右手の包帯
いらっしゃいませ。今日のお話は、2088文字です。ぜひ、読んでいってください。
夕食のアナウンスがあって、僕は食堂へ入った。
まず、目に飛び込んで来たのは、一人走り回っているカイ。いや、右手に包帯を巻いているからマリアン。
あれ? リボンが付いていない。とすれば、やっぱりカイか。待て待て、カイと入れ替わっているマリアン……。
ややこしい、どっちなのだろうか。
「どうしたの?」
後ろから突然に声を掛けられ、僕は若干驚きながら振り返った。エミーだった。
その右手には、しっかりと握られたもう一人分の左手。髪には青いリボンが結ばれ、右手には包帯を巻いていた。
マリアンだ。
という事は、食堂を一人駆け回っているのは、カイなのか。
僕は混乱をきたしながら、カイとマリアンを交互に見た。
その様子に、エミーは僕の脳内でどういう事が起こっているかを察してくれたらしく、解説をしてくれた。
「カイも怪我したのよ、右手の甲を」
「へ?」
間の抜けた反応をしてしまう僕を横目に、マリアンはエミーの手から離れ、カイと一緒に走り回り出した。
取り敢えず、カイもマリアンも元気のようだ。
後ろから続々と人が入ってくるので、僕も潔く席に付いた。
カイが怪我をした事に騒ぐ者もいない事から、皆既に知っているのだろう。僕は甲板で時間を潰していた為、ただ一人知らなかったのだ。
その後、不思議なくらいしめやかに、食事の時間は過ぎ去った。
しかし、カイの怪我については、解せない事が多い。
何故このタイミングで、マリアンと同じ場所を怪我したのか。誰も何も言わなかったが、不思議に思っているのは僕だけではない様子で、自然とカイの右手の包帯に視線を奪われている者がちらほらといたのを、僕はしっかりと見ていた。
食堂を出て、僕は自室へ戻ろうとしていた。そこへ、エミーが走って追いかけて来た。
僕の前に立ち止まると彼女は、前屈みになって両手を膝に付いて、項垂れつつも乱れた呼吸を整える為に、深呼吸をした。
呼吸の度、眼前で微かに揺れる彼女の長い髪から、良い匂いが風に運ばれてきて、僕は何故かわからないが、思わず顔を背けるという行動に出てしまった。
エミーは前屈みの体勢のまま、顔だけをあげてこちらを見た。
僕は顔を横に向けたまま、「何か用なのか」と、ぶっきらぼうに言った。
「ジェイク。ちょっと話があるの。船長室に来てくれる?」
僕は一瞬、ティムに言ってしまった件が、彼女の耳に入ったのだと考えたが、その心配はすぐに払拭された。
カイがエミーの後を追って駆けてきたのだから。
僕は彼女の後を歩き、カイは不機嫌そうな顔をしながらも、エミーに手を取られ、引っ張られるようにして船長室へやって来た。
僕とカイは長椅子に並んで腰掛けたが、エミーはどこにも座ろうとはしなかった。その事が、僕をほんの少し不安にさせた。
エミーは厳しさを滲ませるように両手を後ろに回して、カイの名を呼んだ。
「カイ」
「なぁに、エミー」
カイは少しふて腐れたように、頬を膨らませたまま答えた。
「その右手、どうやって怪我したの?」
「さっきも言ったらないかぁ」
「私は本当の事を聞いているの」
カイは押し黙った。
エミーはまるで尋問官にでもなったかのように、降って湧いた沈黙の中、周囲直径二メートルくらいの領域内を、ゆっくりと行ったり来たりして、カイの次なる言葉を待った。
ところで、僕は一体何故この場に呼ばれたのか。この部屋に来て、僕は何もしていないし、喋ってもいない。ただただ、居心地悪く身を縮ませているだけだ。
横で、カイが息を吸い込む音を、僕は聞いた。
「勝手に出来たんだもん、あたし知あないもん!」
それだけ言い捨てると、カイは急に立ち上がって、走って部屋を出て行ってしまった。
その後ろ姿を見送りながら、僕は初めて発言した。
「どういう事なんだ? 勝手に出来たって?」
エミーは深々と溜め息を吐いた。
「聞いての通りよ。カイはあの右手の怪我が、自然に出来たって言ってるの。そんな事、聞いた事ないでしょう?」
実は、無い事も無かった。
「スティグマ……」
「え? 何、それ」
「聖痕って言って、自然と傷が浮かび上がってくる事があるらしい。神の啓示だとか」
またしても、深々と溜め息を吐くエミー。
「カイが神の啓示を受けたっていうの?」
それは確かに似つかわしくない。僕は何も答えなかった。
「どう思う?」
エミーは縋るような目を向けた。
「偶然では片付けられないよな。だとしたら……」
「私、カイ自身が付けた傷なんじゃないかと思うの」
「自傷って事か? どうしてカイがそんな事を」
「理由はわからない。だけど、傷口が一つじゃなくて、小さいのが幾つもあったから」
「それは、躊躇い傷って言いたいのか?」
エミーは首をゆっくり横に振ったが、否定しているというよりも、どうしていいかわからないという意味を含んでいるように思われた。
「ごめんなさい、ジェイク。私から呼んでおいて何なんだけど、一人にしてくれる?」
「ああ」
僕が呼ばれた理由。彼女は話を聞いて欲しかっただけなのかもしれない。
立ち上がり、僕はドアの前に立った。そして、一度だけ振り返り、エミーの様子を確認した。どうやら、何か迷っているようだ。
僕は言った。
「何かあったら、遠慮なんかするなよ」と。
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