第三話 非常識さの片鱗?
「はじめまして! ソラ=エカルラン=サー=スカーレット といいます。地球で言う、うみへび座のM83って銀河にあるグラン星エカルラートってところからきました。そのぉ……気安くソラって呼んでもらえるとうれしいです。よろしくお願いします」
異星からきた小さな少女、ソラ姫は一気にそこまでいうとぺこりと小さくお辞儀をし、顔を上げると生徒たちの反応を伺うように、はにかみながらも見つめた。
「「「かわいぃ~」」」
「「「日本語じょうず~!」」」
「よろしくお願いされたい~!」
「ぜひお近づきになりたいっす~! ケータイの番号教えて~」
「「高橋、何恥ずかしいこと言ってるのよ~!」」
「ほんと、異星人が携帯持ってるわけないじゃん! ……ってあれ? 携帯、持ってるのかなぁ」
「くすくすっ」
「ばっかでぇ~」
流暢な日本語で挨拶したソラ姫に歓迎の意を表す生徒たち。
男子の調子にのった発言に突っ込みを入れる一部の女子。
それらの反応に受ける回りの生徒たち。
そんな生徒たちの……特に男子のバカな反応にあきれるしかない井上。こいつらはまだ気質もよくわかっていない異星人相手に大人が応対に苦慮してることも気にならないのだろう。
一応釘を刺しておかなきゃまずいかしら?
井上はそう考え一言追加する。
「ちょっとあなた達、もう一度言っておきますけど……世間でなにかと話題になってるスカーレットさんがクラスの一員になって興奮しちゃうのはわかるけど……、くれぐれも粗相のないように! 地球人の恥ずかしいトコ、お姫様に見せないでちょうだね?」
随分直接的に注意を告げる井上。ソラ姫本人を前にしてそれを言うのもどうか? とも思われるが、それほど生徒たちの動向が心配なのだろう。
「特に高橋と青山! あんたたちわかってるんでしょうね? 調子にのってバカなことしないようにねっ」
更に一部の生徒を名指しで注意する井上。特に一名は先ほども女子生徒から突っ込まれていた男子だ。
「せんせ~、そりゃないぜぇ、智也はともかく、なんでオレまで~?」
井上に名指しされた二人の内の一人、青山がそう言って愚痴る。
青山は今時の若いアイドル風のイケメンで身長も160後半とそこそこある中々恰好の良い男子になのだが、気さくというか性格的ちょっと軽いというか、クラスの中では高橋と共に残念なお調子者と思われている。ちなみに智也とは高橋の名前である。
「青山、そんなの仕方ないっ、日ごろの行いよ~、行いっ」
そんな青山に突っ込みを入れる、隣りの席で笑いをこらえ、取り澄ますように座っている女子。
「うっせぇよ、若村!」
即座に言い返す青山。そんな青山に「いーっ」と、澄まし顔から一転いたずらっぽい表情を見せる若村。
それを見て更に何か言おうとする青山に、
「悠斗ぉ、オレたち親友だろ~? 遠慮なんかしないでこっち側にこいよ~、なっ」
井上に言われたことなど気にした風もなく、そんな発言をする高橋。自分の前に座っている青山の名前をさも親しげに呼ぶ。高橋もふざけた発言さえしなければそれなりに見栄えの良い色黒のスポーツマン風の男子なのだが……。(というか実際、なかなか気合の入った野球少年であるらしい)
「くすっ、ふふっ」
先生と生徒たちの不毛なやり取りが繰り広げられている最中、耳に良く通る鈴の音を鳴らしたかのようにかわいらしい笑い声が教室に響く。
ソラ姫がその小さな顔を笑顔でいっぱいにし、これまた小さな手を口元に添えて笑っていた。
思わず見とれてしまう一同。
そしてそんな中いち早く我に返る井上。
「ご、ごめんなさい。お、お見苦しいとこ見せてしまいました。……じゃ、そのぉ、スカーレットさんの席は窓際の一番後ろになりますから……そちらに座ってくださいね」
ちょっとあたふたしながらもなんとか取り繕い、席に座るよう促す井上。
「はいっ」
それに素直に従い頷きながら返事をするソラ姫。
――悠斗や智也、それに晶とも一緒のクラスだなんて……。
えへへっ、あいつらボクのこと全然気付いてないや――――。
まだ地球に居たときのクラスメイト。
仲の良かった友だちの姿を見て、思わずほくそ笑むソラ姫。そんなところにまた当の本人が声を合える。
「ええぇ~、先生、質問タイムはぁ~?」
高橋だ。
ソラ姫はあい変わらずバカを言ってる友だちの姿に、懐かしさがこみ上げてくる。が、もちろん態度には表さないよう気を付ける。
「もう高橋くん! もう黙っててちょうだいっ。質問タイムは省略です! 今それをしたら収拾がつかなくなりそうです。後の休み時間にでも自主的にするようにしてください。
あ、しつこいようだけど、その時もほんとーに、恥ずかしいマネはやめてちょうだいね? わかりましたか?」
井上は何を言ってもマイペースな高橋を半ば呆れるように見ながらもそう説明し、最後は高橋だけでなく全生徒をしっかり見渡して言った。
「「「はーい!!!」」」
元気のよい生徒たちの返事が教室中に響きわたる。
それを聞いた井上は、返事とは裏腹に余計心配になってくることが止められず……胃が痛くなってくる思いを噛みしめるのだった。
言われた席へと歩みを進めるソラ姫を、好奇心旺盛な目で見つめる生徒たち。その目は特に姫の翼に集中する。見れば見るほど不思議な翼である。
TVで見た時は大きく広げられ、まさに絵画や映画で良く見る天使の羽のように見えていた。それに比べると今も翼は出ているものの小さくこじんまりとたたまれていてとてもかわいらしい。その色はぱっと見は他の色が混じることが一切ない純白。けれど良く見るとそれは微妙に透けていて、なんとも透明感あふれる不思議な翼なのである。
しかもその付け根は背中から直接生えているのではなく何もない空間から出ているように見える。まぁ限りなく背中に近い距離ではあるのだが……。
そんな変わった異星人、ソラ姫の一挙手一投足を食い入るように見つめる生徒たち。
そんな中、実はソラ姫もかなりテンパって来ていた。
――ううっ、なんかみんなの視線がいたいよ~。いまんとこ何とか無難にこなせてると思うけど……はぁ、き、緊張するよぉ~。春奈ぁ、ボク泣いちゃいそう~。
グラン星から地球に戻ってきて、学校に通うのをそれはもう楽しみにしていたソラ姫だったのだが、生徒たちのあまりにあからさまなその視線に、かなりの緊張を強いられていた。 元からそんなに目立つことが好きでもなく、見知ったものも多いとはいえ今は他人の目線、しかもそれは異星人を見る目線であり、それはもう泣き言でいっぱいになってしまっていた。
そしてそんなことから、自分の机までたどり着くと、そそくさと少しでも目立たなようにと席に着こうとした。
「「「あっ!!!」」」
ソラ姫を好奇の目で見つめていた周りの生徒たちが思わず声を上げる。
席に着き、イスに座ろうとしたまでは良かった。が、その背中には器用にたたまれているとはいえ存分に存在感を示している翼。
――イスと背中の間でつぶれちゃう!――
そう思った生徒たちが驚きの声を上げるのは仕方がないことだろう。
ソラ姫もすっかり背中の翼のことなんて忘れてしまっているのか、何の気もなしにぽすんとイスに腰掛けてしまった。
イスと背中、それにお尻とかで翼を潰しこんで痛がるソラ姫を想像した生徒たちだったが――、結局そんなことにはならなかった。
席に着いた途端、周りの生徒たちが急に発した声に、かわいい顔をキョロキョロとし、きょとんとした表情を見せているソラ姫。
背中の翼はまるでそこに存在していなかったかのようにきれいに消失していた。
「「「ええ~!!!」」」
それを見た生徒たちからはまたもや驚きの合唱が教室中に響きわたる。
そして隣りの席の女子が恐る恐るソラ姫に話しかける。
「あ、あの、スカーレットさん? その、背中の羽……、消えちゃったんだけど?」
再びの驚きの声の合唱に思わずきょどっていたソラ姫は、その声に我にかえってそちらを見る。見つめられた女子は反射的に赤面してしまう。
「はぇ? 羽? あっ、そっか、忘れちゃってた」
言われてから、そういえば公式訪問とかの時は羽を出せってフェリさんからうるさく言われてて、出しっぱなしにしてたことを思い出したソラ姫。
「ふふっ、もしかして心配させちゃった? 翼はねぇ、簡単に出し入れできるの。それにねぇ、座ったり寝たりするときとかはもう無意識にしまちゃうから、踏んづけたりつぶしちゃったりなんかもしないんだよ。すごいでしょ~」
ソラ姫の屈託のないその説明に顔を赤くしながらもうんうん頷く女子生徒。聞き耳を立ててる周りの生徒もそれに合わせてうんうん頷いている。
女子生徒と話しながらもソラ姫は身の回りの整理をしているのかゴソゴソしだし、女子生徒は何気にその手元を見つめていたときそれは起こった。
「へっ?」
気の抜けた声を出す女子生徒。
ソラ姫の手元には先ほどまでなかったスクールバッグが忽然と現れていた。
あわあわと取り乱す女子を尻目にフンフンと軽くハミングまじりで気分良くバッグの中身を机に収めていくソラ姫。教科書のたぐいは事前に官僚さんからもらっていたのだった。
「あ、あ、あの、スカーレットさん。い、い、今、スクールバッグが急に! バッグ、持ってなかったよね? さ、さっきまで?」
そのセリフにどよめく周囲。
「そうだよそうだよ」、「手ぶらだったよ」と同意する生徒多数。
「ふぇ? バッグ? あ、ああ、ごめんなさい、驚かせちゃった? 簡単だよ。バッグをお家から転移させただけだから。ふふっ、便利なんだよぉ、これ。
それとね? 出来れば名前で呼んでもらえるとうれしいな。ソラってね」
ちょっといたづらっぽい表情でさも簡単そうに説明するソラ姫。名前で呼んで欲しいことも挨拶についで再度伝える。
「「「て、転移~っ!!!」」」
三度教室に響き渡る生徒たちの声。
ソラ姫の、異星人の片鱗にもう教室はざわめきで満ちていた。
そんなざわめきの中、さっきまでの緊張がうそのように解けていくソラ姫。自然とその顔にも楽しそうな笑みが満ちてくる。
それに見惚れる男子生徒多数。
「ほらほら、いつまでも転入生のことばかり気にしてちゃだめでしょ? SHRを始めるから前を見て、集中集中!」
ソラ姫のとんでも能力に戸惑いつつも気を取り直した井上の、ちょっときびしい声が教室に響き渡る。
ソラ姫も早速その中の一員だ。
ソラ姫……いや、蒼空は久しぶりに感じる地球の、日本の学校の授業に感慨を深め、井上の話しに耳を傾けるのだった。
ほんとに話しがなかなか進みませんね……。