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暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第三章
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ハーブの香りと不思議な人

いらっしゃいませ。本日のお話は、2627文字です。前の二作品でも登場したあの人が出ます。ぜひ読んでいってください。

 マリアンを発見し、残るカイを探し歩いて、三十分くらいがさらに経過した。

 依然として彼は見つからないが、時折道行く人から、少しずつカイの目撃証言を得られるようになった。

 カイは一人でいるらしく、歩いていたと思うと、興味のあるものを見つけでもしたのか、発作的に走り出し、立ち止まったりしている姿が見られているようだ。

 彼自身には迷子の自覚が無いらしく、心細さに泣いているという話は一切聞かなかった。

 いっそ泣いていたりしてくれた方が探し易いのに、なんて不謹慎な思いが、僕の脳裏を何度か過った。


「ここはどの辺りなんだろうねぇ」


不意にティムが呟く。

 僕等は立ち止まり、辺りを眺め回した。周辺の店舗は、主に食料品を扱っている。

 おそらく、エミーはこの辺りまで買い物に来ていただろう。さすがに、彼女はもう船に戻っている頃かもしれないが。


 ティムも同じようにエミーの事を考えていたらしい。


「そう言えば、エミーって一人で大丈夫だったのかなぁ」


「安全面での話か?」


「いやー、そうじゃなくて。僕達、七人で暮らしてるじゃないかぁ。その七人がしばらく飢えずに食べていけるだけの食材を、買い溜めするって言ったんだよぉ?」


僕はティムの『一人で大丈夫』発言を少し勘違いしていたようだ。


「つまり、持ち運びの問題か? 一人で持ち帰るなんていうのは、さすがに無理だろうな。届けてくれるサービスとかあるんじゃないか?」


「うーん、でもお店の人って、一人しかいない事が多いみたいだよぉ」


「だったら、何回かに分けて持って帰っているとか?」


「それなら、一回くらいエミーとすれ違っている筈だよぉ」


確かにそうかもしれない。

 僕は黙り、考え込んだ。しかし、すぐにハッとなって気が付いた。

 そんな様子に、答えでも出たのかと、ティムは期待を込めた視線をこちらに向けてきたが、残念ながらそうではなかった。


「こんな事考えている場合じゃないぞ。今は、カイを探さないとだからな」


 ティムは少し残念そうにしながらも、納得して頷いた。

 二人はまた歩き始めた。


 食料品の区画も外れに差し掛かった辺りで、肉や魚の匂いに混じって、鼻に心地よくもつんとくる香りがあった。

 足を止めずに目を向けると、スパイスや香草を扱っている店から漂っているらしい。

 特別興味のある類いの商品ではなかったのだが、何故か気になる匂いがあった。

 僕は吸い寄せられるように、ふらふらとそちらへ足を向けていた。


「あれ? ジェイク、急にどうしたんだい?」

視界には入っていないものの、木の板を踏み叩く音と共に、ティムの声だけが背後から聞こえてきた。


「どうしたのぉ?」

ティムは、僕の後に続いて屋台の商品棚の前に立つ。

「ジェイクって、こういうのに興味があるのぉ?」

僕は答えなかった。というよりも、答える余裕が無かったのだ。


 僕の意識は半分に分かれて、片方が身体を抜け出そうとしていたのだ。

 しかも、その時は、きっかけのようなものがあった。

 こういう事は初めてだった。

 僕の意識の半分は、とある匂いに誘われた蜜蜂のように、遠いどこかへ飛んでいった。

 匂いはとても爽やかで、ほんの僅かな苦みを鼻の奥に残していった。



 目の前の椅子には、虚ろな目をした綺麗な女性が座っていた。

 微動だにしない彼女は、まるで、人形のようだった。

 後ろには、その女性と少しばかり似た感じの、年配の女の人がいた。

 ふと、目の前のそれが鏡だと気が付いた。


 女性は不意に何かを口走った。


「え、何?」


後ろから声が聞こえた。

 年配の女性は声を聞き逃していたらしいが、僕にははっきりと聞こえていた。

 彼女は確かに、「誰?」と呟いたのだった。

 だがしかし、どこに向けての「誰」だったのか、僕にはわからなかった。


「うううん、何でもない」


 女性は、後ろにいて髪型を整えている年配の女の人へ答えていた。


「そう。アニー、心ここに在らずって感じだけど、どうかしたの?」


僕の視線の先にいる女性は、アニーというらしい。


「大丈夫よ、イネスおばさん。ちょっと、お客さんが来たみたい」


イネスは扉を見て、答えた。


「誰か来た? 気付かなかったけど」


「あっ、うううん、そっちじゃ……ないんだけど」


アニーの声は徐々に小さくなった。

 すると、イネスは深い深い溜め息を吐いて、言った。


「またそっち関係なのね……」


「ごめんなさい。少し、一人にしてくれないかしら」


イネスは少し惑いながらも、小さく頷いてから、言った。


「三分で終わらせてくれる? もうすぐ、インスト終わっちゃうからね」


「本当にごめん、おばさん」


 イネスはアニーの両肩を同時にパンっと叩き、部屋を出て行った。

 僕は何も理解できないまま、その時まで状況を見守っていた。


「さ」


アニーは自身以外人のいない空間で、誰へともなく何かを促した。

 沈黙が訪れた。


「もしもしー。私の体の中に入っている誰かさん? あなたは一体誰なのかなー?」


僕は目の前に雷が落ちた位の衝撃を受け、存在しない筈の腰を、危うく抜かすところだった。


「あ、驚いてるー? 大丈夫、大丈夫。怪しい者じゃないから」


僕は俄に信じられない思いのまま、試しに自分の名前を口に出して言った。


「ジェイク」


「なるほど、ジェイク君か」


聞こえた。こちらの声が届いたのだ。


「ジェイク、私に何か用があるんじゃないの?」


「アニーさん」


「さん付け不要」


「……アニー。僕は、この変な能力をコントロールできていない。だから、別にあなたに用があった訳じゃないんだ。多分、偶然なんだ……と思う」


「うーーーん。そうなのか。でも、何かわからないけど、君からは逼迫した雰囲気が伺えるね」


「今、ここにあるのとは別の、もう半分の意識で人探しをしている」


「ほうほう。どんな人? 彼女?」


「違う。その……か、か、いや……訳あって厄介になっているファミリーの子だ」


「特徴は?」


「探してくれるのか?」


「それは無理。今はコンサート中だからね。だけど、見掛けた人がお客さんの中にいるかもよー?」


「本当か?」


「保証は出来ないけど、聞いてみるよ」


「その、ありがとう。名前はカイ、ブロンド髪の五歳の男の子だ。一人で移動しているみたいだ」


「オッケー。おっと、そろそろ三分かな?」


扉が開かれ、厳しい顔をしたイネスが入ってきた。


「アニー、もう時間切れよ」


「あ、おばさん。丁度今終わったところ」


徐々に意識がアニーから抜けていくのがわかった。


「さあ、早く出なさい」


それがアニーの口から発せられたのか、それともイネスが言ったのか、離れゆく意識の中にあった僕には、判然としなかった。

読了ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。

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