双子のゲーム
いらっしゃいませ。今日のお話は、3656文字です。ぜひ読んでいってください。
二つに分かれた意識が再び出会い、融合する。
そのように表現しているが、単なるイメージでしかなく、実際にそういうことが起こっているかどうかはわからない。
急に現実的な視界が開け、立ちすくむ。
「ねぇ、ねぇって。ジェイク? どうしたんだよ」
唐突にティムの声が耳に届き出し、徐々に五感が働きを取り戻した。
僕は、さも考え事でもしていたかのように振る舞い、ティムに応えた。
「ぅん? 何て言ったんだ、ティム」
「もー、聞いてなかったのかい?」
「ちょっと考え事をしてたんだ、悪い」
「だからぁ、ここはやっぱり手分けして探した方がいいんじゃないかなぁ。暗くなっちゃう前に、見つけ出さないとぉ」
「そう……だな」
その方がいいだろう。色々と知られたくない事が、この先あるかもしれない。例えるなら、アニーと会話を交わしていた事なんかだ。
「……え?」
ティムは少し遅れて反応した。
「何が、え? だよ」
「いや、さっきは否定されたのに、今度はあっさり認めたからさぁ」
「状況が変わったんだ。じゃあ、僕はこっちに行くぞ」
「じゃあ、こっちはボクね。三十分後、一旦船に戻ろうよ」
「わかった」
僕等は一旦別れ、それぞれの担当する方へ向かって足早に歩き始めた。
僕の身体に残された方の意識は、香草の店を既に離れていた。香りはもう残っていない。
あの時はまるで、匂いがこのへんてこな能力を誘発したかのようだった。
だが、今はそれどころではない。
僕は頭の中に住み着こうとしていた考えを払拭して、今すべき事を頭の中に浮かべた。
さっき、アニーはコンサート中だと言っていた。それなら、広い場所に行けばいい。そこでコンサートは行われているに違いないのだから。
立て札に中央広場という文字がある。何だか広そうではないか。
僕はその立て札に従った。
斜陽で道行く人の影法師が長く引き延ばされ、それぞれが重なり合う事で、より暗さを感じさせた。もう、夜がすぐそこまで来ている。
やがて、耳心地の良い楽器の音が聞こえてきた。中央広場で間違いなかったようだ。
次第に、音像がはっきりしていく中、突如、主旋律を奏でる美しい声が響き始めた。
打楽器が打つリズムと弦楽器の軽快な響きは、演奏されている楽曲がアップテンポで明るいものだと暗に示しているのだが、アニーの歌声は、胸を締め付けるようなノスタルジーに満ち溢れている。
彼女の姿を目で捉えられる場所ではなかったが、既に僕の涙腺は刺激され始めていた。
人でごった返した広場は、それでも不思議な秩序に守られており、静かだった。皆が、歌い手アニーの歌に酔っているようだった。
そうか、と僕は気が付いた。彼女達はアーヴィング・ファミリーだ。
僕は少し離れた所で、彼女の歌う歌の行方を見守ることにした。
名残惜しくも歌が終わると、アニーは次の曲への合間でお喋りを始めた。それから、思い出したように、話題を変えた。
「ちょっとみんな、聞いていいかな。ある男の子が迷子になってしまったみたいなんだけど、誰か心当たりなーい?」
彼女は僕が伝えたカイの特徴を述べた。すると、数人の観客が次々と声を上げた。
僕はその人達の、全ての言動に聞き耳を立てた。
「俺、見たかもしれねー。こんな子供が一人で何をしているのか、不思議に思ったんだ」
アニーは応える。
「それはいつでどの辺り?」
「俺は女の子かと思ったんだけど、それらしい子が一人で……」
「ああ、それなら俺も……」
それらの情報を纏めると、大体西側のエリアでの目撃証言が多い。
「ありがとう、みんな。アニー!」
思わず僕は、誰へとも無いみんなへ礼を言うと、後ろ髪を引かれながらも、広場を去って西の方へ向かった。
スタルト艇が停泊している港とは正反対の方角だった。
雨が降ってきた。温かい雨だ。
僕達はその頃、スタルト艇のすぐ目の前だったので、走って船に乗り込むと、そのままの勢いで船内へ駆け込んだ。
「ふー、ギリギリだったな」
「ぎりぎりで、アウトらねー」
そう言って「えへへ〜」と笑ったのは、カイだった。
僕はアニーのコンサート会場を後にしてすぐ、カイを発見する事が出来た。
彼は、人通りの殆ど無い道中のベンチの上に横たわり、小さくなって眠っていたのだ。
余程疲れていたのか、呼んでも揺すっても目を覚まさないので、途中まで背中に負って連れ帰った。
彼が目を覚ましたのは、ほんのさっきの事だ。
僕は背負っていたカイを床に下ろし、立ち上がって上体を後ろに大きく反らした。背骨が軽く爆ぜるような音がした。
「カイ!」
メアリの叫びが反響した。
彼女の姿は、廊下のずっと向こうにあったが、すぐ側から声を出したように聞こえた。
メアリとティムが駆け寄ってきた。
「もー、何してたの! 心配してたんだからね!」
その言葉で始まって、メアリはカイを叱り続けた。間もなく、カイは泣き出した。
「もう、その辺にしておきなよぉ」
ティムの提案は、メアリを少しだけ動かしたようで、声量と言葉から刺が徐々に取れ始める。
そこへ、すっかり忘れていた人物が、部屋の戸を開けて現れ、いつもより弱めの毒を吐いた。
「おい、うるせーぞ」
無論、タイスだ。
彼は、眠たそうな目をしながらやってくる。
「何してんだ?」
「マリアンとカイが脱走したんで、今連れてきた」と、僕は搔い摘んで説明した。
「何か省略し過ぎのような気がするな……、さっぱりわからん」
今度はメアリが丁寧に説明すると、「なるほどな」と言って、目の前のカイをじっと見た。
そして、眉間に皺を寄せて、「ん? こいつカイじゃねーぞ」と言った。
「は?」
僕は素っ頓狂な声を出して、タイスの目を見た。
すると、タイスは青いリボンの付いていない方の双子に言った。
「お前、マリアンだろ?」
「何言ってる。カイだろ」
僕は反論した。
すると、泣き止んだばかりのカイは、恨めしそうにタイスを上目遣いで見ると、言った。
「なんでいつもタイスにはバレるんだろー」
「こいつらしょっちゅう入れ替わってるんだよ。そういう遊びなんだろ」
タイスはそれだけ言うと、部屋に戻っていった。
「タイスの話、本当なの?」
メアリは今そこでマリアンとなった、双子の片割れにキツい口調で言った。
恐る恐るマリアンは頷いた。
マリアンは、無言のメアリに、どこへやら連れて行かれた。
僕が自室に戻ると、タイスはベッドに横になっていた。目は開かれている。降り続く雨を、窓越しに見ているのだろうか。
僕は、独り言のようにタイスへ話し掛けた。
「なぁ、いつからあの二人、入れ替わっていたんだ?」
すると、いつものように、「気安く話し掛けんじゃねーよ」と、憎まれ口を叩く。
僕はもう慣れていたので、何とも思わないのだが、それが返って彼を不機嫌にさせるのだ。
しばらく待っていると、タイスは自ら折れて、僕の質問に答えた。
「少なくとも、お前がこの船に乗って来やがった時には、もう入れ替わってたな」
「それからずっとなのか?」
「ずっとだろうな。バレるまでは続けるっていうのがあいつ等のルールらしい」
僕はバングルが無くなった事件で見た、マリアンを思い出す。あの時、リボンの有無で判断したのだが、入れ替わっていたのだとしたら、あの時のマリアンはカイだったという事になる。
という事は、タイスが庇っていたのも、マリアンではなくカイの方だったのか。しかも、それをタイス自身は見抜いていた上で、庇っていた。
ややこしくなってきたが、一つ気になる事がある。それは、タイスがどうやってあの二人の区別を付けているのかという事だった。
「なぁ、どうやってあの二人を見分けてるんだ?」
タイスは問い返した。
「お前はどうやって、見分けたつもりになっていたんだ?」
「僕はリボンの有無で見分けるんだって、いつかの夕食の時に聞いたぞ。あと、自分の事を『僕』って言うのがマリアンで、『あたし』がカイだって」
彼はハッと鼻で笑って、如何にも馬鹿にしたような口調で言った。
「それは素人の見分け方だ」
「素人も何も、みんなそう言ってたんだって」
「あいつらの入れ替わりはな、結構年季が入ってるみてーだ。当然、こっちがリボンと一人称で区別してるっていう情報は持ってやがるからな、入れ替わった時には、カイがリボンを付けて、『あたし』って言ってる」
「随分ややこしいな。そろそろ、質問に答えて、どうやって見分けるのか、玄人の意見を聞かせてくれ」
「はぁ? そんなもん一目瞭然だろ!」
「じゃあ、どうやって?」
「そうだなぁ……雰囲気?」
僕は全身から力が抜けて、膝から折れてしまいそうになった。
「全然一目瞭然じゃないぞ、それ。他には無いのか?」
「んー。ああ、そうだ。マリアンはメアリに怒られると泣くんだ。そして、カイはエミーに怒られると泣く」
「それは、随分限定的な見分け方だな」
「るっせーな。とにかく、俺は見たらわかんだよ!」
さすがタイス。実に不条理な理由だ。
僕は立ち尽くしたまま、複雑な感情を乗せてタイスをじっと見た。強いて言うなら、可哀想な目だろうか。
「うっ……。ふん、俺は寝る」
まさしく、ふて寝だ。
僕は、あの双子の確実な見分け方を、諦めるしかなかった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。