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暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第三章
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ジェイクの秘密

いらっしゃいませ。今回のお話は、2418文字です。第三章の第一話となります。ぜひ、読んでいってください。

 ふと気が付くと、僕は誰かの目を通して、ものを見ていた。


 目の前には一枚の画布。


 また、この景色か。


 そう。僕はこの風景を既に何度か経験していた。

 右手にはパレット、左手に絵筆。描くものによっては、刷毛の時もある。

 この人物は、左利きのようだ。少しも手使いに違和感が無い。


 鋭く尖ったような溜め息が溢れる。そこから性別を判断することは出来なかった。

 描かれる絵の方はというと、ぼんやりとした風景画。印象派とかいう括りになるのだろうか。


 僕がこの光景を時々見るようになってから、ずっと描かれているこの絵。もう、近い内に完成するだろう。

 ただ、一つ気になる事がある。

 稀にではあるが、筆が躊躇うような瞬間があるのだ。


 この人、本当は絵なんて描きたくないんじゃないか。


 そう思う。

 残念ながら、人の心を呼んだりする事は出来ない。だから、それも想像でしかない。


 また、溜め息が溢れた。

 それから、長い間瞳を閉じた。真っ暗な中に光の残像が踊り出す。

 そして、次にまぶたを開いた時、暗闇の中、天井がぼんやりと浮かんでいた。

 静かな部屋に、波音だけが響き渡っている。

 どうやら、今回はここまでらしい。


 僕は額の汗を右手の甲で拭い、溜め息を吐いた。

 窓から月の明かりが差し込んで、光と陰の織りなす名画を作り出している。

 それは、あの誰かが描いている絵には感じる事の出来ない何かを含んでいるように思われた。


 あんな絵、描いてちゃいけない。


 僕は突然そんな風に感じ、急に上体を起こした。

 その時、不意に尿意を感じ、トイレへと立つ。

 軋む床に、自然と忍び足となる。

 タイスを起こさないようにと気を使いながら、僕は考えていた。

 それにしても、どこかで見たような絵だった。


 戸を開けようとノブを握った時、何しろボロいものだから、上の方の蝶番が外れて落ちてきた。

 否応無く、金属の鋭い音が部屋に響く。


 しまった。


 けれども、タイスは静かなままだった。目線を彼の眠るベッドの方に遣ると、誰もいない。布団だけが半分捲られている。


「なんだ、いないのか」


わざと大きな声で呟くと、僕は部屋を出て行った。

 考え事の続きを始めると、タイスがどこへ行ったのかなんていう些末な事は、気にならなくなった。



 空は晴れ、波も穏やかな朝。

 珍しく船はエンジンを駆動させ、水面を切り裂き、波を立てて青を白く染めながら、どこへだかに向かっていた。

 目的や行き先については、まるで知らないし、然したる興味も無い。

 僕は遠くを眺め、考えていた。

 昨夜の光景がただの夢であればいいのに、と。


 僕には少々厄介な秘密がある。昨夜経験した事と大いに関係のある秘密だ。

 そいつの所為で、僕は常に後ろめたい思いをしながら生きていかなくてはならなくなり、最終的に家族に捨てられた。


 端的に言うと、僕には他の人には無い能力がある。

 それはとても不安定で、時々暴発するように働くことがある。

 説明するのは難しいので、実際にあった事を述べるとする。


 それは、十歳の頃。その能力が開花した歳だ。

 その日は、ATLASという巨大な新造の商業船へ、家族三人で買い物に来ていたのだ。

 丁度、僕達はお昼ご飯を食べに入ったレストランで、料理が運ばれてくるのを待っていた。

 そんな折り、僕は突然意識を失った。

 僕は意識を失っているとは知らず、ただ、目の前にあった料理を口に運んでいた。

 注文した料理とは違う事に気が付いてはいたが、そんなに大きな問題ではないと、そう感じていただけだった。

 すると、俄に周囲が騒がしくなっている事に気が付いた。その中でも、特に聞き慣れた声が耳に入って来ると、そちらの方へ目が向いた。

 どういう訳か、僕とは違うテーブルに父と母がいた。二人は丁度運ばれてきた料理に目も向けず、父が誰かを抱えて僕の脇の通路を走っていった。

 運ばれていく誰かの顔を近くで見て、僕は言葉を失った。

 それは僕だった。

 それから、視界が真っ暗になって、次に気が付くと、僕は医務室のベッドに横たえられていた。

 僕の手を握る母親の温もりを、確かに感じながらの目覚めだった。


 その時、僕に起こった出来事を客観的に見ると、以下のようになる。

 僕の意識が、近くにいた別の誰かの中に入り込んだ。

 ここで言う、『入り込む』というのは単なる比喩的な表現でしかないのかもしれない。

 実態はわからないのだが、どうやら僕には、近くの誰かの中に憑依し、その五感を同時に経験する事が出来るらしい。

 しかし、頭で考えたり、心で感じたりすることはわからないし、操るようなことも出来ない。

 この能力は先程も述べたよう、自分でコントロールする事が出来ず、常に暴発的なのだ。

 さすがに今は、能力が発動したからと言って、意識を失ったりはしなくなったが、それでも心ここにあらずといった風にぼんやりしてしまう。少しはこの能力に慣れてきているのかもしれない。


 とにかく、昨日見たのは夢ではない。現実に、どこかで起こっていた事なのだ。

 どこかの誰かが薄暗い部屋に一人篭って、嫌々絵を描いている状況。

 この能力が及ぶ範囲がどの程度なのか、正確には知らないが、こう何度も同じ人に入り込むのであれば、あの人物がこの船の誰かだと考えた方が自然だろう。

 誰なのか。まず、マリアン、カイは身長や腕の長さといった、体格の面で除外される。


 後は……。

 そこまで考えた時、突然足に痛みが走り、思考が途切れた。


「いてー!」


叫び、振り返ると、タイスが立っていた。こいつが右足の脛ら辺を蹴りやがったのは、明白だった。


「何すんだ、タイス!」


「何度呼んでも返事しなかったからだ」


どうやら、考え事をしている間、聴覚が遮断されていたらしい。

 僕は、前屈みに右脛をさすりながら、聞いた。


「で、何のようだ?」


「エミーがお前を呼んでいた」


「え?」


「操舵室にいる筈だ」


 吐き捨てるように伝えた彼は、小さく何かを呟いて去った。どうせ、ぶつくさ文句を言っていたに違いない。

 例えば、「なんで俺がこんな子供の使いみたいな事をしなくちゃいけないんだ」とか、そのような。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。

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