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暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第四章
28/51

クロードという男

いらっしゃいませ。今日のお話は、2451文字です。ぜひ読んでいってください。

 目が覚めた時、辺りは真っ暗で、部屋の明かりさえ灯っていなかった。

 僕はベッドを降りて、窓の前まで行った。星すらも瞬いて、真っ暗な海面は鈍色に薄く光っていた。

 今、何時くらいだろうか。部屋の壁を隅から隅まで見回すも、時計は掛けられていなかった。

 そういえば、上段のベッドに、クロードの気配は無い。一時、食事に行っているのかと考えたが、外の暗さからしてもう夕食の時間は過ぎてしまったに違いない。どうやら、ずいぶん寝過ごしたらしい。


 急に空腹を感じた。今日は、昼も夜も食事をとっていないのだから当然だ。

 僕は部屋を出た。廊下の明かりは、壁の高い所に設置された小さな常夜灯だけで、足下がよく見えない。

 少し大きめの波に乗ったら、呆気無く転んでしまいそうだ。その為、僕の歩みは、自ずとゆっくりになった。

 前方から物音がしたような気がした。立ち止まって耳を澄ますと、もう一度さっきと違う物音があった。

 二回目で、音の正体がわかった。ドアの開閉音だ。やがて、誰かの足音が響き始めるだろうと思っている間に、その通りになった。

 カツカツと速めの足音がこちらに向かって来た。シュトライフ先生だった。


 彼女はこちらに気が付くと、一瞬驚いたような表情を作ったが、すぐにいつもの厳格な顔に戻って、言った。


「ジェイクではないですか。こんな時間に何か?」


「今、何時ですか?」


「先程時計を見た時で、午前三時を過ぎた頃でした」


 自分がかなり長い間眠っていた事に、軽いショックを受けた。

 僕はまた窓越しに外を見た。午前三時の風景が目に焼き付いていく。


「疲れていたのですね。夕食の際、クロードが何度か起こしたのですが、結局目を覚まさなかったそうですよ」


「クロードといえば、今、部屋にいないんです」


「お手洗いでは?」


何となくそうではないような気がしたが、僕は納得した振りをした。


「では、私はもう行きます。あなたもあまり遅くならないように」


シュトライフ先生は僕の横を通り過ぎ、ずっと向こうの突き当たりまで歩いていった。どうやら、一番奥の部屋に入っていくらしい。


 背後で扉の閉じられる音がすると、僕はまた前に歩き始めた。突き当たりにある院長室のすぐ横から、甲板に出られるようになっていた。

 だが、今は施錠してあって、外に出る事は出来ない。思えば、そうなっていて然りだ。こんな真っ暗闇の中、甲板からうっかり落っこちてしまえば、救助するのは非常に困難だ。

 逆に、スタルト艇のように、夜でも外に出られるというのが、危険なのだ。

 僕は行き場を無くし、自室へ引き返した。


 ドアを開けると、部屋の中から寝息が聞こえてきた。上段のベッドでは、クロードが眠っていた。

 廊下ですれ違ってはいないのに、一体どこから出て来たのか。もう、考えるのも面倒だったので、そのまま下段のベッドに倒れ込んだ。


 その夜は眠る事が出来ず、日の出が訪れても目は冴えたままだった。



 朝食の時、シュトライフ先生から、この船の全クルーの九人を紹介された。既に名前を知っていたシュトライフ院長、ロジャー、それに、クロードを除くと、残りは六人の孤児達。彼ら六人は皆、まだ十歳にもなっていなかった。

 その子供達の名前は追々覚えていく事にした。双子がいないだけ、顔と名前を一致させるのは、幾分楽かもしれない。


 食後、僕は昨夜に出損ねた甲板へ行った。船の舳先に立ち、一八〇度以上の大パノラマの海と空をこの目にした。

 水平線の手前に大きな貨物船が一隻、走っている。それ以外は、本当に何も無い大海原だった。

 実は、ほんの少しだけ期待していた事があったが、それは夢幻だったようだ。


「何か探してるのかい?」


突然背後から、クロードに話し掛けられた。僕は、危うく舳先から海に落下しそうになった程、驚いた。


「クロード……脅かすな」


「ごめんごめん」


 僕は落ち着き払った振りをした。実際はまだ、心臓の脈打つ速度は、先に驚かされてから変わっていない。


「何か用なのか?」


「違うよ。単に甲板に出ていくジェイクを見掛けたから、こっそり跡をつけたんだよ。どうだい、趣味悪いだろう」


クロードは自信満々で奇妙な事を言った。


「ああ、本当に趣味が悪い」


クロードはそれを聞いて、げらげらと笑った。


 彼は落ち着きを取り戻すと、再度さっきと同じ事を聞いた。


「それで、何か見つかったの?」


「貨物船がな」


「貨物船を探してたの?」


「そんな物、探してない。というか、どうして僕は何かを探している事になっているんだ、お前の中で」


「うーん、そういう風に見えたんだけどなー」


 僕は正直、少しばかり焦っていた。彼の言う通りだったのだから。


 探していたのは、スタルト艇だった。あの大きくて不格好な図体は、水平線ギリギリを航行していてもわかる。

 しかし、実際はどこにも見当たらなかった。

 それにしても、クロードは鋭いところがある。

 雰囲気だけで、僕の心の内を的中させた。そうで無ければ、僕が余程何か探し物があるような表情や空気を作っていたという事になる。

 何れにしても、クロードに対して警戒心を持つに超した事は無いようだ。


「自室に戻る」


僕がそう言って、クロードの元を離れようとすると、「あ、オレもー」と、彼も着いて来た。


 船内に入った辺りで、僕は彼に向かって言った。


「着いて来るなよ」


すると、クロードは、小走りで僕の前に飛び出した。そして、「着いて来るなよ」と、言い放ち、僕の前を歩き出した。

 何なんだこいつは。僕はそう思った。

 ただ、彼の表情や動作は決して悪気があるようには見えない。いわゆる、『憎めない奴』とでも言えばいいのだろうか。


 クロードは立ち止まった僕を他所に、自室へ入っていった。

 僕はどこか別の場所に行こうかと迷ったが、行く場所が思い付かなかった。この船には、無駄な部分が少な過ぎるのだ。

 結局僕は、既にクロードのいる107号室へ戻るしかなかった。


 戸口で、僕は一度、窓の方を振り返った。さっき見つけた貨物船さえもいなくなったその光景は、まるでこの船だけが世界に残された唯一の船であるような気さえして、僕は小さく身震いをした。

読んで頂き、ありがとうございました。新しい生活に戸惑い、神経質になってるジェイクでした。では、またのお越しをお待ちしております。

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