表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暮れて惑うは幽霊船  作者: 柚田縁
第二章
14/51

青い世界

いらっしゃいませ。今日は、2004文字です。第二章の最終話となります。ぜひ、読んでいってください。

 この時期は多いのだろうか。

 その日の朝も、スコールが降った。

 当然、孔の開いた天井は、それを完全に防ぐ事は出来ず、二階の廊下はまたしてもずぶ濡れで、水たまりが出来ていて、もし誰かが来れば、モップを持った男の姿一つを見る事ができたはずだ。


 タイスは今日もベッドから出ないで憎まれ口を飛ばしていたし、エミーはおっとりと微笑んでいて、マリアンとカイは陽気にはしゃいでいた。

 メアリの作る朝食は相変わらず美味しくて、ティムはそれをへらへらしながら口に運んでいた。

 いつもの朝だった。


 あの後、ティムに発見された僕等は、彼が迎えにきた小舟で、本船に戻る事が出来た。

 危機一髪で助かったのだ。

 僕は彼に礼を言ったが、メアリは、「遅い!」と、怒ったように一喝していた。

 それでも、ティム自身は少しも気を悪くしたようにはせず、むしろメアリに謝っていたくらいだった。


 今、下の階から釘を金槌で打ち付ける音が響き始めた。床に開いた大穴を塞ぐ作業。一体、誰がやっているのか。

 意外にもそれはエミーだったのだが、少しばかり納得してしまった。

 彼女は後で雨漏りの修繕もするらしい。彼女は船長であり、土木担当でもあったのだ。


 僕が思い出したように、せっせとモップで水を拭っていると、聞き覚えのある足音を響かせて、誰かが階段を上ってきた。


「ジェイク。手伝いに来たわ!」


メアリだ。


「いやいやいや、もう一人でやりたいから勘弁してくれ」


「そんな事言わないで」


笑顔で僕のモップを引っ手繰った彼女は、鼻歌混じりにモップを使い始めた。

 無駄が無い動きで効率良く水を拭う彼女は、やはりさすがと言わざるを得なかった。

 しかし、何故メアリは、ここ二階の片付けにやたらと積極的になるのだろうか。


「なあ、メアリ。何で、ここの片付けにこだわるんだ?」


彼女はピタッと動きを止め、俯いた。何か悲しい理由でもあったのだろうか。

 そう思って顔を覗き込むと、彼女は顔を紅潮させていた。

 僕の頭の中に、疑問符が浮かぶ。

 メアリは、モップから手を離した。パタリと倒れるモップ。

 すると、彼女はスタスタと廊下を奥へ進み始めた。

 そちらには、かつての面影を完全に失った、みすぼらしい部屋への扉が続いているだけで、特に変わったものも無いまま、行き止まりの高い壁と、その壁に設置された巨大な嵌め殺しのガラス窓があるだけなのだ。

 彼女は、突き当たりの窓ガラスを覆ったカーテンを、慣れたような手つきで開いた。

 朝の眩しい光が、窓を通って廊下を照らす。水たまりは真っ白に輝き、僕は眩しさに目を細めた。

 逆行で黒い影と化したメアリは、カーテンの中に紛れ込んでいた紐を掴み、重そうな素振りを見せつつ、それを鉛直下向きに引っ張った。


 次の瞬間、天井がゆっくりとした動きで降りてきたかと思うと、様々なからくりが働いて、天井は階段に姿を変えた。

 どうやら、僕が天井だと思っていたそれは、三つに折り畳まれた階段であったらしい。

 その階段が出現した後、天井には人一人が通れるくらいの長方形をした穴が、ぽっかりと口を開けた。

 階段はその開かれた穴の向こうへと繋がっており、青空に真っ白な羊雲が見えた。


 唖然としたまま凍り付いていた僕は、背後に迫っていた人影に気が付かなかった。


「やあ、頑張ってるぅ?」


ティムの間延びした声に振り返る。彼の視線は自然に階段へと向けられた。


「うわ! どしたの、それ?」


「馬鹿ティム、あんたが教えたんでしょうが」


「そだっけぇ?」


「屋上よ。もう忘れたの?」


「ああ、そう言えば、そう言うのがあったような……」


 メアリは再度俯いて、小さく何かを呟いた。


 僕達は一人ずつ階段を上る事となった。順番は、ティム、僕、メアリだ。

 思ったよりも急な階段を上り終えると、そこには縦横三六〇度に広がる青の世界があった。


「ああ、思い出した!」


メアリが階段のステップを二、三残した辺りで、ティムがそう叫んだ。


「何を?」


僕は尋ねた。


「メアリがこの船に来て初めの頃、ここに連れてきた事があったっけぇ」


「もー、今頃思い出したの?」


「うん。ここに来てメアリ、なんでか泣き始めて……」


「そんな事言わないの! まったく」


 メアリは顔を赤くしたまま、襟首を正すように改めて話した。


「私、その時は泣く事も出来なくなってたんだ。お母さんが死んで、見ず知らずの人ばかりいる船に乗せられて。

 訳がわからなくなっていたんだと思う。

 だけど、ティムに無理矢理連れてこられて、ここから朝焼けを見せられたら……どういう訳か、涙が止まらなかった」


 想像してみる。

 無理も無いかもしれない。

 僕だって、今、世界の大きさに圧倒され、背中に感じるゾクゾクをどうにも抑える事が出来ないでいるのだ。

 メアリはこの景色をもう一度見たかったのか、それとも守りたかったのか。

 僕にはわからない。

 けれど、こうやってその景色を見せられた事で、僕の中で何かが変わろうとしているのを感じる。


 僕は小さく呟いた。


「家族か」


 誰にも聞こえないように。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ