二人の行方
いらっしゃいませ。今日のお話は、3271文字となりました。よろしければ、ぜひ読んでいってください。
彼は、自分の部屋で外を眺めていた。もの凄い勢いで降り出した雨。だけれども、雨雲は凝縮されたように小さく、空の僅かな一部分しか占めていない。
直にやむのは目に見えていた。
彼は雨がやんでしまうまで、そのまま待ち続けた。
彼の部屋にはベッド一つと、棚が一つ。ここまでは普通の部屋と同じだ。異なっているのは、一人掛け用のソファが二つ、テーブルを挟んで向かい合っているところだろう。
部屋の方に目を向けている間に、彼は日差しを肌で感じ、再び窓に目を遣った。ぽつりぽつりと、窓には二、三水滴が当たって弾けたのを最後に、雨雲は去ってしまった。
彼はベッドから立ち上がり、部屋を出た。向かった先は、エミーの部屋だった。
エミーはデスクに向かっていた。
扉が開けられた事に気付いて、こちらを向く彼女。相手を確認すると、にっこり笑みを浮かべ、彼の名を呼んだ。
「どうしたの? ティム」
「いや、ちょっと」
ティムは彼自身の部屋と同じように、テーブルを挟んで向かい合っているソファの片隅に腰掛けた。
「何か気になる事でもあるの?」
エミーは優しく言った。
「そうじゃないんだけど。二階の掃除をしている二人、どうしてるかなぁって思っただけだよ」
「気になるのはメアリとジェイクね」
「違うってぇ。ちょっと世間話として話題にしただけだよぉ」
「そんなに気になるなら、見に行ったらいいんじゃないの?」
エミーはティムの弁解を意にも介さないようだ。
ティムは深い溜め息を吐くと、口元を緩めた。彼は負けを認めたのだ。
「見に行き辛い理由があるんだよぉ。僕が行ったらメアリに怒られそうで。ほら、元々あそこの片付けは、僕が最初に言われた事だからさぁ、『邪魔になるからどいて』とか、『あなたが早く片付けないから、私達がやってるんじゃないの』とか」
「ふふ、目に浮かぶようだわ。じゃあ、誰かに代わってもらえばいいでしょう?」
「へへへ、そう考えてここに来たんだけど」
「ごめんなさい。私はちょっと手が離せないから」
「じゃあ……タイスは寝込んでるし、マリアンとカイはー、ちょっと荷が重いかなぁ? って、もう僕しか残ってないじゃないかー!」
「そのようね」
ティムは俯き、小さく唸った後、すっくと立ち上がり、言った。
「仕方無いね。よし、じゃあ行ってこようかなぁ!」
彼はエミーの部屋を出て、二階への階段を目指した。
人があまり通らない、穴だらけの廊下を進みながら、ティムは呟いた。
「何だか前よりも酷い事になってるような気がするなぁ、ここら辺の廊下」
やがて、階段が見えてきた。彼は階段が濡れている事に気を留める事無く、二階へ向かった。やはり呟きながら。
「ずっと前はよくこの辺りで遊んでたっけなぁ。それでよく叱られてた」
階段を上り切り、二階の廊下を見渡した。
先ほどまで降っていたスコールの所為で、廊下は水浸しになっていた。
「ありゃー」
そこには、この水たまりをどうにかしようとしている者の姿は無かった。
「おーい、メアリぃ、ジェイクぅ」
彼は大声で二人を呼ぶが、誰の声も返ってこなかった。
掃除道具は壁に立て掛けられた状態で置き去りにされていた。
どこかの部屋に入っているのかと、部屋を一つずつ調べてみたが、やはり二人の姿は無かった。
首を傾げながら、ティムは階段を下りた。
「どこに行ったんだろう」
考え事をしながら彼は、みんなの部屋がある一列目の廊下を歩いていた。そこへ、数枚の書類を持ったエミーと再び会った。
「あ、ティム。どうだった? 二人の様子」
「それがぁ、二人ともいないんだ。掃除道具を置いたままでぇ」
「おかしいわね、二人とも作業をほったらかすような性格じゃないと思うんだけど」
「とにかく、いろいろ探してみるよぉ」
「うん、お願いね」
「……エミーは何をしてるの?」
「ちょっと何日かしたら、この海域を出ようと思ってね。今、航路を割り出すために海図とにらめっこよ」
ティムはエミーと別れた。
「まずはタイスとジェイクの部屋へ行ってみようかなぁ。もしかしたら、ジェイクも戻ってるかもしれないしね」
独り言を口にしながら、彼は一番突き当たりの部屋へ向かった。
扉をゆっくり開けると、いきなり咳き込むタイスの声が聞こえた。
部屋を見回したが、そこにジェイクの姿は無い。
「誰だ、グホッゴホゴホ!」
「あ、タイス。僕だよぉ、ティム。ジェイクとメアリの事知らない?」
「俺が知ると思ってんのか?」
「知らないの?」
「俺はずっとここで……ゲホゲホ、寝てたんだよ! 知る訳ねーだろ……ゴホゴホゲホ!」
「ああ、そうだよねぇ」
「あー、てめぇと話してると、また頭痛がしてきやがった」
「ごめんごめん」
「相変わらず謝る気が感じられねーけど、今はとっとと出て行ってくれ……グッフゴホゴホ」
タイスは本当に苦しそうだった。ひとまず、ティムはその部屋を後にした。
廊下を進みながら、ティムは次に訪れる部屋を考えた。もう、マリアンとカイしか聞ける人は残っていない。
問題はその二人が、どこにいるかということだ。人探しのために人探しをしなければいけないという二重の罠だ。
取り敢えず、二人の部屋のドアを叩いた。返事は無かったが、彼はおかまい無しに戸を開けた。当然だが、誰もいなかった。
マリアンとカイの場合、どの部屋にいても不思議ではないので、そこからはシラミ潰しに部屋のドアを開けていった。彼自身の部屋、エミーの部屋も含めて。
それで結局、二人は会議室で走り回っていた。二人にとって、その行為は立派な遊びの範疇にあるのだろうが、当人達以外にはわからないようになっている。
そんな二人に、メアリとジェイクの居場所について尋ねてみた。
「しあないよ」
立ち止まったマリアンが言うと、カイも立ち止まって言う。
「あたしも」
二人はティムから興味を失い、彼から離れて、また遊びの続きをし出した。
結局、彼は何の情報も得られなかった。
彼は会議室を出て、扉の前で立ち止まった。そして、考えを巡らせた。
「おかしいなぁ。どこに行ったんだろう、あの二人」
ティムは目を開け、睨み付けるように、窓から遠くの海を眺めた。黒い雨雲の片鱗がまだ残っていて、その下だけは霞んだように見えていた。
「参ったねぇ、誰も情報一つ持っていないんだからなぁ。ん? 待てよ。誰も見ていない、情報を持っていないという事は、この辺には来ていないんじゃないかなぁ?」
呟きながらも、足はゆっくりと動き始めた。行き先は決まっていた。
辿り着いたのは階段の前。
「現場百回って言うしなぁ。もう一度調べてみよう」
そんな言葉を、彼がどこで聞いたのかはわからないが、呟きながら、階段を上り出した。
水浸しの階段。
彼は考え事の所為か、足下が疎かになっていた。
右足を上の段に乗せて、体重をそちらに掛ける。全く無意識の行為だった。
だが、彼の足は、つま先と土踏まずの間くらいが上の段に掛けられていただけだった。
そのため、体重移動の途中で足は重心がずれてしまい、前のめりに転びそうになる。
ティムは思わず声を上げた。
「どわっ」
何とか両手を階段に付いて、顔面強打という状況は避けられたが、両手が激しくひりひり痛んだ。
ティムはその時初めて、階段を濡らす大量の水に気が付いた。
「危ないなぁ」
彼は一旦下階に戻ろうと、慎重に下りていった。
その時、不意に廊下の脇に置かれた包みが目に入って来た。
「何だろう」
そう言いながら、包みを開けてみると、未だ手付かずのお弁当だった。
「これ、メアリが作ったお弁当だ」
ティムは、未だ形にならない胸騒ぎを覚えた。
次に、廊下にぽっかりと空いた大きめの穴が見えた。確かにこの辺りの床には、一部抜けている所があった。
しかしながら、それらの穴はどれも小さく、人が落下するような大きさのものは無いため、事実上放置されていた。
もし、人が落っこちそうな穴だったら危ないので、そういうものはすぐに塞ぐようになっている。
そんな中において、彼が今しがた見つけたその穴は明らかに大きく、彼自身落下してしまってもおかしくなさそうだった。
彼の頭の中で、散在していた情報がうまく繋がった。
「もしかして、ここから落ちたのか?」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています。