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暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第三章
17/51

厄介事は友を連れて

いらっしゃいませ。今回のお話は、3414文字です。どうぞ読んでいってください。

 カーテンの隙間から差す暖かな光の筋と、微睡むようなみんなの談笑に包まれる食堂。

 食事を終えるとエミーは、立ち上がって手を二回叩いた。

 みんなの会話が遮られると同時に、注目が集まる。


「今日はお買い物の為に、商業海域へ向かっているんだけど。ジェイク、ティム、タイス。お買い物よろしくね」


呼ばれた三人の内二人は無言のまま、ほぼ同時に頷いた。その代わりに、顔を背けて舌打ちを放ったのが一人。

 誰と言わなくても、わかって頂けると思う。

 エミーは言葉を続けた。


「あと、メアリはお留守番お願い。それと、マリアンとカイの事も」


「はい」


メアリは凛然とした声で返事をした。


「僕達が何ー?」


間延びした声を上げたのはマリアンだ。


「マリアンとカイも、お留守番よ」


そうメアリが答えた。

 途端に不平を漏らす最年少組。


「えー」


「そんなー」


どっちがどっちの声だか判別が付かない。

 その後もごね続ける二人の姉弟の声に被せるよう、タイスが発言した。


「エミーはどうすんだ?」


「私もあなた達と同じでお買い物よ。ただ、買うものが食料品ってだけ。買い貯めしておかないといけないから、ね」


「そうか」


タイスはそれだけ呟くと、再びプイッとそっぽを向いた。

 エミーは少しだけ不思議そうに、タイスへと視線を注いだが、すぐにみんなの顔を一人一人見て、笑顔を浮かべて両手を胸の前で組んだ。


「じゃあ、解散ね」



 食事の間、波に任せて漂うだけだったスタルト艇が、再び能動的に動き始めたのは、みんなが食堂を出てから十分くらい経った頃だった。


 それから間もなくして、水平線の上空に、海鳥の群れと巨大な白亜の船が見えた。

 空を飛び交う海鳥の群れは、そこに人が多く集まっている事を示していた。

 僕は当初、巨大船がアルバ商業海域だと思い込んでいた。が、さらに時間が経過して近づくと、先に見えていた純白の城は、かつて僕が訪れた事のある、ATLASであるとわかった。

 本当のアルバが水平線に浮かんだのは、それからまた時を経てからの事だった。

 その時点で、船内の時計は大体二時に針を合わせていた。


 少々一般の船よりも大きめの我等がスタルト艇は、アルバ商業海域の一般的な船着き場には停泊できなかった。

 係員の話では中、大型船用の港があるというので、案内されたままその場所へ移動し、やがては停泊した。

 そこは、喧噪渦巻く中心部から隔てられ、静かでがらんとしていた。

 かつて客船の別館であった船を流用した、スタルト艇のような大きさの船は、珍しいのだろう、他に泊まっている船は無かった。


 メアリに見送られながら、船から降りた四人は、早速一と三に別れて、買い物を始めた。

 双子の姉妹は、留守番という処遇に気分を損ねたのか、見送りにさえ出てこなかった。


 建材の類いを取り扱っている店の在処は、エミーから預かったMIDでわかっていた。

 三人が、地図通りに歩き、リストの物を全て買い終えるのに、そう時間は必要無かった。


「よし、これで全部揃った。帰るぞ」


 僕がそう言い終えると、間髪入れずにタイスが言う。


「おい、どうして俺は釘やネジみたいな小物を持たされてるんだ?」


「何だよ、タイス。そんな物さえ持ちたくないのか? それじゃ、来た意味ゼロだろ」


「いや、そうじゃねー。お前等は木材やらトタンやら重そうな物もって、俺は役立たずみたいに小物を持たされてる。何となくだけどな、不愉快な気がするんだ」


「それは……木材もトタンも重くて大きいから」


「重くて大きいから何なんだよ」


「だって、お前、三人の中で一番小さいだろ?」


「ジェイク! それは禁句……!」


「え?」


 僕がティムに向き直り、間の抜けた返事をした時、すぐ横からジャラジャラと音がしたかと思うと、釘やらネジなどの小物が、足下に転がってきた。

 目線を上に向けると、いきなり半べそ状態のタイスが、茫然自失でつっ立っていた。

 そして、次の瞬間。


「くっ……くそーーーっ!」


そう叫びながら、タイスは脱兎のような勢いで走り去った。


 後に残された二人は、何も言わずに木造の桟橋に転がり落ちた釘やネジを拾った。

 それが終わると、ティムはジェイクに言った。


「タイスは背が低い事、相当気にしてるんだよぉ」


「そうなのか? 探して謝った方がいいのかな」


「うーん、今はそっとしておいてやるべきだと思うなぁ」



 タイスが行ってしまった後、すぐに厄介事が舞い込んできた。留守番係のメアリを連れて。いいや、その逆か。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」


合流するなり、メアリは深々と頭を下げた。

 マリアンとカイがいなくなったのだ。


「いやいやぁ、あの二人をメアリ一人でお守りするなんて、初めから無茶だったんだ。だから、顔、上げなよぉ」


ティムは、多分優しさでそう言ったのだろうが、微妙な言葉だ。下手をすると、メアリは、低能だと言われているように捉え兼ねない。

 事実、彼女は懸念されていた方の解釈をしたらしく、キッと目を細めてティムを睨むと、言った。


「悪かったわね! どうせ私は無能ですよーだ!」


 ティムはなんで怒られているのか、おそらく理解していない。だから、こうして混乱し、あたふたしている。


「二人とも」


僕は二人の間に割って入って、今にも燃え上がりそうな炎を消そうとした。


「今はマリアンとカイを探す事が先決だろ」


「そ、そうだよ」


ティムも賛同するが、それは当然だろう。

 メアリは怒りの矛を一旦取り下げた。


「じゃ、三人で手分けして探そう」


ティムはそのように提案したが、僕の考えは違っていた。


「手分けなんてしてしまったら、三人が三人とも迷子扱いされると思うんだけど。ここは三人揃って探した方が、危険が少ないんじゃないか?」


「……確かに。私達、ここの土地勘が無いからね」


メアリは納得してくれた。


「それなら、早速行こうか」


ティムは、呆気無く自分の提案を仕舞い込むと、何も無かったように適当な方向を指差して、ずんずん歩き始めた。

 僕は無言でその後に続いた。


「ちょっと、二人とも置いていかないでよ!」


メアリは、小走りで僕の横に立って歩幅を合わせてくる。そして、小声で囁く。


「ティムっていつもこうなの」


「こうって?」


「自分の意見をすぐに曲げちゃうんだ」


 そういえば、と思った。


 しばらく歩いて気付いたのは、いつの頃からか僕が先頭になっていたという事だった。種明かしは実に簡単で、ティムが歩く速度を調節して、じわじわと後退していたのだ。


 探し始めて三十分くらいして、そこら中を満たしていた人の群れの中に、鮮やかな青色のリボンを、メアリが発見した。


「あれ、マリアンじゃない?」


指差す方には、木彫りの置物を取り扱っているお店の前で、何かに魅入られているらしい少女がいた。

 少女の小さな両手には、動物の置物が乗せられている。どうやら、三日月のようで、尚かつ流線型のフォームは、どうやらイルカのようだ。

 イルカの置物に目を輝かせている少女は、横顔が見えた瞬間にマリアンであるとわかった。


「マリアン!」


メアリがそう叫ぶと、少女は夢から覚めたようにハッとして、声のした方を見た。

 マリアンは咄嗟に手の上の置物を店主に投げて返すと、メアリから逃げようとした。

 しかし、僕とティムは既に、人々の間を縫ってマリアン確保に動いていた。

 僕は彼女の進行方向に立ち塞がり、方向を変えた方にティムが立った。そうしているうちに、メアリが背後を押さえる。

 マリアンはとうとう観念したらしく、項垂れた。


「マリアン、カイとは一緒じゃなかったのか?」


僕は周囲にいないか見回しながら、彼女に尋ねた。


「初めは一緒らったけどね、いなくなっちゃったの。にひひー」


「心当たりとか無い?」とメアリ。


「わかんない」


 僕は一旦、マリアンを船に連れて行く事を提案した。


「じゃあ、私が連れてく」

と、メアリが連れて行く事になった。


「ああ、頼む」


「メアリ、途中で逃げられないようにねぇ」


ティムがへらへらしながら言った。


「あんたは一言多い!」


メアリの怒りを誘うだけだった。


 彼女はティムに向けた表情を、「さっ」と音がしそうなくらい変貌させて、マリアンに顔を向けた。僕にはその表情が単なる笑顔に見えいたのだが。


「さあ、マリアン、船に戻りましょうねー」


「メアリお姉ちゃん、目が笑ってないよ」


「そんな事無いわ、ふふふ」


僕等が今来た道を、メアリとマリアンが手を繋いで歩いていく。

 ティムが、ぼそりと独り言のように言った。


「子供は正直だねぇ。僕には言えないよ、目が笑ってないなんてぇ」


僕は、無言でそれに頷いた。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。

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