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暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第三章
16/51

お使いを頼まれる

いらっしゃいませ。今回のお話は、2521文字です。ぜひ、読んでいってください。

 操舵室は、舳先の少し手前にある個室だった。船室から見ると、食堂よりもさらに向こう側となる。

 僕は甲板からそのまま歩いて舳先へ向かった。


 操舵室の前に来ると立ち止まり、小さな窓から中を覗き込もうとしたが、窓は白い傷が無数に走っていて、中の様子を窺い知る事はできない。

 初めて訪れる、この船の中枢。

 ノブの取っ手を掴んで下に押すと、ガキッという重厚な音と共に、振動が腕に伝わってきた。

 ドア自体はさほど重くはないのだが、錆び付いているのか、動かす度にギイッと大きな音が鳴る。

 当然、中にいたエミーはこちらの存在に気が付いた。


「いらっしゃい、ジェイク」


「何か用があるって聞いたんだが」


 ぶっきらぼうなタイスの言葉の中に、『用事がある』なんて内容があったかどうか、よく思い出せないが、適当にそう言っておいた。まぁ、呼び出すくらいなのだから、用ぐらいあるだろうと。


 エミーは、船を操るハンドルから手を離した。

 ハンドルは、一時期流行った大昔の操舵輪タイプとは異なる、小さくて質実剛健といったシンプルなものだ。

 僕は、そんな彼女の両腕に、あまり意識する事なく注目していた。利き腕がどちらか、つい気になってしまっていたのだ。


 エミーは亜麻色の、腰くらいまである長い髪を翻しながら、こちらに体ごと向いて、言った。


「頼み事があるの。ティムとタイスを連れて、お買い物をして来てくれる?」


「三人で? どうしてその二人がここにいないんだ?」


 エミーは、無意識でだろう、右手で髪を搔き上げる仕草をした。


「二人には、リーダーのジェイクが伝えてくれる?」


「僕がリーダー? そういうのは副船長のティムが適任じゃないか?」


 彼女は顎の下に右手の人差し指を当て、首を傾げながら言った。


「でもー、ティムよりもあなたの方が五つも年上なのよ? うーん、何なら、今この瞬間に副船長をジェイクに交代させてもいいんだけど、どう? 彼、いつでも辞めたがってたし」


「……僕は一時的に乗ってるだけなんだから、副船長にする必要は無いよ」


 彼女は両手を胸の前で合わせると、満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、お願いできる?」


もはや、断れる雰囲気ではない。僕は溜め息を吐いて、小さく頷く代わりに、聞いた。


「どこで何を買ってくればいいんだ?」


「場所はアルバ商業海域って言う所。ここから一番近い商業海域なんだけど、知ってる?」


「いいや、聞いた事無いな」


「そうなの。買って来てもらうリストはこれに入ってるから」

そう言いながら、エミーは壁際の引き出しから一台のMID(モバイル情報端末)を取り出した。


「へぇ、MIDなんてあったんだな」


「これ一台だけだから、大事にしてね。あ、専用のキャリング・ケースを渡しておくわ」


MIDと同じ引き出しから、合皮のケースが出て来た。


「はい。じゃあ、ティムとタイスによろしく!」


 部屋を出たジェイクは、また溜め息を吐いた。

 見た限りでは、エミーの利き腕は右腕のようだった。



 タイスは甲板の真ん中にいた。何故かはわからないが、所在無さげに同じ所を行ったり来たりしている。

 僕の方にはまだ気が付いていない様子で、時々立ち止まっては頭を掻きむしったりしていた。

 僕はそんな彼の奇行を見なかった事にして、黙って通り過ぎたかった。何しろ、関わりたくない。

 しかしながら、関わらないといけないのだ。


「タイス」


彼の名を呼ぶも、聞こえていないらしい。舳先の方から吹いてくる風に、声が消されてしまったのだろうか。


「おい、タイス!」


声量を上げて呼ぶと、彼は雷にでも打たれたように、ビクッとなって数センチ跳び上がった。


「び……びっくりさせんじゃねー」


「ちょっとここで待っててくれないか」


「なんでだよ」


「エミーから用事を頼まれた」


そう言うと、タイスは何かを言いたそうに上半身をムズムズさせたが、結局黙った。

 無言を納得したと無理矢理判断し、僕はティムの方を呼びに、副船長室へ向かった。


 ティムは、部屋で夢の中にいた。

 僕が部屋に入ると、彼はすぐに目を覚ましたので、それほど深い眠りではなかったのだろう。けれども。


「やあ、フレデリックぅ。塩コショウのコショウだけを取り出すには、鼻を近づけて大きく息を吸い込めば……」


寝ぼけているらしい。

 僕は色々面倒臭くなって来たので、一切、訂正やツッコミをしない事に決めた。


「ティム、甲板まで来てくれ」


 彼は眠たそうに欠伸をした。


「ティムって誰? 僕はヨハネス・ハーパー……」


 夢の続きなのだろうか。だとするなら、どういった夢なのか、気にならないといえば嘘だが、訂正やツッコミはしないと、もう決めたのだ。


「ヨハネス、こっち来い」


僕は彼の腕を取ると、強引に引っ張っていった。


 甲板に揃った二人を前に、僕は最低限の説明をした。

 早速、タイスが口を開いた。


「ふざけんじゃねー! なんで俺がお前等と仲良くお使いなんてやらなくちゃいけねーんだ!」


 僕は遠い目をして、お決まりとなった彼の文句を聞き流すと、次の言葉を棒読みにした。


「はいはいわかったわかった。んで?」


「馬鹿にしてんのか? お前」


「別に」


このまま冷戦に突入しそうな雰囲気の中、拍子抜けする程お気楽そうな声が飛んだ。


「まあまあ、それより買い物なんて凄い久しぶりだなぁ。アルバ商業海域ってどういう所だろうなぁ」


もう、ティムは夢から覚めたようだ。


「極楽とんぼだな、こいつ」


タイスは呟く。


「何か言った?」


タイスは空しそうにティムから僕の方に視線を移し、言った。


「それで……何を買ってくればいいんだ?」


 何かを頼んだ時、タイスの口からは罵詈雑言ばかりが飛び出すのだが、最後には結局やってくれる展開が待っている。

 この男、素直ではないが決して悪人でないのは確かなのだ。


 僕はMIDを取り出して操作すると、リストを表示して二人に見せた。


「これは……!」


と、ティム。


「DIYだな」


と、タイス。

 木材や釘などがリストにはラインナップされていた。


「多分、色々壊れた場所を修理するんだろう」


 僕はMIDを腰にぶら下げた専用ケースへと仕舞いながら、そう言った。


「この間、お前とメアリがぶっ壊した床とかな。あのままだと、ちび達が落ちるのも時間の問題だしな」

タイスなりに心配しての言葉なのだろう。


「じゃあ、各自外出の準備をしてくれ」

読んで頂き、ありがとうございます。アルバ商業海域、またしても出してしまいました。次回、お買い物のお話となります。またのお越しをお待ちしております。

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