第五話 異星人の謎
「お姉ちゃん! 昼間みたいなこと……ほんともう勘弁してよねっ?」
かわいらしい顔をしかめっ面に変え、腰に手を置いて文句をたれているのは春奈。
そして春奈がお姉ちゃんと呼んでいるのは、今日学校で話題を独占していた異星人の少女、エカルラートの姫、ソラである。
「ふぇ? ボク何か春奈が怒るようなことした?」
ソラ姫は何のことだか全然わからないといった顔つきで小首をかしげ、文句を言った春奈を見つめる。その顔はそれはもう女の春奈からみてもとんでもないかわいさで……言いかけた文句を治めてしまいそうなほどの破壊力だった。
春奈はそう思う気持ちを首を振って蹴散らし、改めて文句を言う。
「問題ありありっ! お昼は準備してくれてた侍女さんの手前ガマンしたけど……今はちょうどフェリさんもいないし……この際はっきり一言っときますけど!」
春奈はそうグチグチ文句をたれつつも、お昼休みのソラ姫の所業を思うと改めて憤りがわいてきていた。
お昼休み――。
春奈はいつものごとく、親友の優衣と亜由美の三人で昼食を取ろうとしていて、それぞれの机を合わせお弁当を広げ、さあ食べようとしていた。のだがその矢先、<春奈こっちきて>の一言が頭に響いたかと思うといきなり転移させられていたのだった。
転移した先には、屋上にもかかわらずなぜかあるテーブルを前に、ちょこんとイスに腰かけたソラ姫が、それはもうにこやかな笑みを浮かべ春奈を出迎えた。ソラ姫の脇には侍女のフェリが控え、テーブル上には昼食とおぼしき料理の数々が所狭しと並べられていた。
「春奈~、一緒にごはん食べよ~」
くったくのない笑顔とその言葉を春奈に向けたソラ姫に、手に持ったお箸を虚しく握った春奈はそのほほをピクピクとさせ引きつった笑いを向けるしかなかった。すぐさま文句を言おうとしたものの……その脇に控えるソラ姫至上主義の侍女、フェリが涼しげな笑みを向けてくれているし、せっかく準備されているテーブル上の料理を無駄にすることも小市民の春奈には出来そうもない。
「はぁ……」
春奈は優衣たちとお弁当を食べることをあきらめ、大きくため息をついてから、用意されていた席にフェリにイスを引いてもらいつつ座った――――。
思い起こすとまた昼間のソラ姫……いや、蒼空の横暴に怒りがわいてきた春奈。
「私の意思も確認しないでいきなり転移とか、ほんと勘弁だよ!
お姉ちゃんさぁ……一年近くのグラン星生活でこっちでの常識忘れちゃった? 人が自分の言うこと聞くのは当たり前? どーぜあっちじゃ、みんなからちやほやされちゃって、ワガママし放題だったんでしょ? でもここは日本で、私にも私の付き合いとかあるんだからね?」
興奮してちょっと涙目になりながら、昼間言えなかった文句をまくしたてる春奈。
それを目の当たりにして戸惑う蒼空。
「は、春奈、その、ゴメン。ぼ、ボク、朝からずっとお姫さま役こなしてて……会う人会う人、珍しいもの見るみたいにボクのこと見てきて……先生やクラスのみんなからもいっぱい色々言われたり聞かれたりして……」
かわいらしい笑みから一転、しょんぼりとした表情を浮かべる蒼空。そしてぽつりぽつりと言う。
「気が抜けなかったの――。
心細かった……の。
春奈と会って安心したかったの――。その……、勝手してゴメン……」
もうその顔は儚げで憂いを帯びた表情となり、春奈はそれを見てほだされそうになってしまうが、ぐっと堪えもう一言言う。
「ふーん、でもそれにしてはなんか色々派手なパフォーマンスしてない? 最初は羽出してたみたいだし、それにお昼だって教室の窓から飛んで出てっちゃったらしいじゃん」
ちょっと冷たい目で見てくる春奈にひるみながらも蒼空は言い返す。
「ううっ、そ、それは……羽出すのはエカルラートの公式作法だし……、それにフォリンやディアから、人間と違うとこどんどんアピールしたほうが異星人らしくっていいって言われたんだもん……」
言いながらもどんどん体を縮こまらせる蒼空。それなりに反省もしているのだろう。
そんな蒼空を見て急速に怒りが静まってくると共に、今度は逆におかしさがこみ上げてくる。
「な、なるほどねぇ……、ま、理由はなんとなくわかったけど。でも、次おんなじことしたら知らないよ?」
そう言いながらも春奈の顔はすでに笑いをこらえるのに必死なのだが、蒼空はうつむいているからそんな春奈の変化に気付かない。
「……うん。わかった。もう絶対しない。しないからもう……」
反省しきりな口ぶりで許しを請う蒼空に、春奈はもうガマンも限界だ。
「ぷふっ! あははっ、おっかしい。お姉ちゃん……もういいよ。
ふふっ、やっぱお姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。変わってない。――優しくって、優柔不断で、流されやすい……もと日本人の柚月 蒼空で、私のたった一人の……かけがえのない……大事なお姉ちゃんだよ!(ま、元はお兄ちゃんだけどさ)」
春奈のその変わり身に最初ついていけなかった蒼空だったが……、その春奈の言葉が胸にしみてくると共にしょげ返っていたその表情はみるみる笑顔に変わっていく。
その表情はまるで移り変わりの激しい秋の空のようで、それを見ていた春奈はそんな蒼空が愛おしくてたまらなくなってくる。そうなったときの春奈の行動は素早い。
「はる……」
蒼空が何かを言いかけたがそれをさえぎる春奈の行動。
「もがっ」
春奈は自分より小さな姉、蒼空を頭から優しく抱きかかえ、その手をこれもまた小さな背中へとやり撫でつける。顔を自分よりもふくよかでやわらかい胸で覆われた蒼空はもう何もしゃべれない。
蒼空はおとなしく抱かれたまま、改めて自分の居るべき場所へ帰ってきたことに幸せを感じる。蒼空は自らも春奈の背中に手を回し優しくなで返すのだった。
家のリビングでそんな抱擁劇を繰り広げていた二人は、その様子を後ろでニヤニヤしながら見ていた人がいるなど思ってもいないことだろう。
そしてそれは夕食後、家族……そしてソラ姫の侍女たちが揃ったときに暴露された。
「お、お母さん! いつの間に見てたの?」
それを聞かされた蒼空がそのまっ白な肌を桜色に染めて恥ずかしがったのは言うまでも無い。そしてそれを見た侍女たち(特にアネットとリーズ)はなぜか鼻を押さえていたりした。
ちなみに春奈は何食わぬ顔で「ふーん、見てたんだ」と言っただけで恥ずかしがる素振りも見せず、暴露した……母親である日向は残念がっていたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
蒼空たちの住む街がある首都圏の衛星都市には、国お抱えの色々な施設があるが、そんな数多くある施設の中でもとりわけ警戒がきびしいとある施設の一角で、ある人物たちから秘密裡に採取した検体を調査する人々の姿があった。
「やはり同じだ。25時間ほど経過すると組織が崩れ死滅してしまう。これはいったいどういうことなんだ?」
白衣を着た痩身の男がナノレベルで走査・観察が可能な顕微鏡(AFM)から作り出された映像を見ながら言う。
「うん、確かにそれはそれで疑問ではあるけど……それより、まず驚くのはそのDNAだよ。四人が四人とも……ほぼ地球人と同じと言えるDNAマップを持っているとは……。このことをマスコミが知ったらきっと大騒ぎになるだろうね。
しかし、となると……あの異星人たちの外観的形質は後天的なものという可能性も出てくる。これは驚くべきことだ。だって考えてもみろ、異星人たちのあの翼。あれがもしかしたら地球人にだって形成可能になるかもしれないってことなんだからな」
もう一人の白衣の男が遺伝子情報をアウトプットした記録紙を手に、興奮気味に語る。
彼らが手にしているのは今世の中を騒がせている異星人たちから入手した体組織(主に抜け落ちた毛髪がテストピースとなっている)から調査したデータである。
もちろん本人たちの了承など得ているわけなどないのだが、所詮落ちていた毛髪であり、もしばれて追及されたとしても何らやましいことなどしていない――と、言おうと思えば言えるだろう。
まぁ国としてどうか? とも思えるが、逆に国だからこそ……そこまでして調査するのも当然なのかもしれない。
なにはともあれ研究者にとってそんなことは些細なことなのだろう。
異星人の体を調査する――。
そんな魅力的な研究課題に魅了されない研究者は少ないだろう。
今は毛髪だけで満足しているようではあるが……。この先もずっとそうだと、誰が言い切れようか?
無機質な研究室は人の暖かさが感じられず、そこからはなんともいえない重い空気がただよっている。
そんな、なんとも言いようのない雰囲気がする場所だった――。
めずらしく連投です!
まぁ短いんですが……。