進まなかった。

 エミーは困り果てている様子だし、同時に焦ってもいる。


「ねぇ、タイス、何かいい考えない?」


ついに、彼女は名指しで発言を促し始めた。


「いい考えって言われてもなぁ」


「ジェイクは?」


 いい考えなんてもの思い付けなかったが、そのきっかけとなるかもしれない事を、何とか僕は口にした。


「対処法とかよりも前に、なんでティムがあんな行動をとっているか、それを知る事が先決なんじゃないか?」


それに対して、タイスが反論した。


「そんな事がわかるんなら、苦労はねーよ。ティムは喋らねーと思うがな」


「ティムの口を固く閉ざさせたのは、多分お前だぞ」


「何? 俺が何をしたって……」


彼は自らで、心当たりに出会ったらしい。身を縮めて、それ以上何も言わなかった。


「じゃあ、一旦会議を解散して、ティムの考えを聞かなくちゃいけないわね。誰に頼もうかなぁ」


エミーは、その場にいるみんなに視線を送り出した。

 一瞬、僕にも目が合う瞬間があったが、エミーが選んだのは、マリアンとカイだった。この二人なら、あまり警戒されずに済みそうだ。そういう意図が働いての任命だったのだろう。


「マリアン、カイ。聞いてたでしょう? お願いできる?」


「任せて」


「任せろー」


 幼い姉弟の元気な声が、陰鬱だった会議を終わらせた。

読んで頂き、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。

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