飲み込まれた言葉
いらっしゃいませ。本日は、2555文字のお話です。メアリの容態、ティムの行動など。ぜひ読んでいってください。
ジョシュアが寄越した医者は、いわゆる闇医者ではなく、正規の医者のようだった。乗って来た船には、七海連合が診療船として認定した証が、しっかりと飾られていた。
僕は、安心と不安を同時に感じていた。
闇医者に看てもらうのは、やはり少し躊躇いがあった。
だが、正規の医者であるのなら、IDが必要になったり、通報されたりするという心配事もある。痛し痒しだ。
医者の見立てによると、メアリが倒れたのは過労によるものだそうだ。あと、若干貧血気味だという。それ以外は特に問題無く、命に別状は無いとの事。
その場にいたみんなは、胸を撫で下ろした。
医者は念の為にと、メアリに点滴を打ち、それが終わってから帰った。その直前、診療費についてエミーが聞くと、もう支払われているという答えが返ってきた。
僕とエミーは去り行く診療船を見送ると、メアリの部屋に取って返した。そこでは、ちょっとした騒動が起こっていた。
「ティム、お前、正気か?」
心底驚いているのが、タイスの声色でわかる。
「ああ、本気だよ?」
ティムはいつもと同様、軽い口調でタイスに返答していた。
部屋に入ってきた僕とエミーは、何がどうなっているのか、まるでわからない。
「どうしたの? タイス、ティムも」
エミーが、騒動の当事者と思しき二人に問い掛けた。
「エミー、聞いてくれよ。ティムの奴が妙な事をいいやがるんだ」
「妙? ティム、何を言ったの?」
僕とエミーの視線がティムを捉える。タイスは、そっぽを向いてしまっていた。
そんな中、ティムは特に何事も無いような様子で答えた。
「僕がメアリの代わりをする。そう言っただけだったんだけど、そんなに妙な事かなぁ?」
それを受けて、エミーは首を傾げ、タイスに目を移す。
「そんなに変な話じゃないと思うんだけど」
「エミー、よく考えてくれよ。こいつがやろうとしているのは、メアリの仕事を全部だぜ。掃除から料理から全部だ」
そう言ってしまうと、タイスはふて腐れたような表情を浮かべ、ティムに背を向けた。
エミーはティムとまっすぐ向かい合って、尋ねた。
「ティム、一人でやろうとしてるの?」
「そうだよ。何か悪い事があるのかな?」
ティムは珍しく、苛立っている感情を露わにした。
「どうして全部なの? みんなで手分けしてやればいいのに」
「それは……」
ティムは俯き、言葉に躓いた。
そこへ、タイスがいつものように、火に油を注ぐような発言をした。
「どうせ続かねーだろ」
「タイス! 今なんて言ったんだい?」
「続かねーって言ったんだよ!」
僕は見かねて言葉を挟んだ。
「お前ら、ここは病人が寝てるんだ。大声を出すのなら、外に出ろ」
「ジェイクのいう通りよ。それに、タイス。今のはあなたが悪いわ」
タイスは舌打ちをして、乱暴に扉を開閉し、部屋を出て行った。
ティムは、辛そうな顔で下唇を噛んでいた。
そんな感情を剥き出しにする彼を見るのは、初めてだった。
ティムは変わってしまったのだろうか。
人はそんなに簡単に、変わる事など出来ないと思っていた。しかし、現にティムは、別人のように働き者になった。
誰にも言われる事無く早起きして、みんなの着衣などの洗濯、その間に甲板の掃除、そして、朝食の用意。それが終わると、洗濯物を干し始めた。他にも色々やっているようだが、僕は全てを把握している訳ではない。
ただ、残念なのは、ティムの持ち得るセンスだ。彼の家事センスは、悪いが、メアリの足下にも及ばない。いや、人並み以下だ。
洗濯は洗濯機がやってくれる訳だから、センスなど関係ないかもしれないが、彼のケースでは、洗濯機の設定や洗剤の量など、細かなところでのミスが見受けられた。その結果、洗濯機は大量の泡を吐き出してしまった。
甲板の清掃では、バケツを何度も蹴倒して、そこら中を水浸しにした上に、デッキブラシを一つ海に落としてしまった。
料理は、みんなが一番心配していた。エミーもいつもの笑顔を引き吊らせながら、何度も、「料理だけは私がするから」と、説得したが、ティムは頑として聞かず、決行した。実際はまあ、想像していたのよりも、少し斜め下を行っていた。
その日の午後、ティムとメアリを除いた全員で、緊急の家族会議が執り行われた。議題は、ティムの処遇だ。
つまり、彼をどうすれば、円満に納得させた上で、家事をやめさせる事が出来るか、だ。
その間、ティムは普段使われていない部屋の清掃と修繕を、誰にも頼まれていないのに、やっていたし、メアリは依然として、昏々と眠り続けていた。
会議はまるで真空状態にでもいるような静けさで、雰囲気も何だか息苦しい。
こういう時に、真っ先に発言するのは、メアリだったりする。そうすると、ティムが何の考えも無いように、へらへらと笑いながら、メアリの案に賛同していたものだ。当に付和雷同。
その後は大体、二人の案に誰かが対案を出し、挙手による多数決。最後には、船長であるエミーの決定にみんな従うのだ。
そんな風に会議がパターン化していたから、二人を欠いたこの会議は、まるで進まなかった。
エミーは困り果てている様子だし、同時に焦ってもいる。
「ねぇ、タイス、何かいい考えない?」
ついに、彼女は名指しで発言を促し始めた。
「いい考えって言われてもなぁ」
「ジェイクは?」
いい考えなんてもの思い付けなかったが、そのきっかけとなるかもしれない事を、何とか僕は口にした。
「対処法とかよりも前に、なんでティムがあんな行動をとっているか、それを知る事が先決なんじゃないか?」
それに対して、タイスが反論した。
「そんな事がわかるんなら、苦労はねーよ。ティムは喋らねーと思うがな」
「ティムの口を固く閉ざさせたのは、多分お前だぞ」
「何? 俺が何をしたって……」
彼は自らで、心当たりに出会ったらしい。身を縮めて、それ以上何も言わなかった。
「じゃあ、一旦会議を解散して、ティムの考えを聞かなくちゃいけないわね。誰に頼もうかなぁ」
エミーは、その場にいるみんなに視線を送り出した。
一瞬、僕にも目が合う瞬間があったが、エミーが選んだのは、マリアンとカイだった。この二人なら、あまり警戒されずに済みそうだ。そういう意図が働いての任命だったのだろう。
「マリアン、カイ。聞いてたでしょう? お願いできる?」
「任せて」
「任せろー」
幼い姉弟の元気な声が、陰鬱だった会議を終わらせた。
読んで頂き、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。




