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暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第四章
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新しい居場所

いらっしゃいませ。今日のお話は、2452文字です。新しくやって来た船での一日目。ぜひ、読んでいってください。

 僕は、院長室でその部屋の主と向かい合っていた。

 院長である彼女の名は、コンスタンツェ・シュトライフ。見たところ、年齢は五十代くらい。レンズの小さな眼鏡を掛け、その奥からは厳しそうな視線が向けられていた。

 白黒の入り交じった灰色の髪を、頭頂部の少し後ろで結び、球体を作っている。真っ黒なカーディガンを羽織り、下には同色の長いスカートを着用していた。まるで、喪服のようだ。


 今、僕は様々な質問を受けていた。ここへ至るまでの経緯や、名前や年齢といった個人情報など。スタルト艇へ拾われた時の事が脳裏を過った。

 院長には、ここ数日で家族に捨てられた事にしておいた。つまり、スタルト艇にはいなかった事にしたのだ。

 それは、エミー達に迷惑が掛からないようにした、気遣いだけではない。

 僕が、この船に拾われる形でやって来た事を考えると、そうすべきだと思ったのだ。


「両親に捨てられた……。随分、辛かったでしょうね」


シュトライフ院長は、厳しかった視線に哀れむような感情を乗せた。


「そんな事は……」


僕は曖昧に否定した。

 脳裏には、僕なんかよりも遥かに不幸な生い立ちの子らの顔が浮かぶ。

 死した最愛の母親と数日間寄り添っていたメアリ。

 子を人とも思わぬ親に虐待されていたマリアン、カイ。

 後の三人の事は聞いていないが、きっと僕などよりも辛い過去があるに違いない。

 そんなみんなの事を考えると、自分が辛いなどとは到底言えなかった。


 院長は書類などに色々な事を記入し、僕に尋ねた。


「最後の質問です。これからどうしますか? この船に保護を求めますか?」


強制的な保護ではなく、あくまでもこちらの意思を尊重するやり方。孤児院とはそういうものなのだろうか。

 考えるまでもなく、僕の答えは決まっていた。


「保護を求めます」


 その時から、僕はこの孤児院の一員となった。


「ロジャー」


 シュトライフ院長は、部屋の外に向かって誰かの名前を呼んだ。

 すぐに扉は開かれ、大柄な男性が一人入ってきた。

 その男性は、僕をゴムボートまで迎えに来た人で、移動中、一切口を利かなかった為、僕は彼がロジャーという名前だと今初めて知った。

 そして、今もまったく口を開く事なく、院長に指示を与えられていた。


「彼を107号室へ案内してあげなさい」


ロジャーは返事の代わりに一礼して、部屋を出て行った。


「さあ、ジェイク。彼の後に着いて行きなさい」


僕は慌てて、ロジャーの後を追った。

 彼はこちらの事などお構い無しに、自分の大きな歩幅で歩いていく。その後を追うのは大変だったが、気が付くと廊下は一本道で、通り過ぎる部屋には101、102と順番通りの札が付いていて、迷いようが無かった。

 一つイレギュラーだったのは、104の部屋が無いというくらいだった。


 107号室の前に立つと、ロジャーはドアを三度叩いた。しばらくすると、中から人が出て来た。赤茶色の髪と、濃い鳶色の目をした若い男だ。


「何だい? ロジャー」


ロジャーは何も語らず、僕の方に視線を移した。

 自然と、出て来た男もこちらを見る。事情というか状況というかわからないが、そういったものを理解するのに彼は、少し時間を掛けると、急に笑顔を見せて言った。


「もしかして、新入り? オレはクロード!」


「僕はジェイク」


「よろしく!」


クロードは無理矢理僕の右手を掴み取り、握手を交わした。


 割り当てられた部屋は二人部屋で、スタルト艇でタイスといた部屋と比べると、狭い分だけ無駄なスペースが無く、何だか僕は落ち着いた気分になった。

 ベッドは二段になっていて、上の方はクロードによって使用されている形跡があった。後は、デスクとチェアーがツーセットある。

 僕は言われるまでも無く下のベッドに座り、そのまま後ろに倒れて仰向けになった。


「疲れたかい?」


クロードが戸口に立ってそう言った。

 事実、僕は疲れていた。特に、オールの漕ぎ過ぎで、両腕の筋肉痛が既に始まっていた。しかしながら。

 僕はクロードの問い掛けに、十秒くらいの間を挿して返答した。


「別に」と。


強がりのつもりなど毛頭無いが、説得力には欠けていただろう。

 クロードの笑い声が聞こえる。


「はははは、ジェイク。面白いね、君。ふふふふ」


そんなにおかしいことを言ったつもりも無い。

 僕は寝返りを打って、彼に背を向けた。


「ねー、今から船の中、案内しようか?」


「後でいいよ」


「疲れてるから?」


 僕は無言のまま、今度はクロードの方に寝返りを打った。彼はにやにやしながら、こちらを見ていた。


「わかった。頼むよ」


「よし、任せろー」


 僕はゆっくりとベッドから起き上がる。やはり、両腕が痛んだ。クロードはそんな様子を面白そうに見ていた。

 僕が立ち上がるのを見届けると、彼は満を持したように扉を開け放った。


「さあ、出た出たー」


そう言いながら僕を先に部屋から追い出すと、その後に彼自身が続いた。


 クロードは随分と馴れ馴れしい。そう思った。見た目からした年齢は、僕とほとんど変わらないように見える。並んで歩いてみてわかったのだが、身長だって彼の方がほんの僅かに高いだけだ。

 しかし、鼻の頭辺りに散らされたそばかすが、容貌の年齢を下げている。白いワイシャツの上に、ジーンズ生地のオーバーオールというこの服装も、敢えて幼く見せようとしているのであれば、効果的だと言えそうだ。


 一通り施設を見せてもらった。スタルト艇ほど無駄に広くはなく、それに平屋建てだ。最低限の施設しかなく、スタルト艇にあったプレイルーム兼会議室のような部屋は、存在しなかった。

 また、隅々まで修理が行き届いており、古い印象はほとんど受けなかった。


「ここにいるみんなの紹介は、食事の時に、シュトライフ先生がしてくれるよ。さあ、部屋に戻ろうか」


僕等は再び107号室へ帰った。

 部屋に到着すると、僕はもう限界だった。何がというと、疲労だ。

 僕はベッドを前にしてそのまま倒れた。


「やっぱり疲れてたんじゃないか」


クロードのそんな声さえ、夢に落ちていく直前の心地よい囁きのように聞こえてしまう。

 僕は圧倒的な力を手にした睡魔の前に、あっけなく陥落した。

読了ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。

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